USA


 冬は好きじゃない。だって寒いから。
 年末はそりゃ充実していて愉しいさ!ハロウィンに始まりサンクスギビングと立て続けにメインイベントが押し寄せ、待ちに待ったクリスマスにはテンションMAX、最高にハッピーな一日を過ごす。
 まぁ、毎年繰り返されるフランス発端の馬鹿騒ぎは、やり過ぎの感を否めないけどね。でも家族を持たない国体だからこそ、集まってワイワイ騒ぐのは本当に愉しいよ。カナダと一緒にサンタクロースを追跡するのはワクワクするし、俺はヒーローだから手伝うのは当然だしね!
 けど、そんなビッグイベントに情熱を傾け心血を注いだ後、新年を迎えてしまえば特にこれといった愉しみもない。ルーチンワークをこなすだけの毎日。はっきり言ってつまんない。おまけに寒い。心臓も凍りそうなブリザードが吹き荒れる中、たいした用事もないのに外出するなんてナンセンスだ。
 そんな訳で俺は、国家に重要な問題が発生しない限り、毎年冬の間はのんびり自宅で過ごすことにしている。もちろんちゃんと上司の許可を得ているから問題ないんだぞ。まぁ、寒い中出勤させたら俺のご機嫌が物凄く悪くて役に立たないとかなんとか・・・言われたり、してないんだぞ。あくまで快くOKを貰っているんだぞ。
 だから今日ものんびり毛布を被ってリビングのソファーでゴロゴロ。手に持つのは通販で入手した最新ゲーム。敵を倒すのにちょっと苦戦しているけれど、俺の手に掛かれば直ぐに攻略できるだろう。あ、またヤラれた。


 ゲームに飽きて宅配ピザを食べていたら、突如インターホンが鳴った。デリバリーは今手に持っているピザの業者しか頼んでいない、通販も今日配達予定はない。それじゃ勧誘か何かと思って無視を決め込んだけれど・・・もしかして、なんて一人の男の顔が浮かんだ。
 尋常じゃなくぶっとい個性的な眉毛の持ち主たる、俺の――恋人。イギリス。
 でも、まさかね。彼はうちに来る時は必ずアポを取る。元ヤンの癖に紳士を名乗るものだから、マナーなんかに粘着質的に煩いんだ。いつも俺にアポを取れと文句を言う彼が、アポなしで俺を訪ねてくることはないだろう。そう思ってすぐに可能性を捨てた。
 けれど、何度もしつこく押されるインターホン、被せるように鳴り始めたアイフォンの着信音。そろそろ近所から苦情が来そうなので渋々応答すれば、結局のところ予想通り、小煩くて執念深くて俺のこと構いたがりのお節介な眉毛の声が耳に届いた。
『おいアメリカ、いつまで篭ってるつもりだ。いい加減出て来いよ』
「春になったら出て行くよ・・・それまで放って置いてくれ」
 言うなり通話を切ろうとしたら、気配を察したのか、イギリスは一段と低い声で「今電話切ったらてめぇが見る夢全部ホラーになるよう呪うぞ」と心底大人気ない脅しを掛けてきた。仕方なくアイフォンを再び耳に充て、くたばれと力なく呟く。
『マジに俺がくたばったら泣くくせに。じゃなくて、とっくに春になったっつうの。寒がりのお前でも外歩けるって。だからさっさとドア開けろ」
「もしかしなくてもインターホン鳴らしたの、君かい?君にしては珍しくアポ取ってないじゃないか。人には口喧しくアポを取れって言うくせに」
『アポ取ろうと思ったらお前が出なかったんだよ!せめて電話くらい出ろよ!』
「いつのことかい?・・・あぁ、その日は物凄く寒くてね、ベッドから出られなかったんだ。ちょうど今日みたいに寒くて・・・」
『寒くねぇっつってんだろ!どうせお前のことだからカーテン閉め切ってんだろ。外を見ろよ、日が照ってる』
「どうせフェイントなんだぞ、まだ寒いに決まってる。もっと暖かくなってから来てくれよ」
『だからマジで暖かいって。俺を信じろよ、なぁ、ダーリン』
 少し掠れ気味の猫撫で声でうっそりと囁く。おまけにちゅって耳元に響くリップ音。途端に頭の芯が痺れる。寒さに凍えていた身体にぽわっと熱が生まれる。
