France/USA/UK




 辺りはひんやりと湿った空気が漂い、少しだけ肌寒い。
「もう、なんなの一体。坊ちゃんってばお兄さんに会いたくない訳?せっかく美味しい料理持って来てあげたのに、森の中に放り出すなんてひどくない!?」
 腰に手を充てて「お兄さん困っちゃう」ポーズをしながら軽口を叩く。すべて幻だと思いたいけれど、触れる木の葉の感触も踏んでぱきっと折れる小枝の音も、間違いなく本物で。新緑の芳香を含んだ風がそよそよと頬を撫で、ざわざわと葉擦れの音が巻き起こる。確かに今俺は森の中にいる、らしい。
 ったく、どうしたものか。
 時間の経過で元の場所に戻れたら良いけれど、これがイギリスの仕業となれば、奴の思惑通りの動きを取らないと戻してくれない気がする。単に俺と会うまでの時間稼ぎか、それとも俺に何かを探して来いというのか、どっちだ。何処とも知れない奥深い森の中、直感だけで動くしかないとか・・・本当に勘弁して欲しい。
 やれやれと首を振りながら渋々森の中を歩き始めると、生い茂る灌木の向こうにイギリスの姿が見えた。ほっと安堵して声を掛けようとして、むぐっと口を塞ぐ。何故ならその後ろ姿がどう見ても今の等身じゃないからだ。子供でも大人でもない、アンバランスな成長期の姿。遠い記憶の中の、イングランド。
 さーっと青ざめる。くらりと目眩がして額に手を充てた。まさかまさか場所だけじゃなく時間も遡っているのか。着衣から見て取るに、17世紀辺り。俺とイギリスが宿敵として激しく遣り合っていた頃。そんな時代のあいつに見つかればタダでは済まない気がする。未来の俺だよと言っても、禍根を断つとばかりに嬉々として剣を振るって来そう。ナニソレやだこわーい。
 応戦したくてもお兄さん料理入れたバックしか持ってないよ。平和ボケとか言うな!こんな時代にまで隠し武器仕込んで歩くような野暮じゃないの!まったく冗談じゃない、イギリスのばかっ!こんな一方的な謎かけがあってたまるものか!
 そろりと後退って逃げようとして、ふと垣間見える横顔に目を引かれた。
 枝葉の隙間から差し込む陽光を弾く癖の強い金の髪、いつの時代も主張ばかり激しい眉毛、その下の、金の睫毛に縁取られた煌めく翠玉。
 少年の面差しでイギリスは、イングランドは――木の幹に背を預けて穏やかに笑っていた。
 国である俺達にはこれっぽっちも見せてくれないリラックスした顔で、何やらひそひそと愉しげに話している。奴の周囲だけキラキラと輝いているから、きっとあいつの大好きな妖精さんとお話でもしているのだろう。
 ふわりと笑った。可愛い。
 我に返って慌てて目を逸らすけれど、どきんと胸が高鳴ったのを自覚せずにはいられなかった。
 ダメダメ、あの童顔に騙されちゃいけない。妖精さん相手じゃなければあいつは凶暴で性悪で獰猛で陰湿で大嘘吐きで酒癖の悪いどうしようもない奴なんだから。可愛いとか当人に言ってみろ、虫ケラでも見るような視線を寄越して躊躇なく急所を潰しに掛かるだろう。怖ろしすぎて無理。
 いつものように自分に言い聞かせて沸き起こる想いに蓋をする。これでよし、変な気起こしたらお兄さんの麗しい顔に傷が付く。そもそも俺は美しいものしか愛さないの。あんなちんちくりんに恋してるとか、自分の美的感覚が狂ったと認めるようなもんだ、それはない。
 うんうん、と頷いてその場を離れようとした、けれど、不意にアメリカの言葉が脳裏に閃く。

 『無駄に高いプライドで誤魔化すのを止めれば』

 立ち止まって自分の靴先を睨む。悔しくてきりっと唇を噛んだ。
 ――悪かったな、無駄に高いプライドで。
 莫迦みたいな虚勢だとわかっている。プライドばかり高くて実際は一人じゃ何もできない。アメリカやロシアのような強大な影響力を持つ超大国でもなく、ただの広い世界にある一国に過ぎない。狭い欧州の舵取りすら俺一人では立ち行かない。長い伝統と文化、それなりに大国であるという自負はあるけれど、個人としての俺は自分の想いすら貫けない臆病者だ。
 それを、あんなAKYのお子様に見透かされたなんて許しがたい。
 ゆっくりと振り返れば、そこだけ時間が止まったかのようにイングランドが妖精たちと戯れている。柔らかな陽光を浴びて淡く輝く様はどことなく儚げだ。何処かに行ってしまいそうで、無性に駆け寄って腕の中に閉じ込めたくなる。腰を抱いて細い顎を取って、その、薄桃色の唇に――。
 結局、どんなに誤魔化したって心の奥底に燻るのはそんな願望だけだ。
 あの翠の瞳に俺の姿だけを映したい、白いうなじに痕を残したい、誰にも触れさせたくない、触れさせたくなかった、本当は。
 どうしてあいつなのかなんて、自分でもわからない。ただ、あの日鬱蒼と茂った森の中であいつを見つけた。森の子供、アングルテール。その綺麗な翠の瞳が涙を零しているのを見て、どうしても笑わせたくなった。偶々持っていた菓子を与えてやったら貪るようにがっついた。嬉しそうに頬を緩ませ全身で喜びを表して、でも素直に礼を言えなくてもじもじするあいつが可笑しくて、可愛くて。
 好きになっちゃったんだ。
 理由なんかない、恋に落ちた、それだけのこと。
 だけどあいつときたら大きくなるにつれて益々ひねくれて憎たらしくなって、いつしか俺を敵視するようになった。二言目には俺のこと嫌い、死ね、沈めって。そりゃないんじゃないの?まぁ俺の方も色々やらかしたけどさ。
 確かに好きになってもらう努力なんてしなかったな。気が向いた時に遊びに行ってからかっていただけ。感受性豊かですぐにムキになってポコポコ茹だるあいつが面白かった。俺の真似して髪を伸ばしていた時は最高に愉しかったなぁ、元の髪型に切り戻したら激怒して追い掛けて来たっけ。今考えるとちょっとひどいね俺。
 だけどこんなに嫌われるとは思わなかった。あんな憎々しげに睨まれると、さすがのお兄さんもちょっとへこみます。愛の国は愛も振り撒くけど、実は愛されてナンボなんですよ?
 スペイン辺りに言われたっけ、お前は見境ないのか悪食なのかどっちなんやて。正解はどっちでもない。俺は鏡なの、愛されたら同じだけ愛を返すの。だからイギリスが俺のこと嫌いなら俺も嫌い、てね。ぜーんぶ嘘で塗り固めたの。だってこの俺が好きな相手にフラれるなんて、絶対に嫌。
 好きを返してもらえないのに愛を貫くなんて、俺にはできない。


