※注意 ・この話はご本家の「私が去ろうともあなたは残る」に萌え滾って、 そこを原点に書いたものです。つまり暗いです。 ・ヘタリアキャラは人名表記になってます。他、捏造キャラもいます。 ・霜島ケイ著の「封殺鬼」という作品の「玉響に散りて」という話をパロってます。 話の流れは概ねそのままです。 ・知らなくても大丈夫なくらい設定を捏造してますが、人物は以下の通り。 聖→フランシス、弓生→アーサー、達彦→アルフレッド、隆仁→魔導師 ・アルアサっぽい雰囲気をたまに醸してますが、あまり意味はありません。 単に私が米英を抜けきらなかっただけです。 柔らかな日差しが降り注いで今日は暖かい。穏やかな空気にそっと微笑む。口煩い腐れ縁は朝早くにフランシスを置いて出掛けてしまった。まぁ彼が行き先も告げずにどこかへ行ってしまうのはいつもの事だ。それに言われなくてもわかってる――彼が今、どこにいるのか、何故そこに行ったのか。 ともかく今日は自分一人なので自由に過ごせる。さて、どうしようか?のんびりテラスに寝そべるのも良いかもしれない。アーサーがいると、だらしないとぎゃんぎゃん喚き出すのでおちおち昼寝もできないが、こんな気持ち良い天気ならそれも良いだろう。でも、せっかくだからまずは美味しいケーキとコーヒーでティータイムを過ごそう。紅茶しか飲まないアーサーに付き合って、いつもは紅茶ばかりだ。別にそれが嫌な訳ではないけど、フランシスとしてはたまには濃いめに淹れたコーヒーが飲みたくなる。 キッチンに立って前日焼いておいたシフォンケーキに生クリームをたっぷり添えて、コーヒーをドリップしていると、インターホンが来客を知らせる。一部の人間以外とは関わりを断っている自分を訪ねてくるとは、はて、誰だろうか?不審に思って画面を覗くと、そこに映っているのは・・・アルフレッドだった。 「どうしたアルフレッド、お前がここに来るなんて珍しいじゃない。あ、今お兄さんお茶しようと思ってたんだけど、一緒にどう?美味しいケーキとコーヒーがあるよ」 玄関のドアを押し開けて、彼を出迎える。アルフレッドはフランシスの顔を見るとすっと無表情になり、目を眇めた。 アルフレッドは魔導師の血統を継ぐ者で、アーサーとフランシスの現在の主だ。アーサーとフランシスは千年の時を生きる魔物であり、二人はアルフレッドの祖先と、自分達を保護する代わりに命ぜられるままに使役されるという血の契約をした。その契約は脈々と受け継がれ、今はアルフレッドがその任に就いている。 二人は彼の命を受けて様々な外敵と血みどろの戦いをし、彼の手足として・・・あらゆることをする。彼の望むままに。どのような辛辣な命であろうとも、逆らうことは赦されない。 そんな関係ではあるが、アルフレッドが二人の住む家を訪ねることはこれまでなかった。彼は魔物が住む家を嫌い、自分の邸宅へ呼び出すのが常だった。・・・今日は一体どういう風の吹き回しだろう? 「とっても素敵なお誘いだけど今は遠慮しておくよ。ハンバーガーを食べたばかりでね。それより、アーサーはどこ?」 「あいつならお前の親父さんの処」 「・・・なんで?」 「お見舞いに決まってるでしょ?危篤なんでしょうが」 アルフレッドはちっと舌打ちをする。親子の関係は既に修復不可能な状態に陥っているが、それでも実の父親が危ないというのに、そんな舌打ちすることはないだろう。 「お前は行かないの?」 咎めるように言うとアルフレッドは不機嫌丸出しの顔でふんと鼻を鳴らした。 「俺が見舞ったってあの人は喜ばないよ。そういう君こそどうして一緒に行かなかったんだい?」 「・・・彼は俺に会いたくないだろうからね」 隠しても仕方ない事実だ。フランシスが肩を竦めて正直に答えると、アルフレッドはふっと酷薄に嗤う。 「あぁそうか、君はあの人に嫌われてたっけね」 「言っとくけどな、あいつはお前が思ってるようなヤツじゃない。お前は・・・ちゃんと話し合うべきだよ。魔導師としての道のことも、アーサーのことも・・・。いつまでも子供じゃないんだろ?」 「君なんかに賢しげに言われる筋合いないよ。俺は俺の意思で行動する。・・・アーサーがいないなら帰るよ、じゃあね」 言うなりバタンと扉を閉じて出て行ってしまった。慌ただしく去って行ったその方向を見て、はぁっと溜息を吐く。そしてアルフレッドに言わなかった心の中を呟く。 