 何このあからさまなお誘い。そりゃ冬の間篭りっきりで君に会いに行ってないけれど、君が来てくれても寒くて何もする気にならなくてダラダラ毛布被ってゲームしてたけど。今も毛布に包まって受け答えしているけれど。
 イギリスがこんな風に甘えた声を出すなんて、珍しい。いや、ほんとに付き合い始めてから初めて聞いたかも?あ、録音しておけば良かった!もう一回言ってくれないかな?駄目元でお願いしてみようかな。
 逡巡する間にイギリスの声音は低くなり、「いいからドア開けろっつってんだろ、ゴルァ!」なんてドスの利いたヤンキー声に変貌してしまった。あぁもうがっかり。こっちの方が君らしくて安心するだなんて、俺もどうかしてる。
「じゃあ開けるけど、もたもたしてないですぐに入ってくれよ、玄関先で挨拶とか要らないんだぞ、持って来たスコーンがどうとか説明は要らないぞ、どうせうまく焼けただの言ったところでいつも通りの食物兵器なんだから」
『・・・お前、ほんっっっとうに言いたい放題だな、畜生!』
「君の子育てはなかなかのものだったって証明だろ?」
『てめぇに言われたくねぇ!慰めにもなんねーよ、ばかぁっ!』
「ほら、解錠したぞ、さっさと入って早くドア閉めてくれよ。俺はリビングにいるから」
『出迎えもねぇのかよ!』
 アイフォンのスピーカーからひび割れた怒鳴り声が轟くと同時に、乱暴にがしゃんとドアが閉められた。次いでどすどすと靴音高らかに響かせて、イギリスは憤怒の形相でリビングに入って来た。
「おっまえなぁ!!・・・なんだよこの惨状!掃除してんのかよ!?」
「冬の間掃除しないくらいで俺は死んだりしないんだぞ」
「生き死にの話してんじゃねぇっ!最低限のモラルだろ!」
「煩いなぁ、説教しに来たなら帰ってくれよ」
 肩を竦めてドアを指し示すとイギリスはギギギと歯ぎしりしながら呪詛を吐き出した。帰らないという意思表示か、コートを脱いでご丁寧にハンガーに掛けると、床に散らばった諸々の片付けを始める。
 これじゃ恋人が来たというより母親が一人暮らしの息子の様子を見に来たみたい。
 はぁと溜息を漏らしながら俺も毛布に包まったまま立ち上がって、幾つかのゲームソフトを拾い上げTVボードの上に積み重ねる。すぐさまイギリスの手が伸びてそれらは引き出しへと乱雑に仕舞われた。なんとなくムカつく。
 掃除機で本格的に掃除を始めたイギリスを半眼で見据えていたら、いつの間にか部屋の隅に追いやられてしまった。やれやれと思いながら窓の外を見れば、確かに晴れ渡った青空が広がっている。これがフェイントじゃなければいいのに。
「ねぇ、ほんとに外寒くないの?」
「だから春になったって何度言わせんだよ、俺の言うことそんなに信じられねぇのかよ」
「君ってば二枚舌どころか三枚舌だからね」
「お前相手に嘘吐いたことなんか・・・」
「いっぱいあるだろ?」
「あるけど」
 しれっとした顔で掃除機を操りながら認める。大昔のすぐに会いに来るというわかりやすい嘘に始まって、どれだけ嘘を吐かれたことか。俺のピュアな心は随分傷ついたんだぞ。
「ねぇ、春になったって言うならさ、掃除なんかしてないでデートしようよ」
「はぁ?お前この惨状放ったらかしにしてデートなんかできると思ってんのかよ!」
「君が粗方片付けてくれたから随分マシになったんだぞ!せっかく来てくれたのに恋人らしいこと何もしないつもりかい?」
 後ろからそっと近付いて軽く肩を掴むと、ねぇダーリン、てわざとらしく甘ったるい声で耳打ちしてやる。ちゅって耳朶にキスも。さっきの仕返しさ。
 いちゃいちゃしよう、て囁いたら顔を背けたままのイギリスは耳まで真っ赤に染め上げた。君ってば本当に俺のこと好きだよね、ついでに気持ちイイことも大好き。このエロ大使!デートのお誘いなのに何期待してるんだい。
「何処に行こうか、公園でのんびりしてもいいし博物館ぶらっと廻ってもいいし。ショッピングは意見が合わなくて口論になるからオススメしないんだぞ」
「それはこっちの台詞だ、いつも派手なだけでわけわかんねぇモンばっか選びやがって」