『どうしてあの子に言わないの?』
 風向きが変わったのか、不意に声が届いた。周囲にはイングランドの姿しか見えない。だとしたら、この鈴が鳴るような声は妖精のものだろうか。
『そんなに会えなくて寂しいなら伝えればいいのに、貴方の気持ち』
『まぁあの子のどこがいいのか私達にはわからないけど』
『いつも気障ったらしくてイングランドのこと苛めて。私は嫌いよ』
『私も私も』
「・・・手厳しいな」
 くすっと困ったように微笑むイングランドの顔は確かに少し淋しげだ。はぁと吐息を漏らす仕草も悩ましげで。気になって耳をそばだてた。
『だって貴方が怪我をするのはあの子のせいでしょう?いつも喧嘩して傷つけられて』
『今回の肩の傷だって酷かったわ。何日も寝込んで、私達がどれだけ心配したと思ってるの』
『すっごく心配したのよ?それなのに貴方ときたら私達といてもあの子のことばっかり』
『イングランドのばか、もう知らない』
「お、おい・・・そんなに怒るなよピクシー。悪かったって、心配かけてすまなかったって思ってるよ」
『じゃあ、あの子のことなんか放っておきなさいよ』
『そうよ、貴方には私達が付いているじゃない』
『ねぇイングランド、貴方が大切なの。貴方が傷ついてる姿を見るのは嫌よ』
「わかってる。すまないな、心配かけて。・・・だけど俺には他に方法がないんだ」
 イングランドが苦しげに呟く。震える小さな声は木々がさざめく音に飲まれて聞き取りにくい。
「これしかないんだ、あいつの気を引く方法は。真正面に立てばあいつは俺を見る。見てくれる・・・けど敵ですらなくなったら、もう」
『貴方ってば趣味悪いわ』
「・・・それも、わかってるよ、ピクシー。それでも俺はあいつが――フランスが、」


 ばちんっ!
 唐突に景色がブレた。目の前でフラッシュを焚かれたかのような衝撃に思わず目を瞑って、そろそろと開けば俺は元の場所に、イギリスの家の玄関に佇んでいた。
「えっとぉ・・・」
 何もかもが突然過ぎて頭の中が整理しきれない。さっきまで森の中にいた、イングランドと妖精さんが何か大切な話をしていたのに・・・理解する前に現実に引き戻されてしまった。時空を超えたそれは掌から砂が零れ落ちるように、既に俺の中から消え失せている。
 ただただ、胸を掻き毟りたくなるような衝動だけが残った。
 俺の中の何かが狂ったように叫んでいる。歓喜?それとも絶望?わからない。だけど唯一つはっきりしているのはこのままじゃダメってこと。ダメって何、俺はどうしたらいいの。
 情けなくも泣きたくなってきゅっと唇を引き結ぶ。辺りを窺うとリビングの方から明かりが漏れているのが見えた。そうだ、まずはアメリカと話をしなければ。俺はアメリカを止める為に来たのだから。あいつが坊ちゃんに無体を働くのを止める為に。
 けれどリビングはもぬけの殻で、ソファに触れても冷たいことから此処にアメリカはいなかったと知る。代わりに見つけたのは古びて皺くちゃな一枚の写真。いつだかの俺が写っていて、上から「Good luck」とアメリカの筆跡とわかる文字。何これどういうこと?
 謎かけばかりで溜息が出る。料理を冷蔵庫に仕舞うとアメリカを探して廻り、躊躇いつつもあいつの寝室のドアを開ける。途端にむせ返る精の匂いに顔を顰めた。
 部屋の中にもアメリカの姿はなく、乱雑に脱ぎ散らかした衣服が床に散らばっているだけだった。視線をベッドへと向ければ、そこにはすうすうと寝息を立てて眠っているイギリスの姿。寝乱れたシーツに子供のように身体を丸めて包まっているその首筋には、ランプの仄かな明かりに照らされて赤い花弁が散っているのが見えた。明らかな情事の痕。
 その瞬間胸に広がったのは、紛れもない烈しい嫉妬だった。
 イギリスが泣くのが嫌な訳じゃない、ただ俺が、イギリスの身体に他の男の手が触れたのが嫌なだけ。好きな相手に纏わる勝手な独占欲。イギリスがアメリカを好きだというなら、それで幸せなら良かったねと祝福するつもりだったけど、こうして想い人を奪わたことを目の当たりにすれば悔しくて堪らない。
 同時に、自分が興奮していることも自覚していた。
 酒の席で幾らでも見慣れたイギリスの裸。酔えばすぐに脱ぎ出すこいつの性癖のお蔭で、日に焼けにくい白い肌も貧相で骨ばった身体もすぐに思い出せる。それなのにこうしてベッドの上にいるだけでどうしてか艶かしく見える。汗をかいてしっとりとしている肌はきっと触れれば吸い付くようなのだろう。触れてみたい、そんな欲求にくらくらする。
 シーツが生み出すなだらかな曲線からぎぎぎと無理矢理視線を逸らして深呼吸を繰り返すと、イギリスの身体を蹴りながらベッドの隅に追いやって、よっこらせと空いたスペースに横たわる。そうして何やら寝言でぶつぶつぼやいているイギリスを抱き込んだ。
 腕の中の身体は意外にあたたかくて、遠い昔にも抱っこしたらほっとするような温もりに気持ち良くなって、一緒にお昼寝したことを思い出した。まだ境界も定まっていなくて俺とイギリスが一つに思えた頃。こいつに言えばざけんなって怒られそうだけど、俺は本当に一つになれるって信じていたんだ。
 ふわわ、欠伸が出た。お兄さんも色々あって疲れちゃった。おやすみベーベちゃん。
 そういえばアメリカはどうしたのかな、帰ったのかな?明日仕事だものね。そう言うお兄さんも仕事ですけどね、勢いで来ちゃったけど。どうすっかなー・・・上司にストライキの連絡だけは入れなきゃな。
 そう思いながらも、次の瞬間にはもう夢の中だった。


