USA 「おいアメリカ、いい加減に起きろ。せっかく俺が朝飯作ったんだから食えよ」 久し振りにゆっくりできる休日、のんびり朝寝しようと目論んでいたのに布団を剥ぎ取られてしまった。冬の到来も間近というこの季節に温かな布団を奪われて、一気に体温が奪われぶるりと震える。それでも意地になって眠ってやろうと思って目を瞑ったら、ぎしりとベッドが音を立てて軋んで、人の体重が掛った事を知らせる。誰かがベッドの上に乗ったのだ。 誰かと言ってもこの場合、朝っぱらからバターンガシャーンと騒々しい物音を立てて何度となく俺の眠りを妨げ、焦げ臭いにおいを部屋中に充満させた挙句に布団まで奪っていった人しかいない。そしてそれは・・・残念なことに、俺が数百年に及ぶ片思いの末やっと恋人として手に入れた人――イギリスだったりする。 俺はこの人のどこがこんなにも好きなのだろう・・・。思わず溜息を吐く。フランスに「お前、あいつが好きとか趣味悪いねぇ」などと憐憫を込めて嗤われると、イラっと来て「うるさいよ」と怒鳴りつけるのだけど。実を言うとたまに自分でも首を傾げている。あぁそうか、フランスに言われて腹が立つのは図星だからか。 そんな事をつらつらと寝惚けた頭で考えていると。 「寝汚ぇ」 暴言と共に腹の上にどすっと何かが降って来た。 「ぐぇっ」 潰れた蛙のような声が漏れてしまったのは仕方ないだろう。華奢な身体付きとはいえ、大人の男にいきなり遠慮もなく乗られると、俺の見事な腹筋でも流石にカバーしきれない。決して俺の腹筋が贅肉にまみれているからではない。断じてない。 「いい加減に起きろ」 「重くて起きられない」 じろりと見下ろしてくるイギリスをぎりっと睨みつけて言い放つ。 「退いたら起きるか?」 「今俺が被ったダメージは相当だよ。これは今日一日寝てなきゃ回復しないね」 ぱたりと全身の力を抜いて死んだフリをすると、「ざけんなっ起きろ!!」と怒鳴りながら腹の上で跳ね始めた。うぅ、苦しい・・・冗談でなく起きられない。あぁでもこの体勢で君のその仕草って・・・。 「昨日の夜を思い出すね・・・君、やけに積極的でさ」 「!!!!!!」 飛び跳ねていた身体がぴたっと止まったかと思うと、その顔がみるみる真っ赤になっていく。俺が言う意味に思い至って恥ずかしくなったのだろう、唇を戦慄かせてぷるぷる震えている。あぁ可愛いなぁ。ついでに知ってる?君のその顔って色っぽくて扇情的で、俺の下半身に直にくるんだって。ほら、ね。 ぐりっと硬くなったそれを彼に押し付けると、彼はぎょっとして身体を強張らせた。 「お、おま・・・何、硬くして・・・」 「君が襲うからだよ、当然の反応だろう?」 「ち、違・・・俺は襲ってなんか・・・」 頬を染めて瞳を潤ませて、必死に首を振っているその様がまた、俺を煽っているとしか思えない。彼の腕を掴んでベッドから落ちないように支えてあげながら、むくりと身体を起こすと、彼はびくりと震えた。君が起きろって言ったくせに。 「ちゃんと、責任取ってよね」 にこりと笑って顔を寄せると、ばか、違う、よせ、と可愛くないことばかり言う。その唇を塞いでやって逃げようとする身体に愛撫を与えると、しばらくして抵抗が止んだ。力の抜けた彼の身体をどさりとベッドのシーツに押し付けた。 それから小一時間後、ようやく俺は黒い朝食が並んだテーブルに付いた。 「ほら見ろ!お前のせいでせっかくの朝食が冷めちまったじゃねぇか!」 「そういう台詞は温かいうちに食べたら美味しいものを作ってから言ってくれよ」 「なんだと!?それじゃ俺の作った飯がまずいみたいじゃねぇか」 「そろそろ人が食べる物としてこの色はおかしいと自覚してくれないか」 そう言いつつも、炭になりかけているハムエッグを頬張ってばりんっと噛み砕く。まぁ食べ物を粗末にしちゃいけないよね。イギリスはまだ文句を言いたげだったけど、俺が食事を始めたことに溜飲を下げて、彼もまたフォークを手に取った。 久し振りにオフが重なって、イギリスが会いに来てくれたのが昨日の夜。甘い時間をたっぷり過ごして・・・朝も二人でベッドの中でまったりしようと思っていたら、年寄りは早起きらしく、さっさと一人ベッドから出て行ってしまったのだ。お陰で予定が少しばかり狂ってしまったけど、まぁ結果オーライだろう。 さて、今日はこれからどうしようか?窓の外を見れば良い天気、部屋に籠っているよりは外に出たい気分だ。イギリスを連れて散歩に行こうか、買い物に行こうか。