「HAHAHA、君こそセンスゼロなんだぞ!あのレインボーカラーのクールさがわからないなんてね!」
「だーかーら・・・って、此処で言い合っててもつまんねぇな。じゃあ公園行こうぜ。スコーン焼いてきたし」
「君ってばほんとにピクニック好きだよね」
 雨の多い英国の人は、希少な晴れの日に外で食事をするのが大好き。もちろんイギリス自身も。
 まだ俺が彼に育てられていた頃は、彼が来る度にお手製のサンドイッチとスコーン、紅茶などをバスケット一杯に詰め込んで、ウキウキとピクニックに出掛けたものだ。俺のうちは英国と違って日差しが強いから木陰にブランケットを広げてのんびり日光浴して。黒い食物兵器を頬張った後、あちこち走り回って川で泳いで、疲れたら彼の膝枕で髪を撫で付けられながら微睡んだ。
 そんなピクニックの温かな想い出につい頬が緩んでいたのだろう。気がついたらイギリスが、何を勘違いしたのか不貞腐れたように唇を尖らして睨んでいた。
「んだよ、文句あんのか?」
「ある訳ないだろう?いいよ、行こう!」
 にっこり笑って彼の手から掃除機を奪うと、大きなバスケットを取り出して準備に取り掛かった。


「スプリ―――ング!!」
 何度もしつこくイギリスに確認した後、意を決して玄関のドアを潜ると、外は陽光が温かく降り注ぎ風がそよそよとやさしく吹いていた。
「だから言ったろ、春だって」
 呆れ顔のイギリスに脱ぎ捨てたマフラーとコートと手袋を放り投げながら、ひゃっほー、ドゥルッフ―と叫びながら走り回る。あぁそうだ、この陽気、春だ、春が来たんだ!!つまんない冬が終わってやっと俺の世界が動き出した!
「イギリス、春なんだぞ!あったかいんだぞ!」
「あぁそうだな」
 俺の喜びように当てられたのか、振り返ったらイギリスが涙ぐんでいた。それを見て冷静になった、ていうかちょっと引いた。えぇと・・・そうだ、公園に行こう。
 向かった先はちょっと車を走らせた処にある公園。広々とした芝生だけでなく豊かな森林、ボート遊びのできる湖、テニスコートなども併設されている。様々な使い方ができる此処は丁寧に手入れされていて、休日だけでなく平日も憩いを求めて来た人々で賑わう。
「何処ら辺に行くんだ?」
「森の方に行こう、せっかくだから二人きりでのんびりしたいし」
 入り口の案内板を見ながら尋ねるイギリスに、木々が生い茂る森を指し示すと、わかったと頷いた。街中では恥ずかしがって振り解かれる手を握って軽く引っ張ると、イギリスも嬉しそうに微笑む。ほわっと頬を上気させて、さり気なく手を握り返して。肩が触れ合う距離で横に並んで歩き出す。
 久し振りの恋人らしい雰囲気、いいね。やっぱり春っていいね!
 遊歩道を公園の奥へと進み、湖を木立の向こうに見る茂みにブランケットを敷くと、二人並んで腰を下ろした。彼はよっこいしょ、なんて、おっさん臭いこと呟きながら。
 見あげれば太陽は天高く、木の葉に見え隠れする空は青い。視線を下げるとイギリスがバスケットから食器を取り出して、いそいそと食事の準備を始めていた。
 彼の薄い金の髪やコットンシャツに葉陰が落ちてゆらゆら踊っている。伏せられた金の睫毛が陽光を弾いて煌めき、それが縁取る翠の瞳は陰が差していつもより濃いエメラルドグリーン。首筋から鎖骨にかけてシャツの隙間から覗く肌は白く透き通っている。そこがセックスの時は淡いピンク色に染まることを思い出して――触れたい、なんて淫らなことを考えてしまって。下半身に生まれた熱を誤魔化すように、俺はさり気なく身動ぎした。
 綺麗だな、なんて男に抱く感想じゃないのかもしれないけれど、俺は昔からこの人の持つ色彩が好きで、どうしようもなく見惚れてしまうんだ。此処だけの話、ぶっとい眉毛にさえ欲情する自信がある。わかってる、俺自身だってドン引きさ。でも仕方ないだろう、結局のところ俺は彼にべた惚れで、こうやって過ごせるのは本当に久し振りなんだから!
