USA ※診断メーカーにて『お題提案してみったー』をした結果、えりくへのお題は 『人はそれを愛と呼ぶ』『残酷な君は嗤う』『笑ってサヨナラ』です。『2RT』されたらどれか書こう!と診断されました。 RTしてくださった方のリクエストにより、『人はそれを愛と呼ぶ』の無自覚米英です。 「ねぇ聞いてくれよ日本!」 また来た。勢い良く縁側に面する障子をすぱーんっと開け放って土足のまま室内に遠慮無く上がってくる狼藉者の顔を見て、日本はいつも通り溜息を漏らした。 一人住まいの静かな朝、日本は居間の円卓に並べた朝食の塩ジャケを口に含んでゆっくり味わっていた。ところが突然空からバリバリバリと轟音が鳴り響き、50年に渡って住み慣れ親しんだ家がガタガタと揺れ、屋根が吹き飛ぶかと心配になる程ミシミシぺきりと嫌な音を立て、その異常事態に思わず咀嚼途中の塩ジャケの固まりをごっくんと呑み込んでしまったその時。たいして広くもない庭に突如何かが降りてきた。 ――私の喉に骨が刺さってしまったとしたらどうするつもりだったのでしょうか、このスットコドッコイが! 長いロープから手を離してしゅたっと見事な着地を決めた人――実際は人の形を取った国であるが、その人物が庭に降りたと同時にバリバリという轟音は遠ざかって行く。 広大な土地を持つ国、例えばアメリカ合衆国などに建つ家にならヘリコプターで訪問ということもあり得るだろう。だけどここは世界中からうさぎ小屋などと揶揄されるような小さな家屋なのだ。決して一軒一軒にヘリポートが備わっているはずもなく、そもそも勝手知ったるなんとやらの如く庭をずかずかと横切って近付いてくる若者は、ここがヘリコプターで訪問するにふさわしい家でないことなど知っているはず。何故ヘリコプターで来た。 おまけに彼の訪問予定など聞いてない。様々な不満に流石の日本もぴきぴきと引き攣るこめかみを宥めきれず必死に指で抑えて、なんとか二千年の時を以って培った微笑を顔に貼り付かせる。目の前に仁王立ちになって今にも「聞いて欲しい」話題を捲し立てようとする若者を手振りで制して一言伝える。 「玄関から靴を脱いでお入りください」 一瞬ぽかんとした若者は元来の素直さを少しだけ取り戻したのか、あぁそうだね、と言っておとなしく庭に降りて行き、そのまま一度垣根の向こう側へ姿を消した。残されたのはキーンと耳鳴りを訴える我が身と畳の上におびただしい靴跡。 はぁと再び嘆息を漏らし、まだ食べかけの大好きな塩ジャケや味噌汁などを盆に移すと台所へ下げる。そうして訪問者――招かねざる客ではあるが、彼の為のお茶を用意した。 一服の茶を提供した後、再び聞いてくれよと喚く金髪碧眼の青年アメリカに対してにこりと笑みを返す。が、口から出た言葉は承諾ではなかった。 「本日は良いお日柄ですね、まずはお部屋の掃除など致したく思います。アメリカさんもお手伝い願えますか?身体を動かせば少しは鬱憤も晴れるというものですよ」 でも、とかそれより、という言葉ににこにこと頷きつつさり気なく畳の上の泥を指し示す。 「お掃除、しましょうね」 穏やかに言えばアメリカは渋々といった体で首肯した。 アメリカの返答に満足した日本は割烹着に三角巾という出で立ちで、上から下への基本に忠実にはたきで埃を払い、さっさっと小気味良い音を立てながら畳の上に落ちたゴミや泥や砂を箒で掃き出す。最後にきつく絞った雑巾で拭い取ればさっぱりとして清々しい。満面の笑みを浮かべた日本は額に浮かんだ爽やかな汗を手の甲で拭った。 ちなみにアメリカには箪笥の上などの拭き掃除を頼んだ。あとついでに――本当についでなのだけど、偶々気になった照明器具の傘や箪笥など重い家具の裏の掃除をお願いした。 