USA


「ばっかじゃないかいっ!?」
 心の底から呆れ返って罵倒すると、彼は羞恥と怒りとで頬を真っ赤に染め上げた。


 先日、やっと300年越しの片思いが実って愛しいイギリスが恋人になった。その時はもう天にも昇る心地で、幸せで胸がいっぱいだった。彼の泣き癖が伝染ったのか、柄にもなく泣いてしまって、そんな俺を彼は抱き締めてくれた。腕の中のイギリスの温もりに安心して、しばらく二人、言葉も無く抱き合って。そしてどちらからともなくキスした。心が通じ合ってするキスは、それまでのものとは桁違いに気持ち良くて、全身が蕩けそうだった。だって、彼が受け入れてくれて・・・自分から求めて絡めて来た。愛されてるんだってわかる濃密なキス。だから、本当に本当に嬉しかった。これからこの人をずっと大事にしていくって心に決めた。


 それから2カ月、彼とは会っていない。何故かって?あのくそったれが忙し過ぎるからだよ!
 イギリスと付き合い始めてわかった事が一つある。それは彼が深刻なワーカーホリックだということだ。前から薄々気付いてはいたけれど、想像以上だった。なにせ彼ときたらありとあらゆる分野に顔を突っ込むものだから、尋常ならざる量の仕事を抱え込んでいるのだ。しかもそれをまったく苦に思う訳でもなく、さも当然のことのようにこなしていく。その手腕は見事なものだと尊敬もするけど・・・それでも量が量なだけに、休む暇もないらしい。早朝から出掛け、戻るのは深夜。ただシャワーを浴びて寝るだけ。仕事に追われてまともな休日なんて無きに等しい。
 そんな訳だから、彼が自由になれる時間などなくて。当然付き合い始めてこの方デートなどしたことがない。それは仕方ないと思う。仕事なんだ、仕方ない。わかってる。でも、電話くらいあっても良いと思うんだ。都合の良い時でいいからと言ってるのに、彼は「無理」の一言でバッサリだ。仕事に追われて余裕がないのかもしれないし、時差を気にしているのかもしれない。けど声を聞けないのはかなり辛い。堪り兼ねてこちらから電話をするけど、寝惚けた声で応答されてすぐに切られてしまった。ひどすぎる。
 最悪なことに、こんな時に限って仕事でも会う機会がないときた。なんてこった。そして腹が立つのが・・・俺はこんなに彼に会いたくて仕方ないというのに、彼はそうでもないということだ。付き合い始めならもっとこう、滾るものがあっても良いんじゃないかな!?そもそも付き合い始めて二月経つのに、未だに初めての・・・えええと、そのアレが、できてないというのが深刻で・・・。
 俺としては恋人になったあの日あの時あの瞬間に即押し倒してそのまま・・・とか思ったのだけど、彼が何の準備もできてないからダメだって言って。で、まぁすぐ初デートできると思ってたからその時でいいかって、俺も素直に引いちゃったんだ。でもこんなことなら何の用意なくてもちょっと無理矢理でも、あの時してしまえば良かった!!あまりに焦らされているから、彼の身体はどんなか・・・妄想ばかり進んでいって俺の頭は爆発寸前だよっ!!活力漲る19歳の身体の欲望を舐めるなよ!?


