UK/USA ねむれ、ねむれ、あかちゃん、木の上で 「おいアメリカ、起きろ!いつまで寝てる気だ!起きないなら俺もう帰るぞ!?」 バタンと寝室のドアを敢えて大きな音が立つように開けて、次いでカーテンを躊躇うことなく一気に開ける。とどめに窓を開けて真冬の冷たい空気を部屋の中に導けば、ベッドの上の毛布の塊はようやくもぞもぞと動き出した。 「んう〜イギリス、寒いんだぞ・・・何してるんだい、まだ眠い・・・」 「そうだな、眠いな。バカが寝る間惜しんで突っ込んでたからな。起きろ」 「うぅ・・・イギリスだって悦んでたくせに・・・」 「そうか、起き抜けに早速殴られたいか」 お幸せな夢を見て寝惚けてるようなので、ここは一発殴って目を覚ましてやろう。バキバキと拳を鳴らして近付くと、毛布の塊はいたくご機嫌斜めな顔をひょこっと出してじとりとこちらを睨んできた。 「要らない。なんで君はそんなに元気なんだ・・・昨日はもう無理って泣いてたじゃないか」 「不思議か?」 「不思議なんだぞ」 もう無理と何度泣いて懇願しても止めてくれなかったことに対する恨みはさておいて、怪訝そうなアメリカに向けて一つ息を吐いて呼吸を整えると、すぅっと大きく吸い込んで力一杯怒鳴りつけてやる。 「それはな、アメリカ・・・今がもう昼過ぎだからだ、ばか!!」 「えぇ〜昼・・・?可笑しいな、さっき時計見た時はまだ10時だったのに・・・。じゃあキスしてよ、そしたら起きるからさ」 目が覚めたなら何故その時点で起きなかったんだ。そんな疑問を口に出す前に、寝汚く未だに布団から出る気配を見せないアメリカはふざけた戯言を抜かした。 「ダメだ。そんなこと言って俺に何する気だ」 「何もしないんだぞ?それともして欲しいのかい?イギリス」 「よしわかった、殴ってやろう」 そう言ってベッド脇に立てば、がしっと腰に脚が絡んできた。 「うぇ!?」 隙を突かれて体勢を崩したところに腕を取られ布団の中に引きずり込まれる。瞬き一つの間にアメリカに組み敷かれていた。 「キスしてくれたら起きるつもりだったのに・・・」 見上げる水色の瞳は今起きたばかりと思えない程ギラギラといやらしい光を放って欲情を滾らせている。 「ちょっ・・・待て、ばかっ!な、何してんだ!」 「して欲しいんだろ?お望みのままにたっぷり可愛がってあげるんだぞ」 「して欲しくねぇぇぇっ!!つうかケツ痛ぇんだよ!お前どんだけ昨日ヤったと思ってんだ!!」 「あれ、シャワー浴びちゃったの?」 じたじたと手足を無茶苦茶に振り回して抵抗すれば、アメリカは容赦なく全体重を掛けて押え込んできた。息苦しさに呻く俺の首筋に唇を寄せていたアメリカは、ふと疑問を呈すると鼻先を押し付けてくんくんと匂いを嗅ぐ仕草をする。 「聞けよ!つうか当たり前だろ!?お前がゴム付けねぇでヤリまくるから始末しなきゃなんねぇんだよ!」 「そっか。じゃあまた中に出さなきゃね」 「はぁっ!?な、何お前・・・」 「赤ちゃんできるようにたっぷり出してあげるんだぞ!なはっ!」 太陽のように明るい笑顔でこの上なく最低な台詞を吐いたバカヤロウは、言うなり俺の服を脱がしにかかった。中に出したところで女じゃないこの身体は身籠ることなんかできやしない、むしろ掻き出さなきゃ腹を壊してしまう代物だ。それ以前に真っ昼間から盛ってんじゃねぇ!腹減ってんだよ、さっさと飯食いてぇんだよ!くそっこんなことならこいつを待ってるような殊勝なことするんじゃなかった! 「ばっ・・・ばかぁぁぁぁっ!!!」 諸々の文句は身体に与えられる刺激に溶かされ言葉にできず、ただ一言、叫ぶことしか出来なかった。首筋を吸われ胸の突起をしつこく責められる。ぞくぞくと背筋を這う快感に喘ぐ自分の声を止められなくなったその時、アメリカの携帯が鳴った。 