USA



 クリスマスは家族と過ごすものだ――そう教えてくれたのは誰だったか。少なくともそれがイギリスでないことは確かだ。だって彼は、俺が幼い時から一度だって一緒にクリスマスを過ごしてくれたことはないのだから。

 ☆☆

 12月に入ってすぐ、お互いの都合を合わせてクリスマスの準備をした。俺の郊外に持っている一軒家を派手にばーんと飾り付けして、クリスマスイブをミラクルスペクタクルなショータイムにしようと素敵な提案をしてあげたのに、彼は即座に否定した。
「いいかアメリカ、クリスマスってのは元々イエス・キリストの生誕を祝う日であり太陽神を祀る日でもある。粛々と過ごすべきであって、決して家を派手なイルミネーションで飾り付けてプレゼントを交換し合ってご馳走食ってうまい酒で酔っ払う日じゃないんだ」
「後半は君の自己反省かい?」
「違ぇよ!つうか一軒家丸ごと飾り付けとか、そんな暇ねぇだろ。俺は今月はもう今日しか休みないし明日には帰らなきゃならねぇんだから、お前のいつものマンションの部屋だけでいいだろ」
 さらりと言うけど、俺の耳はきちんと「今月は今日しか休みがない」との言葉を聞き咎めた。急降下するテンションを彼に悟られないように、無理矢理明るい声を出して念の為と尋ねる。
「クリスマスはもちろん一緒に過ごせるんだろうね?」
「わかんね。でもちょっと会う時間くらいは作れると思う。なるべく来るつもりだ」
 嘘吐き。幼い頃から繰り返されたそんな甘い言葉に、俺はもう期待なんかしてないよ。泣いて縋り付くような子供でもない。君が来なくても仕方ないと割り切れる。だから期待なんかしてない・・・けど、やっぱり今年のクリスマスは一緒に過ごしたいな。なんたって、彼とけ、けっこん・・・した、んだから。もう俺達は家族なんだから。
「そっか。それじゃ俺の部屋におっきなツリー入れて綺麗に飾り付けようね」
 にっこり笑って、彼の手袋に包まれているにも関わらず冷たい手をきゅっと握ると、イギリスは頬を染めてこくんと頷く。その可愛らしい様に俺もかぁっと頬が熱くなる。ほんと、いつまでたってもこういう直接的なスキンシップに慣れてくれないんだから。それ以上のこともたくさんしてるってのに。
「じゃあ、まずはツリー買いに行くのか?」
 照れを隠すように俯いたままぼそりと呟くイギリスに、そうだねぇと応じる。
「それなんだけど、掃除とか水あげるの面倒だから、今年はフェイク買おうかと思ってるんだ」
 前々から考えていたことを伝えると、途端に彼は眉を吊り上げてぽこぽこ怒り出した。
「なんでだよ!フェイクなんざダメだ!あんなもん飾る意味ねぇ!」
 そこまで言うか。まぁ保守的で懐古趣味で植物が大好きなイギリスに言ったら、絶対反対されるとは思ってたけどね。でもフェイクにだって利点はあるんだぞ。
「最近は便利だし毎年使い回せるからって、フェイクも人気なんだよ?」
「あんなの味気ねぇ。あの木の芳香が部屋に漂ってこそクリスマスだろ」
「でも重いし」
「なら俺が運んでやる」
 ふんっと鼻息荒く己の二の腕をぽんっと叩く。自分の筋肉を自慢したつもりなのだろうけど、分厚い生地のコートに包まれても尚その細さが目立つ。俺の希望の大きなツリーを持てるとは到底思えない。
「・・・君に頼むくらいなら自分で運ぶよ」
 イギリスに任せたら足の上に落として怪我されそうだ。はぁっと溜息を漏らしながら言うと、「人が親切に言ってやってんのに!」などと喚き立て始めた。俺が頼りにしないのが気に入らないのだろう。ほんと負けず嫌いなんだから。仕方なく妥協案を口にする。
「オーナメントとか他にも色々買うだろ?そういう荷物を持ってくれよ」
「ちっ・・・仕方ねぇな」
 舌打ち一つした後渋々首肯した彼と二人、ツリーを売っている店に連れ立って入った。
 結局イギリスがフェイクを完全否定で聞き入れてくれないので、生の木を買うことにした。店の中でも枝振りやら色艶に煩く文句をつけるイギリスに閉口しつつ、良さそうな木を選んで。車に括り付けてマンションに運び込む。リビングに置いたツリーポットに嵌めこんだら俺の力仕事は完了だ。
 続いてオーナメントやライトをぐるぐると巻いていく。・・・ここでもイギリスがあーでもないこーでもないと拘るので、俺は遠巻きにぼんやり眺めることにした。けど、眺めていたら「お前も手伝え!」と怒声が飛んでくる。いやだって君、俺が付けたオーナメント全部やり直すじゃないか。そう思いつつ、箱に残っているオーナメントを適当に摘まみ上げてツリーに付けたら、「そこじゃねぇ」と早速付け替えられた。・・・ほんと、全部君の好きにすれば良いと思うんだ。こっそり溜息を漏らす。
 ツリーが完成すると、足元にお互いが用意したプレゼントを置いていく。まぁ、一緒に買い物したのだから中身は全部知っているのだけど。