黒いトーストを齧りながらあれこれ思い巡らせていると、携帯が着信を知らせる。この着信音は上司からだ。――嫌な予感がする。 「・・・アメリカ、お前の携帯だぞ?」 「わかってるよ」 携帯を一瞥したまま触れようとしない俺に、イギリスが眉を顰めながら言ってくる。 「出ろよ。仕事かもしれねぇだろ」 「仕事だと思うから出ないんだよ」 そう言って再び黒いトーストを齧って咀嚼する。 本当に久し振りにイギリスとオフが重なって、久し振りに彼が来てくれたんだ。本当に久し振りなんだ。明日にはまたあの島国に帰ってしまうんだ。今日くらいはゆっくり一緒に過ごしたいんだ。上司といえど邪魔しないでくれ。 頑ななまでに携帯を無視していると、はぁっと呆れたように溜息を漏らしたイギリスが俺の携帯を手に取る。どうする気――と思いつつ眺めていると。ピっと応答ボタンを押して、続いてスピーカーフォンに切り替えた。 途端、部屋中に響き渡る割れんばかりの怒声。さっさと出ろだの、なんたらの案件はどうなってるんだ、だの、煩いったらない。応答したのは俺じゃない、今すぐ通話を切ってやる――そう思うけど、携帯を差し出すイギリスの冷たい視線がそれを許してくれそうにない。渋々彼から携帯を受け取ると、スピーカーフォンをオフにして上司に対応する。 ひとしきり口煩い上司とやり取りした後、ようやく通話を切って肩を落とすと。 「仕事か」 食事を終えたイギリスが紅茶を飲みながら声を掛けてきた。 「まぁね。どうしても今日中に必要な書類があるんだって」 「それじゃ仕方ねぇな、行ってこい」 「・・・・・・」 そう言うと思った。彼は俺との時間より仕事を優先する人だから。何よりも仕事を優先する人だから、たまにしか会えないんだ。本当に、久し振りだったのに・・・。 「まさか、このまま帰ったりしないよね?」 気落ちして情けない声が出たけど仕方ないよね。正直今すぐ泣きたい気分なんだから。 「その仕事は今日中に片付くのか?」 「意地でも片付けて今日中には帰って来るよ」 「じゃあ、待ってる」 だから、そんな泣きそうな顔するな――そう言って彼は笑った。 身なりを整えて玄関に向かって、何度となく繰り返した台詞をもう一度彼に言う。 「ほんっとうに帰らないでくれよ!?ちゃんと待っててくれよ?」 「わかってるって。夕飯作って待ってるから」 「夕食は外に食べに行くから気にしなくていいよ!それじゃ行ってくるから・・・本当に帰らないでくれよ!?」 「いい加減しつこい。大丈夫だから、俺のことは気にしないで仕事して来い」 その言葉に背を押されて、俺は断腸の思いで上司が待つ職場に向かった。 ようやく仕事が一段落して帰宅の許可を得られたのは、既に日が暮れて夜の帳が下りた頃だった。疲れた身体を押して帰路を急ぐ。マンションに着いて見上げると・・・部屋の明かりが見えた。良かった、イギリスはちゃんと待っててくれたんだ。逸る気持ちを抑えきれず、エレベーターが降りてくるのを待たずに階段を駆け上がる。俺の脚力をもってすればエレベーターなんかに負けないんだぞ。なんてね、ただじっと待っていられなかったんだ。 ばたばたと走って俺の部屋の前に辿り着く。鍵を差し込もうとして・・・ふと、悪戯心が湧いて、チャイムを鳴らす。ピンポーンという音に対して、「待て」と応答する声。少し経ってかちゃりとドアが開いて、イギリスが顔を覗かせた。 「ただいま」 にこりと笑ってそう言うと。イギリスは一瞬きょとんとして、でも照れ臭そうに俺が望む言葉を返す。 「・・・おかえり」 ね、なんだか夫婦みたいなんだぞ。自分の思い付きに満更でもないなと思って、ドアを閉めると迎えてくれたイギリスにちゅっとキスをする。彼は頬をピンク色に染めると言葉なく俯いてしまった。わーなんだこれ、新婚みたいで俺も恥ずかしいんだぞ。 いつもは暗い部屋のドアを開けて、部屋の電気を点けて、着替えて食事の準備をして・・・全部俺が一人でする事。今日はイギリスが明かりを点けた部屋で待っててくれて、ドアを開けてくれて。エプロン姿ということは、要らないと言ったにも関わらず律儀に夕食の準備をしていたのだろう。その出来具合はさて置いて、帰ったら夕食が用意されているという事実が嬉しい。 心がじんわりと温かくなるのを感じながら部屋に入ると・・・なんだか綺麗になってる。 「君、掃除してくれたの?」 「暇だったからな。一人になる予定でなかったから特に何も持って来てなかったし。迷惑だったか?」 「いや、助かるよ。