 そんな時、たまたま仕事で訪米したフランスから、事実を聞いてしまった。
「ようアメリカ、お疲れさん」
「やぁフランス、君こそはるばるご苦労だったね」
「この後、どうだ?予定がなければ一緒に飯食いに行かないか?」
 社交的な彼はいつもこうして誰彼誘っては一緒に食事を取って親交を深める。俺としても特に予定はなかったので、その場でOKして近くのレストランに入った。
「で、結局お前らどーなったのよ?」
 食事もほぼ終わり、のんびりワインを傾けていたフランスが唐突に切り出した。
「どうって、別に」
「隠さなくてもいいだろ?お兄さんとお前の仲じゃない」
「どんな仲だい?悪いけど俺には覚えがないなぁ」
「ちょっと冷たくないっ!?俺はお前にあんなことやこんなことや手取り足とり・・・」
「そういう妄想を口にしないでくれないか」
「ひどっ!!」
 ナプキンを口に咥えて身体をくねらせるフランスを、心底どうでも良い生き物を見るような目で眺める。すると彼は「あの眉毛・・・もっとちゃんとしつけろっつーの」とぶつぶつ文句を言い出した。うるさいよ。
「それでさ、どうなったんだ?」
 懲りずに聞いてくる。その顔を食後のアイスクリームを舐めながらじとりと睨む。
「聞いてどうするんだい?」
「いやー単なる好奇心よ?変に勘繰らないでよね」
 へらへら笑うその顔に理由なくムカつく。しつこい・・・というより。
「その気持ち悪い笑い、止めてくれないかな。知ってるんだろ?」
 どうせ。勘の良い彼のことだ、気付いているに違いない。その上で俺の口から吐かせようというのだろう。そう思って言うと、案の定。
「ははっ、まぁな。あいつ見てたらすぐわかるよ」
 によによと嫌らしい笑みを向けてきた。やっぱり。相変わらず食えない男だ。
「あまりつつかないでくれよ、彼が照れたら面倒だから」
「はいはい」
 返事は良いけどそれでも弄る気満々なのが見て取れる。言うだけ無駄なので気にしないようにする。
「それにしても欧州は忙しそうだね」
「んなことねぇよ、最近は落ち着いてるよ?」
 何の気なしに言った言葉に、フランスが思い掛けない返答をした。
「え?でもイギリスが・・・」
「あいつも今はゆっくりしてるはずだぜ?」
「・・・・・・」
 そんな馬鹿な。だって彼は言ったんだ、仕事が忙しいから会えないって・・・。
「なんだよ、毎週末あいつ忙しいって言ってたから、てっきりお前らデートしてんのかと思ってたよ」
「・・・そんなの、一度もしてないよ」
「一度も!?付き合ってから?」
 フランスが驚いて目を丸くする。
「そうだよ」
「え、待てよ、いつから付き合ってんだっけ?」
「2カ月前」
「・・・何やってんだお前ら」
「それは彼に聞いてくれよ」
 言いながら心がどんどん冷えていく。頭の中で声なき声がガンガン響く。
「ま、まぁ、俺達が知らないだけで何か取り込み中なのかもしれないな」
 俺のテンションが落ち込んでいくのを察して、フランスが慌てて取りなすように言うけれど。隣国であり情報通の彼が知らない何かなど有り得ない。悔しいけどこの髭面のおっさんと彼の関係はそれ程までに深いと知っている。
 心がもやもやする。言い様のない不安と怒りでむしゃくしゃして来た。苛立ち紛れにコーラで我慢していたのをアルコールに切り替える。フランスのワインを奪って一気に飲み干して。更にバーボンを頼むと彼は青ざめた。
「ちょっ・・・お前、そんなに飲めたっけ?」
「知らない」
「知らないって・・・ちょっと!?」
「あ、ここの勘定君持ちでよろしく」
「なんで!?ていうかそんな一気に煽ったら・・・」
「・・・・・・」
 言われなくてもわかってる。強い酒に喉を焼かれて不覚にも涙が浮かんでしまった。
「そんなヤケにならなくても、何か事情あるんだろうからさ」
 俺の有様が哀れだとでも思ったか、フランスは慰めの言葉を口にする。
「俺と会いたくない事情って何」
「いや、お前と会いたくない訳じゃないでしょ?」
「・・・君は仕事以外で彼と最後に会ったのいつ?」
 ふと思い付いて、聞いてみる。
「え、それは・・・」
「嘘つかないでくれよ?調べたらすぐにわかるんだからさ」
 誤魔化しを許さない目でじとりと睨め付けると、彼は諦めたかのように肩を竦めて答えた。
