UK/USA


 アメリカがうちに来る。
 今回は珍しく、ほんっとーに珍しく、雨でも降るんじゃねぇかってくらい、いや既に降ってんだけど雨、ざーざーに。いやそうじゃなくて、天地が引っくり返るんじゃないかってくらい驚きの出来事だった。何がって、アメリカが来る前に連絡を寄こしたのが、だ。
 いつもなら俺の予定も都合も何も聞かずに勝手に押し掛けて来る。もし俺が仕事で不在だったらどうすんだって言うのに、一向に連絡を寄こす習慣を身につけない。実際何度かあったんじゃないかと思う、俺の留守中に来たこと。あいつ変にプライド高いから、失敗したことは言わないけどさ。
 とにかくあいつも人の都合ってものを気遣えるようになったのか。我が子の成長が嬉しくて、ほろりと涙が零れた。そしていそいそとあいつを迎える準備をする。付き合いだして半年。初々しい・・・ことは俺達の関係上そんなにねぇけど、まだまだ色んなことが新鮮だ。倦怠期の夫婦みたいなダラけたところは見せたくない。そう思って部屋を隅々まで綺麗にして花を生けて、テーブルクロスやクッションカバーを綺麗なリネンに替えて。お菓子を焼いてお茶の準備をして、出迎える準備をする。
 あと、ついでに寝室もそれなりに整えた。・・・自分が抱かれるだろう場所を自分で用意するのは、未だに抵抗がある。あんまり念入りにするのも恥ずかしいので、本当に適当に、だ。決してシーツに皺一つない状態なんて作ってない。もしなっているとすれば、それはたまたまだ。
 一息ついて時計を見る。あいつが来るまであと2時間。不足はねぇか?あとは・・・俺も、綺麗にしとくか。いや、あくまで俺の為であって別にあいつの為じゃねぇからな!自分で自分にツッコム。つうかやっぱり汗の臭いとか嫌だろ。どうせなら石鹸の清潔な匂いのが良いだろ。・・・あいつ、結構俺の襟元に首突っ込んで匂い嗅いだりするからさ。急に来た時は仕方ねぇけど、やっぱり俺としては気になってた。今日は余裕あるんだから、汗を流しておこう。
 バスルームに向かう途中、チャイムが鳴って来客を知らせる。アメリカが来るにはまだ早い。誰だ?まさか暇な隣国の髭か?これからアメリカが来るんだ、邪魔すんじゃねぇ。そう思ってドアを開くと・・・。
「やぁ!」
 2時間後に来るはずのメタボが雨に濡れてそこに立っていた。
「・・・聞いてた時間より随分早いじゃねぇか」
「うん、一便早いのに乗れたんだ」
「・・・早いのに乗るなら連絡しろよ」
「俺が来るのに君が留守するはずないだろ?」
「・・・連絡しろ」
 なんだ、結局突発なのはいつもと変わらねぇじゃねぇか。もっと早くに風呂入っとくべきだったな。洗い流すつもりだった分、余計に体臭が気になってしまう。それでも来てしまったものは仕方ない。アメリカをリビングに通してタオルを渡してから、お茶を淹れようとキッチンに向かうと。
「あれ?君お風呂入るつもりだったのかい?」
 タオルで濡れた髪を拭きながらリビングをうろうろしていたアメリカが怪訝そうに聞いてくる。そういえばチャイムに驚いて、着替えを適当にその辺の棚の上に置いてしまっていた。
「あ、あぁ・・・汗流しとこうかと思って」
「もしかして俺が来るから?」
「べ、別にお前の為じゃないからなっ!単に掃除とか色々して汗かいたから・・・」
 図星を突かれて喚くと、アメリカはにっこりと微笑んだ。
「うん、俺の為に綺麗にしてくれたんだね。嬉しいんだぞ」
「いや、だから別にお前の為じゃなくてだなっ!」
「はいはい、でも君はそのままで問題ないよ」