 イギリスの希望はキッチン用品。・・・今日買ったあの鍋で彼は一体何を作る気なのだろう。最近発売されたばかりと言うその高機能鍋をスーパーで発見した途端、イギリスは喜色満面で飛びついた。鍋なんかどれも一緒だと俺は思うのだけど。しかもそれを使うのがイギリスでは、どうせいつもの黒い塊しか出来ないだろうに。涎を垂らさんばかりに目を輝かせて欲しがるので、仕方なくその鍋をカートに入れた。願わくば、謳い文句の高機能とやらの奇跡で美味しいとまでいかなくてもせめて食物兵器が完成するのを防いで欲しい。俺の胃袋の為に。
 対する俺の希望はゲームとDVDとコミック。面白そうな新作をぽいぽいカートに入れる度にイギリスは呆れたような顔をして、今もラッピングされたそれらを物言いたげに見つめながら置いていくけど、プレゼントにまで文句つけないでくれ。なんでも欲しい物をカートに入れようって言ったのは君じゃないか。
 プレゼントを置き終わると、イギリスはクリスマスカラーのクロスをチェストの上に被せ、サンタクロースなどの置物を丁寧に置いていく。ドアにはリースをあしらう。そして更にいそいそと自分が持って来た鞄からたくさんの布小物を取り出した。
「・・・鍋敷き?」
「壁飾りだ、ばか」
「あぁ成程。ていうかちょっと間違えただけだろ?ばかとはなんだい」
 彼の悪態にきっちり反論しながら、イギリスが広げるそれを見遣る。布はツリーやリースなどの形に裁断され、更に細かく靴下やトナカイなどのクリスマスモチーフが刺繍されている。
「これ、もしかして君が作ったのかい?」
「べ、別にお前の為じゃないからな?たまたま暇で刺繍したくなってクリスマス近いから作ってみたらたくさん出来たんでお前の家にも持って来ただけで・・・」
「可愛いね、けど君本当にこういう地味な作業好きだよね・・・あれ、これなんだい?サンタ・・・じゃないよね?髭がないし」
 イギリスのツンを軽く聞き流しながら壁飾りを捲っていくと、サンタの格好をした人形が二体刺繍された布が出て来た。
「あっそれは違・・・っ!!」
 慌てたようにイギリスが俺の手の中にあるその布をひったくろうとするので、ひょいっと手を上げてかわす。立ち上がって頭の上に翳してしまえば、リーチの差でイギリスの手は届かない。悔しそうにぎりぎり歯軋りしながらも、何故か真っ赤な顔で必死に手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねてる。いい歳したおっさんなのに、なんだか子供みたいで可愛いな。そう思いながら手の中のそれをまじまじと見上げると・・・人形の特徴が誰かを彷彿とさせる。
「もしかしてこれ、俺と君かい・・・?」
 片方は水色の瞳にメガネを掛けて髪の毛がぴょんと一本立ってる。たぶん俺のつもりなのだろう。もう片方は翠の瞳にぶっとい眉毛・・・間違いない、これ君だろう。
 布から視線を外してイギリスを真正面から見つめると、彼は頬を真っ赤に染めてぷるぷると震え出した。翠の双眸にうっすらと膜が張る。そうして羞恥に感情を昂らせて――。
「返せよばかぁっ!!」
 涙をぽろりと零しながら怒鳴った。


「これいいなぁ、可愛いな、俺気に入ったよ」
「そうかよ・・・」
「家族になって初めて過ごすクリスマスだからね、バカップルっぽいけどあーゆーのも飾りたいよね」
「俺はここに飾るつもりじゃなかったんだけどな・・・間違えて持って来てしまっただけだ」
 取り戻す事が叶わなかったイギリスは、すっかり拗ねてしまって仏頂面でソファに膝を抱えて丸まっている。ちょっと意地悪し過ぎただろうか。
「えーいいじゃないか。せっかく君が俺達二人を刺繍してくれたんだ。俺に見せなきゃ意味ないだろう?」
「もういい・・・それ以上何も言うな」
 とうとう恥ずかしさに耐えられなくなったのか、イギリスは膝に顔を埋めてしまった。それでも隠し切れない彼の耳がピンク色に染まっているのが見える。
 どうやら彼としては、俺達二人を刺繍した壁飾りをこっそりイギリスの自宅に飾るつもりだったようだ。でも照れ屋で素直じゃないイギリスが、俺達の関係を喜んでる証拠とも思える物を作ってくれたんだ。彼のことだから一針一針心を込めて刺したのだろう。そんな素敵な壁飾り、隠しておくなんてダメなんだぞ。俺が毎日眺める方が絶対良いに決まってる。そう思って彼のお手製の壁飾りはリビングの真正面の壁、メインとも言える場所に飾った。勿論真ん中の一番目立つ場所には、サンタの格好をした人形が二体刺繍されたもの。
 イギリスの隣に座ってそれらを眺めながらうんうんと悦に浸っていると、横から潤んだ瞳がじっと俺を見ているのに気付く。
「なんだい?イギリス。もう飾っちゃったんだから諦めなよ。大事にするからさ」
「・・・もういいけどさ。お前、気持ち悪くねぇの?あ、あんな・・・刺繍、見せられて」
