UK/USA


「ねぇイギリス!今日はお休みだからマーケットに行って買い物しようよ。足りない物はないかい?」
「あぁそうだな、お前の家の冷蔵庫の中、もうアイスしかねぇんだよ。いい加減食材買いこまなきゃ今夜の夕食も作れねぇよ」
「わお!それならいっそこのまま食材を買わない方が良いかもね!」
「んだとコラ、どういう意味だ!」
「あはは、君のその顔、カメラで撮って英国の人達に見せてあげたいんだぞ!」
「なんでだよっ!」
「君はこんなに元気になりましたってね☆」
「・・・・・・っ、ばっかじゃねーの!」
 ベッドに誘った翌朝、どんな顔をすれば良いかわからずに部屋で布団を被ってうんうん唸って。意を決してリビングに入るとアメリカは昨晩のことなど忘れたかのように、いつも通りの声音でおはようと声を掛けてきた。それからの日々も何も変わらず、付かず離れずの距離でやってきた。俺はもう諜報活動は続けられず、日中はのんびり読書をして過ごすことが多くなった。そうしてアメリカの休日となり、一日中一緒に過ごす今日はより一層緊張してしまったのだが、結局のところ別段変わりはなかった。
 プライベートで二人連れ立って街中に出掛けるのは初めてのことで、隣を行くアメリカの存在を妙に意識してしまう。なんだかデートのようだ、などと考えてしまって思わず赤くなっただろう頬を隠す為に深く俯くと、前を見て歩かないとぶつかるよ、とアメリカに笑われた。くそっ、人の気も知らねぇで。
 道を行けば通りすがりの女性達がアメリカを見て振り返る。人好きするベビーフェイスにちょっとメタボだけどがっしりとした身体つき、内面も優しくて包容力があるとなれば女性の方が放って置かないだろう。ほんと、いい男に育ったよな・・・。
 そしてあちこちに監視の目があることにも気付く。・・・わざわざご苦労なことだ。けれどアメリカが彼等に視線を投げることはない。気付いた様子もない。こいつは俺が監視されていることを知らないのだろう・・・米国の意図はどうであれ、アメリカ自身には他意がないのだと納得してしまった。
 対する俺はアメリカと監視の目を掻い潜って工作員と連絡を取った。こちらの状況を知らせ、現在の英国の状況を知らされる。・・・順調に回復していってるようで、ほっと胸を撫で下ろした。工作員と連絡を取るのはまたアメリカの信頼を裏切っているようで後ろめたかったが、こればっかりは米国から提供される情報だけでは安心できないのだから、仕方ないだろう。
 食材やら必需品の買い出しがひと通り済んだところで、一息つこうとコーヒーショップに入る。重い荷物を抱えていたせいで疲れた肩を揉みほぐしていると、おっさんは体力ないなぁと馬鹿にされた。この恨みいつか晴らす。
「君、コーヒー飲めたんだね」
「あぁ?別に飲めねぇ訳じゃねえよ、単に好まないだけだ」
「なら俺の家でもコーヒーを飲めば・・・」
「断る!」
 きっぱり否定してやれば、アメリカは呆れたようにはぁと溜息を漏らした。それっきり、何も言わずにコーヒーを口に運ぶばかりで黙り込んでしまう。どうせ頑固だの石頭だの思ってんだろ、ちくしょう。俺から口を開くのも癪なので、窓の外を眺めながら苦い水を飲む。・・・けれど、いつまでもアメリカが黙ったままなので落ち着かず、そっと顔色を伺うように視線を遣ると、すぐに水色の瞳とぶつかった。じっと俺の顔を見つめるアメリカに、どくんと心臓が跳ね上がって慌てて顔を逸らす。頬が熱くなるのがわかってなんだか泣きたい気分だ。
 俺はどうしたって言うんだろう?こいつは俺にとって弟だって言うのに、あれからというもの変に意識しちまってまともに顔を見れない。
「君は・・・」
「あ?」
 ぼそっと呟く声に思わず顔を上げて聞き返すと、アメリカははっとした表情を浮かべて視線を彷徨わせた。
「・・・いや、その・・・君、だいぶ元気になったね」
「あ、あぁ・・・そうだな。米国の支援のお陰で英国は持ち直してるようだからな。マジで感謝してる」
「俺はヒーローだからね、当然のことさ!」
 にっこり笑っていつもの常套文句が出たけれど、その顔は何か思い悩んでるようで首を傾げる。どうしたんだこいつ。はっ、まさかこの間俺がベッドに誘ったのが実は気持ち悪かった!?俺のこと好きだと手紙には書いてたけど、直接的な表現はなかった。もしかしてあれはラブレターなんかじゃなくて、あくまで兄と慕った俺への親愛の情を綴っただけであって、兄・・・元兄にセックスを迫られたのがショックだった?あれから本当は俺の顔見たくなかったけど必死に我慢してて、今日一日中顔突き合わせてたら耐えられなくなったとか?もう俺の顔を見たくない!?
