USA/UK 「え、一体どういうことだい?」 いきなり上司に呼ばれたかと思えば、ばさっと大量の紙束を渡された。それは英国の経済状態に関する資料。軽く目を通すだけでそれが酷い状態――はっきり言えば国の浮沈に関わる程深刻な状態だとわかる。とはいえ、こんな資料を見るまでもなく最近の英国が危機に瀕していることは知っていた。 世界中を掌握していたかつての大英帝国の栄光など最早跡形もなく消え失せ、今は多額の不良債権と借金を抱え、失業率はうなぎ上り、ただでさえ曇天の多いあの国は一層どんよりと暗い世相に覆われている。たまに会議で見掛けるイギリスの顔色も悪く、疲弊しきっているのがありありとわかる。 かつての宗主国の坂道を転がり落ちるかのような没落振りは、俺にとっても気掛かりではあった。けれど、お前が独立したせいだと言われれば、英国が舵取りを間違えた、言わば自業自得であって俺は関係ないと反論してしまって。怒ったイギリスからは結局第三者以上に遠ざけられてしまったのだった。 ――素直に助けて下さいと言ってくれれば、こっちだって対処できるのに。 あのプライドだけは異常に高いイギリスが、戦争に負けて失った植民地に頭を下げるなど死んでもしないだろうことはわかっている。それでももし彼が俺を頼ってくれるのなら、喜んで力になろうと心の中で決めていた。だって俺はイギリスのことが好きだから。 イギリスの保護下にいた時からずっと彼のことが好きだった。彼の穏やかなやさしい微笑とふわりと香る薔薇の匂いが大好きだった。彼の腕に抱かれ護られ、過剰に甘やかされて育った。彼は何もかもを惜しみなく与えてくれたし、それが当然だと俺も思っていた。だから突然厳しくされた時には傷つき混乱し、次第にそれは苛立ちに変わった。反抗的な態度を取れば益々彼は俺を失うまいと必死に閉じ込めようとして。一方的に注がれる愛情を模した干渉に、一度息苦しさを感じてしまえば、もう後戻りはできなかった。彼の腕の中から飛び出して自由を求めた。そうして、彼から独立した。 だけど一度だってイギリスを憎んだことはなかったんだ。むしろ擦れ違う程に想いは募っていった。独立を機にイギリスは俺を避けるようになった。必要最低限の会談でしか会うことは叶わず、様々な交渉はすべて上司や部下を通してのみ。電話は通じず手紙はすべて受取拒否の上戻ってきた。やっと会えたと思っても、彼の瞳が俺を映すことは一度足りともなかった。それが堪らなく辛くて悔しかった。 意地でも彼を振り向かせたい――執着は心を塗り固め、いつしか保護者への畏敬の念は征服欲に、兄への思慕は恋情に変わっていった。 失うまいと必死に伸ばされた手を振りほどいた挙句、今度は自分が叶わない望みを抱いて手を伸ばしている。まったくとんだ茶番だ。馬鹿馬鹿しいとわかっている、わかっているのだけど――彼から目を離せない。俺を見て欲しい、会いたい、認めて欲しい、触れたい、彼が欲しくて堪らない。手に入らないからこそ余計に欲しくなるのだろうか・・・それじゃまるで玩具を強請って駄々を捏ねる子供のようだ。 日々募る片想いに胸が苦しくて、心は段々磨り減っていく。余裕が失われていき、英国が絡むすべての事象の向こうに彼がいると思うと放っておけなくなった。世界を巻き込んだ大戦の際も、中立を守ろうという意見があったにも関わらず、イギリスからの要請だと聞いて居ても立ってもいられなくなった。味方として同じ戦場に立つことで、ようやくイギリスは俺をその瞳に映してくれた。独立してから100年が経っていた・・・。あの時の俺の興奮と歓喜を、彼はどうして気付いてくれなかったのか。 