 俺が性的な目で眺めていることに気付いていないのか、イギリスは平然と黒い物質を食器に並べていく――もちろん、彼の愛情そのままに俺の皿にはたっぷりと。この後訪れる試練に半眼になりながらも、優美な仕草でサーブするその白く細い指から目が離せない。その指先が趣味の園芸の為に少しだけカサついていることを、俺は唇で覚えていて。喉の渇きを覚えて舌舐めずりしたら、今度は彼の唇の感触を思い出して、どうしようもなくキスしたくなってしまった。
「ねぇ、イギリス・・・」
 我慢できなくなってそろりと顔を寄せたら、気付いたイギリスは満面の笑みを浮かべて皿を差し出してきた。
「ほら食えよ、お前腹減ってんだろ。さっきからやけに静かだもんな」
「・・・まぁね、君の暗黒料理を前にすると誰しも言葉を失うよね」
「どういう意味だ、この野郎」
 サンドイッチを大量に盛った皿を俺に渡しながらギロリと睨む。うん、それでこそイギリスだ。この鈍感フラグクラッシャーめ!
 はぁと溜息を漏らしながら手にした皿の内容物を視認して、更に項垂れる。
 スコーンはいつものことだけど、どうしてサンドイッチまで黒いのだろう。こんなの挟むだけじゃないか、焼く必要なんてないのに。ちなみに挟んでいるボロボロの黒い物体はたぶんツナだったモノ。あ、卵だったのかも?ピクルスはその形を残して炭に。レタスは風に吹かれてサラサラと散ってしまった。
 ・・・・・・。いや、もちろん食べるけどね。可愛い恋人が俺の為に作ってくれたんだ、食べないなんて可哀想なこと、俺はしないんだぞ!ちょっと文句は言うけどね!むしろ文句くらい言わせてくれよ!だってこのままいけば俺の死因は間違いなく癌だ。いっそ本望だよ、泣きたい。
 バリンッ、ゴキッゴリッ、とおよそ食べ物から発生するとは思えない甲高い音を立てながら噛み千切って咀嚼して。スコーンという名の炭化した小麦粉の塊も食べて。彼が淹れてくれた紅茶を飲み干してからの果物の美味しさったら。あぁオレンジ美味い!そして俺は生きているー!!(投げ遣り)


 食事を済ませるとイギリスは食器類を丁寧に拭って仕舞い、よいしょ、とブランケットの上に寝そべった。太陽が眩いのか、片腕で視界を遮って瞳を閉じる。このまま日光浴しながら眠ってしまいそうだ。いやそれも気持ちイイけども。だけれども!
「イギリス、寝ないでくれよ」
「なんだよ、お前も日光浴すればいいだろ」
「するけど・・・それより先にいっぱい食べたから腹ごなしの運動がしたいんだぞ」
「なら俺に構わずそこら辺走って来いよ」
「どうせなら君と運動したいんだぞ」
「サッカーボールでも持って来てるのか?バスケはしねぇぞ、俺は」
「道具なんかなくたってできること・・・あるだろ?」
 笑顔を振り撒きながら彼の視界を埋めるように身体を被せ、ゆっくりと顔を近付けると、イギリスはばぁかと笑いながら俺の鼻先をぴんと弾いた。
 わかりやすいアピールに、鈍感なイギリスでも寸分違わず俺の意図を汲み取ったようだけど、冗談だと思ったらしい。けらけら笑いながら俺の頬を一撫ですると、再び目を閉じてしまう。けど、俺は本気だからね。
 ようやく訪れた春、穏やかな午後、心地良い風が吹く開放的な空間、いつだって俺を堪らなくさせる――可愛い恋人。触れ合いたいと思うのは当然のことだろう?