 ざーっと顔から血の気が引いていく。もしかして大切な弟相手にとんでもないことしちまったのかもしれない。あぁ時間を巻き戻せたら絶対あんなことしねぇのに。アメリカに嫌われたと思うと涙がじわりと浮かんでくる。俺のばか俺のばか俺のばか、いくら情報が欲しかったにしろアメリカ相手にあんな方法取るなんて。おとなしく酒でも飲ませて酔い潰す程度にしておけば良かったんだ。
「なぁお前、好きな奴とかいねぇの?」
 アメリカに嫌われたとの思いから、ぽろりと未練がましい言葉が零れた。コーヒーを口に含んでいたアメリカは盛大に噴き出してゴホゴホと咳き込む。
「な、なんだいっ突然っ!」
「いや、ちょっとした好奇心。お前って浮いた話ねぇだろ?隠れて美女とお付き合いでもしてんのかなーって思ってさ」
「そんな訳ないだろ!?俺は・・・っ」
 相当の量が気管に入ったのか、苦しそうに咳をして顔を真っ赤にしてる。そうして口をぱくぱくさせて何かを言い掛けて、ぐっと言葉を飲み込むとふいっと視線を逸した。
「いないよ、そんな人。いたとしても君には教えないよ、フランスと一緒になって笑い話にして言いふらすだろ?」
「人をなんだと思ってんだ。真面目に恋愛してる奴を笑ったりしねぇよ」
「ほんとに?」
「酒飲んだらわかんねぇけどな」
「・・・君ってやっぱり最低だよ」
 軽い気持ちで言ったちょっとしたジョークだったにも関わらず、色恋にはお堅いらしいアメリカの機嫌を損ねてしまった。先程とは違って苛ついた様子に肩を竦める。変な話を始めて長居をしてしまった、そろそろ日も暮れてきたことだし帰って夕食の準備をしなくては。そう切り出そうと口を開いたところで、アメリカが小声で尋ねてきた。
「君こそ、好きな人いないのかい?その、付き合ってる人とか・・・」
「あー・・・いねぇなぁ。なんたって今俺こんなだし?英国病でヘロヘロな上に金ねぇもん」
「・・・君はもっと真面目に恋愛しなよね、エロ大使!」
「んだよ、お前こそもっと気楽に恋愛しろよ。ワイン野郎を見習えとは言わねぇけどさ、恋をすんのも楽しいぜ?セックスとか気持ちいいし」
「――――っ!!くたばれエロおやじ!!」
 突然アメリカは激昂して真っ赤な顔で叫ぶと、どすどすと足を踏み鳴らして店を出て行ってしまった。・・・俺、なんかまずいこと言ったか?

 ×××

 最低最低最低っ!!人の気も知らないでっ!俺はあの日からずっと彼の身体への欲望を抑えるのに必死だっていうのに!下手に無警戒で傍にいるものだから、物凄く辛いんだぞ色々と!・・・早く立ち直って出て行って欲しい。彼と一緒に暮らしたいとは思ったけど、触れ合うことができないのに傍にいるとか耐えられない。いっそ告白して俺の想いを伝えられたらと思うけど、今の金銭的な上下関係の状態では言いたくない。ちゃんと対等な国同士の関係に戻ってから告白するんだ、そう決めて日々彼を襲ってしまいそうな自分を抑制してるのに・・・彼は、今なんて言った?恋をしろだって?恋ならずっとずっと150年もしてるよ!君にね!セックスが気持ちいい?だったらヤらせてくれよ、今すぐ!