「どうして?可愛いじゃないか」
 気持ち悪いなんて思うはずないだろう?君はほんっとうに相変わらずネガティブだなぁ。思わず苦笑してしまうと、俺が呆れたと思ったのか、イギリスは傷ついたような表情をして再び目に涙を浮かべる。・・・本当に面倒な人だ。
「ほらダーリン、泣かないでよ。俺はちゃんとわかってるよ。あの刺繍は、君が俺のこと大好きだってことだろ?」
 彼の瞳に人差し指を沿わせて、縁に溜まった涙をそっと拭いながらにっこり笑って言うと。イギリスはきょとんと目を丸くして・・・幾度か目を瞬かせると、ぼんっと効果音が聞こえそうな程に全身を真っ赤に染め上げた。あれ、もしかして自覚なかったの?あんな刺繍しておいて?あぁでも、涙は止まったようだ。君は感情の浮き沈みが激しくて忙しいね。
「ば、ばか・・・違うっ!」
「はいはい、わかってるわかってる」
「違うって言ってんだろばかぁっ!」
 照れて暴れ出すイギリスの身体をぎゅっと抱き締めて、真っ赤な頬にちゅっとキスする。そうしてから一度顔を見合わせて、翠の瞳を覗き込む。抵抗を止めて戸惑いがちに俺を見つめてくる二つの宝石は、潤んでいる為か、いつもより光を多く反射してキラキラ輝いてる。本当に綺麗。その目尻にも一つキスを落とすと、イギリスはそっと瞳を伏せた。瞳を隠す瞼を縁取る金の睫毛も濡れてキラキラ光ってる。それを眺めながら俺は両手の指を彼の指に絡ませて・・・柔らかな唇に自分のそれを重ねた。

 ☆☆

 そう、あの日はこの部屋に彼がいた。イギリスの体温を肌で感じて、彼から微かに香る薔薇の匂いが鼻腔を擽り、艶のある声が耳に心地良く響いた。何より彼のはにかんだ微笑みが、俺の胸をじんわりと温めて幸せで満たしてくれた。
 なのに今俺は一人ぽつんと座っている。イギリスの温もりも匂いも声も・・・あの微笑もない。彼はここにいない。言い知れない寂寥感に胸が押し潰されそうだ。今ならあの口煩い文句もすぐに説教始める鬱陶しさも俺を否定してばかりの頭の堅さも受け入れられる気がする。懐かしいとまでは言わないけど。できればそれらを抜きにして甘い時間を過ごすのがベストだけれども。俺はマゾじゃないんだから。
 はぁと本日何度目かの溜息を漏らす。今日はクリスマスイブ、本来なら家族が揃って食卓を囲んで団欒の時間を過ごす日だ。俺の家族はイギリスで、だから俺は彼と過ごす日なんだ。彼は俺と過ごすべきなんだ。仕事なんか、クリスマスにまでしなくても良いじゃないか!!

 ☆☆

 あの日以来イギリスは忙しいのか、全く連絡が取れなくなった。クリスマスイブ前日になってもイギリスからは何の連絡もなかったので、仕方なくこちらから電話を掛けることにした。彼個人の携帯に電話してもメッセージを吹きこんでもメールをしても応じられることはないので、最終手段とばかりにアドレス帳から彼の秘書の携帯番号を呼び出し、通話ボタンを押した。数回の呼び出し音の後、程なくしてイギリスの秘書が応じた。
「やぁ、アメリカだけど傍にイギリスはいるかい?変わって欲しいんだけど」
『申し訳ありませんが、現在アーサーは会議に出席しております。後程貴方からお電話がありましたと伝えておきます』
「そうかい・・・それじゃ仕方ないけど、絶対今日中に電話くれるように言ってくれ。絶対だぞ!?もしなかったら・・・君が伝えなかったということだ。わかったね?」
『・・・了解しました』
 たまたま俺からの電話を受けることになった彼には悪いけど、少しばかり脅しをかけておいた。部下の責任問題が絡むとなれば、いくらイギリスと言えども看過できないだろう。案の定、半月も待ち続けたイギリスからの連絡は、電話を切って3時間経っただけであっけなく訪れた。
『おい、アメリカっ俺の部下に変な脅しかけんじゃねぇっ!』
 ちょっとダーリン、久し振りの第一声がそれってのは酷くないかい?若干苛立ちつつ、それをなるべく声音に出さないように明るい声で応じた。
「連絡くれない君が悪いんじゃないか。散々君の携帯には掛けたよ。でも返事がないんだから仕方ないだろ?」
『い、忙しかったんだよっ!悪かったなっ』
 自分の無沙汰を咎められて分が悪いと思ったのか、彼は一応おざなりに謝罪の言葉を口にする。
「ワーカーホリックなのは知ってるけど、半月も音信不通とか有り得ないんだぞ。CIAに君の居場所を捜させようかと思ったよ」
『んな不穏な機関、軽々しく動かすんじゃねぇ!外交問題に発展するだろうがっ!俺は普通に英国で仕事してただけだ!』
「家族に電話の一本も掛けられない労働状況なんて異常だよ。ILOに通報してあげようか?」
『余計なことすんじゃねぇっ!!つうかなんだよ、お前怒ってんのか?』
 ここに来てやっと俺の心中を慮ってくれたようだ。そうだよ、俺は怒ってるんだ。半月も放置なんて酷いと思わないかい?