「――嫌われているんじゃないよ」 そうじゃない、彼は俺を・・・。 ××× アーサーが魔導師の家を訪ねるのは数年振りだった。彼が自分達を助けた為に長く床に臥せているのは知っていた。だから何度か見舞いに訪ねたのだけど、その度にわざわざ来なくて良いと言われ、数分の対面ですぐに追い返された。まぁ、見舞いの品であるスコーンは受け取ってもらえるので、それで自分も満足していたのだけれど。そうこうする内に彼の息子であるアルフレッドを補佐する仕事が忙しくなって、ここに来る足がつい遠のいていたのは否めない。 それでも、まさか危篤だなんて――。唇をぐっと噛み締めながら、魔導師の家の前に立つ。幾度か躊躇いつつ呼び鈴を鳴らすと、ぎぃっと扉がひとりでに開いた。無音で奥へ進めと誘う。背を押されるように玄関に入り、ぎしぎしと鳴る床板を踏みながら廊下を進んで、彼がいるであろう部屋へ向かう。そうして彼の自室の前に辿り着いた。 部屋の前には彼の弟子であった男が立っている。無言でこちらを見ると、顎で部屋に入れと促される。ここに来て、また躊躇う。病床の彼はどんどん衰弱していくばかりだった。白魔術によって治療されていても、どうにもならない状態であった。死に一刻一刻と近付いていく、かつて自分達が仕えた魔導師――彼のやつれていく様を見たくなかった。危篤の彼は、酷い状態なのだろうか。自分のことがわかるのだろうか? ドアノブに手を掛けたまま微動だにしないで立ち竦んでいると、中から「お入り」と声が掛る。その昔から変わらない優しい声・・・。導かれるように、ドアを開いて部屋に入った。 部屋の中にも数人の白魔術師がいた。彼らは最早為す術を持たないのか、部屋の片隅に集って一点を見つめている。その視線の先に一台のベッドが置かれていて、そこに稀代の魔導師と称された、アーサーとフランシスのかつての主が臥せていた。 ――これ程とは。 その青白い顔。頬はこけて生気がなく、紫色の唇はかさついている。布団をかぶっていてもわかる程痩せ細った老人の身体は頼りなく、覗く襟元には浮き出た鎖骨が見える。最後に見た時より、遥かに状態が悪いのが一瞥しただけでわかる。力なく横たわるその人の枕元に、そっと近付くと。重々しく瞼が開かれて、灰色の瞳が自分を映した。 「あぁ、アーサー・・・来てくれたのかい」 優しく微笑む。その表情に鼻の奥がつんとする。辛いだろうに、痛みもあるだろうに・・・それをまったく見せず、ただ穏やかに在るがままを受け入れているその姿。 「・・・後悔してないのか?」 聞くつもりのなかった言葉が漏れる。常にあの日から胸の中にある疑問・・・だけど、それを尋ねるのは憚られた。それを今になって俺は――。 「何を?」 穏やかな微笑みを絶やさぬまま、彼は聞き返す。わかっているだろうに。 「俺達を助けなければ、お前はこんなに早く逝くことはなかった」 それは国を転覆させんと企む輩との死闘の末だった。堕ちた魔術師によって地獄の扉が開かれ、世界は破滅する寸前にまで追い込まれた。国中から集められた魔術師達によってなんとか首謀者を捕えることは出来たが、近付くだけで人の形を失ってしまう、燃え盛る業火そのものである扉を閉ざすことは人の手では不可能だった。そこで、ある魔導師が使役する魔物を利用しようという声が上がった。 その魔物は千年もの時を生き、件の魔導師の血筋に忠誠を誓っているという。魔物の力をもってすれば地獄の扉も再び閉ざされよう――ついでにその、いつ人に歯向かうかも知れない得体のしれない魔物も処分してしまえば良い。そのような思惑さえ込められていたが、主たる魔導師は彼らを呼び寄せることを了承した。 命ぜられた彼らは其処に立ち、持てるすべての力をぶつけて扉を塞ぐことに成功した。但し、彼ら自身も業火に灼かれながら。魔物を嫌う者達の思惑通り、アーサーとフランシスは命を落としかけていた。 それでも自分達は愛しい人達を守ることができた、千年の時の終わりがここであるならそれも良い。消滅を覚悟した時、二人の身体は何者かによって護られた。激しい業火に灼かれる痛みが一瞬で消え、ふうわりとやさしく真綿のようなものに包まれた。遠のく意識の向こうに、主たる魔導師の姿がぼんやりと見えた。 生死の境を彷徨った末、ようやく意識を取り戻して知ったのは――魔導師が地獄の業火に対してぎりぎりの結界を作り上げ、自分達を護り救い出したということだ。それは常人ならざる術であった。