 ・・・どうせ彼は俺のこと、弟としか見ていないんだ。ぐずっと鼻を啜る。知らず知らずに涙を流していたらしい。彼の言葉は深く深く俺の心を抉って傷つけた、しばらく毎晩悪夢を見ることになりそうだ。本当に、なんであんな無神経な人のことが好きなんだろう?
 ちらりと後ろを見遣ると、気まずそうな顔をしたイギリスが付いて来ていた。俺が怒ってる理由がわからずに戸惑っているようだ――くそったれ!


 鬱々とした休日が終わり、顔を見るのも腹立たしくて挨拶もそこそこに家を出て仕事に行くと、上司が苦虫を噛み潰したような顔で待っていた。
「一体どうしたんだい?そんな難しそうな顔して」
「どうしたもこうしたもないっ!!情報が英国に流出している!」
「え、どういうことだい?」
 冷静さを失った上司のわかりにくい説明に拠れば、英国の弱ってるが優良と思しき企業に米国の資本を投機して乗っ取りを企てたところ、先手を取られて失敗したそうだ。それも、何件も。
 俺としてはそんな卑怯なことをしていたということにショックを受けたけれど、上司達は情報の流出に怒り心頭のようだ。
「アメリカ、お前の処に今イギリスがいるな?彼に何か漏らしたか?」
「俺を疑うのかい?心外だね!俺が米国の不利益になるようなことを彼に言う訳がないだろう?」
「部屋を荒らされたりしてないか?彼がお前に隠れて何か――」
「止めてくれよ!イギリスはそんなことしないよっ」
 胸を張って言える、彼はそんな卑怯なことしない。俺を裏切るような真似しない・・・未だに弟として慈しんでるくらいなんだから。でも俺達の関係を良く知りもしない上司はギラギラとした瞳で俺に猜疑の芽を植えつけようとする。
「・・・用心するに越したことはない、部屋の中をよくよくチェックしてみるんだ。それから彼に余計なことを言うんじゃないぞ」
「わかったよ・・・でも、絶対そんなことはないって俺が保証するんだぞ!」
 あまりに強い口調で言い聞かせられて渋々頷く。でも、きっと大丈夫。上司の思い違いに過ぎないと、すぐにわかる。


「お、今日は早かったんだな」
 昼過ぎに帰宅するとイギリスはリビングのソファに寝転んで本を読んでいた。俺の早い帰宅に驚いて目を丸くしてる。
「あぁ、ちょっと忘れ物をしてね。取りに帰って来いって怒られちゃったんだ」
「お前ってしっかりしてるように見えて意外にうっかりしてるよなぁ。なんだよ、忘れ物って。言ってくれれば俺が届け・・・られないか、俺一人で外に出ちゃいけないんだったな」
「失礼なことを言わないでくれよ、俺は君と違って忘れ物なんて滅多にしないんだぞ!今日は偶々なんだから。・・・えっと、書斎で忘れ物を探すから・・・入って来ないでくれるかい?」
「なんだよ、忘れた上に失くしたのかよ。しょうがねぇなぁ」
 嫌がらせのネタを取ったと言わんばかりにくふっと笑うイギリスを睨めつけてから書斎に入る。一応、鍵を掛ける。そうしてジャケットを椅子の背もたれにばさっと掛けネクタイを緩めながら部屋を見渡す・・・特におかしな所はない。整理整頓されているとは言い難いけど、俺にとっての定位置にそれぞれの本やファイルが重ねて置いてある。動かされた気配はない。机の引き出しを開けてみる。別段取り立てて異常はない――あ、れ?