「それは愚問だよ、イギリス。俺の着信メッセージメールすべて無視しておいて、俺が怒ってないと思うのかい?」
『だぁら悪かったって言ってんだろ!色々あって忙しかったんだ』
「それだけ集中してたからには、随分捗ったんだろうね。もちろん明日のクリスマスイブにはこちらに来るんだろう?」
 じわじわと追い詰めるような口調で責め立てると、イギリスはうっと口篭ってから、申し訳なさそうな声音でしどろもどろに呟いた。
『いや、それが・・・その、さっきまた問題が起きてだな・・・』
「クリスマスは家族一緒に過ごすべきなんだぞ。当然そんなの軽く無視して来るんだろうね?」
『無茶言うな!俺が問題起きてる英国を離れられる訳ねぇだろ!』
 英国と俺とどっちが大切なんだい?そんな意地の悪い質問が喉まで出掛かったけど、辛うじて飲み込む。どうせ答えは決まってるしね・・・彼にとって英国より優先すべきことはないだろう。そんな答え聞きたくない。
「ふぅん・・・なら、俺がそっちに行くよ」
『ダメだ!!!』
 イギリスが英国を離れられないなら俺が行くまでだ。そう軽い気持ちで言った台詞を、彼は即座に否定した。あまりの勢いに思わず息を呑む。クリスマスに会うこと自体を拒絶されたように感じられて・・・無性に悲しくなった。彼は俺と会う気はないのだ――そう思い至って、腹の底から沸々と怒りが湧いてくる。
「・・・なんで」
 自分でも驚く程低い声が出た。電話の向こうのイギリスが動揺する気配が伝わる。彼は慌てて俺の機嫌を取るように言い繕った。
『いや、その・・・そっちでクリスマス過ごすつもりだったから、こっちは何の用意もしてねぇんだ』
「別に構わないよ、君さえいてくれれば」
 いつまでも妥協点を見出せない会話に苛立ち、俺の気持ちを曝け出す。ねぇ、伝わったかい?俺は君に会いたいだけなんだ・・・クリスマスの飾り付けも料理もプレゼントも何もいらない、ただクリスマスという特別な日を、君と一緒に過ごしたいんだ。どうか俺の気持ち、伝わって。
『けどせっかくクリスマスツリー飾ったし、プレゼントも用意したんだから、やっぱり俺がそっちに行く』
「・・・明日は来れないんだろ?」
『いや、意地でも仕事片付けてそっち行くから。待ってろ』
 気落ちして泣き出しそうな俺の声に、イギリスは優しい嘘を吐く。その言葉が本当であれば良いのにと、心の底から思うけど、実現されることはないと――俺は身を持って知り過ぎていた。

 ☆☆

 そうして日付が変わってクリスマスイブ、現在18時。米国より5時間先をいく英国はあと少しで日付が変わってクリスマス当日になる。普通の人ならとっくに仕事を終えて帰宅してパーティーを楽しんで、子供達はツリーの傍にミルクとクッキーを置いてから、翌日のプレゼント開封に心躍らせながらベッドに入った頃だろう。あのワーカーホリックは、今どこで何をしているのか。ふっと視線を上げるとイギリスが作った壁飾りが目に入る。刺繍された俺と彼は仲良く一緒にいるのに・・・。
 なんて、いつまでもうじうじ彼を想って俯いてるなんて俺らしくない!俺は自由の国アメリカだ、顔を上げて真っ直ぐ前だけを見て明るく楽しく生きるんだ!イギリスなんかのことはさっぱり忘れて、せっかくのクリスマス、エンジョイしなきゃ損なんだぞ。
 勢い良くソファから立ち上がると、お腹がぐぅ〜と鳴った。そう言えば朝からスナック菓子とチョコとアイスを食べただけで食事を摂ってなかったっけ。まずは何か食べて、この間ゲットしたばかりのゲームをしよう。何かあるかな?とキッチンに向かって冷蔵庫を漁ると、ちょうど食材を切らしたところだった。・・・寒くて買い出しに出掛ける気分じゃなかったんだ。仕方なく非常用のカップヌードルにお湯を入れて啜る。ちょっとひもじいと言うか惨めな気もするけど、気にしない気にしない。
 腹拵えが済んだところで早速ゲーム機をスイッチオン☆どんな冒険が待ってるかな〜?とワクワクしながらストーリーを進めていくと・・・。
「ぐわぁっ!なんだこれっプログラムに問題でもあるんじゃないかい!?すぐにヤラれて全然先に進めないじゃないか!操作性も悪いし、こんなゲームを売るなんて訴訟モノなんだぞ!」
 最初に出て来るドラゴンに踏まれ薙ぎ倒され炎で焼かれること数十回、いい加減、飽きてきた。
「うう・・・つまらないんだぞ。よし、ゲームは止めた!DVD観よう」
 コントローラーをぽいと投げ捨てると、レンタルしているDVDをデッキに入れて再生する。クリスマスにオススメと書かれていたからには今日観なきゃね。始まったのはラブストーリー。もしかしてこれ、カップル向け?あれ、でもゾンビ出て来た。なんだホラーか。いやいや、ホラー!?クリスマスになんで?ちょっ・・・こ、これ怖いじゃないか・・・うわっぎゃあああああっ!!!
