夏休み どこまでも高く、抜けるような青い空の下、手で掬えばさらさらと指の間から零れるきめ細やかな白い砂浜が続き、その向こうに俺の瞳を模したような深い瑠璃色の海が広がる。真夏の太陽を受けてキラキラと水面が輝き、さざ波が立つ度に白く泡立ち水飛沫が上がるのを、俺は遠目に――そう、何故か手の届かない遠くから眺めている。 俺が立っているのはコンクリートに固められた地面。熱射を浴びてもはや鉄板で焼いたような状態になっていて、とてもじゃないけど素足で歩くなんて無理。足元には同じくコンクリートで造られた大小様々な穴があいていて、そこを大量の水が流れている。たまに幼子もきゃあきゃあ言いながら流れていく。 せっかく海の近くに来ているのに。 「なんでプールなわけ?」 傍に立つこの国の化身に向けて少しばかり棘を含めて尋ねると、伏し目がちの黒檀の瞳はきゅうっと細められて、密やかに笑みをかたどった。 「皆さんのご希望に応えたつもりですが」 なにかご不満でも?と声に出さない疑問が聞こえてくる。俺の心の中をわかった上でさらりと発するこの言葉は可愛くない。 「そりゃね、確かにお兄さんの希望はアレでしたよ?可愛い女の子のいるとこ!」 「ですよね?いらっしゃるじゃないですか、我が国のお嬢さん達があちらこちらに」 にこやかに手を広げて日本が指し示す先には、可愛らしい水着に身を包んだ女の子達がきゃっきゃうふふと愉しげに笑っている。手を振れば一瞬びっくりしながらも頬を赤らめて振り返してくれる。初々しいその素振りに、お持ち帰りして存分に愛してかわいがってあげたい気持ちになる、けれど。いたいけな彼女達の様子に心温まっても、その横を歩く男の子に睨まれると肩を竦めるしかない。 「・・・連れがいるよね、ほとんど」 「そうですね、仲睦まじいようで何よりです」 にっこりと、それはもう見事なアルカイックスマイルで誤魔化す日本は本当に可愛くない! 「もうお兄さん帰っていい?」 「ダメです!私を一人にしないでくださいっ!一人であのお二方の相手をするなんてそんな・・・っ」 拗ねて帰ろうかと踵を返した俺の肩を、日本は慌てふためいて掴んで引き止める。わざとらしく涙ながらに指差す方向には愉しそうに流れるプールを逆に泳ぐメタボ、もとい筋肉質のアメリカと、同じく流れるプールの上に浮かべた大きなイルカの形を模した浮き輪にしがみついているイギリス。どうやら真っ青な顔して泣いているようだ。 アメリカの希望は海だった。イギリスの希望は「溺れたくない」。二人の意見を合わせて日本が選んだのが海の近くのプールだった。確かにここなら溺れないと思う、たぶん。ていうかあの眉毛、普通に立てば足がつくだろうに、何故それに気が付かないのか。泳げない奴の不思議だ。 「おーい、君達も泳ぎなよ!さいっこうに楽しいんだぞー!!」 ざばーん!と激しい水音と共にピピーッと違反者への勧告の笛が鳴り響く。アメリカはどうやら流れるプールにイギリスを放置したまま水深の深いプールへ移動したようだ。自由過ぎる。 此処に来てすぐアメリカにプールに突き落とされて、そのまま漂流しているかつての海賊様は、ばかぁぁぁぁぁっ!!!と怒号、というか悲鳴をあげた。たぶん失神寸前。あいつが海賊だったなんて嘘だ。 「アレ、そろそろヤバそうかな、助けてあげる?」 「お願いします」 プールへと案内して自分の役目は終わったとばかりにのんびりかき氷を口に運んでいる日本の様子に苦笑しつつ、やれやれと重い腰を上げて水際へと歩を進める。白目剥いてイルカにしがみついている眉毛に向かって声を掛けると、如実に嫌そうな顔をされた。おい。 「てめぇなんざ引っ込んでろ!俺はスイミングを愉しんでんだ、邪魔すんじゃねぇ!」 「へぇーあっそう!それじゃいつまでも浮き輪にしがみついてないでスイミングすれば!?」 「あ、こら待て、浮き輪を取るな、うわっばばぶふぶぎゃぶっ!!」 「ちょ、お前ばかっお兄さんにしがみつかないで!重い!俺も沈むからぁぁぁっ!!」 イルカを取り上げた途端必死な形相でしがみついてきた眉毛をプールサイドに押し上げようにも、ぎしぎしと絡められた手足で締め上げられて思うように動けない。