 一番上の引き出しの内側のサイドに貼りつけていた写真が奥の方に入り込んでいる。俺は写真が剥がれないように、いつもこの引き出しから物を出し入れする時は気を遣う。自然とテープが剥がれたのであれば、すぐ横に落ちているはず。奥に入り込んでいるということは・・・誰かが無造作に中の物を動かしたということ。それは誰なのか――。
 ふと脳裏に浮かぶ、買い物に行った先でのイギリスの行動。俺がスーパーで色とりどりのお菓子を吟味している時だった。少し離れた所にいたイギリスにもおやつを選ばせようと声を掛けようとしたその時、彼は余所見をしていた人にぶつかって、近くの棚に並んでいた商品を取り落とした。二人は屈んで商品を拾い上げて・・・その最中、何かをお互い交換したのが見えたんだ。気のせい、と俺は思った。商品が転がったのを見間違えたんだろうと。思ったのだけど・・・違ったのか。イギリスは俺の隙を見て諜報員と接触していたのか。従順なフリをして俺を・・・裏切っていたのか。
 言い様のない感情がぶわりと沸き起こる。心がざわざわと揺らめいて次第に凝った闇に変容していく。怒り、哀しみ、苛立ち、悔しさ、憎しみ・・・ありとあらゆる負の感情に支配されて理性を失くす。内で爆発した感情は表面には現れず、静けさを保ったまま、ゆらりと歩を進めてリビングへ向かう。俺を裏切ったイギリスの元へ。
「忘れ物見つかったのか?」
 俺の内面に淀む闇に気付くことなく、彼は悪戯っぽく憎まれ口を利く。にこりと笑いかけて俺は見つかったよ、と言う。そうしてさり気なく尋ねる。
「君、書斎に入ったかい?」
「え?あぁ、暇つぶしに本読もうと思ってさ、勝手に入らせてもらった。重要そうなもんには手を付けないように気をつけたつもりだったけど・・・何か問題あったか?」
 彼は取り立てて驚くでも慌てるでもなく、ごく普通に会話をする。とても自然な口調、顔色も変わらない。きっと俺に聞かれた場合の返答を予め考えておいたのだろう。きょとんとした表情を浮かべつつ、それでもどこか俺の様子を伺っている。
「いや、大丈夫だよ。少し動いてたから驚いただけ。君の興味を引くような本はあったかな?」
「文学書を借りた。つうかお前の本棚コミックばっかだな、ちょっと引いだぞ。少しは小説とか読んだらどうなんだ?」
「君は小説が好きだったね・・・それよりさ、マーケットで君、人にぶつかっただろう?あれ、誰?」
「知らねぇ、買い物に来た客じゃねぇの?どうしたんだ急に」
 きっと彼は俺に見られていたことを知らないはず。この件を問い質せば彼は驚くに違いない、そう思ったけれどやはり彼は顔色を変えない。首を傾げて本当にわからないという風に俺を見上げてくる。滑らかな口振りで――だけど、そこに些かの齟齬を感じる。
「ぶつかって商品拾う時にさ・・・何か受け渡ししてたよね?俺、見たんだよ?」
「そうだったか?気のせいじゃねぇ?」
 ガラス玉のような翠の瞳は俺の姿を映すだけで、彼の心の動きは僅かも見出せない。そうして――俺は絶望した。
「――そう、そうかもね」
 にっこりと、これ以上ないくらいの笑顔を向けて、俺はイギリスの身体をソファに押し倒した。

 ×××

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。笑顔を浮かべたアメリカの手が不意に伸びてきたかと思えば強い力で両の肩を掴まれ、痛いと文句を言おうとした時には視界がぐるりと廻っていた。瞬き一つの間にアメリカが身体の上に覆い被さってくる。
「・・・何してんだ?退けよ、重い」
 ある意味緊張感のない声が出た。感情を面に出さないように平静を装った結果だ。それはアメリカにも伝わったようで奴は歪に哂った。
「ねぇイギリス、抱かせてよ」
「あ!?」
 アメリカが何を言ったのかわからなかった。この距離だ、音声は確かに聞き取れた。だけど意味がまったくさっぱりこれっぽっちも理解できない。――抱く?何を?