「べあああああああああっ!!!」
 朝っぱらから煩い。無意識に黙らせようと腕に力を込めて抱き寄せれば、なにしやがるとかなんとか喚きながら人の顔をべちべち叩いてきた。ああもうほんとにこのクソ眉毛は寝ている時しか可愛くない!
「ちょっとぉ、お兄さんの麗しい顔を気安く殴らないでくれる?」
「髭が当たって鬱陶しいんだよ!気色悪ぃ髭面しておいて麗しいもへったくれもあるか!つうかなんでてめぇが此処にいんだよ!なんで俺のベッドで寝てんだよ、何してんだよばかぁああああっ!!」
「えー、だって床で寝たら痛いもん」
「客間のベッドもリビングのソファもあるだろうが!大体むさ苦しいおっさんが『もん』とか言っても可愛くねぇんだよむしろうざいんだよ、死ねよド変態野郎!」
 鼻先目掛けて飛んできた拳を避けた隙にイギリスは俺の腕の中からすり抜け、素早く身を起こしてしまった。そうして現れたのは一糸纏わぬイギリスの裸体。朝日を浴びて白く輝く肌に散らばる薄い歯型と鬱血のしるし。俺の視線の意味に気付くと慌てて、見んなばかぁってシーツに包まったけど、お兄さんばっちり見ちゃった。
 ・・・あの馬鹿、好き放題しやがって。イギリスは頭からシーツを被って死にたい死にたいと呟きながら震えている。酒で酔い潰れて莫迦なことした後の口癖のようなものだけど、この場合に限っては本気なんじゃないかと心配になる。
「なぁイギリス、お前なんでアメリカとこんなことになっちゃったの」
「ちょっと喧嘩しただけだ・・・てめぇには関係ない」
 溜息混じりに尋ねれば、くぐもった声で予想通りのお返事。素直じゃない。
「関係あるでしょ、アメリカから聞いたもん。お兄さん助ける為の契約だったって」
 そう言えば柄悪く舌打ちして、あの野郎バラしやがってってぼやいた。そうだね、アメリカが教えてくれなかったら俺はまだ気付かなかっただろうし、お前は隠し通していただろうね。だからこそ、俺はアメリカの真意に気付かなきゃいけなかったんだ。一晩寝てクリアになった思考でようやくわかったこと。
「なんでそこまでしてくれるの、お兄さんのこと嫌いなくせに」
「別にてめぇの為じゃねぇよ、欧州ひいては英国の為だ。てめぇが勝手にくたばるのは構わねぇけどな」
「嘘つき、いつだって俺が困ってたら助けてくれるくせに」
「覚えがねぇな、俺がてめぇなんざ助けると思うか?生憎本気で潰しに掛かった記憶しかねぇぜ」
 はっと鼻で笑うイギリスはほんっとうに憎たらしい!シーツから顔だけ出してる間抜けな姿なのに、どうしてこうも堂々としていられるのか。
「・・・なんでそんなに俺のこと嫌うの」
「気に食わねぇ、それだけだ。お前だってそうだろ?」
「俺は――俺は、好きだよ、お前が」
 そんなシンプルで飾り気のない言葉が、何かに押されるようにぽろりと口を突いて零れた。それは今、言わなきゃいけないことだから。決着を付ける為に。けど千年越しの想いを伝えるには互いに色々あり過ぎて、女性に囁くいつもの美辞麗句なんか出て来やしない。
「ずっと好きだったよ」
 ただ一言、それだけだ。
 無駄なプライドは捨てた。端から諦めるなんて俺らしくない、欲しいものは諦めずに奪ってみせるのが俺流。愛の国らしく口説き落としてやるよ。
 目を一杯に見開いて驚くイギリスの手を取り、甲に軽く口付けた。途端。
 ばきっ!!
 いきなり振りかぶったイギリスの拳が俺の頬にヒット!ついでに衝撃でベッドから転げ落ちた。やだ痛い!愛の告白に拳で返すとかどこの野蛮人なの!?
「何すんの!!」
「俺の逆鱗に触れるような嘘つくんじゃねぇよ・・・この腐れワイン野郎が」
 頬を抑えて怒鳴る俺に、イギリスはベッドの上にゆらぁと立って対峙した。その背後にはなんかわからないけど真っ黒なオーラ。ずももももって、ナニソレ、お前魔王かなんかか?
「え、ちょ、何、信じてくれないの!?」
「ったり前だろうが!!てめぇの語る愛ほど安っちぃモンねぇんだよ!!
 びしっと立てた親指を下に向けて、あまつさえ唾をぺっと吐き捨てた。おいお前何処が紳士だよ、まるっきり現役じゃねぇか。人相もなんかこう、カツアゲするチンピラみたい。なんで俺こんな奴に告白とかしてんだろう。げっそりだよ。
「イギリス、男前だね、全部モロ見え」
「ばっ・・・見てんじゃねぇっつってんだろ!?」
「エロいこと好きだからもっと使い込んでるかと思ったけど、意外に綺麗なピンク色してんのねぇ。お兄さんハァハァ」
「こんのド変態がぁっ!!忘れろ!記憶から抹消しろ!でなきゃ死ね――っ!!」
「ちょっと坊ちゃんたらシーツで身体隠すとかどうよ、純白のウェディングドレスみたい!やだ唆る!結婚してぇぇぇっ!!」
「ざっけんなゴルァア!!」
 シーツを翻しながら繰り出される足蹴りと強烈な拳にめげずに抱きついたら、バリバリ爪で引っ掻かれた。あいたたた、猫かよお前、お兄さんは爪とぎじゃないですよー背中に愛の傷はベッドの中で付けて欲しいなぁ。
「ねぇイギリス、好き」
「・・・・・・っ、寝言は寝て言え!」
 耳元に息を吹きかけながら愛を囁けば、ギンッと物凄い眼光で睨まれた。あら、つれない。
「寝言じゃないもん、お兄さん大真面目に愛の告白してるんですー」
「どこがだよ!てめぇの戯言真に受けて痛い目見るのは御免だ」
「お兄さんやさしくするよ?お前に痛い思いなんかさせません、ベタベタに甘やかして気持ちよくしてあげます」
「そっちじゃねぇよ!!」
 思い切り頭突き喰らって怯んだ隙にべりっと引き剥がされた。イギリスは再び距離を取ってふーふー荒い息吐きながらめちゃくちゃ警戒している。肩を竦めてさりげなく一歩間を詰めたら、イギリスも同じだけじりっと後退った。髪を掻き上げようと手をあげたらびくりと大袈裟な程に震える。
 俺の挙動に一々反応するイギリスに、思わず溜息が漏れた。なんだかなぁ、俺は怖がらせたい訳じゃないのにね。
「ねぇ信じてよ、でなきゃお兄さん泣いちゃう」
「はっ、勝手に泣いてろ、ばか」
「いいの?お兄さんが泣いたらパリに雨降っちゃうよ?止めどなくずっと降り続けてお前の『雨の多い国』ってアイデンティティ奪っちゃうよ!?」
「よーしわかった、お前は俺に喧嘩売ってんだな?そうなんだな!?」
「ちっがーう!お兄さんは信じて欲しいだけ!ほんとにさ・・・お前が猜疑心強くて愛を信じない性質だってことは重々承知してるけどさ、ちょっとくらい信じてくれたっていいじゃない。俺達の仲でしょ?」
「てめぇだから有り得ねぇっつってんだよ。お前、俺のこと大嫌いって言ってたじゃねぇか。上等だよ、俺もてめぇなんか大っ嫌いだ!!」
 癇癪起こした子供みたいにイギリスが喚いた。言うだけ言って我に返って・・・泣きそうな顔をする。不安げに瞳揺らして、唇噛んで。そんなの、好きって言ってるようなものじゃない。
 知らず、ふっと笑みが漏れた。
 なにこれ、ほんとどうしようもないね、俺もお前も。意地っ張りで素直じゃなくて自分本位。寄ればすぐに嫌味の応酬から始まって罵り合ってヒートアップしたら即ボコり合い。千年飽きずに小競り合いと大喧嘩繰り返して来て、拳で分かったことはお互い気に食わないってこと。
 だけど間違いなく、俺はイギリスが好きで、イギリスは俺のことが好きなんだ。
 気に入らない、気に食わない、嫌い、ムカつく、だけど好き。そんな無茶苦茶な感情が成立するのはお前くらいだよ、腹立つな。けど俺も似たようなもん。めんどくさいけどスリル満点で面白い、そんな上級者向けの恋の方が飽きなくていい!
 無茶苦茶なのはお互い様。なんだ、俺達お似合いじゃん?そう思うと肩が軽くなった。不安に思うことはない、大丈夫、想いは通じる。
 なんたって俺は愛の国だからね!