二度の大戦を経て両国は友好を深めていき、イギリスも少しずつ打ち解けてくれるようになった。昔のように世話を焼きたがるのは鬱陶しくて好ましくなかったけれど、俺と関わることを彼が望み喜んでいるのがわかって、俺も嬉しかった。 そしてこの機会を逃すまいと、時に冷酷に、時に優しく、英国を絡めとっていく。そうすることでイギリスを手中に収められるような気がしてきた。そんな最中、上司に呼び出されたのだ。 「悪いけど、もう一度ゆっくり説明してくれるかい?」 「だから、英国を救済してやろうと思う。彼の国は現在深刻な財政危機に陥っているだろう?我が国の資本で以って支援してやるんだ」 「そ、それ・・・いいね!是非、そうしてあげようよ」 ずっと英国に救いの手を差し伸べたいと、俺個人は思っていた。けれど米国の人間はまだ独立絡みの戦争の記憶を忘れていない、自分達の母国であった英国に対して根強いコンプレックスを抱いている。とても俺の考えを言い出せる状況ではなかった。そこにこの上司の言葉、だ。予想外であったし純粋に嬉しく思えた。だから一も二もなく賛同した・・・のだけど、上司の言葉には続きがあった。 「もちろんタダではない、超高金利で貸し付けてやるんだ。平時であるなら断るだろうが、現在の状況では無下にできないだろう・・・きっと手を取ってくるに違いない。そうなればあの鼻持ちならない忌々しい英国に貸しも作れるし利息稼ぎもできる。こちらに債権があるとなれば上下関係が成り立ち、支配することができる。あの国を米国の属国のように扱えるようになるんだ。良い話だろう?」 昏い笑みを浮かべて滔々と語る上司に対して、俺はさーっと青ざめた。支配だの属国だの・・・何を言ってるんだこの上司は。そんなの、あのイギリスが受け入れるはずがない。だけど、国の終焉を間近にした今なら・・・もしかすると、そんな条件ですら縋り付くのかもしれない。そうなれば彼は一体どうなってしまうのだろう?また、俺が独立した時のように心を閉ざしてしまうかもしれない。せっかく気安く接してくれるようになったのに――そんなの、嫌だ。 必死に回避策を考える。素直に「英国を助けたい、低金利で貸してあげて欲しい」と言っても、アメリカは青いだの甘いだの言って聞き入れてもらえないだろう。できるだけ表面上は上司の思い通りに、でもイギリスが困らない程度の条件を付ければいい・・・。そうして思いついたのが。 「ねぇ・・・支配という意味では、もっと良い条件があるよ。イギリスを――人質にするんだ」 彼を米国に招いて、自分の傍に置く。それだけで英国は逆らえなくなる。その上で、ある程度の金利で貸し付けるのであれば国際的な非難を浴びずに英国を支配できる。そう言えば、上司は悪くない、と口角を上げた。 ××× 「は?」 執務室に内政を司る役人達が入ってきた時から、俺は不穏な空気を察していた。既に英国は瀕死とも言うべき状態で、これ以上悪いことが起きるとすれば、国の終わりに他ならない。だからこそ俺はすっと椅子から立ち上がり、ごく自然に姿勢を正してその言葉を待った。国の疲弊は俺自身にも影響を及ぼし、実を言うと立っているのも辛い状態ではあるけれど、彼等に無様な姿など見せたくなかった。が、告げられた言葉はあまりに予想外のもので、思わずぽかんと口を開けたまま相手を凝視してしまった。 「ですから・・・米国から援助の条件として出されたのが・・・その、貴方を米国の管理下に置く、というものでして・・・」 「・・・なんで俺が」 意味がわからない。表立って言うことはないが、各国に経済支援を求めているのは知っていた。