「いいだろう?」
「よ、良くねぇっ!何お前・・・っ!?」
 身体の線をシャツ越しに大きな掌で撫ぜられて、ぞわりと鳥肌が立つ。ここに至ってようやく事態のまずさに気付いて慌ててアメリカの下から抜け出そうともがくが、メタボな身体に押し潰されて叶わず、力いっぱい押し返すも厚い胸板はびくともしなかった。
「へぇ、この間は自分から誘ってきたくせに今日は抵抗するのかい?欲しい情報が手に入れば俺にはもう用がないから?」
「・・・・・・っ」
 どうやら情報が流出して、それを俺の仕業と勘違いしているようだ。違うと言っても書斎を探ったのは事実だし、痕跡に気付かれた以上信じてはもらえないだろう。受け渡しの場面を見られたのも俺のミスだ――こいつは菓子コーナーに放り込めば夢中になって選んでると思い込んでいた。意外に冷静に周囲を見てるんだな・・・俺が、甘かった。
 詰問に表情を消して曖昧さを貼り付かせる。バレたら工作員の身が危ない、なんとかやり過ごさないと。そう考えて心を閉ざし感情のない目で見上げると、アメリカはきりっと唇を噛んだ。
「否定しないんだ?自分がやったって認めるのかい?その為に俺を利用したって?」
「違うと言えばお前は信じるのか?」
「うるさいっ!!」
 激昂したアメリカに噛み付くように唇を塞がれた。冴え冴えとした水色の瞳をぎっと睨み付けながら口を引き結ぶ。絶対に舌なんか入れさせるもんか――そう思ってぐいぐいと押し付けられる唇に息苦しいのを我慢していたけれど、酸欠になる寸前仕方なく口を開く。すぐさま侵入してきたヌメッとした感触がおぞましくて震える。無遠慮に口内を荒らされて、いっそ噛み切ってやろうかと思ったところでやっと解放された。
「ねぇ・・・君だって知ってるよね?口を割らせる効果的な方法の一つに、性的暴行があるって」
「はっ、俺がそんなことで吐くとでも?やれるもんならやってみろよ・・・っ」
 嘲るように嗤うとアメリカはひくっと喉を鳴らして、俺のシャツの袷に手を掛けて力任せに引き千切った。ぶちぶちっと嫌な音を立ててボタンが飛び散る。アメリカがゆっくりと首筋に唇を寄せてくるのを、他人事のように眺める。つうっと舌先が這い回る度にぞくぞくとした快感の波が寄せてくるのを、拳を握り締めてやり過ごす。時折皮膚を攣るように吸われる度、声が上がりそうになるのを必死に堪える。
 こんなのはどうってことない。今更綺麗な身体でもないし男と寝たことがない訳でもない。先に寝ようと誘ったのは自分だし、裏切ったのも俺だ。アメリカは英国を助けてくれたのだし、人質の俺に優しくしてくれた。そのアメリカの想いを踏み躙ったんだ――だからこれは罰なんだ。罰は甘んじて受けなければいけない・・・。
「・・・・・・ふ、ぁっ!」
 大丈夫、大したことじゃないと自分に言い聞かせるのに、下着の中に差し入れられたアメリカの手が俺の性器に触れた瞬間、思わず声を漏らしてしまった。
「ははっ・・・敏感なんだね、さすがエロ大使」
「ちっが・・・あうっ!」
 反論しようと口を開いた瞬間、狙いすましたように先端をぐりっと爪先で抉られて高い声を上げてしまう。慌てて手で口を抑えるけど、アメリカはひどく嬉しそうに哂った。その水色の瞳がギラギラと底光りして欲情に濡れているのに気付いてぞっとする。あの日俺を思いやって労ってくれたアメリカが、こんな瞳を俺に向けるなんて・・・。
「んっ・・・ぅんっ、ん、んん――っ!!」
「イギリスのペニス、おっきくなってだらだら涎零してるよ?いやらしいね」
「んあっ!お前、何・・・やめっ・・・ひゃんっ!」
 先端を柔らかな粘膜に舐め取られ温かな場所に迎えられたのを感じて、ショックのあまり涙が浮かんだ。アメリカが俺のペニスを咥えてる・・・愛撫されて、じんじんと与えられる快感に俺の身体も悦んでいる・・・。そんな現実に、殺したはずの心がぎしぎしと軋む。誰かの劈くような泣き声が頭の中でぐわんぐわんと反響していてクラクラする。固く閉ざした眼の奥に、ぼんやりと面影が浮かぶ・・・。
 大切な大切な弟・・・腕の中で無防備に微睡む子供は、間違いなく俺と一つだった。身体こそ別々だったけど、心は融け合って境界などわからないくらい近い存在だったんだ。なのにどうしてこんなことに?別の国となった時から俺達はこうして互いに腹の中を探り合う関係になったのか?あの日の別離はこんな風に愛されずに犯される未来に繋がっていたのか?それなら――いっそ、死んでしまった方が良かった。