 そう言ってさりげなく抱き寄せられた。久し振りのアメリカの温もりに鼓動が高鳴る。
「・・・汗臭ぇだろ」
「俺、君の匂い好きだよ。薔薇の花みたいな香りで」
「そんなことねぇだろ」
「自分ではわからないのかな?こんなに良い香りなのに」
 くんくんと襟元に鼻を突っ込まれる。
「や、やめろよ・・・くすぐってぇっ」
 慌ててじたばたするものの、がっちりと腕の中に閉じ込められて逃げられない。
「ふふっイギリスの匂いだ」
「やめろって、あっ・・・や・・・」
 首筋をぺろりと舐められて、素直にぴくんと反応してしまう。
「ねぇ、じゃあさ、一緒にお風呂入ろうよ」
「は!?」
 突然の提案に驚いて顔を上げると、アメリカは悪戯を思い付いた子供のような表情をして、目をキラキラと輝かせていた。
「俺も雨で濡れたし、一緒に入ろう。反対意見は聞かないぞ☆」
「なななななな、ん・・・で、一緒・・・・・・」
 一緒じゃなくてもいいじゃないか。お前が先に入って俺が後から、いや順番とかどうでも良いけど、とにかく別々で。
「だってそういうのもやってみたいじゃないか」
「そ、そういうのって?」
 ひどく愉しげなアメリカの口調に、嫌な予感が募る。息を呑んで「そういうの」が示す意味を待つと。
「お風呂プレイ」
「・・・・・・っ!!!」
 信じられない提案に全身がかあっと熱くなる。
「そうと決まれば、バスルームに行くんだぞ☆」
 言うなり腰に手を回して連れて行こうとするから、慌てて飛び退いた。
「ま、待てよ、お前こんなデカいのに一緒にとか無理だろ、狭いだろっ!」
「大丈夫だよ、密着してれば」
 にっこり笑ってとんでもない事をさらりと言う。
「みみみっちゃくとか言うなっ!お前エロ過ぎだばかぁっ!」
「誰がこんな風に育てたと思ってんだい」
「おお俺じゃねぇっ!俺のせいじゃねぇっ!昔のお前はもっと天使みたいで可愛かっ・・・」
「きもいんだぞ君」
 エロい提案をした上にエロい発言を繰り返して踏ん反り返るアメリカと、過去のあの天使の微笑みを浮かべて「いぎりちゅ」と俺を呼んだ子供が一緒だなんて許せねぇ。
「うるせぇっ!俺の天使を返せ―――!!!」
「うるさいのは君だよ!とにかく一緒に入ってみたいんだ」
「何言ってんだよ、お前がガキの頃散々一緒に入ってやったじゃねぇかっ」
「昔話で誤魔化さないでくれよ!」
 苛立ったように一歩大きく踏み出して来たアメリカに、思わず後ずさって逃げて。とにかく話を逸らそうと、混乱した頭に浮かんだ言葉を口にする。
「・・・べ」
「うん?」
「鍋、火かけてるの思い出した・・・」
 一瞬訳が分からずにきょとんとして動きを止めたアメリカの隙をついてキッチンに駆け込む。
「ちょっ・・・イギリスぅぅぅぅっ!?」
 呆気に取られたアメリカが我に返って追い掛けて来る。
「逃げるなんて許さないんだぞっ!!」
「わわわわかってる!わかってるけどほら、飯食ってねぇから腹空いてるだろ?今すぐ用意してやるからそこ座って待ってろ、な」
 お玉をせめてものガードにして必死に説得すると。食い意地の張ったメタボ野郎は。
「食べたら一緒にお風呂入るんだぞ」
 言っておとなしくダイニングテーブルにすとんと座った。


 どうしような、こいつ・・・。餓死寸前だったのかと思う勢いで食事をするアメリカを前に、途方に暮れる。とりあえずテーブルに並べたローストチキンをばりんぼりんと一気に口に頬張り、スープをがぶ飲みし、煮豆を皿ごと食いそうになり、今は熱々のシェパーズ・パイを火傷しながらも掻き込んでいる。・・・それも終わりに近い。こちらは食欲も失せてスープをちびちび飲んでるだけだというのに。つうか夕食用だったんだけどな。全部食っちまったか・・・。