ナイトテーブルに置いてあるそれの呼び出し音に、アメリカは眉を顰めて煩わしそうな顔をしたけれど、渋々手に取って応答する。・・・女からだった。 アメリカが女と付き合いがあるのは知っている。俺達の立場上、様々な催しの際にエスコートする女性がいないと困ることもある。女性同伴のパーティというのは意外に多いものだ。そんな時に一々女性を探して付き合いを深めるくらいなら、前もって気の合う女性をキープしておく。友達以上恋人未満の関係という訳だ。・・・相手も同じ認識であるとは限らないが。 俺は結構気軽な関係を好む女性としか付き合わないので、そんなに揉めることはない。揉めたとしても頬を一発殴られる位なもんだ。けれどアメリカはどちらかと言うと頭の良い女性を好んでパートナーに選ぶ傾向にある。そういう女性は最初はあっさりと割り切っているが、本気になった場合意外に性質が悪い。今アメリカが付き合っている女性もあいつが本気じゃないことに苛立って、綺麗な愛を執着に変えて束縛しようとしているらしい。 「――ねぇ君、だから言っただろう?今日は用事があって君とは会えないんだ、わかってくれよ」 窓際に移動したアメリカの諭すような声に、きゃんきゃんと甲高い声で意味不明な言葉を喚き散らす音声が漏れ聞こえる。アメリカはうんざりしたように顔を顰めて耳から携帯を離した。どうやら完璧な修羅場に陥っているようだ。上体を起こして呆れたように半眼で見遣りながら溜息を漏らせば、アメリカは俺を八つ当たりよろしく睨んできた。 「だから面倒になりそうな女に手を出すなって言ったんだ」 「こんな人だとは思わなかったんだよ!」 アメリカが俺に怒鳴り返す言葉を拾ったのか、電話の向こうの女性が更にヒートアップして誰といるの!?とか叫んでる。このままじゃアパートまで押し掛けて来て俺まで刺されそうだ。仕方なく不本意ではあるがアメリカに行ってやれと言った。すると奴はぎろっと怒りに満ちた瞳を向けてきた。 「は?なんだって?」 「だから行ってやれって。要はホリディをお前と過ごしたいって言ってんだろ?じゃあデートしてやれば気が済むだろ」 「なんで俺が彼女とデートしなきゃいけないんだい?君がいるのに!?」 「ばか、大声出すな。聞こえるだろ」 「聞こえたって構わないよ!俺は君と一緒にいたいんだ!彼女とじゃないっ!」 ブチッ!ツーツー。唐突に電話を切られた音が部屋中に響く。・・・マジで押し掛けて来て銃乱射とかじゃねぇだろうな?さーっと青ざめる俺に対してアメリカは携帯を無造作に放ると、何もなかったかのように俺に手を伸ばして顔を寄せてきた。けどこっちはもうそんな気分じゃない、止めろと言って押しのけた――その手を掴まれてベッドに押し付けられ強引にキスされた。俺の意思を無視して口内を犯すアメリカに腹が立って、思いっきり奴の背中に踵落しを入れてやれば、流石に痛かったのか動きを止めた。悶絶するアメリカの身体の下から抜け出して乱れた衣服を整えていると、アメリカの低い呻き声が聞こえてきた。 「――どうして?」 「あ?」 「どうしてそんなことが言えるんだい?俺は君と会えるのをずっと楽しみにしてたのに」 不貞腐れたような声音に思わず溜息を漏らす。自分の不始末を棚に上げて俺を責めてんじゃねぇ、ガキが。 「俺だって楽しみにしてた。お前に会いたいから必死に仕事片付けて来たんだろうが」 「じゃあなんで彼女の処に行けだなんて言うんだい!?」 「お前が女に変な期待持たせるから悪ぃんだろ。あっちが本気なら本気で返してやれ」 「それって何かい?デートして真面目にお付き合いしろってこと!?」 「嫌ならきっちり別れて来い」 ぎゃんぎゃんと物凄い剣幕で喚くアメリカに対して冷徹に一言だけ突き放すように言えば、奴はさっと顔色を変えて肩を落とした。俺が怒っていないとでも思ったか?