「うっうっ・・・クリスマスにゾンビとか有り得ないんだぞ・・・誰だいオススメとか書いた奴。炙り出して抹殺してやる・・・」
 突然出て来るゾンビにひたすら悲鳴を上げ続けて、ちょっと喉が枯れてきた。一人で観るのは怖いよぅ、でもヒーローはホラーだろうと逃げたりしないんだぞ。泣き叫びながら見続けて、やっとエンドロールを迎えた。ほっと一息ついたところで、ラストにいきなりゾンビのドアップが映し出されてブチっと映像が途切れる。あまりのことに声も出なかった。・・・この映画作った監督誰だい?米国に何かあったら君のせいなんだぞ。
 よろよろとリモコンを手に取ってテレビの電源を切る。もう寝よう。立ち上がって振り返ると、綺麗にライトが点灯しているクリスマスツリーが目に映る。あの日、イギリスと飾り付けたツリーだ。赤や青、緑に点滅するライトに引き寄せられるようにゆっくり近付いていく。仄かに瞬く光はとても綺麗だ。特に緑色は・・・ここにいない誰かの瞳を思い出させる。
 どうして俺は一人なんだろう。どうして彼はここにいないのだろう。不意に膝から力が抜けてツリーの足元に座り込んでしまう。すると否応なく積まれたプレゼントの山が視界に広がった。ねぇダーリン、朝、このプレゼントを交換し合って開封するのがクリスマスだよ?君はどうするつもりだったの?このプレゼントは英国に送れば良いのかい?それとも年が明けて仕事が落ち着いてから取りに来るつもりなのかい?そんなのクリスマスプレゼントじゃないんだぞ。
 そう思いながらプレゼントを一つ一つ手に取っていく。そうして・・・ふと、見慣れない小箱が置かれていることに気付く。プレゼントは一緒に買いに行ったんだ、俺が知らない箱があるなんておかしい。
「なんだこれ?」
 ひょいと摘み上げ手のひらに乗せると、小さな箱は大して重くもない。首を傾げつつリボンを解いて箱を開けると、もう一つ箱が出て来た。出て来た箱の蓋も開けてみる。ぱかっと音を立てたそこに入っていたのは、シンプルな台に嵌まっている一本の金の指輪だった。


「・・・え?」
 完璧に不意打ちだった。あまりに予想外の品物に、ぴしっと思考と身体が凍りつく。指一本動かせずに、ただひたすら箱に収められた指輪を凝視する。ひどくシンプルな形のそれは艷めいた黄金の輝きを放っていて、逆に存在感に満ち満ちている。たぶん、恐らく・・・間違いなく、世間一般で言うところの、結婚指輪というものだ。
「ちょっ・・・え、これ?え、え、え・・・えぇぇぇぇぇぇっ!?」
 混乱して仰け反ってみても、手のひらの上のそれは別な角度からの光を受けてキラキラと輝くばかり。口をぱくぱくさせて状況を把握しようとするけど、良くわからない。えぇと落ち着けアメリカ、ここはどこだ?俺の部屋だ。ここに出入りするのは自分とイギリスだけ。となるとツリーの足元にこの指輪の入った箱を置けるのは俺と彼のみ。そして俺はこの箱の存在を今の今まで知らなかった。俺が置いた訳じゃない。となると――この指輪を買い求めてここに置いたのは、イギリスということになる。
 イギリスが購入した結婚指輪が他のプレゼントと一緒にここに置かれていた。それはつまり、彼から俺へのプレゼントなのだろう。
「・・・・・・っ」
 ちょっと待ってよダーリン、プロポーズを君に先を越されて、せめて指輪を贈りたいとは思っていたんだよ、俺も。でもイギリスは英国紳士がどうのとか訳のわからないこと言い出して・・・つまるところ照れて、指輪を身につけてくれないような気がしたんだ。実際、箱の中の指輪は一本。彼の分は入っていない。だから、どうせ身につける物を贈るならカフスとかの方が肌身離さずつけてくれるんじゃないかな、なんて色々考えてたんだ。なのに、これ。また先を越されてしまった。
 俺から贈ろうと思っていたのに・・・。何もかもが後手に回ってしまい、意気消沈のあまりがっくりと項垂れる。本当に彼は何もかも唐突過ぎる。ついていけないよ。しかもこういうのは、どうせなら直接指に嵌めて贈って欲しかった。こんなプレゼントの山に一緒くたにして置いておくことないだろう。罪のない指輪をじとりと睨め付けて、ぞんざいに己の左薬指に嵌めてみる。
「・・・入らないし」
 なんだいなんだい、どんなに酷い扱いで贈られた物だとしても、一応これは紛う方無き結婚指輪だろ!?入らないとかみっともなさ過ぎるだろう!一方的に贈るならせめてサイズくらい確認しなよ!
 段々ムカムカしてきた。ここにいない彼、連絡くれない彼、一方的な彼、全くもって酷過ぎる。一体彼は何を考えているのか。俺を愛してると言うなら、もっと大切に扱うべきだよ?