「――それでも、俺は好きだよ」
「俺は・・・嫌いだ」
「好き」
「嫌いっつってんだろ!」
「好きなんだもん」
「もんとか言うな!うぜぇっ!」
「・・・結婚、してくれないか」
「!!!嫌なこと思い出さすんじゃねぇぇぇっ!!つうかステップぶっ飛ばし過ぎんだろ!ゴルァ!!」
 ブチ切れたイギリスの回し蹴りがクリーンヒット!お兄さん華麗に宙を舞って床に落ちた。あいたたた。ぐわんぐわんする頭を抑えて座り込んでいると乱暴に胸倉を掴まれた。見上げれば現役さながらのイギリス。いやん、積極的なんだから。振りかざした拳に臆せずにこっと笑いかければ、イギリスは苦虫を噛み潰したような顔をして、寸前で手を止めた。
「じゃあさ、俺の恋人になってよ」
「っ、ふざけ・・・」
「ふざけてない、好き」
「もう黙ればかっ!」
 必死な形相で叫ぶイギリスが両手で俺の口を塞ぐ。俯いて表情は見えないけど、何を考えているのかはわかる。疑り深いこいつは俺を信じていいのかわからなくて不安なんだよね。でも真っ向からのガチの告白は嬉しいんだよね。素直には認めないけど、ツンデレだから。
 身体に巻きつけた真っ白なシーツが、イギリスのほんのり赤く染まって上気した肌を際立たせる。しどけないその姿にごくんと喉を鳴らしつつ、目の前の麦穂色をした頭をぽんぽんと撫ぜる。遠い昔、森の中でしたように。安心して、俺を信じて。癖の強い金糸を何度も指で梳いて待つ。
 そうしたら。
「マジ、なのかよ・・・」
 絶望とも取れるような掠れた声で聞いてくるから、俺の口を塞ぐ手を、ぺろって舐めた。ぎゃあああって悲鳴をあげて飛び退くイギリスに、とびっきりの笑顔を向けてはっきり言ってやる。
「マジですよ。お兄さん、イギリスのこと愛しちゃってます」
 ばちこーんってウィンク付き。・・・こら、そこでうんざりみたいな顔しない。嬉しいなら素直に認めなさいってば。
 イギリスははぁと深い溜息をついてすくっと立ち上がると、わかったと呟いた。想いが通じたかと一瞬喜ぶ俺に、イギリスはぎらりと剣呑に目を光らせて、殴らせろと宣った。
「は、はぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「俺が百発殴る間一切抵抗しないでいたら付き合ってやる」
「ちょ、それ必要!?ていうかお前に容赦なく百発殴らせたらお兄さん死んじゃうよね!?」
「嫌なのか?」
「せめてガードくらい・・・」
「無抵抗で」
「じゅ、十発なら・・・」
「よし十発な」
 瞬間、瞼の裏で火花が散った。立て続けに鳩尾に重い一発、更に連続で頬、頬、顎。・・・八、九、十。
「ラストぉ!」
「一回多い!!ぐはっ!!」
 結局十二発殴るとか、ほんとこいつ最低!嘘つき!ばかばかばかっ!!
 力なく床に崩れ落ちてげほげほと咳き込む。この野郎、マジで加減しないだけじゃなく俺の顔ばかり狙いやがって。パリが変形したらどうしてくれるの!麗しの花の都は俺んちの大事な観光資源なんだからね!?
 息苦しさと痛みに涙が浮かぶ。ゴロンと寝そべると滲んだ視界にイギリスが近付いてくるのが見えた。その表情は見えない・・・けれど、影がさして距離がゼロになったのはわかった。
「・・・イギリス」
 それはほんの一瞬の触れ合いだった。瞬きする間に消えてしまう淡雪のような。だけど震える唇からは仄かな紅茶の香りがして、あたたかな吐息が掛かって、身体に火をつけるには十分だった。
「や、約束だからな!お前、その顔じゃもう女を口説けないだろ、だから俺が相手してやるよ・・・か、勘違いすんなよ!?お前の為じゃなく俺の為であって・・・いや、そうじゃなくて・・・」
「イギリス」
「言っとくけど俺は別にお前のことなんかなんとも思ってないんだからな!ただお前の作る料理と菓子は好きだし酒飲んだ後始末任せられるのお前くらいだし、だから付き合ってやらなくも、ない・・・みたいな」
「ねぇ、モン・シェリ」
 俺の口を封じようと必死に言い募るイギリスの唇に、そっと人差し指を添えて黙らせる。眩い朝日が差し込む部屋にほんの少しの間沈黙が落ちた。熱っぽく潤んだ翠の瞳に見て取れるのは、不安と期待。口では素直じゃないけれど、求めているのは俺だけじゃない。
 思わずによりと頬が緩んだ。
「・・・なんだよ、気色悪ぃツラしやがって」
「お兄さんね、今のすごく嬉しかったです。だから・・・」
 もっと、キスして?
「――――っ!!!」
 真っ赤な顔した愛しい人。照れ隠しに飛んできた拳を受け止め指を絡ませるとびくりと震えて。躊躇いがちに触れ合う唇からは、甘い甘い砂糖菓子の味がした。