残念なことに千年生きても未だに悋気とやらは消えたりしねぇんだ。お前がその女に触れてエスコートして抱き締めていたと想像するだけで胃が捩れるように痛むんだ。 「・・・わかったよ、今度ちゃんと別れる。だから今は――」 「んなこと言ってたら彼女此処に来るんじゃねぇのか?俺は嫌だぞ、鉢合わせなんてのは」 「大丈夫だよ、彼女はこのアパート知らないから・・・ねぇだから、機嫌直してよ」 そう言ってしゅんとした顔でキスを強請るから、仕方なく軽く啄むように口付けてやる。アメリカは誤魔化せたと安心したのか唇を押し付けてきた。腰に回される手を躱してさっと身を翻せば、宙を切った自分の手を見てきょとんとしている。 「図に乗るな」 「ちょっ・・・なんだい、冷たいんだぞ!」 ムッとしたアメリカが迫ってくるのを避けていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。来訪者は案の定、アメリカの彼女だった。 「・・・誰だよ、このアパート知らないとか抜かしたのは」 「え、え、だって俺彼女を此処に連れて来たことないよ!?彼女とは買い物に数回付き合って食事しただけで、深い関係じゃないんだから・・・っ」 「お前の女っていつもそうだろ・・・裏で調べるとか粘着質なのばっか。いい加減にしろよ」 最低最悪の事態にはっきり頭痛がする。思わず頭を抱えて床に座り込むと、アメリカの泣きそうな声が降ってきた。 「お、俺のせいじゃないんだぞ!?」 「お前が変に優しくするから期待するんだろ・・・俺マジで刺されるの嫌だからな?」 「だ、大丈夫だよ・・・たぶん」 根拠のない慰めどうも。 居留守を使いたいところだが部屋にいるのはバレてるだろう。俺だけどこかに隠れてやり過ごしたいけれど、先程の電話でアメリカが今一人ではないこともバレてる。きっと部屋中探して回るだろう・・・変に隠れて見つかるよりはおとなしく友人として応対するのが一番の得策か。 腹を決めるとオロオロと錯乱して部屋の中をうろつくアメリカのナンタケットを引っ掴んで玄関へ連れて行く。 「いいか、俺は友人だ。別れ話は後にしろ。俺に迷惑を掛けるな」 ぼそりと低い声で囁けばアメリカはこくこく頷いて、ゴメンと謝った。一つ息を吐いて呼吸を整えると鍵を解錠する。アメリカがドアを開くより先にドアノブがガシャンと回され一気に開け放たれた。そこには・・・美しいだろう顔を醜悪に歪めた一人の女性が立っていた。 「や、やぁジェニー・・・良く此処がわかったね・・・」 ごくりと息を呑んで引き攣った笑いを浮かべるアメリカを押し退けて、ミス・ジェニーは強引に中へ入ってくる。廊下に佇む俺の顔をじろりと睨むとすぐリビングへと向かった。アメリカの浮気相手の女性を探すつもりなのだろう。玄関先に呆然と立ち尽くしてだらだらと冷や汗をかくアメリカに呆れた眼差しを向けつつ部屋の中の様子を窺えば、あちらこちらのドアをバタンバタンと開けていく物音が響き渡る。そのうち女性の姿が見えないとなれば、諦めて帰ってくれるだろうか。 すべての部屋のあらゆるドアを開き終えたのか、しばらくしてミス・ジェニーは玄関へと戻って来た。 「どこに匿ってるの?貴方が一緒にいたいとわざわざ私に聞こえるように言っていた女は!まだこのアパートにいるのはわかっているんだから!」 良識ある女性とは思えない有様の彼女は、手を腰に当てて仁王立ちになってぎゃんぎゃんと喚き出した。飛び散る唾に顔を顰めつつ、アメリカは彼女の肩に手を置いて必死に宥めようと言葉を掛ける。 「落ち着いてくれよ、ジェニー。君の聞き違いだよ、俺は友人の彼と一緒にいただけだよ」 「他にもいたのでしょう?さっさと出しなさいよ」 「本当に誰もいないよ、勘違いしないでくれ。今日は久し振りに会う彼が来ていたから友人と過ごしたいと思っただけなんだ。