「イギリスの・・・いーぎーりーすーの――、アホ――――っ!!!」
 大きく息を吸って、声の限りに叫ぶと・・・誰もいないはずの室内で応じる声が聞こえた。
「誰が阿呆だ、ばかっ!!!」
「・・・は?」
 薄暗い玄関の方から放たれた怒声、それは耳に馴染んで最早脳内再生も可能な程に聞き慣れたもの。でも彼はここにいないはず。遠い、大西洋の向こうに浮かぶ島国にいるはず。もしかして恋しいあまりに自動再生してしまった?それならせめて怒声じゃなくて甘い声が良かったなぁ。なんて、そんなはずもないリアルな声。ゆるゆると玄関の方を振り向いて声の正体を待ち構えると、ドタドタと慌ただしい足音と共に現れたのは・・・間違いなくイギリスだった。


「人が必死に仕事片付けて来てみたら、なんだいきなりアホとは!あぁっ!?」
 ここまで走って来たのか、ぜーはーと荒い息を吐きながら物凄い眼光で睨み付けてくる。俺はと言うと身動ぎ一つできずにぽかんと口を開けたまま、ただ呆然と突然現れた彼を見返すことしかできなかった。え、これ本当にイギリスだよね?さっき観た映画のゾンビがイギリスの姿を借りて俺を襲いに来た訳じゃないよね?まぁ怒りに満ちた翠の双眸に宿る不穏な色は間違いなくイギリスのものだけど。
 いやいや落ち着いて聞いてくれよ、そんなに怒らないで。君がいるとは思わなかったんだ。悪口言ってた訳じゃないんだよダーリン、信じてよ。驚きのあまり声を発せられず、あわあわと狼狽する俺を睨み付けるイギリスは、ふと俺の手元に目を留めて、あっと大きな声を出した。
「ばかっ何もう開けてんだよ!明日の朝まで待てよなぁっ!?ガキかお前はっ」
 かぁっと頬を真っ赤に染めると、悪戯を見つかった子供が逆ギレするかのように肩を震わせてぎゃんぎゃん喚き出した。
「イギリス、これって・・・」
「・・・中身、見たのか?」
 言われて握り込んだ右手を彼の前に持っていき、ゆっくり開いて見せる。手のひらの上にはころんと転がった金の指輪。イギリスは眉を顰めるとふぅと吐息を漏らして肩を竦めた。
「明日、一緒にプレゼント開封する時にと思ってたんだけどな」
「勝手に開けてしまったことは謝るよ、ごめん。でも君これサイズがさ・・・」
「サイズなら問題ない。ちゃんと合わせて買ったからな」
 俺の訴えを彼はふんっと鼻を鳴らして聞き流してしまう。
「いやでも・・・」
「ったく、まぁ俺はまた英国に戻らなきゃならねぇしな、今のうちに贈ってもらおうか」
 そう言うと、頬をピンク色に染めたイギリスは、あろうことか自分の左手を俺の眼前に真っ直ぐ向けてきた。
「・・・え?」
「それ、嵌めてくれ」
「は!?」
 俺の予想の斜め上どころか遙か宇宙の果てまでいってしまったイギリスの発言に、頭がショートして理解が追い付かない。だって今、彼はなんて言った?嵌めてくれ――俺が、指輪を、彼に?HAHAHA、なんのジョークかい?軽く笑い飛ばそうと思うけど、彼は至極真剣な眼差しをしている。・・・ジョークじゃないらしい。
 元々理解に苦しむ人ではあったけども、ここまでとは正直思っていなかった。つまり彼は、この指輪を俺に贈るつもりではなく、俺から贈られる為に用意したらしい。この行動は男らしいのだろうか女々しいのだろうか、果たしてどっちだろう?思わず嘆息がこぼれる。まったく、同じ英語を話していても思考がここまで違えば言語など意味ないじゃないか。
 言葉なく半ば呆れた目で彼の顔を見つめていると、イギリスは不安になったのか、ひくっと喉を引き攣らせてじわりと涙を浮かべた。
「・・・嫌、なのか?」
「――そんな訳ないだろう!?」
 ここまでお膳立てする位なら、せめて俺の気持ちを図り間違えるのは止めてよね。引き戻されかけた彼の左手をがしっと掴むと、手の中にある指輪を彼の薬指に充て、ゆっくりと嵌めていく。
「愛してるよ、イギリス・・・永遠に」
 手の甲に軽くキスを落として、翠の双眸を真っ直ぐ見つめながら誓いの言葉を口にする。イギリスは自分の薬指に収まった黄金の環をとても嬉しそうに見つめて――幸せそうに微笑んだ。
 なんだ、こんなに喜んで貰えるなら躊躇ったりせずにさっさと俺が用意して贈れば良かった。少しだけ苦い思いを噛み締めつつも、俺との絆の証とも言える指輪を彼が喜んで受け取ってくれたことが嬉しい。心がじんわりと温かくなって喜びが広がっていく。
「アメリカ、お前も手を出せ」
 にやりと笑って彼は指輪が嵌った左手を裏返して俺に差し出す。きょとんとして目を瞬かせると、早くと急かされる。箱の中に指輪は一本だけだった・・・けど、俺の分もどこかにあるのだろうか?そう思ってそろそろと左手を差し出すと、彼はスーツのポケットから先程と同じ、シンプルな形の金の指輪を取り出した。
「・・・箱の中になかったから、てっきり俺の分はないのかと思ったよ」
「お前に贈る方には刻印を入れてもらったんだ。・・・ほら」