その中に米国が入っていることも。けれど、経済支援と俺の身柄を同列に扱う目的が見えない。 「詳しいことは明かしませんでしたが、恐らく国体である貴方の身柄を抑えることで、我が国の内政に干渉するつもりではないかと」 「それはダメだ!」 即座に否定する。なんだそれは――それはつまり、人質ってことじゃないか。なんて卑劣な。 「ですが、米国の提案はとても魅力的なものでして・・・他国よりはるかに低金利での援助となってます。これを断るのは、その・・・」 「ちっ・・・あのくそガキが、舐めた真似しやがって」 「如何なさいますか?」 忌々しげに舌打ちをして、紳士らしさの欠片もなく吐き棄てるように言うと、役人達は俺の顔色を伺うように聞いてきた。腹の中は怒りで煮えたぎっているが、頭では冷静に判断を下す。 「――なら、俺があの国に行って直々に諜報活動してやるよ。英国におかしな干渉をするようなことがあれば、すぐ連絡する。・・・それでいいか?」 「行ってくださりますか」 「確かに米国にしては悪くない提案だからな、俺が行くことでそれだけ甘い条件を引き出せるなら、最善の策だろう」 ほっとしたような面持ちの一同に対して、ふんと鼻を鳴らして言う。すると彼等は揃って頭を垂れた。 「申し訳ありません、我が国・・・」 「過ちを犯したのは俺も同じだ、謝ることはない。それより、一刻も早く復興して俺を解放してくれよ」 「はい、もちろんです。ありがとうございます・・・どうか、お気をつけて」 期待と不安と後ろめたさが綯い交ぜになった瞳を向けられて、一つだけ頼みがあると告げる。 「俺がいなくなると妖精達が寂しがる。できるだけ毎日通って花が枯れないように世話をしてやってくれ」 役人達はかしこまりましたと言い、再び頭を下げた。 ××× イギリスを迎えることが決まってから、俺は日々準備に追われた。幸い国から与えられた今の家は一人暮らしにも関わらず広々としていて、客間が確保されていた。物置と化していたその部屋を片付け、新たにイギリスが生活する為の家具を入れる。なるべく彼にとって居心地の良い空間にしたくてナチュラルな物を選んだ。草花の好きな彼の為に観葉植物も購入し、紅茶の茶葉とティーセットも揃えた。彼の好みを脳裏に浮かべながらの作業は、なんだか新婚生活の準備をしているようでなんだかこそばゆい。ついウキウキと心が弾んでしまう。 だって会いたかった。完全無視から一転、行動を共にした戦時中に俺の心はすっかり我慢を忘れてしまったらしい。戦後処理が終わってしまえば会う理由を失ってしまい、最近は一年に数回開かれる会議と会談でしか会えなかった。彼の傍近くに立ち、その熱を感じた日々が懐かしく恋しい。 だからこそ今回の提案を思い付いたんだ。一緒に暮らすことはまるで夢のような出来事、もう二度とないと思っていた・・・その彼が俺の元にやって来る。 チャイムが鳴って思わずびくりと肩を震わせてしまった。うわぁ、もしかしなくても俺緊張しまくってる?こんなカッコ悪いところを見られたくない。幾度か深呼吸を繰り返して息を整えてから、ゆっくりとドアを開く。そこに待ち望んでいたイギリスが立っていた。 「やぁイギリス、時間通りだね!これからここで俺と一緒に暮らすんだぞ!よろしく頼むよ」 「ちょっと待て、お前もここで暮らすのか?」 「そうだよ、元々俺の家だからね」 意外そうに目を見開いたイギリスに向かってにっこりと笑いかけると、眉を顰めて嫌そうな顔で視線を逸らされた。なんだいその態度、そりゃちょっと強引に呼び寄せたけど、どうせなら明るくポジティブに楽しくやっていこうよ! 