でも君がどうしてもデートしたいって言うなら今からでも出掛けよう、支度をするから外で待っていてくれるかい?」 「・・・友人?」 アメリカの必死な言い訳をミス・ジェニーは鼻を鳴らしてあっさり流すと、胡乱な目を俺に向けて舐め回すように見た。そうして何かに思い至ったのか魅惑的な唇を歪めて、そういうこと・・・と哂った。 「貴方がアルフレッドの相手って訳・・・」 「勘違いしないでくれ、レディ。俺はこいつの友人だ」 「はん、友人?バカにすんじゃないわよ、此処、わかってる?」 彼女は自分の首筋を指先でトントンと軽く叩いて示す。 「キスマーク」 「・・・・・・っ」 思わず首筋を手で抑えて――しまった、と思った。カマをかけたとすれば俺の反応は分り易すぎたし、実際起き抜けのアメリカに吸われた記憶がある身となれば誤魔化しようもなかった。内心臍を噛んでいれば、嫉妬に燃えて目を吊り上げる彼女の向こう側でアメリカがバカ・・・と顔を曇らせるのが見えた。言っとくけど全部お前のせいだ、バカはお前だばかぁっ!と心の中で叫ぶ。 「成程ね、私に手を出さないと思ってたらゲイだった訳。最低」 はっきりと侮蔑の視線をアメリカに向けて彼女は哂った。アメリカを哂った。俺の愛するアメリカを。お前に何の権利があって哂う?そいつの何を知ってると言うんだ?何も知らないくせに――アメリカを嗤う彼女が許せなかった。何時の間にか口が勝手に、違うと呟いていた。すると彼女は振り向いてぎりっと怒りに満ちた視線で俺を睨んだ。 「ゲイじゃないって言うの?そうよね、アルフレッドがゲイな訳ないわ・・・貴方が誑かしたの?貴方が誘ったんでしょう?抱いてくれなきゃ死ぬとでも言って脅したの?アルフレッドは優しいから断れなかったのね。最低、気持ち悪い・・・子供も産めないくせに!」 激昂したミス・ジェニーが俺を詰ったその時、ぱんっと乾いた音が響いた。アメリカが、彼女の頬を張った音だった。 「最低なのは君の方だよ、ジェニー・・・帰ってくれ、二度と俺の前に顔を出さないでくれ!」 叫びながらアメリカは彼女の腕を掴むと強引に部屋の外へと追い出して、バタンと激しくドアを閉め鍵を掛けた。 肩を震わせて怒るアメリカに呆気に取られていると、ふるりと頭を振ってこちらを向いた。 「イギリス・・・ごめん、ごめん・・・」 今にも泣き出しそうなアメリカの傍に立って、そっと髪を撫ぜてやる。突然のことに固まってしまった表情筋を無理矢理動かして笑みを作ると、気にするなと言った。 「別に・・・謝ることねぇよ。実際俺が誑かしたようなもんだろ。俺がお前に抱かれたからいけなかったんだろうな・・・」 「違うよっ!君は拒んだのに、俺が・・・っ」 自嘲気味に言えば、血の玉が浮かぶ程きつく唇を噛み締めたアメリカに、しがみつくように抱き竦められた。 「君はあの時嫌だと言ってた・・・止めてくれって、怖いって言って怯えていたのに、俺が無理矢理・・・っ」 「無理矢理って訳じゃねぇだろ、ちゃんと俺はお前を愛して受け入れたんだ。最終的に決断したのは俺だ」 ぽんぽんと背を叩いて宥めようと試みるが、アメリカはむずがる子供のように首を振って泣きじゃくる。・・・あの時のように。 確かに泣きながら見捨てないでと言われれば拒絶できずに受け入れざるを得なかった。でも俺がこいつを愛する気持ちはいつだって俺の胸の内にあったんだ。求められて嬉しかったんだ・・・男同士の、ましてや元兄弟の非道徳的で人倫に悖る関係であっても。 愛しいと想うことは間違っていないはず。 「やっぱり男同士って歪んでるのかな・・・子供作れないのに身体を繋げるのは不自然なのかな・・・」 「そうは言っても俺達国は子種自体ねぇからな・・・」 「そうだよね・・・」 「それでも愛し合って求め合うのはさ・・・尊いことだと・・・俺は思う」 愛ってひたすらに相手を想うことだから。