UK 欧米でのバレンタインデーは男も女も関係なく様々な品物を親しい友人や恋人に贈るという日だ。だが日本では愛情を伝える方法としてチョコレートを贈るらしい。それを聞いて俺も今年は恋人にチョコレートを贈ることにした。恋人――そう、アメリカに。 本来なら手作りのチョコレートを贈りたいところだが、このところずっと仕事が立て込んでいて碌に家に帰ることもままならなかった。連日の労働基準法を無視した勤務と引き換えに休暇をもぎ取るのがやっとだったので、仕方なくショップで可愛いトリュフボックスを購入して、空を飛んで大西洋を渡った。 そうして此処、アメリカの家にいるのだが・・・何故か俺はリビングに一人で座っている。アメリカは此処にはいない。俺という存在を無視して自室に篭り、新作だなんだと言っていたゲームに夢中になっている。時折奴の部屋から微かにゲームのBGMが漏れ聞こえてくる。そのことにまた疎外感を覚える。 チョコレートは渡せないまま俺のスーツのポケットに入っている。そっと其処に手を差し入れて、まだ箱があることを確認する。こつんと堅いケースを指でなぞって、溜息を漏らしながらポケットから手を出して所在なく彷徨わせた後、傍に無造作に置かれたクッションを手に取った。それを抱え込んで、再び何度目かの溜息をはぁと漏らす。 アメリカの部屋に着いた直後はなかなか良い雰囲気だったんだ。あいつは俺を見ると嬉しそうに顔を綻ばせて、ぎゅっと力強く抱き締めてくれた。俺もあいつの体温に安心して身を委ねた。すぐにチョコレートを渡そうと思ったのだけど気恥ずかしくてどうしても出せず俯く俺に、あいつはわかってるとでも言うような顔をしてキスをくれた。 啄むようなキスを何度もして、そのうち触れるだけじゃ物足りなくてあいつの後頭部を抑えて唇を押し付けた。舌を差し入れるとやわやわと吸われ、そのまま深い角度になったキスは息苦しい程に貪られ口内を蹂躙されていった。求めて求められて濃密なキスに思考が蕩けていって、そのまま寝室に縺れ込みそうになった――のだけど、チャイムが鳴ったんだ。 こんな時に来客とか誰だ、と殺意を覚えながら応答するアメリカを眺めていれば宅配業者だった。どうやらアメリカが注文していたゲームの新作が届いたらしい。ひゃっほーとかどぅるっふーとか奇声を上げながらドタドタと慌ただしく玄関に向かい、戻って来たあいつはなんたることか、ちょっと試してくるねと一言告げて自室でゲームを始めてしまったのだ。 「さて、帰るか」 そう一言呟いて玄関のクローゼットを開けて気付く。・・・俺のコートがない。コートがないという事はアメリカの家に着いた時にポケットに入れておいた諸々の荷物がない。諸々というのはパスポートやら財布やらキーチェーンのことだ。あれがないと俺は米国を出られないし家にも入れない。 「あの野郎・・・っ」 ぎりぎりと歯軋りしながらクローゼットを漁るが見つからない。そもそも何でもかんでも入れ込んでるから奥の方がまったく見えない。仕方なく中の物を取り出しながら探すうちに、段々乱雑なクローゼットの状態に苛々してきて、つい整理整頓を始めてしまった。綺麗に大小揃えて小物は箱に入れタグも付けた。取り出しやすいように片付けられたことに満足して笑みを漏らす。で、俺は何をしていたんだっけ?あぁそうそう、コートだコート。そう思い至ったが目当ての物は結局クローゼットの中にはなかった。 玄関からリビングに至る前に隠したとすると・・・バスルームか?覗いて見るとバスタブの中にコートが放置されていた。うちのテーラーが丹精込めて仕立てたコートになんてことしてくれてんだ、あのバカ!100%ビキューナだぞ?