「さてと」
 パイの最後の一欠片を口に放り込んだアメリカが、もごもご咀嚼しながら言う。
「あ、そうだ、アップル・クランブルがそろそろ焼けたな」
 慌てて席を立ち、オーブンを開けて耐熱皿を取り出す。少しばかり表面が黒いようだが、相手はあのアメリカだ。気にすることはない、たぶんきっと食べてくれる。皿に取り分けてカスタードクリームを添えて目の前に置いてやると、無言で再びフォークを手に取った。ふう、危機一髪だったぜ。
 とは言え、これで食事は終わってしまう。どうしようか。先程からぐるぐると考えているが、良い回避策が浮かばない。何しろこいつは一度言ったことを簡単に翻したりしない。意思が強いと言えば聞こえは良いが、簡単に言ってしまえば頑固者だ。誰に似たんだか知らねぇが。
 風呂・・・なんで一緒に入らなきゃならねぇんだ。別々でいいじゃねぇか。プレイとかそんなのしなくたって、寝室で十分愛し合えるのに。

 ×××

 先程から終始イギリスは挙動不審だ。食事もほとんど摂ってないし、何も喋らない。視線を俺と合わせようともせず、辺りに彷徨わせている。どうせ俺を言いくるめて逃げようとか考えてるんだろうな。でも絶対に逃がさないんだぞ。そう心に誓って、イギリスが出してくれた黒い物体にフォークを突き立てた。
 どんな風に焼いたらこうなるのか知らないけど、表面は黒焦げなのに中身はドロドロのそれに脂汗が止まらない。自分の生命維持に関する本能が危険危険とけたたましく警鐘を鳴らしている。・・・でも。ちらりと視線を上げると、俺に食べてもらうのを待ち望むイギリスの顔。食べない訳にはいかない。これも愛しい人の機嫌を損ねない為だ。つくづく俺って優しい恋人だよね。あわよくばご機嫌なイギリスを風呂に連れ込みたい、なんて考えてはいない。
 ぐっと拳を固めて一気にそれを口の中に放り込む。反射的に吐き出しそうになる衝動をなんとか堪えて、ガリぐちゃバリねちょという、なんとも形容しがたい食感のそれを咀嚼して飲み込む。――勝った。自分でも良くわからない勝利に酔いしれながら口直しの紅茶を一気に煽って、再度同じ台詞を口にする。
「さてと」
 途端に彼はびくりと震える。
「え、あ、えぇと・・・あ、そうだ!冷蔵庫に・・・」
 慌てて席を立つイギリスの手首を掴んで引き寄せると、彼は怯えたように身体を強張らせた。
「君の食物兵器はもういいよ」
「だ、誰が兵器なんかっ!」
 戸惑いと怒りとで喚き出しそうな彼を視線で制する。
「いい加減に誤魔化さないでくれよ。お風呂入ろう」
「嫌だっ!」
 言うなりぷいっと横を向いてしまう。即答での拒絶に、流石の俺も少し傷ついたぞ。むくれて何故と問うと、恥ずかしいと答えて赤い顔を俯かせた。
「今更じゃないか、君の身体なんて隅々まで知ってるよ」
「そういうこと言うなばかぁっ!」
 そう言って俺を睨むイギリスは、羞恥に頬をピンク色に染めて瞳を潤ませている。くらり。・・・なんかもう、お風呂とかどうでも良くて今すぐ押し倒したい。いやでもお風呂プレイやりたい・・・。ぐっと昂ぶる衝動を捩り伏せて、努めて平静を装う。
「だ、大丈夫だよ・・・一緒に入るだけだからさ。そんな変な意味じゃないって」
「んなやらしい目付きでハァハァ息しながら言われても誰も信じねぇよっ!」
「おかしな事しないってば!自分じゃ洗いにくい君のうなじとか背中とか腰とか穴の中とか洗うだけだから!」
「洗わなくても良いとこ入ってんだろうが馬鹿!」