想って受け容れることだから。俺は。 「うん。イギリス・・・愛してるよ」 「俺も、愛してる」 大丈夫、間違ってない、きっと間違ってない。愛して愛されることは悪いことじゃない。俺達の心が惹かれ合った事実は可笑しなことじゃない。誰かに否定され哂われて良いものじゃない・・・。 「愛してるよ・・・アメリカ」 どんな方法でも形を成せば不自然でないと言うのなら、お前の為に――。 ねむれ、ねむれ、あかちゃん、木の上で 風が吹けば、ゆりかごが揺れる 「子供ができた」 そう言うとアメリカは笑って、嘘だろ?と言った。俺が嘘じゃないと言えば、男同士でできる訳ないと否定する。まぁ当然の反応だ。本当にできたんだと言うと、まじまじと俺の顔を眺めて胸の内を暴こうとした。そして俺の腹に目を止めて、不意にゆるゆると水色の瞳を見開いた。 「どうして・・・どうやって?」 「妖精さんにお願いしたんだ。子供が欲しいって・・・お前の子供を身篭りたいって。そしたら叶えてくれた。今ここに、命が宿ってる」 腹をそっと撫ぜる。まだ小さな命は何の動きもないけれど、俺にはわかる。とくとくと規則正しい心音が、俺のものとは別にもう一つ、身体の奥で響いてる。 「俺とお前の子だ」 にこりと微笑めば、戸惑いながらもアメリカはそっと手を伸ばして僅かに膨らんだ俺の腹に宛てた。 「ここに・・・本当に?」 「あぁ、いる」 「本当に・・・?」 「しつこいぞ。もう5ヶ月だ・・・人と同じ時間で出て来るとすれば、あともう5ヶ月で生まれる」 「そう・・・」 突然のことにアメリカが躊躇ってる。不安げに水色の瞳を揺らしている。まさか、喜んでくれないのか?寿いでくれないのか?お前の子なのに――受け入れてくれないのか? 「アメリカ、この子を・・・産んでもいいか?」 どうしようもなく不安で唇が戦慄く。身体がカタカタと震える。掠れる程小さな声で尋ねれば、はっと顔を上げたアメリカが優しく俺を抱き締めてくれた。 「もちろんだよ・・・もちろん、産んでくれよ!一緒に育てよう、俺達の子・・・」 嬉しくて、一筋の涙が頬を伝った。 アメリカとの間にできた子供は、俺の腹の中ですくすくと育っていった。元気に動き回る気配を薄い皮膚越しに感じる。8ヶ月も過ぎれば俺の腹は外から見てすぐわかる程に膨らんだ。貧相と言われ続けた俺の身体も幾らかふくよかになり、身体のバランスが取りにくくなった。転びそうになる度にアメリカが支えようと差し出す腕の温もりが嬉しい。二人分の命を抱えて生きている、そう実感できた。 周囲に知られないようなるべく大きめの服を着るようにして過ごし、仕事がオフの時は赤ん坊の為の靴下を編み、肌着を縫っていく。ベビーベッドやバウンサーなども用意する。少しずつ俺の家の中には生まれてくる子供の為の物が増えていった。それらを眺めるだけで心に温かなものが満ちていく。 なんて幸せな時間。 もうすぐ出産を迎える頃になって、アメリカははたと気付いたかのように俺に尋ねてきた。 「そう言えば君、どこで産む気?どういう魔法なのか知らないけど、今の君の身体は女性みたいになってるのかい?その、仕組みとか・・・」 ごにょごにょと言葉を濁す辺りがまだ青いな、こいつ。散々俺の身体を弄ってヤリまくってた割に、たまにこう初心なところがある。そこがまぁ可愛くて堪んねぇんだけど、本人に言えば拗ねて膨れっ面になるだろうから言わないでおく。 そんなアメリカは俺が妊娠したと知ってから一度も俺を抱こうとはしなかった。俺の家に来て泊まっても、一緒に寝るけれど抱き締めてキスするだけ。服を脱がせようともしないし素肌に触れようともしなかった。腫れ物に触るように俺の身体を大切に扱った。だから、俺の身体がどうなっているのかこいつは知らない。 