  ×××


 ぱちゃん。
 バスタブに張ったなめらかな乳白色の湯が揺れては高い音を響かせて水紋を刻んでいく。もわもわと立ち上る湯気が肌に水滴を作っては雫となって滑り、なんだかくすぐったい。お気に入りのバスキューブから立ち上る薔薇の香りに包まれて、意識はまた深い淵へと戻りそうになる。けれど、後ろから伸びてきた手が無遠慮に俺の身体を撫で回すものだから、どうにも落ち着かない。
 まだ眠いのに、疲れた身体は睡眠を求めているのに。
「こら、坊ちゃん、もう朝ですよー」
「んむぅ・・・眠い・・・」
「朝ごはん用意する時間でしょ?そろそろ起きないと」
「うう・・・あと5分・・・」
「さっきもそう言ってました。もう、起きてくれないと悪戯しちゃうよ?」
「うるひゃい・・・はげ・・・」
「は、禿げ!?ちょ、禿げてない!禿げてないですよ!お兄さんは!!見てこのキューティクル・・・」
「うっせぇ、毟んぞコラ」
 喧しくて煩わしくてムカつく喚き声のせいでばっちり覚醒した。畜生、フランスに起こされるとか寝覚め最悪だ。つうかなんで俺は風呂にいるんだ?しかもなんでこいつもいるんだ?
 後ろから俺の身体に腕を回してニタニタと気色悪い笑みを浮かべるフランスを睨め付ける。ついでに俺のペニスにそろっと触れてきた手を抓ってやれば、悲鳴をあげた。
「ちょっ、いきなり暴力振るうのやめて!!せめて文句があるなら言って!」
「なんで勝手に風呂入れてんだよ、なんでてめぇがいんだよ、湯が汚れるだろうが」
 ばしゃんと湯を波立たせながら暴れて離れようと思ったけれど、一瞬先に強く抱き竦められた。くそっ、軟弱野郎の癖に無駄な腕力つけやがって。身長は変わらないのに筋肉の付き方が違うせいか、がっちりと抑え込まれると身動き取れない。
「だって坊ちゃん昨日シャワー浴びずに寝ちゃったでしょ?お兄さん途中からナマでしちゃったし。寝る前に掻き出したけど心配じゃない、だから綺麗にしてあげようと俺は親切で身体洗ってあげてたの!」
「ほう、てめぇの親切は人の性器弄くり回すことを言うのか」
「それはおまけ。ほら、綺麗にしなきゃ、ここも」
 するりと内腿を撫で回されてぞわぞわと怖気だつ。
「だぁっ、触んな!離せこの、変態・・・っ」
「お前、手入れとか全然しないくせにお肌すべすべな」
「ん、やめろ、ってぇ・・・あんっ!」
 フランスの指が奥の窄まりに触れ、縁をかりっと爪先で引っ掻かれた。それだけで快楽に従順なこの身体はびくりと震え、くったりと力が抜けてしまう。指は勝手知ったるとばかりに縁をぐるりとなぞり、狭い入り口を強引に抉じ開けて侵入してきた。
「あ、・・・っひ、ぁ」
 思わず息を詰めると指をきゅうっと締め付けてしまい、余計にナカに入った異物の存在を感じ取ってしまう。はふはふと息を吐き出しながら仰け反れば、奴の腹に押し付ける形になった腰が其処に・・・熱くて硬くて腹立たしいモノの存在を認めてしまった。
「ばっ・・・何、朝っぱらからおっ勃てて・・・ひゃあんっ!」
「坊ちゃんがえっちな身体してるからでしょぉ?」
「ふざけ・・・っあ、ぁあっ、ん、ひ」
 あっという間に指は二本に増やされ、アヌスを広げられる度に湯が入ってくる。熱くてぬめりを帯びたそれがじんわりと腹の中を充たすのにさえ感じて、イヤイヤと首を振った。
 快楽を教えこまれた其処は貪欲で、指じゃ届かない処が疼いて堪らない。もっと奥まで欲しいとヒクヒク蠢いているのが自分でもわかって泣きたくなる。昨晩散々抱かれた身体は疲れていてもうやめて欲しいのに、俺を貫いて奥まで満たすモノが欲しくて恋しくてもどかしい。
「あっ・・・ん、んぅ・・・」
 ちゅっちゅっと首筋にキスを落とされる。熱い吐息が掛かってくすぐったい。身を捩れば俺を抑え込んでいた手が肌を滑り胸の飾りに触れた。指の腹で押し潰されるとじくじくと下腹部に熱が篭っていく。きゅうっと摘まれればひんっと女みたいな声が漏れた。
 執拗に弄られた其処はぷっくりと膨れ上がっていて少しひりひりする。なのに押し退けようと思って動かした俺の手は奴の腕に添えるだけ。なんだこれ、もっと弄ってって言ってるみたいじゃねぇか。ばかじゃねぇの。大体男の胸弄って何が楽しいんだ、ばーかばーか。・・・くそ、痛いのにイイって思う自分にムカつく!
「ん、・・・はぁ・・・あ・・・」
「ははっ、やぁらしい顔」
「てめ、も、やめ・・・ふぁっ!あっ」
「えーほんとにやめちゃっていいの?」
「・・・んああ・・・や、そこ、あぁん・・・畜生・・・っ」
 緩やかにナカをまさぐっていた指がいきなり俺のイイトコを押し上げて、目の前がチカチカと瞬いた。過敏な其処だけをカリカリと引っ掻いて指の腹で擦られれば理性なんかすぐにぶっ飛んじまう。あられもない甘い声がひっきりなしに零れるのを抑えられない。
 なんとか震える手で口元を塞ごうとすれば呆気無くフランスに封じられ、ついでに顎を掴まれて強引にキスされた。べろりといやらしく上顎を舐められて、またアヌスがきゅんっと締まる。また、感じる。繊細で舞うように動く、フランスの指。
 乳白色の湯で見えないけれど俺のペニスはとっくに勃ち上がっていて、透明な雫をたらたらと零しては湯に溶かし込んでいる。こんな風に反応している性器を見せたらフランスが調子づく。調子づいたフランスは超絶うざい。だからバスキューブを放り込んだ点だけは褒めてやってもいい。
 つうか内側から前立腺を弄られただけでぱんぱんに膨れるとか、どうなんだこれ。開発されまくった身体は前を弄らなくても後ろだけでイケる。否、後ろを弄らないとイケない。それに気付いた時の俺の絶望ときたら!・・・マジで死にたい。
 ムカついたから俺の身体を好き勝手に弄るフランスを後で殴ろう。弄られて悦ぶ自分も殴ってやりたい。せめてもの仕返しで、はしたなく揺れる尻でフランスのペニスを押し潰してやれば、背後でううっと呻き声をあげた。へっ、ざまーみろ。
「んもう、坊ちゃんたらおイタが過ぎるよ?」
「ヨカッただろ?なんなら素股でイカせてやろうか?」
「もう、身体はこんなに従順なのに口だけは可愛くない!お仕置きしちゃうから!」
「はっ、何する・・・うあっ!?」
 ずるりと乱雑に指を引き抜いたかと思えばいきなり腰を掴まれ、高く持ち上げられた。・・・必然的に体勢を崩した俺の目の前には乳白色の水面が迫る。慌てて何か掴む物をと手をばたつかせるけれど、それは宙を無駄に掻くだけで。
 ばしゃあぁんっ!
 思い切り湯の中に顔を突っ込んだ。・・・その瞬間を狙ってフランスが俺を貫いた。
「――――っ!ぐっ・・・げほごほっ、かはっ!」
「ははっ、今すっごくナカ締まった」
「ごほっ、ごほっ・・・ひ、ぅ・・・っ」
 必死にバスタブの縁を掴んで顔を持ち上げ酸素を取り込もうとする。けれど、気管に水が入ってしまってうまく息ができない。激しく咳き込みながら身も世もなくボロボロと泣いて、それなのにペニスを突っ込まれたアナルはご褒美が貰えたかのようにヒクヒク震えて悦んでいる。くそっ、このビッチ!
「あー坊ちゃんのナカ、気持ちい・・・」
「くそったれぇ・・・っ抜けよ、畜生、この変態サド野郎っ!」
「サドって・・・お前ねぇ、セックスの時くらい可愛くできないの?」
「知るか、くそ・・・うぁ、あっ、くっ」
「ほらほら、ナカは素直よ?きゅんきゅんしてる」
「やっ・・・んあぁ・・・」
 ずるりと腸壁を引き摺りながら浅い抜き差しをされて、太腿がぶるぶると震える。ぐちゃぐちゃ淫らな音が浴室に響き渡る。フランスのペニスと一緒に入ってきた湯が腹の中でとっぷんとっぷん揺れていて、粘度の高いこいつの先走りと混ざって俺の中に浸透してくる。あ、やばい、これ変になりそう。
「ひぁ、あ・・・っ」
 急に伸びてきた手が俺の乳首を押し潰す。背筋をつうっと舐められた。それだけで甘い痺れがピリリッて走ってぞくぞくって震える。全身が性感帯になったみたい。触れられる度に身を捩って腰を揺らせば穿たれる場所が不規則になって、また感じてしまう。