 彼の手元を覗き込んで指輪の内側に刻印された文字を読む。
「“Glad to see you”・・・会えて良かった・・・」
 ゆるゆると目を見開く。そこに彫られたのは彼の素直な気持ちだ。俺との出逢いを心から喜んでくれている・・・。
 正直俺は、常に消えない不安を抱えていた。彼は俺と出会ったことを後悔してるんじゃないかって。あの日あの場所で出会わなければ、俺が彼を選ばなければ、彼はあれ程までに深く傷つくことはなかったんじゃないか。俺の独立に心を傷め、未だにその日が近くなると体調を崩してしまう彼は・・・俺と出会わなければ良かったと――思ったりしてないか、いつも不安だった。けど彼は、俺と出逢えて良かったと・・・俺の指輪に刻んでくれたのだ。
 言葉では言い表せない感情が胸に込み上げてきて、鼻の奥がツンとする。
「俺も・・・君に会えて、良かったよ」
「・・・サンキュ。あぁほら泣くな、指輪嵌めてやるから・・・」
 優しく微笑んでくしゃりと俺の頭を撫ぜてから手を取る。そして宛てがわれた指輪は俺の左薬指にするりと入・・・らない。
「ん?お前太った?」
 イギリスはぐりぐりと容赦無く押し込んでくる。ちょっと、痛い痛い痛いっ!!なんとか指の付け根まで通ったけど、心底キツい。
「失礼なこと言わないでくれよ!君がちゃんと確認しないからだろ!?」
 指輪の贈呈というロマンティックなシチュエーションを完全に棒に振ったイギリスを恨めしく思いつつ、彼の暴言に反論する。
「お前こそ失礼だ!ちゃんと確認したに決まってるだろ!?お前が寝てる間に・・・あ、待てよ、サイズ測ったの右手だったか・・・」
「・・・・・・」
「ちっ・・・仕方ねぇな、店に持って行ってサイズ直してもらうか」
 そそっかしい自分を省みるでもなく舌打ち一つして、彼は指輪を外そうと俺に手を伸ばしてくる。慌てて俺は左手を後ろに隠した。だってせっかくイギリスが贈ってくれた指輪なんだ、外すなんて有り得ないんだぞ。
「いいよ、ギリギリだけど入ったからこのままで。その代わりもう抜けないからね、やっぱり止めるとかダメなんだぞ!」
 我ながら必死過ぎる声音が情けなくて居たたまれない。ふいっとそっぽを向くと、イギリスはふっと笑って。
「言う訳ねぇだろ、俺が。その代わりもうこれ以上太るんじゃねぇぞ!」
 とてつもなく余計なことを言いながら嬉しそうに顔を綻ばせた。


「そういえばさっき信じられない言葉を聞いた気がするけど、まさか今日はもう英国に戻ったりしないよね?これからクリスマスイブを二人で過ごすんだろう?」
 イギリスは部屋に入ってきた時に、また英国に戻ると言っていた。聞いた直後は指輪のことが気になって追求しなかったけど、それが落ち着いた今は彼の動向が気になる。じっと射抜くように見つめると、彼はバツが悪そうに視線を逸らしてもごもごと小さな声で呟いた。
「いや、悪いけどまだ仕事が残ってるんだ。もう戻らなきゃならねぇ」
「・・・行かせると思うかい?」
 そろりと後退りながら踵を返そうとするイギリスの腕を掴んで強引に留めると、彼はキッと俺を睨め付けてきた。
「俺を困らせるな」
 冷静な声で子供を叱るように言う。でも君にだってこうなることは予測できただろう?俺が君を僅かな時間だけで離してあげる訳ないじゃないか。素早く腰に手を回して引き寄せると、イギリスはうわっと悲鳴を上げた。
「ダメだよ、イギリス。今のうちに秘書に連絡入れといた方が良いと思うな・・・気を失う前にね」
 逃げられないようにキツく抱き締めて首筋に唇を這わすと、腕の中の彼はびくりと震えた。ぺろっと舐め上げて、耳朶を軽く食む。
「おいっやめろって!アメリカっ」
 じたばた暴れるイギリスをひょいと担ぎ上げると、突然宙に浮いた不安定感に彼はぎょわっと色気のない声を上げて身体を縮こませた。おとなしくなったのを良いことに、俺はすたすたとソファに歩み寄ってそこに彼を降ろす。
「大体君が働いていたら部下達も休めないだろ?彼等も家族と過ごしたいと思うよ。クリスマス休暇をあげなよ」
 言うなりイギリスのスーツの胸ポケットから彼の携帯を奪い取って、秘書の番号に掛ける。電話が繋がったことを確認してから彼に手渡す。渋面のイギリスは俺が意思を曲げないことを悟ったのだろう、溜息を一つ吐いてから携帯を受け取ると、秘書に口頭一番謝罪の言葉を述べた。
「すまない・・・今日の便では戻れなくなった。明日中には絶対戻るから、各部署に通達を・・・」
 明日とかまだ往生際の悪いことを言ってる・・・そう思いながら聞いていると、マイク部分から漏れ聞こえる秘書の声がイギリスの指示を途中で遮った。
『アーサー、貴方が渡米してすぐお戻りになるなんて誰も思っていません。そのつもりで予定を組んでおりますから、先程の仕事でひとまず終了です。明日はオフになっていますからゆっくりお過ごしください。明後日の昼にはお戻りくださいね』
