USA


「おい、アメリカ、この前貸した本返せ」
 偶々一緒になった仕事が終わると同時に、イギリスは藪から棒に切り出した。
「え、本?俺借りたかい?」
「何言ってんだ。世界会議の時に資料がなくて困ってるって言うから、貸してやっただろ」
 そうだっけ・・・?頭の中で思い返してみる。
「あぁそういえばね。でもその後俺のとこの世界一の蔵書数を誇る国立図書館でもっと良い本を見つけたから、結局使わなかったんだぞ」
「なっ・・・人がせっかく親切に貸してやったのに!」
「でもアレ、わかりにくかったしデータも古かったよ」
「馬鹿言え!お前の理解力が足りないだけだっ!とにかく返せ!」
 相変わらずぎゃんぎゃん煩い人だな。俺は事実をありのままに伝えただけなのに。
「うーん、どこやったっけ?」
「おいっ!なくしたんじゃねーだろうな!?」

 イギリスは目を丸くして失礼な事を言ってきた。
「なくしてないよ、当たり前だろ?俺の部屋のどこかにあるさ」
「・・・それを一般的になくしたって言うんだ」
「うるさいなぁ、一緒に探してくれたら返してあげない事もないんだぞ☆」
 にっこり笑顔を向けながら楽しい提案をすると、彼はぎょっとした。あれ、なんでだ?
「はぁっ!?意味わかんねぇっ」
「要るんだろ?要らないなら別に構わないけど」
「お前なぁっ・・・!」
 ぎりぎりと聞こえるくらい歯軋りしながら睨みつけてきたイギリスに、俺は更ににっこりと笑顔を返してあげた。


 そんなわけで、二人連れ立って俺のアパートへ向かった。
「なんだこれ・・・」
 部屋に入るなり、イギリスはぼそりとこぼす。
「うん?見ての通り書斎だよ?」
「そうじゃなくて!なんだこの有様は!片付けろ!」
 部屋一面に広がる本の山を指さしながら、彼は怒鳴った。早速小言かい。
「ヒーローは常に忙しいんだよ」
「違うだろ!お前がずぼらなだけだっ!ていうかまさか、この中に俺の本があるわけじゃないだろうな?」
 恐る恐る聞いてくる彼に、当然の答えを返してあげる。
「もちろん!この部屋のどこかにあるんだぞ☆」
「ハウスキーパー雇えぇっ!」
 悲鳴に似た叫び声を聞きながら、俺は溜息をついた。
「俺は、他人に軽々しく自分の持ち物触られるのは嫌なんだ」
「じゃあてめぇできちんと片付けろよ!整理整頓は基本だろ!?」
「やだなぁ、困る訳じゃなし」
「今!今まさに困ってんじゃねーか!俺の本どこだよっ!?」
 目くじらを立ててがなり立てて来る。唾が顔にかかって汚い事この上ない。
「落ち着いてくれよ。だから探せば見つかるって。この部屋にあるのは確かなんだ」
「くっそ・・・この馬鹿!!」


 何を言っても堪えない俺に諦めたようなイギリスは、結局部屋の片付けを始めた。最初の文句はどこにいったのか、彼は甲斐甲斐しく作業をしている。
 どこぞの誰かも知れないハウスキーパーに頼むより、彼に任せて正解だったな。
 本人に言えば盛大な不平不満が返ってきそうな事を心のなかで呟く。実際のところ、俺自身も部屋のあちこちにうず高く積まれた本の山には困り果てていた。いつか倒れて来そうで怖いな、とも思っていた。本に埋もれて死んでしまうなんて事になったら、合衆国はどうなるんだろう?でも、片付けなんて地味な作業は俺に向いていない。ヒーローはもっと派手でなきゃね。
 ぼんやりイギリスを眺めていると、彼はぎろりとこちらを睨んできた。
「・・・お前も、片付けるんだ・・・!!」
 抑えられた声音は、逆に相当な怒りを伝えてきた。やりたくない、と言うと真剣に殺されかねない。仕方なく、床に転がっていた本を手に取って、近くの本棚に放り込む。すかさずイギリスの怒声が聞こえてきた。
「違う!そこじゃねぇっ!ちゃんと分類しろ、このばか!」
「だから俺には向かないんだって」
「向く向かないじゃないっ一個人の責任だっ」
 ・・・そこまで大きな問題かな。本当にイギリスは細かい事を無駄に気にするよね。
 幾度となく溜息をつきながら、言われた通りに片付けていく。彼の手があと10本くらいあれば、俺がやらなくても良いのに。怖いか、そんなイギリス。
 あぁこれ懐かしいな、と本を読み始めたら、後にしろ、と怒鳴られた。疲れたと文句を言うと、鉄拳が飛んできた。本当にゆとりとか妥協という言葉が通じない人だ。お腹すいたな、と言うと、片付けが終わったらお茶にしようと言われた。今お腹減ってるんだけど。片付けるエネルギーが足りないんだけど。そう言うと小さなチョコを一つ渡された。これだけで足りるものか。ハンバーガーがいい、と言おうと思ったら、皆まで言う前に足蹴りされた。ひょいっと軽やかにかわしてやったけどね。