これ台無しになってたら殺すぞ。ったく、濡れていなかったのが幸いだ。けどポケットを探るとパスポートだけ見つからない。くそっあいつパスポートが無ければ俺は帰らないと踏んでやがる。実際帰れないけどな! 腹立ちは最高潮に達して、リビングに戻る途中あいつがゲームに勤しむ部屋のドアをがんっと蹴飛ばしてやった。部屋の中からは愉しげな歓声が上がる。くっそ、マジで帰りてぇ。苛々しながらキッチンに向かって紅茶を探すが・・・あのバカ俺が来るのわかってるくせに用意してないときた。コーヒーなんざ絶対飲んでやるもんか、くそっくらえだ!あちこち探って出て来た缶ビールのプルトップを引くと一気に飲み干す。呑まずにやってられるか!! 一人リビングのソファに座って数本のビールを煽りつつ悪態を吐きまくった。けれどそのうち寂しくなっ・・・いやいや違う、ちょっと心細い・・・じゃなくて、あいつが傍にいない事が悔しくて、哀しくて。喉元までせり上がる嗚咽を無理矢理呑み込んで、膝の上に抱え込んだクッションに顔を押し付ける。どうせすぐゲームに飽きて戻って来るはず、泣いてたらみっともねぇだろ俺。 そう自分に言い聞かせていたら――不可解なことが起きた。クッションが、俺を見たのだ。いや、そんなはずない。顔を上げて遠くに視線を遣りながら自嘲気味に微笑む。疲れてんのかな俺、連日仕事に追われてあまり寝てないしな、眠いのかもな、きっとそうだ。そう思って目をごしごし擦った。再びクッションに目を落とす。ぱちぱちと瞬きを繰り返す水色の瞳と目が合った。 「ぎゃあああああっ!!?」 思わず手にしたクッションを床に放り投げる。するとクッションはくるくると綺麗な放物線を描いて、ぼてっと床に着地した。驚き過ぎて言葉を発することもできず、ただそのクッションと思い込んでいた物体をまじまじと眺める。目、ある。それだけじゃなく口もある。・・・なんでか知らねぇが眼鏡を掛けてる。なんだこれ、妖精とは違うよな?魔物の類か?まさかアメリカに取り憑いてんのか?だとしたら祓ってやるべきだろう。 ぎろっと睨みを利かせて少し腰を落とすと臨戦態勢に入る。護身用ナイフで切り刻んでやろうか、そう考えていると目の前の白くて丸い物体はばっと何かを取り出した。危険な物が飛んでくるかと身構えると・・・どうやらそれは赤と青と白色で構成されている旗。嫌味なくらい見覚えのあるその作りは、間違いなく米国の国旗だ。 「・・・は?」 一体なんだと言うんだ?この俺に対して星条旗を掲げるってのは何の嫌がらせだ、あぁ!?つうか良く考えると水色の瞳に眼鏡、星条旗・・・これって現在ゲームに夢中で俺を放置しているバカタレと同じじゃないか。だとすれば、この物体はアメリカが作ったロボットか何かだろうか?しかしモチモチした触感のそれが一体何の素材でできた物体なのかわからない。ロボット・・・ではないか。答えが出ずに悩んでいると、その物体は突然叫んだ。 「It's Okey!!I'm American!!」 素材はわからないがアメリカに由来する物体であることは確かなようだ。あいつが関係しているなら警戒することもないだろう、そう結論づけてソファに腰を降ろすと、白い物体は俺の膝に遠慮無く乗ってきた。見かけによらず存外重い。メタボのあいつにウェイトまで似てなくてもいいだろうに。 そっと触れるとやはり微妙にモチモチしている。この感触は・・・日本が正月に飾るなんとか・・・もち、それに似てる。差し当たってこいつのことをアメリカに似たもち、略してアメリカもちと呼ぶことにしよう。見下ろすアメリカもちは無表情に膝の上で寛いでいる。