「まがりなりにも君は国体だからね、他の人達が世話係を務めるのは色々気を遣うんだよ。同じ国である俺が適任だろうってなったんだ」 「自分の世話くらい自分でやれる・・・けど、あれか、監視がいるのか」 なんでもないことのようにさらりと言われた内容に衝撃を受ける。彼がどんな気持ちでここに来たのかを如実に伝える発言に、浮かれた気持ちに水を差された気分だ。 「監視だなんて、そんなつもりないよ!」 「別に監視しなくたって逃げたりしねぇよ」 「だから違うって!俺は日中は仕事に行くし、一人の間は自由にしてくれて構わないよ。ただ君の身柄を英国から預っている手前、何か遭ってもいけないからね、一人で外出するのは止めてくれ。買い物とか必要な時は俺が付き添うから」 「・・・わかった」 素直に首肯したけれど、全然納得してないのが良くわかる。一気にガタ落ちしたテンションを奮い立たせるように、無理矢理明るい口調で話を続ける。 「大体の必需品は揃えておいたつもりだけど、まだ何か足りないようなら、俺は明日も休みだから一緒に買いに行こう」 「あぁ、頼む」 そう言ってイギリスは俺と共に暮す家へ足を踏み入れた。 案内した部屋でイギリスが荷解きをする間、俺はリビングで一人そわそわウロウロしてた。だって落ち着かないんだよ!一つ屋根の下にイギリスがいると思うとそれだけで胸がいっぱいになって苦しい。揃えておいた家具を彼は気に入ってくれただろうか?開口一番文句を言われたらしばらく立ち直れないかもしれない。 コツンと足音がして、慌てて振り向くとイギリスが立っていた。思わずごくんと喉を鳴らしてから向き直る。 「終わったのかい?それとも何か足りない物でも?」 「あの部屋・・・お前が用意してくれたのか?」 視線を合わそうとせず、口の中でモゴモゴと言い難そうに切り出す彼に、どきんと心臓が跳ね上がる。ここここれはもしかして早速お説教タイム到来かい!? 「そ、そうだけど・・・えっと、急な話だったからブリティッシュスタイルのアンティークとか手に入らなくて・・・カーテンとかも変えてみたんだけど、君の趣味に合うかどうか・・・」 「サンキュ。すっげ嬉しい」 「へ?」 必死に言い訳を繰り出す俺に、イギリスは一言簡潔に述べて微笑んだ。あれ、今サンキュって言った?嬉しいって言った?あ、喜んでくれたの?気に入ってもらえたのか。よ、よ、良かった・・・。ほっと胸を撫で下ろす。 「――アメリカ」 「うん?なんだい?」 彼は一つ咳払いをすると姿勢を正し、真っ直ぐ視線を向けてくる。その真摯な翠の瞳に息を呑んで見惚れていると、彼は殊更丁寧な謝辞を述べてきた。 「今回は英国を救ってくれて感謝している・・・ありがとな」 「そ、そんなの当たり前じゃないか!俺は・・・」 俺は君のことが好きだから助けたかったんだよ!そう叫びそうになって無理矢理手のひらで口を抑える。こんな状況で告白とか無神経過ぎる。誤魔化すように頭を振って視線を逸らすと、彼曰く可愛くない口がぽろりと嫌味を零した。 「と、とにかく早く立ち直って借金返してくれよ!」 「わかってる」 そう言ってふわりと微笑む顔に、ドキドキと胸の高鳴りが止まらなかった。 ××× 「じゃあ俺は仕事に行くけど、君はゆっくり寛いでてくれ。何かあればさっき教えた番号に電話してくれればいいから」 「あぁ、せいぜい働いて来いよ」 そう言ってアメリカを送り出して、俺は家の中に戻って行く――さり気なく外の様子を伺いながら。家の外の監視は正面に二人、サイドに二人、裏手に三人といったところか。情報の受け渡しをこの家の周囲でするのは難しそうだ。