プールの底に足をつけて立とうと思っても水流に飲まれてうまくいかない。 お兄さん、このかわいくない眉毛と一緒に沈むとか絶対に嫌だからね!? 絶叫にも似た声にならない悲鳴をあげたその時、ざぼん!と近くに重量級の何かが沈んできて、そのまま俺とイギリスを押し上げた。呼吸が楽になって恐る恐る目を開けば、俺達を助けてくれたヒーローの顔が傍にあった。 「ふへっ・・・お、アメリカか・・・助かったよ、メルシー」 失神しちまった眉毛に代わって礼を述べると、ヒーローはヒーローらしからぬ形相でギンッと俺を睨んできた。それはもう苛烈な視線で、水色の瞳がメラメラと燃えている。なにこれ怖い! 「おっさん達、何をイチャイチャしてるんだい?」 低い、地獄の底から響くような低い声で、元兄に懸想している坊やは宣いました。 イチャイチャしているように見えるとしたらお前の目は節穴だよ!そう怒鳴りつけたいけど、アメリカの反論を許さないプレッシャーがビリビリと降り掛かって言葉にならない。 「君も!いつまでひっついているんだい!?」 気絶しているイギリスを俺から引っぺがして肩に担ぐと、アメリカは俺だけをその場に落とした。俺は冷たいアイスブルーの瞳を見上げながら、水の底へと沈んでいった――。 「さぁフランスさん、スイカなどいかがですか?それともかき氷?暑さの中のうどんなども乙なのですが海外の方にはどうでしょうかねぇ?」 「・・・ひどい」 床に寝かせられた俺に対して、日本が甲斐甲斐しく濡らした手ぬぐいを替えたり団扇で扇いだりと、世話をしてくれている。それに感謝しつつ、すぐ傍に仁王立ちになっているメタボに向かってぼそっと呟く。 「だからさっきから謝ってるじゃないか!悪かったって!」 俺を沈めた張本人のアメリカは、監視員にこんこんと怒られたことに拗ねてぶっすーと頬を膨らませている。謝るならせめて座れ。そんな不機嫌そうに見下ろされて、口先だけの謝罪を述べられても許す訳ねぇだろ。 「それが人に謝る態度?しつけがなってないね、親の顔が見てみたいよ」 「だぁぁっ!!!ったく、うっせーなっ!!ぐちゃぐちゃ言ってんじゃねぇよしつこいんだよ、てめぇは!!」 嫌味を投げかけた途端、部屋の片隅でつーんと澄ました顔をしていた元保護者は可愛い可愛いお子様の擁護を始めた。でもわかってんのか、全部お前のせいだよばかっ! 「諸悪の根源が何抜かしてんの!そもそもお前が泳げないのが悪いんでしょ!?七つの海を支配しただとか笑えるよね!泳げるようになってから言えっての!」 「んだとくそ髭!また沈められてぇのか、あぁっ!?」 「俺を沈める前に自分が沈んじゃうくせに、ぷぷーっ!」 「表出ろやコラ、しばくぞ」 なけなしの紳士の仮面をかなぐり捨てて、出ました元ヤン。目がイっちゃってます。視界の隅に映るアメリカは、既に俺に興味を失くしてアイス食ってるし。ほんとどういうしつけしたの、食べたい物欲しい物与えただけですか、そうですか。 「まぁまぁ落ち着いてください。フランスさんご気分はいかがですか?もう起き上がって大丈夫なようでしたら、外に出ませんか?そろそろ日が沈みますのでビーチで花火でもしましょう、ね」 ヒートアップする俺達の間に慌てて入った日本は、にっこりと笑って有益な提案をしてくれた。 その夜、日本が用意してくれた手持ち花火はとても綺麗だった。青黄赤と次々に変化する色を眺めるのは純粋に愉しいし、ぱちぱちと爆ぜる音も心地よい。夜空に咲く華もいいけど、手の届く場所でじっと魅入るのもいいよね。 日本古来からの線香花火というのもか細くて心もとないけど、日本らしい奥ゆかしさを秘めていてとても良かった。 ただ、アメリカが数十本の花火に一気に点火したもんだから、花火っていうより爆発になってしまったのは口惜しいけれど。風情も何もあったもんじゃない、火薬一斉点火はお前の独立記念日だけにしとけ。 あとイギリスが俺に向けて打ち上げ花火かましてくれたもんだから、応戦してたら浴衣が焦げて日本に怒られた。ゴメンナサイ、でも悪いのは全部あのくそ眉毛です。 だ・か・ら、このメンバーで親睦会って無理があったっつーの!! |