「・・・二週間前」
「あっそう!」
「いや、何もないよ?たまたま用事あったらしくて俺んちに来たから一緒に飲んだだけで」
「へぇぇえっ!!!」
 ばりんっと手の中のグラスが粉々に砕けた。フランスがひぃっと悲鳴を上げるが知ったことじゃない。つまり彼は俺には仕事で忙しいと言いながら、フランスには行って飲んでた訳だ。これを浮気と言わずして何を言うのだ。くそっ!どうせ昔から夢中なのは俺ばかりだよっ!!いや、浮気というより・・・。
 厭な想像に囚われる。彼は・・・俺と付き合うことを今更ながら拒否しているんだ。


 頭から冷水を浴びせられたかのように背筋が凍る。心が軋む。身体がぶるぶる震えるのを歯を食いしばって堪えるけど、全然抑えられない。
 イギリスが恋人になったあの日を思い出す。確かに彼に受け入れてもらうやり方は少しばかり強引だったかもしれない。でも彼だってきちんと考えた上でOKしてくれたはずなんだ。なのにやっぱり時間を置いて冷静に考えたらダメだったのかな・・・。
 喜びが大きかった分、喪失感はハンパなくて泣けてきた。フランスがぽんぽんと頭を叩く。次いでくしゃくしゃと髪を混ぜる。いつもならうざったいそれにさえ救われる程、俺の心は傷付いていた。


 週末、イギリスの空港に降り立つ。英国は相変わらずどんよりとして小雨が降りしきっていた。不安と苛立ちが綯い交ぜになった気持ちでイギリスの家の前に立ち、迷いなくベルを押す。程なくして家の主がドアを押し開く。顔を合わせた途端、イギリスはぎょっとして立ち竦んだ。
「お、おま・・・どうして」
「恋人が会いに来るのに理由がいるのかい?」
 言うなり彼を押し退けて家の中に入る。
「ちょっ、待てよ・・・せめて来る前に連絡くらい・・・」
「いきなり説教かい?勘弁してくれよ」
 ムスッとしたままリビングのソファにどさっと身体を預ける。彼は慌てて俺を追い掛けて来て文句を垂れた。
「それでも俺にも都合ってもんがあるんだよっ!いきなり来て勝手にくつろぐな!」
「都合って何?あぁそう言えば今日も仕事が忙しいとか言ってたよね。その格好で仕事かい?」
 じろりと睨み上げるとイギリスは気まずそうに顔を背けた。――そう、彼の姿はいつも通りの堅苦しくきっちりとしたスリーピース・・・ではなく。糊の利いたコットンシャツの上にエプロンをしていた。キッチンからは甘い香りが漂ってくる。どうやら菓子作りをしていたらしい。
「いつから君は菓子職人になったんだい?」
 嫌味たっぷりに言えば、「急にオフになったんだ」と要領を得ない口調で言う。嘘つき!
「仕事だなんて嘘なんだろ?フランスに聞いたよ。ここのところ欧州は穏やかだそうじゃないか」
「・・・あの野郎、余計なことを」
 彼はちっと舌打ちをした。それはつまり、フランスの発言が正しいと認めたということだ。
「どうして嘘なんか?俺に会いたくなかったのかい?」
「そんなわけねぇだろ。俺だって会いたかったさ」
 ソファから横目で睨むように見上げると、イギリスは取り成すように笑いかけてくる。どうせ適当な事を言ってはぐらかそうとしているのだろう。その不誠実さに腹の底から沸々と怒りが湧きあがってくる。
「会いたくなかったんだろう?はっきり言えば良いじゃないか!」
「違うって言ってんだろ!?しつこいぞお前っ!」
 嘘ばかり吐く彼の二枚舌が腹立たしい。ちっと舌打ちを一つしてからぼすんっとソファを殴った勢いで立ち上がり、彼の前に立って睨み付ける。
「じゃあどうして避けるような真似したんだ。どうせ後悔してるんだろ!?恋人になったことを!」
「そ、んなこと・・・」
 イギリスは思ってもいないことを言われたかのように目を見開く。わざとらしいよ。腸が煮えくり返る思いでぎりっと歯軋りをする。
「どうせ俺が無理矢理恋人にしたよ!悪かったね!でも」
 皆まで言う前にぱんっと音がする。視界が一瞬で変わる。・・・イギリスに頬を叩かれた。
「・・・んだよ、お前、うぜぇ」
「・・・・・・っ」
 自分の行いを省みずに苛立たしげな表情のイギリスの頬をぱんっと叩き返してやる。
「なっ・・・!」
「浮気者!!」
「あぁっ!?俺がいつ・・・!」
 ぎろりと睨み上げてくる彼に、冷え冷えとした心持ちで俺の中で渦巻く疑念を口にする。