となればアメリカを連れ出して買い物に行った先で連絡網を確保するしかない。ひとまずこの件は置いておいて、早速監視の目を掻い潜りながら何か重要で有益な情報がないか、アメリカの書斎を探る。 ひとしきり机周りを探ってみたが、案の定というかあいつらしいというか、大した物は出て来なかった。というか引き出しの中までコミックとかどんだけ好きなんだ。英国に関連する幾つかの情報を頭に入れつつ、絶対的に有用な情報が出てこないことに苛立ち、かりっと爪を噛む。 諦めきれずに本棚を探り続けると、最下段の隅の方でカコッと木の堅い音が聞こえた。注意深くその本を取り出して見ると、本の形を模した物入れのようだ。これは何か隠してある――そう閃いて、そっと床に置いて蓋を取り除く。中から出て来たのは古い紙の束だ。慎重にその中の一枚を摘み上げて開くと、そこには見慣れたアメリカの筆跡。内容は・・・ラブレターだった。 「くそっ・・・こんなどうでもいいもん、んな仰々しい所に入れて置くなよな・・・」 そう言いつつも、アメリカが恋人に宛てた手紙とやらに少しだけ興味を引かれた。思い返してみればアメリカにはとんと浮いた話がなかった。腐れ縁のワイン野郎などは愛の国だのなんだの自称して派手な女性関係を繰り広げているというのに。他の連中もクソ髭程酷くはないものの、それなりに色恋沙汰の話はある。けれどアメリカにはそういう類の噂がまったくなかった。少し子供っぽいところがあるけれど、整った顔をしているから女性達が放っておくこともないだろうに。 もしかして誰か特定の女性を一途に想って操を捧げているのだろうか?この手紙はどうやら出せず仕舞いだったようだ・・・つまり片想いなのだろう。アメリカが想いを寄せる相手とは一体どんな女性なのか、兄としては気になって当然だ。あいつに見合う相手かどうか知っていた方が良い、そう思いながら手紙を読み進めていく。 率直な想いが綴られたそのラブレターには相手の名前は伏せられていて、はっきりとはわからなかった。けれど、どうやらアメリカは随分昔からその女性にお熱だったようだ。それも百年単位の恋。つまり相手は人間ではなく同類の国ということか。アメリカが親しく接する国となると、どこだろう?ハンガリー、リヒテンシュタイン、ベルギー、ベトナム、モナコ・・・どこも違う気がする。女性として体現する国を思い浮かべる度に否定して、首を傾げる。 そして手紙に決定的な文章を見つけた――見つけてしまった。 『君から独立したことを後悔していない、君を愛してる・・・弟じゃ嫌なんだ・・・』 ぞわりと冷たいものが背筋を走り、肌がぶわっと粟立つ。なんだこれ、独立・・・?アメリカが独立した相手というのは、俺以外に思い当たらない。まさかアメリカが想いを寄せる相手というのは、俺? 「ま、まさか・・・な。有り得ねぇよな・・・ははっ、手の込んだジョーク仕込みやがって」 自分に言い聞かせるように呟いてみるが、黄ばんで所々染みのできた紙の状態から察するに、相当前に書かれた物だとわかる。それも幾枚も。真剣さを伺わせる文章からこれが冗談ではないことも伝わる。アメリカの素直な気持ち・・・そう捉えるべきなのはわかるのだけど、だからと言って受け入れられる訳ではない。だって俺達は兄弟だ・・・そりゃ独立されて「元」が付くけど、間違いなく兄弟だったんだ。弟として愛した記憶はそんなに遠いものではなく、色褪せもしていない。こんな非倫理的で不道徳な想いを抱いて良い関係じゃない。 「なんで、なんで、なんで・・・」 呆然と手紙を見つめる。震える手に力が入り過ぎて、紙がくしゃりと潰れてしまった。