こういう時背が高くて腕力のある子供や孫がいれば助かるのですね、いや本当に助かりました。 口には出さない感謝の気持ちを眼差しに込めて送れば、アメリカは雑巾を持つ手を動かしながらぼんやりと、ねぇ日本と声を掛けてきた。 「君のこの箪笥ってば傷だらけなんだぞ。新しいのに変えようとは思わないのかい?」 「そうですね・・・確かに50年も使えば大事に扱っていても傷は付きますよね」 「50年!?年代物じゃないか!どうして新しい物に変えないんだい!?」 「だってまだ使えるじゃないですか、もったいないですよ。それに私にはそれが使いやすいんです」 深く考えるでもなく思うままに言えばアメリカは、これだから年寄りは・・・などと呟いた。どうせその年寄りとは大西洋に浮かぶ某島国やその隣国を指しているのだろう。アメリカより若い国の方が少ないという事実にはあっさり目を瞑って。 「イギリスもさ、いつまで経っても古臭い家具使い続けるんだ。せっかくの休みだってのにわざわざ拭いて廻ってぴかぴかにしてさ。時間の無駄遣いだよ」 「そうですか」 「いくら磨いたって新品には劣ると思わないかい?」 同意を求めるように水色の瞳を日本に向けてくる。たった今交わされた会話の内容を既に忘れ去ったとしか思えない発言に、本当にアメリカさんはイギリスさんにしか興味ないのですね、と日本は内心ひとりごちた。 「そうですねぇ・・・物を大切に扱うのは美徳だと思いますが」 「でも壊れて開かない引き出しとかあるんだぞ?不便だし困るじゃないか!なのにイギリスときたら開かなくてもこのチェストが気に入ってるとか言うんだ、あの石頭!まったくもって非合理的だし理解できないよ!」 「イギリスさんにはその家具に愛着があるのでしょうね。アメリカさんが直して差し上げたらいかがですか?」 「は!?俺がなんで?」 咄嗟に浮かんだ思い付きを口にすれば、アメリカはぎょっとした表情で日本を見返してくる。 「だってそういう日曜大工をなさるの、お得意でしょう?」 言いながらこれは良い提案だったなと日本はこっそり口角を上げた。 日本としてはアメリカのことはそんなに嫌いではない、むしろ来訪の際の狼藉や普段からの無理難題、ムチャぶり、身勝手な要求さえなければ好ましい国の一つである。だから彼が常日頃から衝突してばかりのイギリスと内心うまくやりたいと思っていることを察しているので、さり気なく知恵を授けたり啄いたり愚痴を聞いてやったり唆したりしているのだ。決して面白がってのことではない。 「そりゃDIYは得意だし好きだけどさ、あのイギリスの古臭いチェストを直してもね。それよりはこの際全部一新して買い直してあげたいよ!そしたらあの黴臭い家も少しはモダンになるんじゃないかな。あぁでも住んでる人が一番古臭いから意味ないか」 HAHAHAとあっけらかんと笑うアメリカに微妙な笑みを返しつつ、そうですね・・・でも、と続ける。 「ヒーローとは困ってる人を助けるものではないのですか?貴方がお気に入りの家具を直したとなれば、きっとイギリスさんもお喜びになると思うのですが。いえ、イギリスさんのお気持ちはさておいてもヒーローとはかくやたる行動、素晴らしいじゃないですか」 「え、えっと・・・良くわかんないんだけど、そうだね、俺はヒーローだからね!困ってる人は助けてあげるんだぞ!決してイギリスの為なんかじゃないんだぞ!」 「承知しております」 くつりと極上の笑みを浮かべて日本は頭を下げた。超大国アメリカ合衆国としての彼はなかなか扱い難い存在だが、イギリスを想う一人の男としての若者は意外に御し易い。あまりに簡単に篭絡できたので気が抜ける程だ。まぁそれだけ真摯に想っているのだろうけど。 