「なんだその今更な質問は・・・。いや、子宮があるわけじゃないみたいだ。あくまで俺の腹の肉に宿ってるらしい。強いて言えば俺の身体の中がゆりかごに変化してる感じだな」 「じゃあその、産む為の道は・・・?」 「ない。だから切るしかない」 「そ、それなら俺の国で産んでくれないか?俺の国の病院で万全の態勢で・・・もちろん俺達と知れないように情報は厳重に管理するよ」 どこかで帝王切開のリスクでも調べてきたのか、アメリカは必死な形相で俺の肩を掴んできた。国の身となれば大量出血やら臓器損傷したとしてもそう簡単にくたばりはしねぇと思うけどな。――それに。 「気持ちは嬉しいけど俺の国で産ませてくれ。この家で・・・たぶん、妖精さんの力が必要になると思うから」 「けど」 「頼む。心配するな、大丈夫だから」 努めて穏やかに笑いかければ、アメリカはくっと唇を噛んで。俺をどう説得しようかと考えてるのかじっと見つめてきたけれど、結局俺が意思を曲げないと悟って、渋々わかったと言った。 「わかったけど・・・それじゃせめて、生まれるその時には君の傍にいてもいいかい?」 「・・・あぁ」 思わず視線を彷徨わせながら、こくんと頷いた。 出産の日、アメリカは約束通り前日から俺の家に来て準備を手伝ってくれた。周囲に隠匿している事態なので、たった二人で臨むことになる。まぁ妖精さんが皆集まってくれたから不安はないし問題ない。そして結果的には腹を切る必要もなかった。 妖精さんの指示通りにバスタブに湯を張りたくさんの朝摘みの花を浮かべた。そこに浸かって内蔵が捩じ切れるような激しい痛みに呻き意識を朦朧とさせながら、必死にバスタブの縁を握り締めていきめば、何故かするりと俺の皮膚や肉を摺り抜けて湯の中にぱちゃんと生まれ落ちた。 かわいいかわいい俺の赤ん坊が、誕生した。 腕に抱き上げればおぎゃあと泣く。ふるふると頼りなげに震えるその小さな身体を軽く湯ですすいでから、用意しておいたアフガンに包む。俺も簡単にバスローブを羽織ると、部屋で待つように言い置いたアメリカの元へ、赤ん坊を連れて行く。 「イギリス・・・っ」 リビングで待っていると思っていたアメリカは、思いの外近く、言ってしまえばバスルームのドアの外にいた。バスルームの中に一緒に入って立ち会いたいと言うアメリカに、分娩シーンなんざ見せたくないからリビングで待ってろって言ったのに。俺の呻き声とか全部聞こえていたと思うとぞっとする。 アメリカはふらつく俺の身体を支え、膝の後ろに手を差し入れたと思えば軽々と抱えられてしまった。そのまま寝室のベッドに連れて行かれる。ゆっくり慎重に俺の身体を横たわらせると、ようやく俺の腕の中のアフガンに目を向けた。 「その・・・この赤ん坊が、俺達の・・・?」 「あぁそうだ。アメリカ、お前と俺の子だ・・・」 まだ親になった実感が持てないのか、アメリカはえへへと微妙な顔をした。戸惑いと不安と混乱が綯い交ぜになって――でもその中に、確かに歓びが窺えて、俺も自然に微笑むことができた。 「なぁアメリカ、この子に名前付けてくれよ」 「俺が・・・かい?一緒に考えるのではなくて?」 「あぁ、産んだのは俺だ。だから名付けはお前にして欲しい」 「・・・わかった」 アメリカは頷くと、疲れただろう、おやすみと言って瞼にキスをくれた。 そうしてアメリカにセオドア――神の贈り物と名付けられた子は、すくすくと成長していった。俺に似て少し色素の薄い金髪はアメリカに似たのかサラサラと柔らかく、瞳の色は水色だった。どちらかと言えばアメリカに容姿は似ていると思うのだけど、アメリカに言わせれば俺に似ているらしい。良く笑って泣いて怒って、コロコロと変わる表情が愛くるしい。 「テディ、こっちにおいで。絵本を読んであげよう」 そう言えばぱっと顔を輝かせて嬉しそうに膝の上に座る。