稀代の魔導師なればこそ適うことであろう。しかし、その魔導師の技をもってしても簡単なことではなく・・・彼は、自らの命をも力に変えて結界を保持したのであった。その結果、魔導師はアーサーとフランシスの身代わりのように倒れ、病床に臥すことになる。 魔物を排除するのが魔術師の務め。使役されているとはいえ、自分達が魔物であることに変わりはない。どうなろうとも・・・死ぬとしても、構わない存在ではないのか。なのに、我が身を――そう、命そのものを削ってまで魔物を助けるなど、可笑しいではないか。その為に自分が死ぬなど・・・悔やんでも悔やみきれるものではないだろう? だけど彼は、微笑みを深めるだけだった。アーサーを詰るでもなく責めるでもなく、ただ優しく穏やかに笑いかける。 「後悔などしないよ。私は私の責務を果たしただけだ。悔むべきは脆弱な私の身体――」 ふっと息を漏らす。瞳を僅かに伏せて・・・でも、それだけだった。再び魔導師はアーサーを見上げる。 「フランシスは、一緒じゃないのかい?」 「あいつは・・・来ない」 「そうか、彼は相変わらずだねぇ。何もかも見透かして・・・だから私は彼が苦手なんだ」 「そうだな」 短い会話の後、魔導師は暫し躊躇ったように視線を彷徨わせた。そうしてからひっそりと、アーサーにしか聞き取れない程の小さな声で、瞳にだけ力を込めて懇願する。 「アルフレッドを、私の息子を・・・頼んだよ」 「・・・・・・わかった」 アーサーが小さく首肯すると、魔導師は安心したかのように微笑んで、ゆっくり瞳を閉じ眠りに就いた。 屋敷を後にして、最後にもう一度だけ振り返る。彼が眠るその部屋を見上げる――もう二度と、会うことはないだろう。瞬間、胸の奥を引き裂かれるような痛みに襲われる。 「・・・・・・っ」 大切な人が失われようとしている。彼は、魔物である自分達を愛してくれた。使役され護り護られる間柄でありながら、友のように傍近くに在り、信頼し合える・・・優しく毅い人だった。とてもとても大切な人だった。 「ふ・・・ぁ・・・っ」 ぼろりと涙が零れる。喪失の痛みに胸がじりじりと焼かれる。何度も何度も繰り返される人との別れ。彼らの一生とはなんと短いものか。自分とフランシスの前に現れてはあっという間に姿を消してしまう、かそけき生き物。これまで一体どれ程の人々を見送ってきただろう。 すぐに別れがくるとわかっているのだ、深く関わらなければ哀しみも覚えないだろうに。たとえ強い絆で結ばれようとも、百年にも満たない時間で死によって冷酷に断たれるのだ。わかってる、わかっているのに――それでも人を愛することを止められない。ぼろぼろと涙は止めどなく溢れ流れ落ちていく。千年も生きてきて、いい加減慣れても良さそうなのに幾度となく繰り返す自分は・・・愚かなのだろうか。 ひとしきりその場で泣きじゃくった後、乱暴にスーツの袖で涙を拭うと、アーサーは彼に向けて黙祷を捧げた。 ××× 夜半になって魔導師が身罷ったとの知らせが入った。 訃報を受け取り、アーサーは家の中をフランシスの姿を求めて探し歩いた。ベッドは冷たくシーツは乱されておらず、入った様子がない。ようやく見つけた彼は、暗いリビングの先、テラスの片隅に座り込んで空をぼんやり眺めていた。 漆黒の空には下弦の月が儚げに浮かんでいる。風がそよそよと吹いて木の葉が擦れた音をたて、揺れるフランシスの柔らかな髪は月光を浴びて微かな光を放っている。何を思っているのか、頼りなげなその背中にそっと近付き、声を掛けた。 「ここにいたのか」 「あぁ、アーサー、どうしたの?お前も眠れない?」 ゆっくりと振り向いたフランシスは、アーサーの姿を捉えてにこりと微笑む。 「・・・先程、連絡があった。彼が亡くなったそうだ」 表情を窺わせず淡々と告げるアーサーの声は、微かに震えていた。 「そっか」 フランシスはぽつりと呟いてアーサーから視線を逸らし、再び空を見上げる。 「苦しんだのかな・・・?」 「いや、安らかな顔をしていたらしい」 「そう・・・」 なら良かった。小さな声で囁いて、フランシスは哀しげに笑う。そうして彼の身体の陰になって見えない場所に置いてある物を、アーサーに持ち上げて見せた。 「飲もう、アーサー」 フランシスの手の中のワインボトルが、冴え冴えと冷たい光を放つ。 「ここでか?」 「いいじゃない?