 再び上に覆い被さっても、やっぱりイギリスはなんだよと笑うだけ。それに黙ったまま微笑みを返すと、彼の両方の手指に俺のそれをやさしく、けれど拒むことを許さずに絡ませて、彼の頭の両脇に縫い止めた。
 やっと何か可笑しいと気付いたか、もう瞳を閉じることはなく、イギリスは少しだけ不安そうに俺を見上げる。戸惑いがちに繋いだ手を横目でチラチラと見る。彼が痛くないよう体重を掛けていないにも関わらず、振り解けないことに一層不安を募らせているみたいだから、大丈夫だよと、一言告げる。そうしたら怯えを僅かに含んだ声で、何がって聞かれた。そうだね、大丈夫って何のことだろうね、俺も聞きたいよ。
 薄っぺらい身体に跨ってしまえば俺の意図も本気も明白で、イギリスはあからさまにびくりと震えた。
「ちょっ・・・お前、何する気・・・」
「わかってるくせに」
「待てよ、此処、外だぞ!?」
「知ってるよ。ピクニック、愉しいね」
「普通のピクニックはこんなことしねぇよ!」
「うん、だからここからは俺達だけの特別なピクニックなんだぞ」
 バチコーンって派手にウインクを決めてずいっと顔を寄せると、慌ててイギリスは逃げるように背けた。
「や、やだって・・・人に、見られたく、ない」
「大丈夫だよ、遊歩道からだいぶ奥に入っているし、灌木の茂みになっているから人目にはつかないよ」
「けど・・・ひゃっ!」
 言い募るイギリスに出来る限り甘い声で耳打ちして、おまけにべろりと耳朶を舐めると、彼は短く悲鳴を上げて身を竦ませた。首筋に顔を埋めて彼の纏う匂いを堪能しながら様子を窺えば、真っ赤な顔したイギリスは固く目を瞑り、堪えるように眉を寄せてふるふると震えている。あぁもう、そんな顔、逆効果だって付き合って随分経つのに未だにわかってないんだからなぁ。
 煽られた劣情は熱となって下腹部に篭る。ジーンズを押し上げる程張り詰めたモノを無意識に彼に押し付けると、ひっと引き攣れた声が漏れた。
「今日はいつもより君からいい匂いがするんだぞ。香水でもつけてるのかい?」
「し、知らね・・・何も、付けてねぇよっ」
「ふうん?じゃあ外だからかなぁ・・・太陽の匂いと草の匂いに混じって、薔薇と紅茶の香りが際立ってる・・・」
「ば、ばかっ!そんなに嗅ぐな!俺、汗掻いてるからぁ!」
「うん、汗掻いてるね、繋いだ手がべとべとだ。暑い?それとも緊張してるから?」
「やっ、舐めるな・・・っ!」
 反らした首筋を伝う雫が美味しそうでぺろりと舐めとると、それはしょっぱくて。だけどイギリスから溢れたモノだと思えばやっぱり美味しい。ぺろぺろ、ちゅっちゅって舌を這わせて鎖骨に吸い付いたら、やだやだってイギリスは首を振って嫌がった。でも上気して淡いピンク色に染まった肌は更に芳しく香って、まるで俺を誘うかのよう。
 本気で抵抗すれば逃げられる癖に、そうしないのはたぶんイギリスも雰囲気に流され始めてるから。気持ちイイこと大好きだもんね。もっと感じちゃえば訳わかんなくなる、そうなったらこっちのもんだ。
「うう・・・も、ふざけてないで退けよ・・・」
 その言葉に従う振りをして身体をずらすと、コットンシャツ越しに胸に吸い付いた。途端にイギリスの身体がびくんと跳ねる。
「ひっ・・・あんっ!」
 付き合ってもう三十年かな、何度も見慣れた身体だから、衣服に隠れていても唇は違うことなく頂きに触れた。イギリスの敏感で可愛い乳首。ごわついたシャツの厚みが邪魔だけど、べろべろ舐め回せばじんわりと唾液が滲んで彼の肌を濡らしていく。ぷっくりと勃ち上がったそれをシャツごと甘く食めば、イギリスは堪らないとばかりに腰を揺らした。
「や・・・ぁ、あぁん・・・っ」
「はは、白いシャツが透けて君のピンク色の乳首が浮き出てる。いやらしいんだぞ」
「ばっか・・・お前、マジ、やめろっ・・・」