「フランスと飲んだんだろ?俺には仕事で会えないって言ってたくせに。その後彼と寝たのかい?」
「――っ!?おまっ・・・信じらんねぇっ!んなわけねぇだろっ!?」
 イギリスはぎょっとして目を見開いて、慌てて取り繕うように否定した。
「どうだかね。君は嘘ばかりだからもう信じられないよ」
「・・・っそ、それでもあいつと寝るとか有り得ねぇだろっ!!」
「そう?君達って喧嘩ばかりの割に仲良いからさ。そんな関係になっててもおかしくないかな。それもとっくの昔にね!!」
「・・・・・・っ!」
「もしかして俺は彼から無理矢理奪っちゃったのかな?あの場では受け入れざるを得なかった?それで後から彼に助けを求めに行ったのかい?彼はやさしく慰めてくれたんだろうね。ははっ・・・俺だけが何も知らなかったのかな」
「・・・・・・」
 イギリスは蒼白になって言葉もなく、ただ顔を横に振るばかりだ。でも俺はずっとずっと二人の関係を疑っていたんだ。二人が親しげに寄り添う姿を焼け付くような嫉妬で身を焦がしながら見ていたんだ。それを暴くことをもう、止められなかった。
「本当は、俺との関係が浮気なのかい?」
 再びぱんっと頬を叩かれた。イラついて無言で睨むと、イギリスの翠の双眸が不意にゆらりと揺れ、そして一瞬で溢れ出した涙に沈む。涙は頬を伝ってぽろぽろと零れ落ちていった。光を受けてきらきらと輝きながら滴るそれを、綺麗だなとぼんやり思う。
「・・・俺、言ったよな?」
 小動物のようにふるふると身体を震わせながら、俯いて呟く。
「何を?」
「お前のことが好きだって・・・あの時、言ったよな」
「・・・聞いたよ。でもそれだって嘘なんだろ」
「嘘であんなこと言うわけねぇだろ!?あんな、苦しかったのに・・・っ!」
 慟哭して両の手で顔を覆った。居たたまれず、彼から目を逸らす。
「それじゃ、俺もフランスも好きだってことかい?」
「違うっつってんだろ!?俺は、お前だけが・・・っこの、わからず屋!」
 ぎりっと涙に濡れた瞳で睨まれる。
「・・・じゃあなんでフランスなんだい。なんで俺に会いに来てくれなかったんだい?」
「あいつに・・・聞きたいことあって」
 怒りをひとまず腹の中に収めて話を進めてやると、俺が納得したと思って安心したのか、袖で涙をぐいっと拭ってぼそぼそと答えた。
「それは仕事の話?」
「いや、個人的な・・・悩みっつーか、相談・・・」
「へぇ、恋人じゃなく腐れ縁の彼に相談ね」
 またきりきりと胃が捩じれたように痛み出す。胸が苦しくて息ができない。
「いや、そこはたまたまだ!あいつが詳しそうだからってだけで、深い意味はないからな!」
「何を聞いたの?」
「それが、結局言い出せなくて・・・聞いてない」
「君はほんとに馬鹿だね」
「う、うるせぇな・・・」
 呆れて肩を竦めると、イギリスはむくれて頬を膨らませた。


「それで?」
「あ?」
「最初の質問に答えてよ。どうして俺を避けたの」
「それは・・・その・・・」
 途端、落ち着きなく視線を彷徨わせて口籠る。
「やっぱり俺と会いたくなかったんだろ?」
「ち、違うって!そうじゃなくて・・・その、お前さ」
 哀しい想いを声に乗せると、彼は慌てて否定した後、観念したように目を伏せた。
「うん?」
「二人きりになれば、やるだろ?」
「・・・はい?」
 え、今彼は何て言ったんだい?やる?やるって何を?
「だから・・・その、せ、セックス・・・」
「そりゃ、まぁ・・・」
 彼は上気した表情でこちらを窺う。上目遣いのその瞳は熱を帯びていていやらしい。思わずごくりと喉を鳴らしてしまって、取り繕うように視線を逸らして曖昧に応えると。
「でででも俺、今までそっちの経験なくてっ」
「俺だってないよ」
「・・・・・・っ!やっぱりお前もないんだな!?」
 羞恥で真っ赤になって俯いていた顔が、さもありなんと見上げてきた。
「そりゃそうだよ。俺が抱きたいって思うのは、いつだって君だけだったんだから」
「そ、そうかよ・・・」
 さらりと言うと、照れたように頬をピンク色に染めた。いい歳だしエロ大使とか言われてるくせに、なんだろうな、この反応。はっきり言って反則なんだぞ。可愛いなんて思わないんだからなっ!