 ・・・なんだ、俺達の行動めちゃくちゃ見透かされているんじゃないか。思わず二人で顔を見合わせて苦笑する。彼には後から礼を言おう。
『あと、お渡ししましたアタッシュケースに、僭越ながら私の家内が作りました料理が入っております。よろしければお二人でお召し上がりください』
 その言葉を聞いてすぐ、俺はイギリスのアタッシュケースに飛び付いた。ちょっと強引にこじ開けると、中からタッパーに入ったターキーとローストポテト、キャロットのグラッセにミンスパイが出て来た。わお!クリスマス料理だ!イギリスの秘書は本当に気が効いている!美味しそうなそれらを見て、お腹が素直にきゅるると鳴いた。後ろではイギリスが礼を述べて電話を切ったところだ。
「イギリス!ねぇ見てよ、美味しそうなんだぞ!」
 こちらを向いたイギリスを手招きして呼ぶと、彼もアタッシュケースの中を見て頬を緩ませた。
「あぁ美味そうだ・・・て、お前っ蝶番壊れてんじゃねぇかっ!ばかっ」
「お腹空いてたんだ、仕方ないだろ?」
「それで済ませんなっ!つうか、お、俺もクリスマスプディング焼いてきた・・・べ、別にお前の為じゃねぇからな!?たまたま俺がクリスマスだし食べたかっただけで・・・」
 相変わらず素直じゃないなぁ。あのめちゃくちゃ時間の掛かるお菓子を焼くからには、俺の為に決まってるのに。
「あぁ、あの黒いレーズンの塊か。まぁせっかくだしお腹空いてるから食べてあげるよ。早く出して、一緒にご馳走食べよう」
 俺も素直じゃないな、そんなことを思いつつ料理の入ったタッパーを抱えて、もう片方の手でイギリスの手を引いてキッチンに向かう。
「黒くねぇっ!!いや、ちょっとばかり焦げてるけど問題ねぇよ」
「・・・君にとって黒い料理がいかなるものか、実に興味深いよ」
 きっと彼は完全な炭そのものであっても「黒くない」と言い張るのだろう。思わず天を仰いでしまった。イギリスはテーブルの上にランチョンマットとカトラリーをセットして、先程の料理を温めてお皿に盛り付ける。俺はワインのボトルとグラスを用意して、イギリスの為にこっそり用意しておいた物もテーブルに置いておく。それに気付いたイギリスは、にやりと笑った。
「気が利いてるじゃねぇか」
「これがないと君が拗ねると思ってね」
 テーブルの上にあるのはクリスマスクラッカー。中には玩具などが入っているパーティーグッズで、イギリス人はこれが大好きだと聞いたんだ。案の定イギリスの機嫌が格段に良くなった。
「君のとこってば堅苦しくてマナーに煩いくせに、こういうオモチャ大好きだよね」
「クリスマスにこいつがなかったら白けるだろ」
 そういうものだろうか。まぁここで言い合いになるのは聖なる夜にバカバカしい、素直に頷いておこう。二人テーブルに着いてクラッカーの端をそれぞれ持って。せーので一緒に引くとパンっと爆発音が鳴る。
「べははははっ、俺の勝ちだな!!」
「は!?え、何が!?」
「この筒が残った方が勝ちなんだ。まぁ、俺様の手に掛かればこんなの造作もねぇけどな」
 そう言ってにまにま笑いながら彼は手の中に残った筒をほじくって、出て来た紙の王冠を嬉しそうに被った。
「それ以前にそういうものだと説明してくれよ。初心者相手によくもまぁそこまでおとなげなく喜べるよね!」
「んだよ、お前の方こそ負けたくせに往生際悪ぃな!じゃあもう一回やろうぜ!」
 そうして結局1ダースすべて鳴らした。勝負の結果?もちろん俺が勝ったに決まってるだろ!と言いたいとこだけど、本当におとなげないイギリスは全然手加減してくれなくて、残念なことに完敗だった。
「そんなに拗ねるなよ、これはちょっとしたコツがいるんだ。お前も慣れればいつかは勝てるさ」
「・・・それより勝ちを譲ろうとは思わないのかい?」
「譲られて嬉しいのか?」
 にんまりとほくそ笑む顔が心底憎たらしい。大体クリスマスにまでこんな勝負事とか、ほんとにイギリスはどうかしてるよっ!
「くっそ・・・来年のクリスマスには絶対勝ってやるんだからなっ!?覚えてろよっ!」
「わかったわかった、そうムキになるなって」
「本当にわかってるのかい!?来年も再来年も、これからずっと君は俺とこうしてクリスマスイブを過ごすんだぞっ!俺達は家族なんだから!」
 彼は目をぱちくりとして、それからぽっと頬を染めると。
「・・・yes」
 照れくさそうに微笑んだ。そうだ、これから毎年俺達は二人でクリスマスを過ごすんだ。その為には彼の秘書を買収してしまうのも良いかもしれない。毎年この時期になったらイギリスの仕事を調整してもらわなきゃね。今年みたいに来るかどうかわからないなんて、嫌なんだぞ。
 俺も床に転がっていた筒の中をほじくって、彼と同じように紙でできた王冠を被って。二人でグラスを持って乾杯する。
 ――Merry Christmas!!





APH TOP