「あっ、ぁ、ひ・・・んあっ」
 訳がわからなくてただ甲高い声でよがって啼いて。バスタブにしがみつく手に力が入らなくて滑ったら顔が湯に沈んだ。息ができなくてパニックになる俺を逞しい腕がぐいっと引き起こす。けど密着を深めたら奥までペニスを咥え込むことになって、また俺はナカにある熱いモノを締め付けた。
 ぎゅうぎゅうに締め付けてキツく狭いはずなのに、斟酌せず強引にピストンを繰り返されれば敏感な粘膜が擦れて気持ちいい。それを無意識に言葉にしていたのか、後ろで嬉しそうに笑う声が聞こえた。
「・・・お前、ほんと、好きだね」
「うるせっ・・・ぁ、やだ、これ・・・っ」
 俺を屈服させるかのようにがつがつと腰を振って穿つ男。恥部を晒し身体を、心を開かれる。纏わりつく薔薇の香りに俺のじゃない、別の匂いが混ざる。鼻孔からも侵略されて頭がおかしくなりそう。
 ちゅうっと肌に吸い付かれた。少し離れた処をまた、キツく。あぁこれ痕ついた。愛の証だなんてこいつは言うけど、そんないいもんじゃない。どっちかというと所有のしるし。俺を組み伏せた、勝利の証。強欲で高慢なこいつらしい性質の悪い嫌がらせだ。なのにこんなのつけられて喜ぶ俺も大概おかしい。
 イヤイヤと首を振って身を捩れば、何が嫌なのと笑う。わかってるくせに!
「あ・・・ぁあん、も、てめぇはいっぺん死ね!」
「ヤですよーお兄さんが死んだら泣いちゃう子がいるから死ねません」
「ふ、は・・・てめ、堂々と・・・浮気、宣言、かよっ」
「浮気じゃないもん、此処にいる寂しがり屋なくせに素直じゃないツンデレのことだもん」
 そんなことを熱い息を吹きかけながら耳打ちされたら、俺だけを愛してるって言われたみたいで、全身がぼっと茹だった。固まってしまった俺の耳朶をべろりと舐めて、可愛いと囁かれる。首筋にまたキスが落とされる。ちゅって、また痕をつけられた。これは確かに愛の証。あ、だけど其処はシャツで隠せない。畜生、見える処にはすんなって言ってんのに!
「ばっ・・・ばかぁ・・・んふっ」
「ね、お兄さんが死んだら坊ちゃん泣いちゃうでしょ?」
「あっ・・・ぁ・・・知る、か・・・」
「お兄さんは坊ちゃんがいなくなったら泣いちゃうよ?」
「てめぇより、先にくたばって、堪るか・・・ぁ、も、いい加減に・・・っ」
「流石坊ちゃん、勇ましい。で、どうして欲しいの?」
 この期に及んで俺に言わせようとするこいつに心底腹が立つ。わかってるくせに、悪趣味!変態!ばかばかばかっ!!内心であらん限りの悪態を吐く。けれど限界が近づいていてこれ以上待てない。もうイキたい。だけどイキたくない。
 だから腰を打ち付けられてひいひい狂ったみたいに喘ぎながら泣きじゃくって、頭を空っぽにして叫ぶ。
「・・・っ後ろ、から、じゃ、・・・やだぁ・・・っ」
 顔を見ながらじゃなきゃイキたくない。後ろからじゃ怖い。誰に抱かれているのかわからなくて、屈服させられてるみたいで、怖い。ムカつく髭面が微笑んで、海の底みたいな瑠璃色の瞳が愛おしそうに俺を見て・・・愛してるって、囁かれて。ついでに髭の一本二本引っこ抜きながら一つになれたなら。
 そうしたら俺は、死んでもいいって思えるくらい幸せだから。
「――よく、できましたっ」
「ひぁあああっ!?」
 ずるっと引き抜かれて唐突な喪失感にパニックになる。かと思うとぐるんと視界が回って、固く瞑った目をそろりと開けばフランスの膝の上に向い合って座っていた。
「ごめんね、意地悪しちゃった」
 そっと優しく頬を撫でられた。眦に唇が寄せられ、浮かぶ涙を吸い取った。はぁはぁと荒い息を吐く俺を宥めるように、フランスは鼻に、額にキスを落としていく。それを俺は身動ぎせずに黙ったまま受け止める。
 フランスは困ったように笑って、でも俺の考えなんかお見通しみたいな顔して。穏やかな手つきで俺の頭を引き寄せるから、ゆっくりと目を閉じたら、あたたかな唇が触れた。
 それはやさしいキス。ただ触れるだけ、なのにじんって身体が芯から熱くなる。肉感的で意外にふにふにと柔らかいフランスの唇。呼吸も揃えて唇を押し付けて、押し返されて、僅かに離れた――次の瞬間には、互いに貪るように深く深く口付けた。
「・・・っ、んっ!」
 角度を何度も変えながら喰らいあうように唇を合わせ、舌を擦り合わせて互いの口内を弄る。弱いポイントをべろべろ舐め回すから、負けじと舌先をじゅって吸い上げてやった。びくんて震えるから嬉しくて何度も舌を絡めて啜る。仕返しとばかりに唇を甘噛されたら不覚にも腰が浮いてしまって。全身に電流がビリビリ走って脳を侵していく。
 あぁ気持ちいい。もっと、もっと。唾液なんかどっちのかわからないくらい混ざり合って口の周りを汚している。けどそんなのも気にならないくらい、麻薬みたいなキス。すごくイイ。
「坊ちゃん、おいで」
 ようやく唇を離したフランスが興奮を隠しきれずに上擦った声で言うから、思わず笑ってしまった。そしたらまた意地悪するよ、なんて言うから、それはお断りだと舌を出して。俺も早くイッてしまいたいから素直にフランスの導きに従い、ビキビキにそそり勃つペニスに自らのアヌスを充てがう。
「・・・あ、ぁん・・・っ」
 お預けを喰らっていた俺のアナルは嬉しそうにずぷりと一気に咥え込んだ。一緒に湯も入って腹の中が熱くて熱くて堪らない。ぐちゃってペニスが俺のイイトコを抉る。ぱちゃんて湯が揺れる。あーやばい、これハマりそう。
 正面から抱き合ってちゅっちゅって啄むようなキスを繰り返しながらゆるやかに腰を動かす。挿れて抜いてまた挿れて、その繰り返し。単純な動きなのにその度にアナルは過剰なまでに反応して。絡めて締め付けて、逃がさないように。もっと欲しい、もっと奥まできて、ナカを満たして溶け合って、ぐずぐずになって一つになりたい。
「あっ・・・ぁ、あっ」
 室内に立ち込める薔薇の香りに酔ったのか、くらくらする。酩酊したみたいに目が回る。幸福感に目眩がする。フランスが好き。どうしようもない髭野郎だけど、好き。愛してる。
 俺も愛してるよ、なんて甘い囁きが耳元に吹き込まれる。俺を逃さないとばかりに腰に手指が食い込む。痛いくらい、だけど嬉しい。
「も、イク、あっ・・・やばい、イク、イクぅっ!」
「俺も、あ、キツっ・・・」
「うあっ、あ、――――っ!!」
 腹の奥から全身に電流みたいな快感が駆け巡って、目の前がちかちかと瞬いた。爪先をきゅうって丸めながら迫り上がる衝動に任せてびゅくびゅくと湯の中に精を吐き出す。同時にフランスがうって呻いて俺の腰を好き勝手に上下に動かすと、ナカでペニスがびくんびくん跳ねて湯よりも熱い飛沫が広がった。
 けだるい気分に浸りながら顔を見合わせてあぐあぐと唇をくっつけて。はぁと深く息を吐きながらぺたんとフランスの肩に頭を乗せると、俺は目を閉じた。
 どっどっどっ。
 吐精したばかりの鼓動は早鐘を打つかのよう。でもこれがフランスの心臓の音。千年変わらず俺の傍で響いていた音。
 愛しい男の生きてる音。
 その音に耳を澄ませながらまたうとうとと微睡み始めたら、残念そうに呟く声が聞こえてきた。
「あー、やっぱりバスキューブ入れなきゃ良かった」
「・・・なんで」
 聞かない方がいい気もするけれど、一応聞いてみる。顔を上げれば至極真面目な顔。こんな顔してる時は大体碌なこと考えてない。変態的なこととかエロいこととか馬鹿げたこととか。本当に碌でもないことばかり。千年の付き合いで身に沁みてわかってる。
 フランスがチラッと俺を見るから視線で答えを促せば。
「坊ちゃんのせーえきがお湯に浮かぶの見たかった」
 思った通り変態的にエロい戯言だった。
 だから。
「・・・・・・っ!!てめぇはやっぱりいっぺん死ね!!」
 愛しい男の頬を力の限りぶん殴ってしまったのは仕方ないと思う。