かと思うと、突然俺のジャケットのポケットに擦り寄って行った。そうして水色の瞳をキラキラと輝かせてポケットの中に向かってくんくんしてる。つうか鼻ねぇだろ。 「ポケットの中・・・あぁ、これか?」 アメリカにやるつもりで購入したチョコレートの箱を取り出すと、その白い物体はぎらりと目を光らせて飛び掛って来た。すんでのところで躱すが、着地して振り返るその瞳はまだ諦めていないことを示している。 「な、なんだよ・・・お前これが欲しいのか?」 「Chocolate, please!!」 「ま、待てよ、これはアメリカにやるつもりで買ったモノで・・・つうかお前チョコレート食えるのかよ!?」 心中の疑問を声に出すとアメリカもちは人の言語を解するのか、にやりと笑った・・・ように見えた。一体全体何なんだ、これは生物なのか?未知の生物と捉えるべきなのか、それともやはり魔物なのだろうか、良くわからない。思い悩む俺の一瞬の隙を突いて、アメリカもちは風のような速さで手の中のチョコレートの箱を掻っ攫って行く。 「あっ!てめぇ返せ!!」 慌てて取り返そうと追い掛けるが、アメリカもちはぼよんぼよんと跳ね回って逃げる。キッチンの食器棚の上に着地すると、嬉しそうにチョコレートの箱のリボンをするすると外しに掛かった。まずい、このままじゃ食われる。 「くそっ、俺を舐めるなよ!?」 焦った俺は右手を大きく振って魔力を凝縮し、星のステッキを呼び出した。この未知なる生物の動きを封じ込めてやる・・・そう心に決めてほあた☆と叫ぼうとした瞬間。アメリカもちからその柔らかな身体に似つかわしくない逞しい腕が二本、にょきっと生えた。 「べあぁぁぁぁぁっ!?」 なんだこれ、生物として可笑しいだろ!なんで俺の腕より太いんだ、ちくしょう!チートじゃねぇか!・・・論点が少しばかりズレてるのは仕方ないだろう、俺は完全にパニクっている。その隙にアメリカもちは太い腕をガバッと伸ばして俺のステッキを掴んだ。何する気だこいつ!慌ててステッキを握り直し、奪われてなるものかと必死の攻防戦を繰り広げる。そして、発現予定の魔法は予定外の出来事と俺の心理不安によって暴発し、俺自身に降り懸かった。 どっかーん!ばりばりばりっ!雷にでも打たれたかのような衝撃に、一瞬意識を失う。ふと我に返れば全身がビリビリと痺れていて自分の置かれた状況がさっぱりわからない。やっとの思いで目を開くと、そこには巨大化したアメリカもちがいた。 「ひぎゃああああっ!?」 何だこいつ、何この威圧感!何でこんなにでかくなってんだ!?このままじゃ押し潰されちまう!慌てて距離を取る為後退ろうとするが、足が動かない。つうか足の感覚が鈍い。え、なんで?自分の足を見ようと視線を下ろすが白い物体しか見えない。なんだこの白いの・・・まるでもちみたいな・・・。さーっと青褪める。まさか?まさかまさか?自分の手を見ようとすれば、英国の国旗柄ハンカチーフがひらりと出てきた。なんだこれ・・・。ともすれば気を失いそうな現実から目を背けたい、これは夢だと思いたい、けれど目の前にどどーんと佇む巨大化したアメリカもちが怖くて意識を手放せない。つうか違うのか、アメリカもちが巨大化したのではなくて、俺が――。 キョロキョロと辺りを見回して家具の鏡面に自分の姿を映す。見れば・・・あぁなんだこれ、まさにもちじゃないか。いや、アメリカもちとも少し違う。瞳の色は翠、その上には紳士的な太い眉、眼鏡はなく代わりにシルクハットを被っている。そうか、俺がアメリカもちの同類になるとしたらこういう姿になるのか。 がっくりと肩・・・の辺りを落として絶望感に浸る。