「やめていいの?此処、触って欲しいんじゃない?」
「ひゃあっ!」
 膝で軽くイギリスの中心を刺激したら、彼はあられもない声を上げて仰け反った。衣服に覆われていても確かにそこからは尋常じゃない熱を感じ、芯を持っているのがわかった。ぐちゅって水音が聞こえたから、もしかすると濡れているのかも。
 イヤイヤ言ってる癖にちゃんと感じて彼も興奮している。嬉しいな、どうせならもっと素直に俺を求めてくれたらいいのに。
「あっ、あ・・・ん、ぁっ・・・」
「そんなに大きな声上げたら人が来ちゃうんだぞ」
「だっ・・・から、ふあ・・・ぁ、やめろっ、てぇ」
 ぐりぐりと下腹部への刺激を与えながらわざと意地悪なことを耳打ちすると、潤んだ瞳で力なく睨んできた。ほんのりと目元は赤く染まり、口元はだらしなく垂れた涎で汚れている。はっきり言って凄絶に色っぽい。
 だーかーら、そういう顔は逆効果だってば。俺の欲を煽るだけだって、いつまで経っても学習しないんだから。
「じゃあ、声が出ないように塞いじゃおうか」
「だ、ダメっ!」
 キスをしようと顔を寄せたら必死な形相で顔を背けた。うわぁ、そこまで拒まれたら傷つくんだぞ。まぁ拒む理由もわかるけど。
 イギリスはキスのうまい国ナンバーワンの癖に、滅法キスに弱い。俺のキスを下手くそと罵りながら、あっという間に蕩けてしまうんだ。テクニックがないのは自分でもわかっているけど、それでも口内を愛撫したら、途端に彼はぐずぐずになってしまう。高められた性感に理性はホロホロと崩れ、貪欲に快楽を求め始める。
 だから俺は喧嘩して仲直りしたい時なんかはいつも唇を奪う隙を狙う。心の整理ができていないイギリスは絶対にキスを許してくれない。なし崩しになるとわかっているから。それくらい彼にとってキスは弱点と言っていいものだ。
 誰に見られるともわからない外で痴態を晒したくはないのだろう。その気持ちは良くわかる。だけど俺は今、それが見たいんだ。この茂みの中でどんな風に乱れるのか、想像だけで息が荒くなる。
 春の陽気のせいか、野外の開放感からか、いつになく俺は興奮している。イギリスが纏う色彩は常よりも色鮮やかで、漂う匂いは鼻腔を蕩かす。じんわりと浮かぶ汗が光を弾いて眩い。この綺麗で可愛い人が堪らなく欲しい――。
「イギリス、俺を見て」
「や、だ・・・お前、マジふざけんなよ・・・っ」
「ねぇ、顔見せてよ。今日の君の瞳ってばいつもと違う色していて面白いんだぞ」
「そんな、戯言・・・」
「翠の瞳に青が映って碧になってる・・・空を映しているからかな。ねぇ、俺の瞳はどうなってる?教えてくれよ」
 子供騙しの駆け引き。だけどそう言えば好奇心旺盛なイギリスも興味が湧いたのか、そろりと視線を泳がせて俺の顔を見る。じっと綺麗な瞳が俺を射抜く。負けじと俺も彼を見つめる。
「お前は・・・いつもと変わらず青色だよ。あぁでも、少しだけ碧に近いかもな。緑が傍にあるからかな」
「じゃあ俺達の色、今は近付いているんだね。ねぇ、これってさ、俺達の瞳が近くても同じようになるのかな。知りたくない?」
「それって・・・・・・。くそっ、知りたいか知りたくないかと言えば・・・知りてぇよ」
 ようやく諦めたのか溜息を零して、けど仕方ないなって顔で微笑む彼に、じゃあ試してみようと一言囁いて――瞳を、寄せた。
 色が交わると同時に、唇が温もりに触れた。


「つまり、その記念すべき一発目が気持ちよすぎて、毎年春の野外プレイを恒例行事として愉しんでいたと。・・・まぁお前らも好きだね」
 カランとショットグラスの中の氷が揺れて、またじわりと琥珀色の酒が滲んでいく。それを眺めながら俺は一言呟いた。
「煩いよ」
 隠れ家のようなこのバーは、未だにIDの年齢を19歳から更新してもらえない俺でも酒を出して貰える数少ない酒場の一つだ。別に違法行為をしている訳じゃない、上司の許可を得て俺の本当の年齢を教えているからだ。