  ×××


 窓から陽光が燦々と差し込むムカつく程に爽やかな朝。パリの古びたアパートなのにこれから食卓テーブルに並べられるのは、今日もきっと完璧と言っていいイングリッシュ・ブレックファースト、のなれの果て。黒い塊にしか見えないベーコンとスクランブルエッグが正しい色合いで皿に盛られるようになるのはいつだろう。数百年経ても変わらないのだから、この先も改善されることはないのだろうな。どうせどんな形でも俺は食べるし。
 ドアの向こうからは朝っぱらにも関わらず淫靡な声。喘ぎ声を上げている方は何も知らないのだろうけど、責め立てている方は絶対わざとだ。俺に、聴かせる為。これで抜いて欲求不満を発散しろってね。はっきり言って余計なお世話だよ!それなのに、一週間の激務に疲れきっているはずの俺の息子は臨戦態勢。泣きたい。
 彼の思う壺だというのが無性に腹立たしいけれど、仕方なく窮屈な前を寛げて性器を取り出すと、耳をそばだてて目を瞑った。
『ひぁ、あんっ』
 イギリスの声が一際高く上がった。ずぷずぷっと卑猥な水音さえ聞こえてきそう。浴室みたいな狭いとこで良くやるよ。俺もヤったけど。湯気の中、上気した薄桃色の肌がぼんやり見えるのとか、水滴が身体の線を伝うのとか、いやらしくて興奮するんだよね。
『んあぁ・・・や、あ』
 あーもう、ほんと彼の声はクるよ、色々と!なんでそんなにエロいんだい!俺の脳裏ではイギリスが翠の瞳からボロボロ涙を零して、白い喉を惜しげも無く晒している。現実の彼もきっとそう。彼の熱い孔が俺のペニスを受け容れ、ヒクヒク蠢きながら絡んでくる。俺の精液を頂戴ってきゅうきゅう締め付ける。
『坊ちゃんのナカってば、熱くって溶けちゃいそう』
『う、るせ・・・ってめ、早く、イケよ!』
『急かさないでよ、せっかく坊ちゃんのナカ堪能してんのに』
『知るかっ、この遅漏野郎!』
『ちょ、聞き捨てならな・・・あいたっ!この、足癖悪い似非紳士!』
『似非じゃねぇっ・・・んあっ!あ、』
『似非じゃなかったら元ヤン?まだお仕置きされたいの?』
『ざっけんな!てめぇこそ汚物ちょん切られたくなかったらさっさと俺を満足させやがれ!』
 途中から耳を塞ぐのもいつものこと。彼等の情事ときたら色気がないんだから!喧嘩してるのかセックスしてるのかさっぱりわからない。もう、俺の自慰の邪魔しないでくれよ!
『わーかーりーまーしーたーよー、此処でしょ?此処。ほらほらほら!』
『・・・っひあっ、ぁ、あぁんっ!そこ、そこぉ・・・うぁ、あ、イイ・・・』
『もう、昨日もたっぷりしてあげたのに、えっろいね、お前』
『あっあぁんっ!黙れ、ばかぁあんっ!あん、ぁんんっ!』
 ドアの向こうからパンッパンッと肌がぶつかり合う音が響く。じゅぷじゅぷとはしたない水音も。あぁこれは俺のか。手の中のモノが先走りでぐちゃぐちゃになってる。彼の熱で蕩けて弾ける。
「――――っ!」
 声を殺して達すると、手の中に吐き出した白濁をそっとシャツで拭きとった。ランドリーから拝借した、イギリスの体臭が染み込んだコットンシャツ。べっとりと塗りつけてやる。
 俺の欲も染み込んでしまえばいい。
 

「わお、男前が上がったね、って言えばいいのかい?」
「うるさいよ、お前いつ来たの」
「さっき。お腹ぺこぺこなんだぞ!早くしてくれよ」
 先にリビングに入って来たのは不機嫌な顔したフランスだった。まぁイギリスは色々始末があるだろうからね。そのフランスの頬は真っ赤に腫れ上がっている。また殴られたんだろう。このおっさん達ときたらほんとどうしようもない。
 フランスがサラダの準備を始める横で、俺はトーストを用意する。最後にキッチンに入って来たイギリスが俺に遅くなったことを詫びて、フライパンに三人分のベーコンと卵を放り込む。もちろん殻がぱらぱら落ちたのを何食わぬ顔で混ぜたのを俺は目撃した。
 そうしてパリ郊外のフランス所有のアパートで、週末の朝、三人で一緒に朝食を取る。食事の後、俺は仮眠を取って、イギリスは刺繍したり読書をしたり、フランスは・・・何かしてるんだろう。それぞれ好きなように過ごして、昼食をまた一緒に取る。
 午後はなるべく三人で同じことをして過ごすのが決まりだ。それぞれ趣味がまったく違うから、そこは話し合いで決めたりじゃんけんだったり。この間は俺の意見が通ったから軽い運動をしたら、おっさん二人伸びちゃったっけ。まったくだらしないんだぞ!
 日が暮れてテーブルに並べられるのはフランスが手腕を発揮した見事な料理。それを他愛のない話をしながらぺろっと食べて。付かず離れずの距離で夜を過ごしたら、それぞれ別の部屋で寝る。
 都合のつく週末には、こうして三人集って時間を共有する。そういう約束。