素直で明るく優しい子。遠い昔のアメリカに良く似ている。 三人で一緒に遊んで共に食卓を囲み二人がかりで風呂に入れてやって、同じベッドで眠る。まるで人の家族のように。 ――そんな、夢。 アメリカと共に見る、幸せな夢。 現実になればいいのに。 ××× Rock-a-bye, baby, on the tree top. When the wind blows, the cradle will rock. When the bough breaks, the cradle will fall, And down will come baby, cradle and all. 「子供が生まれたんだ」 欧州発の金融危機は瞬く間に全世界に飛び火して、俺もイギリスもおいそれと国を離れられなくなった。自国の経済が破綻するか否かのギリギリの選択を迫られる日々に神経は磨り減り、身体は疲労困憊だった。ようやく状況の打開が見出せて仕事が一段落して、久し振りに愛しいイギリスの家に遊びに行けば、彼はロッキングチェアに深く腰掛けてゆらゆらと身体を揺らしながら信じられないジョークを口にした。 「え、なんだって?また君が世話する国でも生まれたのかい?」 これだけ各国が密接に絡み合い情報伝達の手段も発達した昨今、新しい国が誕生したとすれば俺が知らないはずないんだけどな。そう言えば、違うとイギリスはふるりと頭を振った。そして、俺とお前の子だと・・・途方もない戯言を真剣な眼差しで口にする。 「・・・待ってくれよイギリス、そのジョークは笑えないよ。何なら良い医者を紹介してあげようか?もちろん脳の病の専門家をね!」 思い切り眉を顰めてつっけんどんに言い放ってしまった。それくらい笑えないジョークだ。けれどイギリスは俺の発言に怒るでもなく、人差し指を唇に宛てて大きな声を出すなというジェスチャーをするだけだった。 そうして再び俺がこの家に入った時と同じ唄を口ずさむ。マザーグース・・・俺も遠い昔に聴き魂に刻み込まれてる旋律。彼が俺の為に唄ってくれた子守唄。 ねむれ、ねむれ、あかちゃん、木の上で まさかまた彼の口からその唄を聞くことになるとは思わなかった。耐え難い何かに襲われ胸がキリキリと痛む。イギリスから顔を背けてどうすることもできずただ立ち竦んでいれば、不意に唄が止んで忍び笑いが耳に届いた。 「アメリカ、信じられないのも無理はないけどさ、本当のことなんだ」 腕に抱いた布の塊を見せようと、俺に向かって一歩、また一歩と近付いてくる。 「ほら、見てやってくれ。この子――俺達の子なんだ」 この人は何を言ってるんだ?意味がわからない。微笑むイギリスの顔が穏やかで奇妙で恐ろしい。知らず後退っていたけれど、こつんと壁にあたった。動けなくなった俺の前にイギリスが幸せそうに笑って立つ。そして押し付けるように布の塊を目の前に差し出した。顔を逸らしても視界に入る程に近づけられ、ぎゅっと目を瞑ると覚悟を決めて布の中身に目を向ける。 そこにはやわらかな布に包まれた一人の赤ん坊がすやすやと眠っていた。男の子か女の子か・・・良くわからない。ピンク色の肌の赤ん坊は陽の光に透けるような金の髪を持っている。・・・イギリスに似たような色彩だ。まさか本当に?でもどうやって? 息を呑んでじっと眺めていると、眠っていた赤ん坊が目を覚ます。ふぎゃあと高い声で泣く。よしよしとイギリスが慣れた手つきで揺らしてあやせば、ふるりと金の睫毛を揺らして瞼を開ける。薄い皮膚に隠されていた瞳が現れる――その色は、ブラウンだった。 「・・・え?」 「可愛いだろう、アメリカ。俺達の子だ」 ねむれ、ねむれ、あかちゃん、木の上で 風が吹けば、ゆりかごが揺れる 枝が折れれば、ゆりかごが落ちる あかちゃんとゆりかご、もろともに 其は夢か現か。 |