 仕方なくシェイクで我慢してやる。台に上って本を棚に突っ込んでいると、イギリスが下から怒鳴ってきた。
「おいアメリカ、本が汚れるからシェイク飲むの止めろ」
「平気だよ、慣れてるから」
「んなこと慣れんな!マナー悪すぎだろっ」
「うるさいなぁ、君は俺のママンか・・・ぃ、おっと・・・?」
 本が膝の上から滑り落ちそうになった。手でキャッチするも、身体がぐらりと傾ぐ。イギリスは目をこれ以上ないくらいに丸くして俺を見つめてる。君の目って本当に大きいよね。
「―――っ!こっち、くんな・・・!」
 どさどさっと本が落ちる音が聞こえた。俺の下敷きになったイギリスがぐぇっと潰れた蛙のような声を漏らす。あ、文字通り潰れてるのか。
「・・・ってぇ・・・!」
「ご、ゴメン!大丈夫かい!?」
 慌てて身を起こすと、下から怒声が飛んできた。
「大丈夫な訳あるか、このメタボ野郎!さっさと退け!重いっ!」
 カチン。
「俺はメタボじゃないぞ!ただ単に身体が大きいだけだっ!それより君の方こそ俺のとこのバーガーにハマって太ったんじゃないかい!?」
「寝言は寝て言え!」
「だってこの辺なんかどうだいっ」
 イギリスの腹をむにっと掴んでやる。
「ほら、無駄な肉が・・・」
「うひゃっ・・・へ、変なとこ触んなっ」
 おかしな声をあげながら、びくんと身を捩るのを見て、ふと、悪戯を思いついた。散々怒鳴られた仕返しだ。
「へぇ、君ここ弱いんだ」
「馬鹿言えっていうか早く退・・・うひゃひゃっ」
 俺にくすぐられて益々身を捩りながら笑ってる。面白ーい。
「ここは?ここもダメなの?君ほんとに弱いんだね」
「ひゃはは・・・やめ、やめろよアメリ・・・うひゃひゃ・・・っ」
 涙を浮かべて笑い転げてる。こんなイギリス初めて見た。面白いなぁ。彼の笑顔と言えば、偉そうにふんぞり返ってる時か嘲笑してる時、引き攣った顔のどれか。でもこれは、純粋な笑顔だ。
 あぁ、可愛いな。


 それは、無意識だった。イギリスの常には見せない表情にあてられたのだろう。
「・・・?」
 イギリスがきょとんとして見返してる。グリーンアイズがとんでもなく近い。・・・なんでだ?自分の状況がわからない。五感が失われたように何も感じられない。ふと、唇に軽く触れた柔らかなモノに気づく。柔らかくて温かい・・・それは、何なのか。認識すると共に、心臓が破裂したんじゃないかと思うくらい愕然とした。状況、把握できた。ざーっと全身から血が引いてく。
「ごごごごめ・・・っ!!!」
 反射的に両手を上げて飛び退いた。
「・・・・・・」
 イギリスは呆然としている。
「い、今のは違っ・・・!」
 あたふたと言い訳しようと思うけど、舌がもつれて言葉にならない。
「・・・お前な・・・」
「違う!違うんだっその・・・」
 身を起こす彼にじとりと睨まれて、言葉に詰まる。違うんだ、でも何が違うんだろう。あぁもう、混乱してるんだから勘弁してくれよ。滅茶苦茶に怒られるのだろうけど、せめて手短に頼むよ!目をぎゅっと瞑って自分に都合の良い事を考えていたら、思いも寄らない声が降って来た。
「わかってるよ、気にすんな」
「―――え?」
 言葉の意味がわからない。もとい、信じられない。え、怒ってない、の?
「欲求不満なんだろ、二度やったらぶん殴るけどな」
「いや、だからその・・・」
 しどろもどろに言葉を紡ぐ。何を言ってるんだい?彼は。
「とにかくお前は床にこぼれたシェイクを拭け。俺は本を探すから」
「・・・待って!」
 そのまま立ち上がって作業に戻ろうとする彼の腕を、思わず掴んで制止した。怪訝な表情で振り返る彼に、何を言えば良いのかわからない。
「えっと、その・・・えぇと、だからその・・・よ、用事」
 適当に思いついた事を口に乗せる。
「あ?」
「そう!だから用事あるの思い出した!」
 とにかくこの場を切り抜けよう。それだけを考える。
「んだよ、じゃあ俺だけで片付けろってか?」
「いや、そうじゃなくて。本は探しておくから、今日は帰ってくれ」
「けど」
「頼むよ、絶対返すから」
 彼の顔をまともに見れない。これ以上一緒にいたくないんだ。必死に帰れコールをすると、彼は不承不承頷いた。
「・・・じゃあ任せるけど、来週末までに頼むぞ?」
「OK!それじゃまた連絡するよ!バイ!」
 なんとかイギリスを部屋の外に追い出して、ドアをばたんと閉じた。






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