 手を振りほどいて距離を取ろうと後ずさるから、その両肩を掴んで拘束する。
「い、挿れたりしないよ!洗うだけだよ!挿れて君をあんあん喘がせたいなんて思ってないよ!ボディソープが中でぐちゃぐちゃ泡立つのが見たいだなんてこれっぽっちも思ってないよ!」
「お前馬鹿!ほんと馬鹿!本音駄々漏れだろうが!!」
 あああ自分でも何言ってるのかわからない。色んな欲求が溢れ出して頭の中がパニックになってる。心臓がどくどく鳴ってて煩いったらない。
「いっそ服のまま入って濡れたシャツが張り付いてるの見たいとか・・・」
「妄想で俺を汚すんじゃねぇっ!もうやだぁっ!!」
 頭をブンブン振りながら泣き出された。
「何がそんなに嫌なんだいっ」
「全部だろ!つうか恥ずかしいから嫌だっつってんだろ!?」
 ぎっと涙に濡れた目で睨んでくるから、こちらの精一杯の譲歩を口にする。
「じゃあ電気消してあげるから」
「んで、あっ間違えた、とか抜かして突っ込んだりしねぇだろうな!?」
 イギリスがとてつもなく良いアイディアを提供してくれた。
「それいいね!!」
「良くねぇよ!!そもそも子供のお前を洗ってやった風呂に、今のお前と入るのは、なんつーかその、抵抗が・・・」
 ぼそぼそと、それこそ今更なことを言い出すから、ぷちんっと何かが切れた。
「何言ってるんだいっ!その子供と何回セックスしたと思ってる訳!?」
「うわあああ言うな馬鹿!意識しねぇようにしてんのにっ」
「いい加減に諦めなよ!それはっ」
「お、お前が子供だったら入ってやるのに・・・」
 まだ言うか。というより今になって元兄弟だとかそういう関係に対する背徳感なんか持ち出されるとは思っていなかった。
「無茶言わないでくれよ!それは今の俺に対する侮辱だよ!?」
「いやでも今のお前・・・マジやばいし」
「何が」
「いや、色々と・・・、・・・・・・あ」
 ふと、何かを思いついたようで目を見開く。
「何?」
「良いこと思いついたぜ」
「・・・・・・」
 にたぁっと嗤うその顔に嫌な予感を覚える。
「お前の希望と俺の希望、一遍に叶う方法がな!」
 ばっとイギリスが芝居がかった仕草で右手を振る。途端、きらりーん☆と可愛い音が聞こえたかと思うと、突然イギリスの手の中に子供の玩具のような星のステッキが現れた。
「君、それ・・・」
「いくぞっ!ほあたっ☆」
 そう言って何の説明もなく俺に向けてステッキを振り下ろす。
「ちょっ・・・!?」


 ぼんっ!!!
 爆発音が鳴り響いて、俺は煙に包まれた。なんだこれ、煙幕でも投げ付けられたのか?まさかこの間に逃げるつもりかい?くそったれ、もう許さないぞ。見つけたら速攻でバスルームに連れ込んでやるんだからな!
 両手を振り回して身体に纏わり付く煙を払い除けようとしている内に、違和感を覚える。・・・あれ?袖から手が出てこない。ジーンズはベルトごと足元にすとんと落ちてしまう。靴下と靴も脱げて床に転がっている。なにこれどういうこと?どうしてこんなに服がぶかぶかなんだ?身動きが取れないじゃないか。
 ようやく煙が消えて視界が晴れていく。目の前にはイギリスの姿が・・・逃げた訳ではなかったらしい。でも、彼に見下ろされるなんて久し振りだな、ていうかおかしいよねこの角度。俺の位置が床に限りなく近いじゃないか。
 そして見据える己の姿。小さい手足、ちんまりと縮んだ背丈、柔らかな頬、ぷにぷにした幼児体型。幻覚だと思いたい・・・だけど自分の身体がこれは現実だと知らせてる。――なんてこった!俺、子供になってる!?