たまには夜空の月を眺めながら、なんてのもね」 ばちんとウィンクをするのに眉を顰めながらも、言われた通りにフランシスの横に腰掛ける。 テラスに置かれたトレーには、グラスが三つ用意されていた。そのすべてにフランシスはワインを注いでいく。 「俺ね、あいつが大人になったら一緒に飲もうって思ってた。とっておきのワインを用意して、俺が腕によりをかけた料理を並べて、あいつと飲もうって思ってたんだ。だけどさ・・・俺、あいつの子供の頃しか知らないじゃない?いつか一緒にって思ってたけど・・・叶わなかったなぁ」 そう言ってワイングラスを一つ取ってアーサーに渡す。フランシスの顔は寂しげに見えた。 あの稀代の魔導師は、二人の主となる前、子供の頃は良くフランシスに懐いていた。彼らの家に遊びにも来たし、泊って行ったこともある。屈託ない笑顔を向け、純真無垢な愛を振り撒く子供をアーサーとフランシスも愛していた。 けれど彼は、魔導師になって彼らを使役する立場に就くと、突然フランシスを遠ざけるようになった。彼らの家に近付くことはなく、電話で声を聞くことすらなくなった。命令はアーサーを通してのみ。アーサーと一緒に病床を見舞おうとしても、フランシスだけは部屋に通されなかった。徹底的にフランシスだけを避け、その姿を見せることはなかった。お陰で魔導師はフランシスを嫌っている――そんな噂が魔術師の間に広まっていった。 「フランシス、あいつがお前を遠ざけたのは・・・」 「わかってるよ、アーサー。わかってる」 フランシスはふっと目を細めて笑った。痛々しいその笑みに、アーサーは慰めの言葉を持たない。いや、慰めなど彼は欲していないのだろう。じっと黙って見つめると、フランシスはそっとトレーに手を伸ばして残る二つのグラスのうちの片方を手に取った。そうしてグラスに注がれた赤い液体の、ゆらゆらと揺れる水面に視線を落としながら、静かに語る。 「あいつはさ、優しい奴だったから・・・優しくて、けどそれだけじゃ魔導師なんて務まらない。時には冷徹に残酷にならなきゃいけない。そんな風に無理して魔導師を演じる自分の姿を、俺に見せたくなかったんだろうね」 「・・・・・・」 彼は、あの魔導師はフランシスの何もかもを見透かす瞳を避けたのだ。どんなに虚勢を張っても、どんなに冷酷な自分を見せても、その裏にある苦渋を見抜くから。そうして痛みを分かち合おうとするから。 「アーサー、覚えてる?あいつ、怪我した小鳥を拾って来て介抱してやったの」 「あぁ、覚えてる」 「不器用なのに一生懸命包帯巻いてやったりしてさ。すっごいぐるぐる巻いちまったものだから、小鳥が毛玉みたいになっててさ。あれ、可愛かったなぁ」 「俺がやってやるって言ったのに、俺は不器用だからダメだとか失礼なこと抜かしたんだよな。そのくせあの様だ」 アーサーは高飛車に言うと、ふんと鼻を鳴らす。その横顔を見ながらフランシスが笑う。 「俺に言わせたらアーサーもあいつも同じくらい不器用よ?」 「なんだと!?」 「自覚ないところもそっくりなんだから。なんて、それはさて置いて」 「置くなよ!お前今めちゃくちゃ失礼なこと俺に言ったぞ!?」 喚くアーサーを意識の外に追いやって、フランシスは再び思い出を語り出す。 「小鳥が元気になったら今度は餌はあれがいいこれがいいって真剣に悩みまくって・・・餌と間違われて指を啄ばまれて何度も大泣きしてさ。それでも投げ出さずに大切に育てた小鳥が、魔術の贄に使われたって知って――」 「もう二度と動物の世話はしないって言ったんだよな。魔術師の家に連れて帰ったら可哀相だからって」 「優しい子だったなぁ」 ほうっと溜息を漏らしてフランシスは空を見上げる。漆黒に浮かぶ朧な月は縁がじんわりと滲んでいる。もうすぐ新月を迎えてその姿を隠す。そして星々に乞われるかのようにまた、顕れる。人もきっと、そうなのだろう。彼は隠れたが、いつかまた別の生を受けてこの世に顕れるだろう。もしかするとまた、自分達は出会うのかもしれない。その時は・・・魔導師などという辛い天命など与えられず、幸せな一生を送って欲しい。 ゆっくりと視線を落として、フランシスは自分の横のトレーに置かれたままのグラスを見つめる。アーサーもそれに倣う。その向こうに、かの人の姿を思い浮かべながら。 「出会えて、良かったよ」 「俺も・・・出会えて、良かった」 「献杯」 二人同時に呟いてグラスを捧げ、一気に赤い液体を呷った。 |