 それでもいつもは酒が特に好きな訳でもないからノンアルコールで済ますのだけど、今日ばかりは強い酒を頼んだ。飲み慣れないアルコールは喉をビリリと焼く。けれど、投げ遣りな気分が酔いに紛れてちょうどいい。
「それで、偶々通りがかった同類にバッチリ現場見られたもんだから、そいつを呪いだか怪しげな薬だか凄絶なトラウマ植えつけたかで記憶ぶっ飛ばした挙句、山の中に放置して来たと。鬼か」
「同類じゃないっ!俺とイギリスは至ってノーマルだよ!大体あの男が悪いんだぞ!彼は視線でイギリスを汚したんだ!終身刑にしてブタ箱に放り込んでやりたいくらいさ!!」
 床に座り込んでるフランスが非難めいた視線を投げるから、思わずカウンターの堅牢な板に拳を叩きつけて反論した。ちらりとバーテンダーがこちらを見るのに、こほんと咳払いをして誤魔化す。
 まったく、今思い返しても腸が煮えくり返る。
 先月ようやく訪れた春を楽しもうと、イギリスと公園でピクニックをしたんだ。燦々と降り注ぐ陽光を浴びるイギリスはやっぱり綺麗で、堪らずにその場に押し倒した。もちろん最初から人目につかない場所を選んでいるから問題はないんだぞ。
 そうして嬌声を零すまいと俺の肩口を噛みながら果てた後、ぼんやり視線を彷徨わせていたイギリスは黒光りする無機質なカメラを見つけて――絶叫した。彼の悲鳴に俺は即座に動き、ヒーローらしく男を捕らえた。
 盗撮なんてとんでもないことをしてくれた男にたっぷりお仕置きをした後、俺が責任持ってデータを壊しておくと告げて持ち帰ったメモリーカードには、俺の姿なんておまけも同然、ほぼイギリスの淫らな姿ばかりが記録されていた。
 切なげに眉を寄せ、上気した頬を涙で濡らして喘ぐ顔、ぷっくり膨れたピクン色の乳首、勃ち上がって透明な雫をタラタラと溢す性器、俺のモノを健気に受け入れてひくついている後孔・・・などが、延々ドアップの高画質で写っていて。集音マイクも性能の良いカメラを使用していたらしく、必死に漏らすまいと手で抑えていたにも関わらず、堪らずに零れる甘い声を全部綺麗に拾っていた。

『あっ、ん、んう・・・っも、だめぇ・・・』
『は、・・・ナカ、すごい、ぐずぐず・・・』
『あっ、あ、言うな・・・ばかぁ・・・っ』
『だって、ほら、また絡んで・・・はは、ほんと俺のが好きだね、君』
『ひゃっ・・・やあんっ!あ、奥、ふかぁ・・・っ』
『そんな大きな声上げたら人が来ちゃうぞ・・・あ、今すっごく締まった』
『ふっ・・・ん、んん・・・ぁ、ん、ああん・・・』

 パソコンで見ていても興奮する程に凄まじい威力を持つイギリスの痴態。なんかもう、立派な無修正AVだった。映像を見ながら俺は一発、いや二発・・・いやいやいや、俺が何度抜いたかはさて置いて、あの男がそれを持ち帰ってどうするつもりだったのか、考えるだけでおぞましい。盗み見ていただけでも許しがたいのに、その後おかずとして幾度となく使われたとしたら。それ以上に画像がネットに流出していたら。
 あの男、ありとあらゆる手段で記憶をぶっ飛ばしてやったけど、やっぱりこの世から消し去るべきだった。たとえそれが俺の国の国民だとしても。いや、国民だからこそ許せない。
 けれど、所詮他人事だと思っているフランスは、ぽりぽりと顎を掻きながら呑気な声で応じる。
「外で派手にアンアンヤッてる方が悪いだろ。盗撮は罪だけど終身刑はねぇわ」
「ううう煩いなぁっ!!そもそもなんで君が此処にいるんだいっ!」
 こぢんまりとした薄暗い店内には、古臭いけど懐かしい60年代のヒットナンバーが静かに流れている。大人の雰囲気といった感じで、二人いるバーテンダーも落ち着いて接客している。たとえ客が俺とフランスとイギリスであったとしても。正確に言えば、酒に酔って暴れるイギリスがサンドバッグよろしくフランスを殴っていても、だ。