 呆気に取られて真っ青になった俺に対し、イギリスは喜色満面で目を輝かせた。
「か、か、可愛い―――!!!おおお俺の天使よぉぉぉ会いたかったぁぁぁっ!!!」
 むぎゅっと力一杯抱き締めてくる。
「ちょ、ちょ・・・待っ・・・!?」
 なんでどうしてこうなったんだ!?恐慌状態の俺に気付きもせず、彼は子供時代の俺との再会に涙を流して喜んでいる。
「あめりかあめりかぁ〜久し振りだなぁ、俺がわかるか?んん?」
「ここここれは、いったい・・・」
 俺の口から出るのは声変わり前の高い声。あぁ俺ってこんな声してたんだっけ・・・現実逃避に近いことをぼんやり考えていると。
「お前と一緒に風呂入りてぇなと思ってさ、魔術で呼んだんだ。ナイスアイディアだろ!」
「・・・え?」
 イギリスがこのとんでもない状況の説明を嬉々としてし始めた。
「やっぱさぁ、一緒に入るならデカイあいつよりお前の方が良いからさ。あぁやっぱりお前は可愛いなぁ!」
「・・・は」
 まさかそんな理由で彼は俺をこんな身体にしたのか?超大国と呼ばれるアメリカ合衆国その人である俺を?ていうか恋人をこんな目に遭わせる理由がそれ?それ程までに俺と一緒にお風呂入るのが嫌な訳!?ちょっとイチャイチャしたかっただけじゃないか!それなのに子供の俺の方が良かったって・・・そんなの、今の俺に対する全否定だぞ!
 沸々と怒りが込み上げてくる。くそっこの身体じゃ挿れることも出来やしない。・・・だからこの身体なのか。最っ低だよ!くたばれイギリス!!
 怒りで身体を戦慄かせる俺を抱き締めたまま、イギリスは髪の毛を梳き、背を撫でて子供の俺の身体を慈しむ。
「昔みたいに風呂で遊ぼうな」
 にこりと笑うその顔に、懐かしさが込み上げて訳もなく心が震える。こんな優しい微笑みを、俺は最近見てないよ?――そう、あの日から。あの日失った・・・彼の笑顔。こんな形で再び見れるとは思っていなかった。
 ていうか、・・・あれ?もしかして彼は、中身も子供の俺だと思ってるのかな?中は俺のままなんだぞ。そう思って彼を見ると、無邪気な笑顔、無防備に差し出された手。先程までは警戒して身体を強張らせていたのに。今の彼なら俺のお願いを何でも聞いてくれそうだ。持ち前のポジティブシンキングを発揮する。――そうだ、これはイケる。
「よし、じゃあ一緒に入ろうじゃないか、イギリス!」
 そう言ってにこっと笑うと。彼は「こらこら」と言って俺の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「そうじゃないだろ?ちゃんと昔みたいに呼ばなきゃダメだぞ」
「昔?」
「いぎりちゅ、て」
「・・・・・・」
 ひくりと頬が引き攣る。なんだろうな、このダメな大人。子供に赤ちゃん言葉を押し付けるなよ。それでもこの後のお楽しみの為に、敢えてここは彼の言う通りにしてあげる。
「い、いぎ、いぎり・・・ちゅ」
 途端、イギリスの顔がぱぁっと綻んだ。くっそーなんだこの羞恥プレイ。屈辱なんだぞっ!後で覚えてろ!!