暴走した魔法のせいだとすれば、いずれは元に戻れるだろうが、なんでこんなことに・・・。ぽろりと涙を零す俺に、アメリカもちはぴょんぴょん跳ねて喜んでる。 「お前のせいだ、ばかぁ!責任取れ!!」 そう叫ぶと奴は嬉しそうに擦り寄って来た。 「やぁ、久しぶりだね!」 いや俺、お前なんか知らねーし。とにかく魔法の効果が切れるまでどこかに隠れておこう・・・こんな所をアメリカに見られたら、あいつ絶対馬鹿にする。一生笑いのネタにする。俺達にとって一生とは永遠に等しい、そんなの耐えられるか。 手足の動かし方がわからずじたじたしていると、アメリカもちが俺から奪ったチョコレートの箱を持って来た。 「てめぇ、それ返せよ!」 叫ぶ俺に構わずアメリカもちは箱を開けると、チョコレートを一つぱくんと口の中に放った。無表情のままだが、なんだか幸せそうだ。そんなに喜んでもらえるなら本望・・・いやいや違う、お前のじゃない、食うな! 「一緒に食べよう」 アメリカもちはそう言ってトリュフを勧めてくるが、そもそもそれは俺が持って来たんだ、堂々と勧めるな。 「だからお前にやる為に持って来たんじゃないっ、返せ!」 「食べようよ」 「話を聞け――っ!!!」 くっそ、こういう人の話をあっさり無視する辺りもアメリカに良く似ていて余計に腹が立つ。ぽこぽこ頭から湯気を立てている俺にアメリカもちはきょとんとして、再びチョコレートを一つ頬張った。そして、にじり寄って来たかと思うと・・・ぶちゅ、じゅるるるぅ〜〜〜!! 視界を埋める水色、口の中に唐突に広がるチョコレート。なんだこれ、えぇぇまさか信じたくないけどもしかして俺、アメリカもちに口移しでチョコレート食わされてる!?ぷはっと唇が離れると、アメリカもちは美味しかった?と聞いてきた。 「No!!ふざけんなてめぇっ!!!」 突然口移しで無理矢理チョコレートを押し込まれた怒りに、首・・・の辺りを激しく振って否定を示す。アメリカもちは一瞬無表情のまま黙って首・・・の辺りを傾げ、再びチョコレートを頬張る。今度は何をされるかわかるので逃げようとするが、こちらは移動の仕方がまだ良くわからない上に奴は異常な速さで顔を押し付けてきた。ぶちゅ!じゅるじゅるじゅる〜〜〜!!!また口の中に強制的に流し込まれる。くそっ気持ち悪ぃ・・・。 「美味しい?」 また無邪気に聞かれ、もう口移しなんざされてなるものかと仕方なく頷く。 「う、OK・・・This is good・・・」 俺の返答に満足げなアメリカもちは、再度チョコレートを頬張る。そのまま飲み込むと思いきや、またまたぶちゅ!!くそぉ、こいつにされるがままとか屈辱だっ! 四苦八苦してなんとか移動のやり方がわかって、身体を引き摺るように部屋の隅に向かうと、アメリカもちが追い掛けて来た。距離を取りたいのに無表情でくっついてくる。遠慮なくぐりぐりと身体を擦りつけてくるからちょっと痛い。俺の身体の下部に何か固い感触を押し付けられるのが・・・アメリカの下半身を思い起こさせて怖い。こんな身体になってもアメリカ絡みに犯されるとか死んでも嫌だ。 本能的な恐怖に駆られて必死に這い回って逃げるけれど、とうとう部屋の隅に追い込まれた。逃げ場はない、ひやりと冷たい壁に身体を押し付けてがくぶると震える。無表情を保ったままアメリカもちがぐいぐいと密着を深めて来るのが心底怖い。ぎゅっと目を瞑ると涙がはたはた零れて頬・・・の辺りを濡らした。その隙に、キスされた。 「――――っ!」 びくりと震えて目を見開くと、視界に広がる空色。これが本物のアメリカだったら喜んで唇の感触に浸れるのに・・・こいつは違う。