「それで、何?さっぱり話が掴めないんだぞ」
 自分の目が末期症状を呈しているのを感じて、無理矢理話を進める。
「う・・・いや、それで・・・だな」
「うん、何?」
「いきなりやるのは無理だろ?」
「・・・え?」
「その、お前も俺も・・・男だし」
「そう、だね・・・」
 なんだろう、イギリスは何を言いたいのかな?
「でもって、今までのお前の言動から察するに、俺が・・・下になるんだろ?」
「まぁ、そうだね」
「でも俺経験ないからさ、急には無理だと思ったんだ」
「・・・・・・」
 あぁ、なんだか嫌な予感がしてきた・・・。
「だから、その・・・お前のを受け入れられるように、慣らしておこうと思って・・・」
「フランスと寝たのかいっ!?」
「ばっ・・・違ぇよっ!あいつに掘られるくらいなら死んだ方がマシだっ!」
 思わず最低最悪の想像をしてしまったら、イギリスに目をひん剥いて否定された。
「じゃ、何・・・っ!?」
 苛立ちを隠さず伝えると、彼は俺の剣幕にびくりと震え、泣きそうな顔をして恥ずかしそうに小さな声で、漏らした。
「だ、だから自分で、・・・拡がるように、やってたっつーか・・・」
「・・・・・・」
「な、なんだよ」
「・・・・・・・・・」
「おいっ何か言えよ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「アメリカ!?」
「・・・・・・っか」
「え?」
「ばっかじゃないかい!?」
 なんなんだ、この人は!エロいにも程があるよ!自分で・・・自分で、何してたって!?
「んだよっお前が言わせたんじゃねぇかっ」
「なんで、なんで、そんな・・・っ」
 彼が自分でしていたシーンを思わず想像してしまって、血管がぶちんっと切れた音が聞こえた。
「考えてもみろよ。いきなりじゃ裂けるだろ?」
「確かにそうかもしれないけどさ・・・」
 鼻の奥に違和感を感じて口と鼻を手で覆うと、くぐもった声が出た。
「だろ?」
「だからって自分で慣らして準備しようとか馬鹿じゃないかい!?」
 きっと睨みながら部屋の中をさっと見回す。
「だってお前やり方とか知らねぇと思って」
「そんなの300年の片思いの間に調べ尽くしたよ!」
「でもお前ソドミー法敷いてたじゃねぇか」
「あんなの俺が君を我慢してるのに他の連中が気持ち良くなるのが許せなかっただけだよ!」
「・・・っ・・・公私混同だろそれ!!」
「えーでも反対する人が多かったら通ってないよ。俺は国を体現してるだけで、絶対的な権限を持ってるわけじゃないからね。意見を聞いてはもらえるけどあくまで定めるのは民主的な多数決だ。君の国とは違うんだよ」
 言いながらさりげなく移動して彼に背を向けた状態でティッシュを手に取り、鼻から出た赤いものをさっと拭き取る。
「そうは言っても我儘すぎるだろ・・・」
 呆れたように言ってるけど、俺の方が心底呆れ果ててるんだからね!?そして端と気付く。
「・・・さっきフランスに相談しようとしてたって言ったよね。まさかこんなこと彼に言うつもりだったわけ?」
「う、いやその、まぁ・・・」
 じとりと睨め付けると、さっと視線を逸らした。がっくりと項垂れて深く深く溜息を吐く。
「君の羞恥心てのは何処ら辺が基準なんだろうね」
「う、うるせっ俺だって流石に思い留まったんだからいいじゃねぇかっ」
「それ以前に俺に言うべきだろ?電話でもなんでもすれば良かったじゃないか!なのに君ときたら電話すらしてくれなくて・・・」
「だってそれは!・・・・・・っ」
 勢いで何か言おうとしたのを、慌てたように手で口を覆って止めた。この期に及んでまだ隠し立てをするつもりらしい。
「なんだい?この際だから全部吐いちゃいなよ、どんな恥ずかしいことだって聞いてあげるからさ!」
 これ以上何があるっていうんだ、イラつきながら言うと、彼はぼそぼそと言葉を繋いだ。
「その・・・電話とかしちまうと」
「うん?」
「お前の声、聞いたら・・・会いたくて堪らなくなっちまう・・・」
「・・・・・・」