 ×××

 可愛い可愛いあめりか。あどけない顔で俺に抱かれている。俺のことを信じきってにこにこ笑っている・・・その天使のような笑顔!あぁ神様俺は今とてつもなく幸せです。こうしていると、こいつが独立したのが嘘のようだ。・・・いや、今はそのことは思い出すまい。せっかくの幸せに自ら水を差すこともない。
 あめりかをリビングのソファに座らせて、その前のテーブルにアイスを盛った器を置く。途端にあめりかはぱっと目を輝かせて、嬉しそうに「やった」と声を上げる。その仕草、声にまた俺は幸せを噛み締める。あぁいつもこれくらい素直だったら・・・いやいや今は思い出すまい。
 風呂の支度をするからと言い置いて、バスルームへ向かう。バスタブに湯を張り、手を少し浸して温度を確認する。うん、湯加減はちょうど良い。リビングに戻り、大きなシャツに包まって歩きにくそうなあめりかをひょいと抱えてバスルームへ向かう。あめりかも久し振りの俺との風呂が楽しみなのか、ふんふーんと鼻歌を歌っている。可愛いやつだ。
 服を脱いであめりかのシャツも取り払ってやると、ぽっと頬を染める。なんだよ、いつも一緒に風呂入ってただろ?今更恥ずかしがるんじゃねぇよ。笑って抱き上げると、うわっと慌てたように俺に抱きついてくる。可愛すぎる・・・嬉しくて少し涙が出た。そのままバスタブの中に腰を下ろすと、ほわっとした湯気に二人纏めて包まれる。あめりかを膝の上に座らせて、シャンプーを手に取る。
「あめりか、頭洗ってやろうな。目瞑れよ」
「いいよ、俺は。君こそ・・・えぇと、うん、わかったぞ」
 一瞬素直じゃないアメリカが彷彿として、目を瞬かせる。けど、すぐにあめりかはにこりと笑って目を閉じた。その髪に泡立てたシャンプーを押し当てて綺麗にしてやる。顔も洗ってやって、身体をと思ったら、手を押し留められた。
「お、俺のことはもう良いから、君・・・えぇとい、いぎ・・・り、ちゅも、洗うんだぞ。俺が洗ってあげるんだ」
 なんとも健気なことを言ってくれる。くぅっ、この子を育てたのが俺で良かった!喜びで胸いっぱいになりつつ頭を垂れると、あめりかが俺の髪をやさしい手付きで洗ってくれた。続いてボディソープをその手に取る。なんだよ、身体も洗ってくれるのか?あぁ、あめりかに背中を流してもらうなんて夢みたいだ。
 そう思ってあめりかに任せていると、首筋をそろりと指先がなぞり、鎖骨から胸へ・・・微妙な力加減で泡だらけの手を動かしていく。なんつーか、ぞくぞくする感じだ。丁寧に丁寧に肩から腕へ、そして指の一本一本まで洗って・・・そしてまた胸に戻る。その手が、そこに触れる。
「・・・ひゃっ」
 びくんと反応して思わず声を上げてしまって、慌てて手で口を塞ぐ。
「どうしたの?」
 あめりかは心配そうな顔で見上げてくる。やさしい天使のようなあめりか。感じてしまったなんてとても言えない。
「い、いや・・・なんでもない。大丈夫だ」
「そう?なら良いんだ。ねぇ、いぎり・・・ちゅ、気持ちいい?」
 そう言ってまた胸の突起を捏ねるように洗うから、びくっと身体が跳ねる。
「あ、あぅ・・・そ、こは・・・そんな丁寧に洗わなくて・・・いい」
 必死になってその手を掴んで止めさせると、あめりかはきょとんとした。うう、可愛いあめりか・・・お前はそんなつもりないんだろうけどな、俺もお前と過ごした時はこんな身体じゃなかったんだ。胸が感じるなんて、全部デカくなった・・・あいつのせいで。つうかヤバい、俺・・・。
「そ、そこより背中っ!背中洗ってくれよ」