慌てて手紙をそっと箱の中に戻して本棚へ仕舞う。そして混乱する頭を抱えてリビングのソファにどさっと身体を預けた。 いつからだ?いつからあんな想いを・・・独立してからか?けれどあいつが独立してからは絶交していたし・・・それじゃ大戦中?いやでもそんな素振りはなかったぞ?まさか俺が保護していた時から・・・?幼いアメリカの無邪気な顔を浮かべて、そんなはずはないと頭を振る。つうか共に戦った時も現在も、想いを寄せられているような気配はない。どちらかと言うと嫌われてる方だろう。手紙も古びた物しかなかった。そうだ、今は違うんだ。他に好きな奴ができて、もしかしたらその相手と熱愛中なのかもしれない。 瞳を閉じてはぁっと腹の底から息を吐き出し、強張っている身体から力を抜く。アメリカがもうあんな不毛な想いを抱えていないのであれば、気にすることはない。見なかったことにして、あの手紙のことは忘れよう。これまで通り接していけばいい・・・。 「ただいまなんだぞ、イギリス!」 やけに明るいアメリカの声に、おうと応じる。昼間見た手紙のことを思い出して、なんだかまともに顔を見ることができない。 「飯できてるけど食べるか?」 「え、君作ってしまっ・・・くれた、の?」 ぴしっとアメリカの表情が凍ったように見えたが、まぁ気のせいだろう。それとも外が寒かったのか?なら夕食のスープでも飲んで温まればいい。 「タダ飯食って寝てる訳にはいかねぇだろ。一応金で買われて来たようなもんだしな、召使いとして使われてやるよ、ご主人サマ」 「なっ・・・そんな言い方止めてくれよ!俺はただ君を助けたかっただけで・・・っ」 「わかってる、わかってるよ単なるジョークだ、気にすんな。つうか仕事なくて暇なんだよ」 「君のジョークは笑えない上にジョークにもなってないんだよ!暇だって言うなら読書とか刺繍とか、好きなことしていてくれて構わないのに」 「料理とか掃除とか家事をするのも好きなんだ。誰かの為に作って食べてもらえたら最高だろ」 そう言ってキッチンに入り、夕食をテーブルに並べた。 アメリカが留守の間、家の中をあちこち詮索してみたが、特に目新しい情報は見出せなかった。それなりに警戒されているということか。となれば、アメリカから直接聞き出す他ない。その場合、酒を振舞って酔わせるのも手だが、一番確実なのはベッドの中の睦み言の最中に引き出すことだ。別に今更初心を気取るつもりはないし、これまでも諜報活動の一環として男と寝たことはある。 弟と寝るというのは幾許かの良心に悖るけれど、この際目を瞑ろう。舐めた真似したのはあちらが先だし、どうせ独立されてアメリカからは既に兄弟の縁を切られてしまっている。あいつが未だに恋心とやらを俺に対して抱いているのであれば可哀相だと思うけど、もう違うなら構わないだろう。 シャワーを浴びた後、バスローブを羽織るとアメリカの寝室のドアをノックする。 「どうしたんだい?何か用かい?」 かちりとドアを開くなりアメリカは俺の姿に一瞬黙りこんで、首を傾げると怪訝そうに尋ねてきた。 「昨日は疲れてたし時差もあって眠かったから寝ちまったんだけどさ・・・今日は大丈夫だから」 「・・・何の話だい?」 「皆まで言わせるなよ、これも囲われてる者の勤めだろ?」 そう言って半ば強引にアメリカの脇を摺り抜けて部屋の中へ歩を進める。驚いたアメリカが慌てた声を上げるのが少し可笑しかった。 「え、ちょっと・・・何・・・?」 「夜の相手、してやるよ」 ぎしっと音を鳴らしながらベッドに腰掛けて、なるべく妖艶に見えるように脚を組む。そうして誘うように手を差し伸べた。 ××× Oh my God!!!ちょっと待ってくれよ、一体何が起きたんだい?彼は何してるんだい?何言ってるの!!? 「来いよアメリカ・・・気持良くさせてやるぜ?」 待って待って何する気!?ていうかその赤い舌をちらつかせるの止めて!太腿丸見えの脚を組み直す度に微妙に見えそうで見えないのも止めて!つい期待してガン見しちゃうじゃないか!いやいや違うからっそんなつもりないから!あぁでもバスローブが少し肌蹴てて、浮き出た鎖骨とか胸元とか見えてめちゃくちゃ目の毒なんだけど!今すぐ押し倒してその鎖骨に吸い付いて胸を弄って・・・そこっ唇を舐めるの止めてっキスしたくなっちゃうっ! 突然のことに完全に頭の中はパニックを起こしてる。だって彼が俺をベッドに誘ってくるだなんて・・・有り得ないだろ!?そうだこれは夢だ夢なんだ!夢ならヤっちゃっても問題ないよね?え、夢じゃなかったら?そそそれは色々とマズいことになるよ?大丈夫、俺は冷静だよわかってる。これは夢じゃない。だとしたら目の前にいるイギリスは一体どういうつもりなんだろう? 混乱し過ぎて指一本動かない。床に縫い止められたかのように足もその場から離れない。イギリスは色っぽく微笑んでおいでおいでしてるけど、身体が動かないんだよっ!そのくせ身体の中心はこれでもかというくらいの熱量を孕んで完全に臨戦態勢に入っている。挿れたい挿れたい挿れたい!!!夢にまで見た・・・比喩でなく本当に何度も夢に見てきた彼の素肌がそこにある。妄想の中で犯した彼はあんあん喘いで潤んだ瞳から涙を零して幸せそうに微笑むんだ。眼の前にいる彼もきっとそう、俺の腕の中であられもなく乱れるんだ。・・・なのに、どうして俺の足は動かないのかなぁっ!? ――わかってる。俺の本能が告げてるんだ、今、彼を抱いちゃいけないって。だって彼はこう言ったんだ・・・「囲われてる者の勤め」って。それってつまり、金で買われた男娼のつもりってことだろう?俺はそんなことがしたいんじゃない・・・愛のないセックスなんか望んでないんだ。 淫らな様を演じるイギリスから視線をぎぎぎと無理矢理逸らして、知らず乱れた息を必死に整える。そうして暴発しそうな程ビクビク震える息子をなだめすかせて一歩、また一歩とゆっくり彼に向けて歩いて行く。少しばかり前のめりなのは仕方ないだろう、男の事情って奴だ。 手を伸ばせば触れることのできる距離まで近づくと、イギリスは欲情を湛えた瞳をきゅっと細めた――とても楽しげに。それだけで理性が焼き切れそうになるのを必死に堪えて、俺は方向を変えると手近な椅子の背もたれに掛けておいた自分のジャケットを手に取り、彼の背にそっと掛けてあげた。きょとんと見上げてくるイギリスに、そっと囁く。 「俺はそんなつもりで君を呼んだんじゃないよ。金で買ったとか囲うとか・・・そういうんじゃないんだ。俺はただ、君とまた一緒に過ごせたらいいなって思っただけ。こんなこと・・・してくれなくていいんだ」 「アメリカ・・・」 「さぁ、いつまでもそんな格好してたら風邪を引くよ。ただでさえ貧弱な身体が英国病で弱っているんだから。早くパジャマを着てベッドでゆっくり休むといいよ」 「・・・わかった」 イギリスは唇を噛みながら俯くと、すっと立ち上がって出て行った。部屋の中にはふんわりと、シャンプーと彼の体臭が入り混じった匂いだけが残された。 と、まぁ、我ながらイギリスじゃないけど紳士的に振舞ったつもりだ。指一本触れなかった俺偉い。良く頑張った。だからもう、自分に正直になっていいよね? ドアが閉ざされたと同時に彼が座っていた辺りに蹲って、僅かに湿ったシーツに鼻を押し付けて彼の残り香に身を委ねながら、たっぷり妄想に浸った。