なんとか顔を背けて逃れようとすれば、更に体重を掛けて伸し掛かってきて顔を押し付けられる。重くて息苦しくてマジで辛い。僅かな隙間から呼吸をしようと口を開けば、口内にヌルっとしたものが侵入してきた。ぞわぞわとした嫌悪感に震え、涙を流して拒絶する俺に構わずアメリカもちは舌・・・だと思う物体を口の中で暴れさせる。 嫌だ止めろばかぁっ!口の中だけでなく脳髄まで舐め回される感覚に意識がトびそうになるのを、必死に堪えて繋ぎ止める。気を失えば好きなようにヤられちまう――そんな予感がどうしても拭い去れない。やっと口を解放されてぜーはーと荒い息を吐けば、Once moreなどと抜かした。ぜってー嫌だ!! 下部に押し付けられる感触が硬度を増していくのにこれ以上ない程の危機感を覚える。この身体に受け入れる場所があるのかどうかもわからないが、この勢いでは無理矢理突き破ってぶち込むくらいしそうだ。既に俺の身体の一部分が凹んでる気もしてきた・・・つうか痛ぇよばかぁっ!マジで止めろっ! 身を捩って逃れようとする俺の身体を、逞しい二の腕がまたにょきっと生えてがしりと固定する。俺はと言えば抵抗しようと手を振り回してもハンカチーフがひらひらと舞うばかり。なんだこの差は!チート過ぎるだろ!!それでも無いよりマシと白旗よろしくハンカチーフを振り回すが、あっさりアメリカもちに喰われてしまった。ムシャムシャとユニオン・フラッグが喰われて口の中に消えていく。俺もこんな風に喰われちまうのだろうか・・・嫌過ぎる。振り回すモノもなくなり、首・・・の辺りをぶんぶん振って止めてくれと懇願するが、無表情なのは変わらないのに妙に興奮した息遣いだけが聞こえてくる。めちゃくちゃ怖い。 「ひぃっ!ぅあ・・・・・・っ!?」 柔らかなはずのアメリカもちの身体の一部がずぷっとめり込んで来るのを感じてぶわりと悪寒が走る。嫌だ嫌だ嫌だ、入って来るなぁっ!どことも知れない身体の内側に熱い塊が侵入してきて擦り上げるのを感じて――それはアメリカの怒張が挿入ってくる感覚にとても似ていて、恐怖のあまりぶるぶると戦慄く。 「やだやだぁっ!止めろ、抜けっやだ―――っ!!」 あらん限りの声を振り絞って叫ぶが、アメリカもちはずぶずぶと内部を抉る動きを止めてくれない。やっと静止した時には限界まで貫かれていた。身体が真っ二つに裂かれたかのようで苦しくて息もできない。ひぃひぃと喉が鳴って可笑しな呼吸を繰り返す俺を、アメリカもちは無表情のままじっと見下ろしている。ぼろぼろ涙を零しながら痛みと異物感に耐えていると、緩やかにそれが動き始めた――その感覚にぞわぞわと怖気が走る。 「や、だ・・・やだ、やだぁ・・・っ」 何度も繰り返しアメリカもちに内部を突かれ掻き乱されて、意識が混濁してきたその時。 「あれ、イギリス?」 不意に第三者・・・と言ってもこの部屋の主だけど、アメリカの声が飛び込んできた。 「え?まさか帰っちゃったりしてないよね、あの人・・・」 アメリカは俺の姿が見えないことに焦ってキョロキョロと部屋を見回している。焦るくらいなら俺を放置すんじゃねぇよ、ばかっ!帰ってねぇよ、此処にいるだろ!つうかむしろ帰ってしまえば良かった!パスポートなんざ大使館に行けばどうとでもなったし、家の鍵も妖精さんに頼めば開けて貰えただろう。さっさとこの部屋を出ていれば、こんな目に遭わずに済んだんだ・・・後悔してもしきれない。 アメリカもちはアメリカの声を聞くと、さっと俺を離した。ようやく解放された身体は痛みと理解したくない感覚とでぐったり疲れ果てている。強烈な異物感は喪失によってじくじくと疼き、未だ犯されているようで辛い。 