 慌ててそう言って前屈みのままあめりかに背を向ける。天使のあめりかに、こんな肉欲の象徴を見られたくない。あめりかは首を傾げた様子だったけど、素直にボディソープを再び手に取って、俺の背を洗うことに専念する。・・・だからなんでそうソフトタッチなんだ。背筋をつうっとなぞられて、またひゃっと声を上げてしまう。は、恥ずかしい俺・・・あめりかの手で感じるなんて。こいつはただ俺を洗ってくれてるだけなのに・・・。そう思うと情けなくて涙が出てきた。
「いぎりちゅ、あとここも洗わなきゃ」
 え、どこ?尋ねる前にいきなりあめりかの手が伸びてきて・・・俺のそれを、掴んだ。
「――っ!?やっ・・・あ・・・っ!」
 僅かに起き上がっていた俺の性器を、子供の小さな手が触れて掴んだ。その柔らかな感触と温もりに、ずくんっと身体の中心が震える。何が起こったのか理解できず、硬直する俺の前にあめりかが立って・・・キスされた。
「ふ・・・ん、ぅん!?」
 なんでだ、なんで俺あめりかにキスされてんだ?なんでこいつ舌とか普通に入れて来て・・・つうかどこでそんな舌遣い覚えたんだ!!や、ヤバい・・・口内を小さな舌で蹂躙されて身体に火が点くとかマジやばい俺。そんな趣味ねぇしこいつはあの天使のあめりかだぞ?ていうかそもそもキスってのは・・・。
「ダメ、だ・・・っ!!」
 あめりかの身体を押し返してキスを止めさせると、あめりかはぷはっと離れた唇を不満気に尖らせた。
「どうして?キスしたい」
「ダメだっ!こういうのは・・・大人が恋人とするもんだっ」
 ここはきちんと躾なければならない。でないと育ててやった恩も忘れて、育て親たる俺にキスをするような大人に・・・なっちまってる・・・?あれ、どこで俺間違えたんだろう?
「なら別に構わないじゃないか」
 ぐるぐるとした思考の迷路にうっかり足を踏み入れた俺に、あめりかはあっけらかんと意味不明なことを言う。
「だからお前は・・・」
「恋人だろ?」
「はぁ!?」
「俺達、恋人だろう?」
 そう言うあめりかの表情は、天使のようではなく・・・あの、屈託無く迷惑極まりないポジティブシンキングのムカつくどや顔で。
「あ、め・・・。・・・・・・。・・・メ、リカ・・・?」
 まさか、という思いで青ざめつつその名を呼ばわると。
「やっと気付いたのかい?相変わらず鈍いんだぞイギリス!」
 にこりと笑って再びぶちゅっと口付けられた。


「アメ・・・お、お前っ!?」
「なかなか気付いてもらえないから、いっそこの手でイカせちゃおうかと思ったよ」
「おまっ何・・・や、いつから・・・こんな・・・っ」
「何言ってるのかわからないよ。でも聞きたいことはこうかな?いつから俺だったのか?」
 混乱して言葉が縺れうまく出てこない。察したアメリカが纏めたのにこくこく頷く。
「答えはこうだ。最初からずっと中身は俺のままだったんだぞ!」
「――――っ!!騙したなっ!?」
「君が勝手に勘違いしたんじゃないか。俺はそれに付き合ってあげただけだぞ」
 悪びれなく飄々と応えるアメリカが心底憎たらしい。
「くっそ、おかしいと思ってたんだっ!」
 だから身体洗うとか言って胸を弄ったり俺の性器握ったり・・・良く考えたら手付き全てがやらしかった!
「あはは、感じてくれてたね!可愛かったんだぞ」
「言うなばかぁっ!!」
 俺はあめりかにされてると思って、それなのに感じてしまう自分が情けなくて泣けたというのに。それら全てが故意によるものだと思うと・・・腹が立って仕方ない。ぎりぎりと歯軋りをして睨みつける俺に一向に堪える風でもなく、アメリカは肩を竦める。
「で、どうする?」
「何がっ!」
「このまま君が天使と呼ぶ子供の手でイカされちゃう?それともおとなしく俺を元に戻して愛し合う?」
「お前っサイテー!!」
 可愛いあめりかの姿で首を傾げて、んなこと聞くな!この期に及んでよくもそんな提案できるもんだ!こいつの頭の中はどうなってんだ?どっちも有り得ねぇよ!