「なんでって、お兄さんが聞きたいよ・・・なんでその盗撮犯がフランス系アメリカ人だったからって、世界会議終わってのんびり可愛い娘連れてデートにでも繰り出そうって処をイギリスのバカ野朗に拉致られてボコられなきゃならないの。完璧に無関係じゃん、むしろお兄さん被害者じゃん」
 めちゃくちゃ不本意って顔してシクシクと泣き真似を始めた。あぁ鬱陶しい。ほんとになんで彼なんか連れて来たんだい、俺はイギリスと二人きりの方が良かったのに。
 あれ以来、ご機嫌を損ねたイギリスはデートに誘ってもつれない返事で、ようやく世界会議の場で会えたんだ。だから今日は雰囲気のいいレストランに連れて行ってご機嫌を直してもらって、夜景の綺麗な部屋であの日のやり直しをしたかったのに。なんでこうなった。
 大体イギリスは何でもかんでもフランスに話過ぎなんだ。こんなこっ恥ずかしい醜聞を八つ当たりと言いながら彼に話すなんてどういう神経してるんだい。何処までツーカーの仲なんだ、ムカつくムカつくすっっっごくムカつくんだぞ!!!
「てめぇの下半身がくそったれだから変な奴が湧いて出るんだよ、国民の咎くらいてめぇが拭えよ」
「いや、国民じゃないからね?祖国なだけで、そいつアメリカ人だからね!?」
「細かいことごちゃごちゃうるせぇんだよ、てめぇは黙って殴られてろよ、主に俺の為に」
「主にっていうかお前の為でしかないよね!もう、アメリカってばこんな元ヤンのどこに欲情できるの、お兄さんわかんない!あ、アレか、マンネリなのね、野外プレイでもしなきゃ唆らな・・・」
 無視できない台詞が聞こえた瞬間、身体が勝手に動いていた。
「ヘイ、フランス、このショットを飲み干したくなかったら今言った台詞取り消しなよ」
「うがが・・・ゴメンナサイ」
 自分の失言に気付いたか、青ざめたフランスがこくこくと頷くのに鼻を鳴らすと、彼の唾液で汚れた銃身をハンカチで拭い、再び仕舞った。
 しん、と静かになった店内で、俺はまた一口酒を呷る。本当にやってらんない。何が悲しくてご機嫌を損ねたままの恋人と余計な虫と一緒に飲まなきゃならないのか。俺の気持ちを少しは考えなよ、おっさん達。苛ついた気分のままバーテンダーを呼ぶと、また酒を注文した。
 そこにおずおずとフランスがにじり寄ってきた。まだ懲りもせずに無駄話をする気か。じろりと視線だけを寄越せば、フランスはへらりと気持ち悪い笑みを浮かべた。――嫌な予感しかしない。
「で、証拠品のデータは押収してあるんだろ?毎晩ママンのエロい姿、おかずにしてんのかよ」
「――――っ!!!」
 思わず酒を噴いてしまったとして誰も俺を咎められないだろう。激しく咽る俺にバーテンダーがすぐさまナプキンを差し出す。
 どうしてフランスが動画のことを知っているんだ、なんでイギリスは彼になら何でもオープンに話してしまうんだ!
 涙に滲む目でフランスを睨めば、ニヤついた顔でポンポンと肩を叩かれた。何そのわかる、わかるよ、男だもんな、みたいな顔。君みたいな変態と一緒にしないでくれよ。大体データのその後の処分についてはイギリスに黙ってあるんだから余計なこと言わないでくれよ!バレちゃうじゃないか!
 案の定、後ろの席にどかりと座って酒瓶を呷っていたイギリスが、耳聡く聞いて詰め寄ってきた。
「おい、お前アレ消すって言ってたよな?消したよな!?」
「・・・・・・」
「アメリカ!?」
「・・・黙秘権を行使するんだぞ」
「おおいっ!?」
 蒼白になって喚き立てるイギリス、ヒイヒイと面白がって笑い続けるフランス。あぁもうほんとにムカつく。頼むから今すぐふたりとも――。
「くたばれっ!!」




 おわり!



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