それならそれで素直になれば良いのに、未だアメリカ自身はイギリスに対する想いを「説教ばかりで小煩くてうざくてムカつくけど気になる存在」としか認識していない。最近の中学生でもこんなに鈍くないだろう。対するイギリスのアメリカへの想いも曖昧模糊としているので、まさに似たもの同士、どうしようもない。 「さて、お陰様で部屋も綺麗になりました。改めてお茶でも淹れましょうね」 割烹着と三角巾を外して畳みながら言えば、アメリカは自分が何しに来たのかを思い出したか不満気に唇を尖らした。 「そうだ、俺は客なんだぞ!君ときたら掃除なんかさせてさ、ひどいんだぞ!」 「恐れ入ります、すみません」 「それ、全然謝ってないってさすがの俺でももう知ってるんだぞ・・・」 アメリカがじとっと半眼で睨んでくる。日本特有の謝罪の言葉を述べたに過ぎないのに、どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。まぁ言葉の壁とは常に付き纏うもの、気にしない。 「左様ですか。ではお詫びのしるしに上等の羊羹をお出ししましょうね。とても美味しいんですよ」 「食べ物で釣ろうっていう君のその魂胆が気に食わないんだぞ!」 「羊羹はお気に召しませんでしたか?」 「・・・食べるよ!!」 首を傾げて尋ねれば投げ遣りに返された。でも食べるんだ。彼のことだからきっと羊羹の甘さに頬を緩ませ瞳を輝かせれば怒りなど忘れるだろう、だから気にしない。 「それでは寛いでいてくださいな、ご用意致しますから。ゆっくりお茶でも飲みながらお話聞かせてくださいね」 にっこり微笑みながら言って立ち上がると、日本は台所へ向かった。 そうして羊羹に飽きたらず蕎麦ぼうろや煎餅など、日本の買い置きのおやつを大量摂取しながらアメリカが述べることはいつも同じ、イギリスに対する愚痴だ。 「でさ、いつまで経っても土いじりを止めないんだ!せっかく友達いなくて一人寂しい彼の休日を有意義なものにしてあげようと俺が遊びに行ってあげたってのに!」 「はぁ、しかしながら植物には植える時期というものがあります。イギリスさんは多忙な方ですから、きっと時機を逸して焦っていらっしゃったのでしょう」 「じゃあそのイギリスにわざわざ会いに行ってあげてる俺は暇だとでも言うのかい!?」 「いえそんなことは」 ぎりっと鋭く底冷えする瞳で睨まれて思わず視線を逸らす。そしてこっそり嘆息した。まったく毎度毎度同じことの繰り返しだ。 超大国に伸し上がったアメリカにいつまでも兄貴のつもりで説教垂れるイギリスもイギリスだが、自己中心的でマイペースなアメリカもアメリカだ。どうせ連絡も寄越さずに押し掛けた先で冷遇されたのだ、自業自得である。少しは反省すれば良いものを。 けれど。 「そうですね――世界のリーダーたるアメリカさんこそ休む暇もなく世界中のありとあらゆる場所に目を配り平和を保とうと日々尽力なさっているのですものね。ご立派なことです。そんな貴方が得た僅かな休息の時間を孤独なイギリスさんの為に費やそうだなんて、益々ご立派、誠に心優しいお方、この日本感服の至りです」 「え、あ、えぇと・・・?」 表情を消して一気に褒め称えれば、アメリカは戸惑うように水色の瞳を瞬かせた。微妙な笑みのまま固まってしまった目の前の顔を、真意を窺わせない漆黒の瞳で眺めながら、日本は更に畳み掛ける。 「そんなアメリカさんを放置して趣味に走るなんてイギリスさんは良くありませんね。英国紳士と言う割にマナーがなってません。それでは各国の信頼を失うのも道理かと」 「いや・・・まぁイギリスにも都合がある訳で・・・今回は仕方ないんだぞ。そ、それにイギリスの庭ってば本当にすごいんだ!趣味とか言うレベルじゃないんだよ。