 あれから俺とフランスは話し合った。
 イギリスと付き合うことになったと言われて、冷静でいられた訳じゃない。その言葉を耳にした途端、全身の血が沸騰したかのように目の前が真っ赤に染まって、怒りと悔しさに腸が煮えくり返った。烈しい嫉妬で気が狂いそうだった。
 もちろん覚悟はしていた。きっと二人は付き合うことになるだろうって。その為にイギリスとの関係を解消したのは俺だし、フランスをけしかけたのも俺だ。彼等がくっつくのが一番いいって思ったから。イギリスに・・・笑って欲しかったから。
 だけど理性では当然の結果だとわかっていても、心が追いつかなくて。だって俺は本当にイギリスのことが好きで・・・ずっと、ずっと好きで。無理矢理手に入れようとするくらいに好きだったんだ。そんなことをしても当然彼の気持ちを俺に向けさせることはできなかったけど、二人の千年の時間に敵うはずないんだって、わかっていたけれど。
 それでも好きだったんだ。
 だから、俺は押し黙ったまま嫉妬と憎しみと殺意さえ込めてフランスを睨んだ。そんな俺をフランスもまた無言で見返してきて。
 一言、頼みがあるって頭を下げた。
「頼み?もう二度とイギリスに触れるなとでも言いたいのかな。早速恋人気取りかい?ははっ、ばかばかしい」
「違う、そんなんじゃない」
「じゃあ何。仕事以外でイギリスに会うな、とか?」
「お前らが関係を持つ前に戻って、普通に接してやってくれないか」
「・・・・・・どうして」
 予想外、と思った。同時に狡い大人の遣り口だと思った。いつもおちゃらけてばかりの癖に、そんな真面目な顔できるんだ?俺よりももっと彼のことわかってる、みたいな顔して。俺に知らしめるんだ、自分と彼の関係を。俺に付け入る隙なんかないって思い知らせるんだ。
「お前に距離置かれたら、あいつは泣いちゃうからさ」
 ぎしっと奥歯を噛み締めて睨みつける俺に、フランスは肩を竦めながらあっさりと言ってのけた。余裕ぶりやがって、心底腹立たしい!
 以前のように、だって?彼の傍に寄る者すべてに注意を払い、彼の関心を引こうと子供じみた振る舞いをし、休日には俺を意識して欲しくて遊びに行った。結局イギリスは俺の想いにはこれっぽっちも気付いてくれなかったけど、これからまた、そんな風に接しろと?
 それはフランスの驕りだ。俺があからさまな好意を向けてもイギリスは自分以外に靡かないと思っているから言えるんだ。
 イギリスも狡い。俺の想いに応えるつもりはないのに、距離を置かれるのは寂しいんだ。彼はそういう人だ。一度懐に入れて愛し慈しんだ俺になら、何をされたって最後には許してしまう。独立した時のように。きっと俺がレイプしたのだってもう許してる。だけど唯一、離れることだけは許してくれない。
 俺を好きになってくれない癖に、いつまでも愛し続けるんだ。本当に狡くて勝手でどうしようもない人だ。
 それでも、俺は頷くしかない。だってイギリスが笑うのが見たいから。――笑って欲しいんだ!


「イギリス・・・今日は一緒に寝てあげてもいいんだぞ」
 どっこいしょ、と年寄りくさい言葉を発しながら立ち上がったイギリスの服を咄嗟に掴む。なんだよ、と振り返る彼にそう言うと、呆れたようにはぁと溜息を吐かれた。
「・・・お前なぁ、ったく、なんで怖いのが苦手なくせにホラーなんか見たがるんだ」
「こ、怖いんじゃないんだぞ!?俺はヒーローだから、怖くて一人じゃ眠れない君の為にっ」
「莫迦言ってんじゃねぇよ。つうかさっきのそんなに怖かったか?ちょっとグロくてねちっこいだけじゃねぇか」
「ちょっと!?あんなにスプラッタで血みどろだったのに!?おまけになんなんだい、あの終わり方!気分悪いにも程があるんだぞ!!」
「・・・そのDVDを面白いからっつって持って来たのはどこの誰だよ」
「あんなにヒドイと思わなかったんだよ!とにかく今夜は一緒に寝よう、反対意見は認めないんだぞ!」
 抱き込んでいたクッションをポイっと放り投げると、イギリスのお腹に顔を押し当ててぎゅうぎゅうしがみつく。すんっと鼻孔を擽るのは薔薇と紅茶の香り。今夜はこの匂いに包まれて安心して寝たい。
「ほんっとお前自己中だよな・・・あぁわかったわかった、一緒に寝てやるから離せって」
 結局のところ俺に甘いイギリスは、諦めたように頷いてくれた。やさしい手付きで俺の頭を撫ぜる。子供扱いされてるなぁ・・・仕方ないけれど。
 そこに待ったをかける声がキッチンの方から聞こえてきた。まぁ予想通りだ。
「こらこらこら、お前ら何言っちゃってんの!アメリカはちゃんとルールを守らなきゃダメでしょ!」
 慌ててエプロンを翻しながら駆けて来て、俺達の前に立ちはだかる。別にフランスが危惧することなんか何もないのに。ちょっと怖がりのイギリスの添い寝をしてあげるだけなんだぞ!
「うっせえクソ髭、アメリカが怖くて眠れないんだ、可哀想だろうが!!」
「お前はいつになったらその保護者ヅラ止めんの!何かあってからじゃ・・・」
「何かってなんだい、フランス。ちょっとは信用してくれよ、俺は君達の関係を認めてるんだぞ。そんなに心配なら君も一緒に寝たらいいじゃないか」
「え、何、それって3ぴ・・・?ぎゃっ!」
「そんな訳ないんだぞ!!」
 思わず掴んだリモコンでフランスの下半身を突いた。同時にイギリスの踵落としがフランスの脳天に決まった。
 まったくなんでそうなるんだい、フランスの頭の中は爛れきってるんだぞ!
「おいアメリカ、こんな変態を寝室に入れたらお前のケツの穴が危ないぞ」
「お前の心配はソッチなの!?わかりました、お兄さんも一緒に寝てあげます!混ざっちゃうもんねぇぇっ!」
「先に言っとくがてめぇは床だ」
「ちょ、お前恋人に対して冷たい、冷たすぎる!!」
「恋人とか虫酸が走ること言うな」
「なにそれ酷い!!」
 ぎゃあぎゃあと騒がしいおっさん達に辟易しながら、結局俺とイギリスがベッドに、フランスは床にたくさん毛布を敷き詰めて寝転んだ。最後まで恨めしそうに俺達を睨んでいたけど、気にする必要ないよね。どうせ彼は俺の動向を見張って一晩中寝ないつもりなんだろうし。それとも俺を信じてくれるかな?少なくともイギリスは俺のことを信じているみたい。
 さっさと目を瞑ってしまった彼からは、微かに寝息が漏れ聞こえる。それでいい、安心して。俺は君に指一本だって触れない。だって俺はもうこの恋を終わらせるって決めたんだ。
 君が笑って楽しそうにしている、それを見ているだけで俺は十分幸せなんだ。笑っていて欲しいから、俺はこの恋を終わらせる。
 何百年も抱き続けてきた想いだから、そう簡単にはいかないかもしれない。終わらせるのにまた何百年も掛かるのかもしれない。まだまだ涙は出る。心がキリキリと痛む。だけど俺は君に恋したことを後悔なんかしたくない。むしろ誇りに思うよ。俺が育み、俺を突き動かしてきた想いなのだから。
 だから、少しずつ思い出に変えていく。俺の胸の奥底に、このあたたかくて甘やかでちょっぴり切ない気持ちを、大切に仕舞い込むんだ。

 だけど、もし――何百年掛けても、それでもこの恋が終わらないのであれば。
 その時は、ずっと抱き続けていくまでだ。
 永遠に。
 俺が俺の恋を、痛み諸共に引き受けてあげる。
 なんたって俺は、皆を幸せにするヒーローだからね!


  ――おわり――






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