「お互い様だろ?恋人をこんな身体にするなんてさ」
「だ、だってお前がぁ・・・」
 あめりかとの微妙な触れ合いに、余程緊張していたらしい。いつものアメリカの声音を聞いてほっとしたら、ぼろりと涙が零れた。するとアメリカは呆れたように溜息を吐いた。
「・・・泣かなくても」
「ふぇっ・・・ほんとに、あめりかだと・・・思ってたんだぞ?それなの、に・・・」
「俺で悪かったね」
 憮然として口を尖らすアメリカに、違うと首を振る。
「そうじゃ、な・・・あめりかに、感じるとか、や・・・で」
「やり過ぎたのは謝るよ、ごめん」
「ひっ・・・うっ・・・」
 アメリカが心配そうに覗き込んで謝るから、涙が止まらなくなった。
「ごめんてば、泣かないでよ。俺、君に泣かれるのは苦手なんだぞ」
 小さな手が俺の頬を撫でる。でもその仕草はあめりかのものではなく・・・身体に馴染んだアメリカのものだ。
「よかっ・・・た・・・」
「え?」
「お前、で・・・良かった・・・」
 小さなあめりかとの想い出を汚したようで自己嫌悪に陥りかけたけど、アメリカで良かった。
「ねぇイギリス、元に戻してくれるかい?君を抱き締めて慰めたいんだぞ」
 そう言ってやわらかく微笑むから。素直に俺も頷いて星のステッキを召喚した。
「いくぞ・・・ほあた☆」
 アメリカに向けて星のステッキを振ると、ぼんっと爆発音が響いて、煙の中からいつものアメリカの姿が現れた・・・裸で。
「まったく、君がおかしな術なんか使うから無駄に時間掛かっちゃったんだぞ」
 いきなり逞しい腕が伸びてきて抱き寄せられた。広く厚い素肌の胸の中に閉じ込められて、全身がかあっと熱くなる。
「だ、だって、お前メタボだけどいい身体してるから・・・」
「何、喧嘩売ってるのかい?」
「褒めてんだよばかぁっ!その、だからお前の裸、見るだけでドキドキしちまうのに・・・風呂でとか、絶対逆上せて倒れちまう・・・」
 ごにょごにょと言い訳すると、アメリカがごくんと唾を飲んだ音が聞こえた。
「――そんなこと言って、俺を煽ってるの?」
「ばっ、違・・・っんん!」
 慌てて否定しようとアメリカの顔を見上げた途端、顔を寄せられて唇を塞がれた。そのまま身体の線をなぞるように撫ぜられて、ぞくりと震える。あぁ、この手付き仕草、間違いなくアメリカのものだ。俺の恋人のアメリカの・・・。
 性的な興奮を引き出すような触れ合いに、否応なく身体に熱が篭る。お互い求め合うように舌を差し出して絡め合って、息が上がる頃には身体はトロトロに蕩かされていた。
「ね、だいぶお湯も冷めたし逆上せたりしないと思うんだけど・・・いい?」
「な、にが・・・?」
 長いキスからやっと解放されて、頭の芯がぼうっとしてる状態で曖昧に聞かれてもわからない。短い息を吐きながら首を傾げると、アメリカは最高にイイ笑顔ではっきりと聞いてきた。
「このままやっちゃって、いい?」
「――――っ!!」
 この状態にしておいて、今更それを聞くか?その応えを俺に言えと?恥ずかしさで死ねるぞ、おい。
「・・・いいから、やれよっ!」
 投げやりに言い放った途端、アメリカが覆い被さって来て。俺は与えられる快感の波に飲み込まれた。






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