一年中色んな薔薇が咲いててさ、とっても綺麗なんだぞ!」 「そうですか」 にこりと笑みを浮かべればアメリカはほっとしたように、そしてムキになった自分を恥じるように頬を淡桃色に染めて頷いた。 「うん、何かに一生懸命打ち込めるって素敵なことだと思うんだ。それに俺は彼が庭の手入れをしている姿を見るのも嫌いじゃないしね。いつも偉そうに顰めっ面してる癖に、そういう時は穏やかでやさしい顔してるんだ」 「そうですか」 日本の思惑など気付きもせず素直な胸のうちを語るアメリカに、先程と同じ台詞を単調に繰り返す。 人とは不思議なもので、怒っていても同調されたりむしろ自分以上に怒りを伝えられると冷静になり、フォローを始めてしまうもの。アメリカの子供っぽい愚痴など、こうして宥めるのが一番手っ取り早いのだ。日本はほくそ笑みつつも内心うんざりする。問題は、この後延々とそれが続くということだ。 「何かを育てるのは簡単なようで難しいことなのに、彼は昔から育てることが好きでさ・・・それってあの人の心がやさしいからだと思うんだ。彼だから薔薇も綺麗に咲くんだと思うんだ。不器用だけど精一杯愛情注いでさ、それで綺麗に咲いたらそりゃもう嬉しそうな顔するんだ。こう、ふにゃって笑うんだ。無防備で可愛いったらないんだぞ!あんな顔見ちゃったらそりゃ薔薇も応えざるを得ないよね。あ、この間こっそりイギリスが笑った顔を撮ったんだけど見るかい?見ない?どうして?見てご覧よものすごく可愛いんだぞ!ほらほらほら!ね、可愛いと思わないかい?あぁもうほんとに可愛いなぁっ!これでもう千年生きてるとか俺より年上とか信じられないんだぞ!それにこう・・・汗がキラキラ光ってるのも綺麗で色っぽくてさ。そうそう、彼の瞳ってものすごく綺麗な色してるよね。あんな綺麗な翠、宝石にだってないよ。あと金の髪だって俺のと違って陽の光に透けるような色でさ・・・」 「あーはい、そうですねー・・・」 日本は微笑を顔面に貼り付かせると、砂を吐く思いでひたすら聞きに回った。 結局いつもこうなるのだ。 最初は文句ばかり言う癖に、気が済めば今度は延々ここが好きだこんなところが堪らないんだと甘ったるい惚気を吐き続ける。これでアメリカ自身はイギリスを口煩い元兄弟としか思ってないというのだから、まったくもって信じられない。そもそもイギリスのことばかり話すのは、彼のことを誰かに聞いて欲しいからに他ならない。彼の良いところ素晴らしいところをわかって欲しい――それは、アメリカがイギリスのことを好きだからだ。 そんなわかりやすい感情なのに、どうして本人は気付かないのだろう。アメリカも、イギリスも。 思い浮かぶは数日前のこと。目の前のアメリカより色素の薄い金髪に緑眼の青年がやはり訪ねてきた・・・当たり前だがアポを取った上でだ。 英国の化身たるイギリスは独立した元弟の我儘ぶりに大層立腹の様子で苦言を呈し、日本に同意を求めてきた。そして日本が少々大袈裟に・・・というか本音に近い文句を述べれば、いやあいつはちょっと我儘だけど悪い奴じゃなくて・・・等など、慌ててフォローを始めた。フォローは次第に惚気に変化し、最後には自分の発言内容の青臭さに思い至って耳まで真っ赤に染め上げた。 もちろんその独立された元弟とはアメリカのことである。 早いとこ互いの惚気を私ではなく本人に向けてくだされば良いのですが・・・。 まだまだ絶賛続行中のアメリカの惚気を右から左へと聞き流しながら日本は心のうちで願う。それぞれが己の恋心に気付いて双方向の想いを通わせてくれたなら、自分の穏やかな時間を奪われずに済むのにと。けれど彼等と百年単位で付き合ってきた身なればこそ、現実というものも理解している。 まだあのひよっこ達には無理なのでしょうね。 |