ぐるりと視線を一巡りさせたアメリカが、隅にいる俺とアメリカもちを見つけてきょとんと目を瞬かせた。 「あれ、なんで増えているんだ?君の仲間かい?」 傍に来てしゃがみ込むとアメリカはアメリカもちに話し掛ける。やはりアメリカはこいつの存在を知っていたようだ。アメリカもちはぴょこぴょこ跳ねて何事も無かったかのようにチョコレートの箱を差し出す。 「うん?なんだいこれ・・・って、後ろの子泣いてるじゃないか。苛めちゃダメだぞ」 言うなりアメリカは俺を腕の中に抱き上げた。アメリカもちから遠ざけてもらい、助けられたことに安堵する。ほっと心の底から安心したことで、またぼろりと涙が零れた。 「あれまた泣き出しちゃった、どこか痛いのかい?」 痛ぇよ、心も身体も!声にならない悲鳴を上げながらアメリカにしがみついて泣けば、ぎゅうと抱き締めて優しく撫ぜてくれた。アメリカの体温と、とくとくと規則的に響く心音が心地好い。 「落ち着いたかい?君はどこから来たのかな?あぁ、それにしてもイギリスはどこに行っちゃったんだろう?」 「あ・・・I am British.」 また俺を探し始めるアメリカに、ぼそりと囁く。 「へ?」 「だから俺だって言ってんだ」 「え、い、イギリス・・・?」 アメリカはぎょっとして俺をぼとりと落とした。いきなり床に落とされて、弾力ある柔らかな身体とは言えちょっと痛い。 「落とすんじゃねぇよ痛ぇだろばかっ!!」 「そ、その声・・・間違いなくイギリス、だね・・・。一体何してるんだい?その格好・・・」 「うっ・・・これは、その・・・魔法が事故っちまってよ。こうなっちまったんだ」 「また君のマジックかい・・・」 呆れたように半眼でじとりと睨めつけながら、はぁと溜息を吐きやがった。くそっ、だからこいつにバレたくなかったのに! 「魔法だっつってんだろばかっ!」 「ばかばか言ってるけど君の方が間違いなく大馬鹿だからね!?」 そう罵倒しつつも再び俺を抱き上げてくれる。床にぶつけた辺りをそっとさすって痛みを和らげてくれる。口では冷たい台詞をバンバン吐く癖に結局こいつは優しいんだ。できれば口も素直になればいいのに。自分のことを棚に上げてアメリカを見れば、困惑したように首を傾げた。 「それで君はどうしたら戻るんだい?」 「わかんね。そろそろ魔法の効果が切れても良さそうな時間だけどな。なんならキスでもしてみるか?良くあるだろ、そういう話」 「キスって・・・今の君の姿にするのって、なんだか変態みたいなんだぞ・・・」 嫌そうに眉を顰めるからブチっと血管が切れた。まぁ血管があるのかどうかは知らないが。 「つべこべ言ってねぇでやれよ!それとも俺から濃厚なキスお見舞いしてやろうか、あぁん!?」 「まったくもう、一度きりだぞ」 「俺だってこんなのは一度で十分だ!!」 叫ぶ俺にアメリカは顔を寄せて軽く唇を重ねた。その瞬間、ぼかんっと身体が爆ぜるような感覚に襲われ、瞬き一つの間に俺の身体は元に戻っていた。唐突に足が生えたせいで身体の感覚が掴めずぐにゃりと体勢を崩す俺を、アメリカの腕が支えてくれる。 「本っ当に君だったんだね・・・」 「だから言ってんだろうが。まぁでもサンキュ、やっと戻れた」 まだ自分の足で立つことができない俺をアメリカは抱え上げてソファに運んでくれた。ほっと一息吐いたところでアメリカに説明を求める。あの、悪魔の存在について、だ。 「あぁ、あのもちのことかい?彼ね、ハロウィンの時に迷子になっていたのを保護してあげたんだ。エストニアが飼っている生物だとわかったんだけどね、彼がしばらく俺に預かって欲しいと言うから世話してあげてるんだ」 アメリカもちから受け取った・・・本当は俺からのプレゼントのはずだったチョコレートを頬張りながらアメリカはつらつらと説明した。