 くらりと眩暈がする。女の子のように頬を染めて恥ずかしそうに俯くイギリスの肩を、思わずがしっと掴んでしまった。
「・・・なんだよ、女々しくて悪かったな」
 俺の表情を不機嫌と捉えたか、ムスっとして憎まれ口をきく。
「・・・君って奴はさ・・・それ、計算じゃないってところが救い様がないよね」
「んだよ、くそっむかつく・・・」
「どこにむかついてんだい」
「どうせ俺ばっかだよ、会いたかったのは!お前なんかどうせ平然と・・・むぐ」
 感情が爆発して、考えるより先に手がイギリスを引き寄せて腕の中に閉じ込める。
「どうしてそうネガティブなのかな君は!!俺だって会いたかったに決まってるだろ!?それを君が仕事だなんだって会う時間作ってくれなかったんじゃないかっ!しかもそれが馬鹿みたいな心配した結果の嘘だって言うんだから本当に有り得ないよ!!俺の2カ月の我慢は一体なんだったんだい!?」
「・・・えぇと?」
「ずっとずっと会いたかったんだぞ!声が聞きたくて顔を見たくてこうして触れたくて抱き締めて愛し合いたかったんだっ!!それなのに――っ!!」
 イギリスの首元に顔を埋めて激情の赴くままに訴えると、彼はもぞもぞと腕の中で身じろぎして。
「・・・悪ぃ」
 一言謝って、俺の背中に手を回した。


「とにかく!すべて俺に任せてくれれば良いんだよ。なるべく痛くないようにするからさ」
 イギリスの手を引いてソファに座らせて、その横に俺もぴったり膝を合わせて座ると。
「いやでも指一本挿れるだけで結構痛いんだぞ?まだ無理・・・」
 彼はさりげなさの欠片もなく、ずりっと身体を離して座り直した。追い掛けるように再び身体を密着させると、また離れていく。イラっとして再度近付くと共に逃げられないよう肩を抱き寄せると、彼はびくりと震えて不安そうに揺れる瞳で見上げてきた。
「そんなの自分でしているからだよ。俺がゆっくりしてあげるから平気だよ。それとも、俺が欲しくない?」
「そんなわけ・・・」
「じゃあ、俺に委ねてくれよ。――大丈夫だから、絶対やさしくするから」
 ひとまず身体を駆け巡る荒ぶる欲情を内に隠して、努めてやさしい表情を浮かべる。
「う、・・・・・・わ、かった」
 長い逡巡の後、ようやく首を縦に振ってくれた。
「ちなみに自分でやって指何本入るんだい?」
「そ、そんな事聞くなよばかぁっ!!」
 ふと知りたくなって尋ねると、イギリスはぎょっとして真っ赤な顔で喚いた。
「だって折角君が頑張ってくれたんだから、参考にしないと」
「や、だ・・・・・・」
 羞恥に身悶えてぷるぷる震えてる。頬を真っ赤に染めて瞳は熱っぽく潤んでいる。これで誘ってるつもりないってんだから本当に性質が悪い。
「答えてよ、1本?2本?それとも3本?」
「んなに入るわけねぇだろっ!?や、やっと・・・2本・・・」
 深く俯いて消え入りそうな声でぼそりと言う。その答えに、思わずごくりと喉が鳴ってしまった。
「・・・十分だよ、流石はエロ大使だね」
 唇の渇きを覚え舌舐めずりをすると、無邪気な声が聞こえてきた。
「え、お前・・・指2本くらいしかねぇのか?」
 ぴき。
「そっんなわけないだろ!?ねぇ、考えたらわかるよね!?」
「あああわ、悪かった悪かった!!」
 慌てて手を振り回して謝るけど、今の言葉は絶対忘れない。絶対に絶対に――後悔させてやるんだからなっ!
「ったく・・・そうじゃなくて、自分で2本も挿れられるようになってるなら、すぐに慣れるって言ったんだよ!」
「そ、そなのか・・・?」
「そう!だから今日は」
 逃げられないように肩を抱く手に力を込めて、顔を寄せると。イギリスはふるりと震えてぎゅっと目を瞑った。その唇を掠めるように奪った後、彼の耳元に熱い息を吹き掛けながら一言、伝える。
 ――寝かせないから、覚悟してね。
 腕の中の彼は、ぼんっと効果音が聞こえそうな程に茹で上がって。本当に可愛らしかった。





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