ありがとう」 素直に礼を述べて、着替えてくると言い置いて自室に入る。ここも掃除してくれたのか綺麗になって、俺の私物が整理整頓されている。本当に良い奥さんを貰った気分だ。そう思いながらクローゼットを開けて着替えを済ます。ふと視線を部屋の中に向けて・・・気がついた。 「・・・あ」 デスクの上に積まれた本に目が止まって、一気にテンションが下がる。というか青ざめた。いや、それが単に俺の読み掛けの小説とかコミックだったら別に構わないんだ。きちんと本棚に仕舞わずにそこら辺の床に置いたままだった俺が悪いのだから。 だけどデスクの上に積まれた本は・・・どちらかというと、人目を避けるように仕舞われていたはずで。いや、ベッドの下と言えども床の上な事に変わりはないけれど、それでも俺にとってはそこが定位置な訳で。決してデスクの上に堂々と積んでおく物ではないんだ――エロ本なんか。 それらは見事なまでに俺の嗜好を反映していて、できる事ならば誰にも見られたくない物だ。特に恋人たるイギリスには絶対見られたくない。せめてベッドの下から取り出されたまま、ぞんざいにデスクの上に移動させられていたなら、俺もここまで青ざめてはいなかった。哀しいかな、イギリスはエロ本をきっちり種類ごとに分類して、大きさも揃えた上でデスクの上に積んでくれていた。・・・絶対中身も見てる。 眩暈を覚えつつキッチンに立つイギリスの元へ行く。 「・・・君さ、俺のベッドの下・・・探っただろ」 「あぁ、やっぱりお前も男なんだな。夜のおかずだろ?あーゆー嗜好だとは知らなかったけどな」 あっけらかんと悪びれなく言う彼が心底憎らしい。 「余計なことしないでくれよ!俺の嗜好とかどうでもいいだろ!?」 「なんでだよ、お前が何したら喜ぶのか、ちょっと知りたかっただけじゃないか」 へらりと笑うその横っ面を張り倒したい衝動をぐっと堪える。良い奥さんだとか思った自分が悔しい。掃除が先か、嗜好を探るのが先かは知らないけれど、要するに彼は掃除を言い訳にあちこち探っただけなのだ。 「でもあれだよなー、お前って金髪緑眼が好みなんだな」 「・・・・・・っ!」 頭にかあっと血が上った。恥辱と怒りに任せて彼を殴らなかった自分を褒めてやりたい。ぶるぶると身体を震わせる俺に気付きもせず、イギリスはまだ戯言を続ける。 「なんせ全部だもんなー年代もんから最近のまで。結構探さないとないだろ、金髪緑眼の子なんてさ。あ、俺もそうだから惚れたのか?」 「ちっがうよ!逆だろ!?君が金髪緑眼だからだよ!」 「は?」 「君が金髪緑眼だから君の代わりの夜のおかずも金髪緑眼なんだよっ!悪いかい!?」 ああ俺はどうして自分の嗜好の説明なんかわざわざ彼にしているのだろう。恥ずかしくてこのままマンションから飛び降りて死にたい。というかエロ本見つけた段階で気付かないかな、これくらい。そうだよ、年代ものから最近のまで、全部そういう子が出ている本を集めたんだ。だって仕方ないだろ?初恋が彼で、彼だけをずっと想って来たんだ。イギリスを恋人にできるだなんて思えなかったから、彼の容姿に似た子を目が追い掛けてしまったとして、それを誰が責められる?あ、ちなみに彼の特徴のぶっとい眉毛は敢えて求めていない。 そこまで考えたところで、ふと気付いた。イギリスのどこが好きなのか・・・不思議で仕方なかったけども。そんなの考えるだけ無駄なんだ。だって俺の好きの基準は、すべてイギリスにあるのだから。気付いたところでへこむ以外に気持ちの落とし所がないけどね。 はぁっと溜息を漏らしながら彼を見遣ると、イギリスはいまだにきょとんとしている。 「俺が夜のおかずになるのか?」 ・・・おかずどころか実際にセックスしてるじゃないか。喉から出掛けた言葉を飲み込む。言っても彼には伝わらない。 「君はまだ――俺がどれくらい君のことを好きなのか、わかってないようだね・・・」 言うなり、首を傾げている彼の腕を引っ張って寝室に向かう。言ってわからないなら身体にわからせればいい。 「え、ちょっ・・・アメリカ?おいこら、飯が・・・」 「冷めても食べるから構わないだろ!?」 「待てって、俺はあんな本みたいな事できねぇぞ!?」 「君は一体何を見たんだい!?俺だってそんな特殊な嗜好はないよ!というか見たもの全部この際だから忘れてくれ!」 金髪緑眼――それだけに拘っていたから、はっきり言って内容は気にしてないし、ほとんど見てないから覚えていない。イギリスが欲しかった、昔も、そして今も。ただ、それだけだ。 |