成程、大本はエストニアか。東欧じゃあんなのをペットにしてんのかよ、理解できねぇな。少なくとも俺は二度と関わりたくない。今もテレビの前でぴょんぴょん跳ねている奴に警戒を怠らない。 「あんな凶暴なの、なんで檻に入れてねぇんだよ」 「え、凶暴?どうして?普通にレタスあげてればおとなしいけど」 「じゃあなんで俺はあいつに犯されなきゃなんねぇんだよっ!!」 「・・・は?」 「あいつ、俺の中に好き勝手突っ込みやが・・・って、え、アメリ・・・か?」 恨み言をぎりぎりと歯軋りしながら呟けば、アメリカはチョコレートでべたべたの手で俺の肩をいきなり掴んだ。にこりと機嫌の良さそうな笑みを浮かべている割に、纏う空気が不穏過ぎる。やばい、俺なんか地雷踏んだか? 「Pardon?ねぇ、今なんて言ったんだい?もう一度ゆっくり聞かせてくれるかい?彼と、何してたって?」 「え、いや、だから・・・待て待て待てっ!痛ぇよっんな怪力で掴むな!骨が砕けちまうっ!」 「ねぇ、彼と何してたの?何されたの?ねぇ、イギリス?」 ミシミシと肩の骨が軋んでいる。アメリカが怒ってる――浮気した訳でもねぇのに、なんでこんな風に詰問されなきゃならねぇんだ!理不尽過ぎるだろ! 「えぇとそうだ、あれは夢だったんだな、うん、きっとそうだ。なんでもねぇ・・・」 「わかってるだろうね?君の身体は俺のものなんだぞ!」 「な、なんだよそれっ!俺は俺の・・・」 最早怒りを隠すこともせず昏いオーラを身に纏い、燃えるような瞳を吊り上げてこめかみに青筋まで立てて怒るアメリカを必死に宥めようとするが、俺の話をちっとも聞いちゃいない。 「お、落ち着けよアメリカ・・・別に何も・・・」 「俺は至って冷静だよ、問題ない。だから少し待っていてくれるかい?悪い子にはお仕置きしなくちゃね」 「おぉいっ!お前どこからその物騒なもん出してんだよ!!お仕置きってレベルじゃねぇだろ!それで何する気だばかっ!家の中蜂の巣にする気かよ!!?」 がしゃんと硬質な音を立てて取り出されたのは――拳銃とライフルだ。こいつこんなモノ家の中に置いてんのかよ。流石はアメリカ合衆国てところか、俺の国じゃこんなの軽々しく所有できねぇよ。 「なんで止めるんだい!?ちょっとばかり悪いことしたもちを懲らしめるだけだよ!あ、まさか君も気持ち良く喘いでたんじゃないだろうね!?お、俺がいるというのに、恋人の部屋で他の奴に・・・っ!」 「ばかっ!んな訳あるか――っ!!あと俺に銃を向けるなぁっ!!」 至近距離で鈍い光を放つ銃口を向けられて、本能的にびくりと身体を竦める。アメリカは興奮した状態でわぁわぁと泣き始めた。 「だって君、チョコレートも俺にはくれなかったくせに!!」 「あぁ!?てめぇが食ってんの何だと思ってんだ!俺が持って来たもんだぞ!?」 「わかってるよ!でも君はもちにプレゼントしたんだろ!?どうして俺にはくれなかったんだい!?ゲームしながら君が持って来てくれるの待ってたのに――っ!!」 「・・・・・・っ、わかりにくいんだよばかぁっ!!」 結局箱の中に残っていたトリュフを俺が口移しでアメリカに食べさせるという・・・微妙なプレイで機嫌を直してもらうことになった。Americanは口移しが好きなのか?甘いチョコレートがアメリカと俺の口内でトロトロと蕩けていくのを味わいながらぼんやり考える。つうかバレンタインデーになんで俺達はこんな仲違いしてたんだろうな。世の恋人達が過ごすような甘い一日というのは・・・俺達には得難いものなのだろうか。 |