わかりやすく言えば自慰をした。だってもう立ってるのも辛かったんだから仕方ないだろう?一回じゃ足りなくて二回出した。ごめんちょっと嘘吐いた、三回やってようやく落ち着いた。 べとべとになった自分の手をぼんやり眺めながら、これを彼の中に注ぎ込めたら良かったな、なんて考えたらまた勃ち上がっていくマイサン、そろそろ落ち着いてくれ本当に。でも気持ちは良くわかるよ、だって風呂上りのイギリスは物凄く色っぽかった。頬はうっすらとピンクに色づいていて肌はしっとり。拭い切れなかった雫が首筋を伝うのがエロくて思わず生唾を呑んでしまった。 何よりベッドに腰掛けて俺を誘うその翠の瞳・・・蠱惑的にキラキラと輝いて吸い寄せられるようだった。妄想の中のイギリスはもっと可愛らしくお強請りしてたんだ、あんな何者の意思をもねじ伏せるような強い光を放つだなんて、想像だにしていなかった。・・・良く抗えたなと自分でも思う。そして次はないとわかる。もしまた誘われたらきっと断れない、逆らえない――愛のないセックスをして彼の心を永遠に失ってしまう。まぁ、さっきはっきりと断ったからもう二度とあんなことはしないと思うけど。 それより問題なのは自分の方だ。あんな姿を見てしまっては、いつか隣の部屋で眠る彼を寝惚けて襲ってしまいそうだ。今日のところはなんとか留めたけれど、この先も理性が保てるかどうか自信がない。はっきり言って今すぐにだってこの部屋を飛び出して抱きに行きたい。あの薄い唇にむしゃぶりついて積年の想いを伝えたい。そんな状況ではないのだけど。 何だろう・・・これじゃまるで生き地獄じゃないか。こんな耐久レースみたいなこと、いつまでも続けられない。 「早く英国には立ち直ってもらわないと・・・」 しみじみと溜息を漏らして、自分が放った諸々の始末をした。 ベッドに身を沈めても目を閉じればイギリスのあられもない姿が浮かんできて、目はギンギン心臓はばくばく煩くて、俺は結局一睡もできなかった。 ××× 本気だった。アメリカは俺に対して本気で欲情して・・・その上で俺のことを思いやってくれた。見るからに性器は膨れ上がっていたのに、多少オロオロしていたようだけど自制して優しく接してくれた。こんなの、初めてだ。大概の男は俺がいやらしく誘えばすぐにベッドに乗ってきて、乱暴に抱いていった。俺の方も淫らに振舞って知りたい情報を聞き出す。ギブアンドテイク、だ。なのにアメリカは・・・。 あんな風に優しくされたら大事にされてる気になっちまうじゃねぇか。もしかしてあいつ、今でも俺のこと――。 そこまで考えてかぁっと頬が熱くなる。ラブレターに認められた率直な愛の言葉が脳裏を過る。ヤバイ、マジかよあいつ・・・。そう意識して思い返せば、いつだってアメリカは俺に対して優しかった。口ではなんだかんだと嫌味ばかり言うくせに、俺が困っていたら真っ直ぐ手を差し伸べてくれた。・・・まぁ、ヒーローだのなんだの煩い戯言とセットだったし、見返りの要求もハンパなかったけど。曇りのない綺麗な水色の瞳が俺を取り巻く暗闇を退けて光を放つのは、言い様もなく嬉しかった。 今回英国を助けてくれたのも、英国を手玉に取ろうとかじゃなくて単にあいつの善意なのかもしれない。だとしたら変に勘ぐって詮索しちまって悪かったな・・・。アメリカの想いを裏切ってしまったようで、なんだか心苦しかった。後悔してもしようがないけれど。 アメリカが掛けてくれたジャケットに鼻を埋めると、微かにあいつの匂いがして、胸がきゅうと締め付けられるように痛んだ。 |