「くっ・・・あぁ――――っ!!」
 身体の奥から全身に何かが駆け巡って頭の中が真っ白になった。アメリカの口の中で達したのだと、奴の口元が白濁したもので汚れているのを見上げて知る。心も身体もぐちゃぐちゃで、ぼろぼろと涙が零れるのをもう止められなかった。
「ようやく感情を面に出したね・・・でも、もう手遅れだよ?」
「ひ・・・・・・っ」
 いつの間にかスラックスも下着も取り払われて素肌の尻を撫ぜられていた。つぷっと後孔に指が侵入してくる感覚に、ぞわぞわと身の毛がよだつ。必死にもがいて逃れようとするのを抑え込まれて、指は奥へ奥へと強引に割り込んでくる。
「やっ・・・だ、嫌だぁっ!!」
「今更だよ、嫌なら最初に言ってくれないと。まぁそれでもヤるけどね」
「やめ・・・っあ、アメリカ・・・や、だ・・・っ!」
 泣き叫びながらぶんぶんと頭を振って、自由になる片手で力いっぱいアメリカの身体を叩くのに少しも止めてくれない。むしろ苛立つように舌打ちをされてずぷっと指を二本に増やされる。
「うあっ・・・痛・・・っ」
 まだ大して解されていない穴を強引に広げられて、苦しくて辛くて喉の奥でしゃくり上げる。なんでなんでこうなった?どうしてこんなことに?かつて愛した幼子に愛のない行為で弄ばれるなんて、こんな辛いことない――。絶えず溢れる涙が膜になって、もうアメリカがどんな顔をしているのかも見えない。ただ興奮した荒い息だけが聞こえてきて怖かった。
「ねぇイギリス、気持ちいい・・・?感じるかい?」
 そんな訳ねぇだろ、そう叫ぼうとした瞬間、バラバラに動かされた指がソコに触れて言い様のない快感に襲われた。
「ひゃぁぁんっ!」
「ここ?ここが悦いのかい?」
「やっ・・・やめ、あんっあぁん・・・ひゃあんっ・・・っ!」
 内側のしこりをしつこく責め立てられて、甲高い嬌声を無理矢理上げさせられる。はふはふと息も絶え絶えに喘ぎ続けて、酸素不足に全身から力が抜けていく。
「あはっ、君の悦いとこわかったよ。ねぇ、無理矢理なのに感じるんだ?それとも強引にされる方が好きなのかい?」
「違・・・っも、やだぁ・・・っ!」
 ぶんぶんと髪を振り乱して必死に懇願する。これ以上続けられたら本当に心が死んでしまう。ぼろぼろと溢れる涙を浮かべたまま祈る思いでアメリカを見上げる。
「じゃあ認めるかい?君は俺を裏切ったんだ――俺から情報を盗んで流したんだ」
「違う違う俺じゃないっ!接触したのは本当だけど、情報は流してないっ!」
「嘘つき」
 三本目の指が挿入された。目を見開いて強烈な圧迫感にひゅっと息を呑む。ぎちぎちに広げられた皮膚が裂けそうになるのに恐怖する。
「やあぁぁぁぁっ!!やだっ、嘘じゃない、嘘じゃないっ!!」
「だったら何の為に接触したの?理由もなくそんな危険冒さないだろう?」
「それはっ英国の状態を、教えてもらっ・・・ちゃんと、立ち直ってるか、ひ、ぅんっ!!」
 ぐりっと奥で指を曲げられて、身体がぶるぶると戦慄く。衝撃を逃がそうと腰を浮かせれば、やらしいと哂われた。
「そんな戯言を信じろって?もう少しまともな嘘をつけばいいのに」
「嘘じゃ、ない・・・っお前のこと、裏切るの、嫌・・・で・・・」
「でも書斎に入ったよね?俺の机の中探っただろう?」
「けど、見てない・・・っ何も見てないっ!お、お前の手紙、だけ・・・」
 太く節くれだった指によって与えられる過ぎた快楽と衝撃に思考が蕩けてわけがわからない。求められるまま譫言のように言葉を喉から搾り出す。そうして我知らず呟いた「手紙」の存在が、心の奥で緩やかに広がっていった。
「手紙?」
「昔、の・・・・・・なぁ、もう俺のこと・・・愛してない、のか・・・?」

 ×××

 イギリスが発した言葉の何かが胸の奥で引っ掛かった。彼は「手紙」と言った・・・何の?そう疑問に思って問えば、彼は泣き腫らした翠の瞳を真っ直ぐ向けて、俺に疑問を投げ返してきた。愛してないのか、と。
「――――っ!?」
 そうして俺は我に返った。見下ろせば衣服を乱され半裸の身体を晒すイギリスがいた。その身体のあちこちに薄いピンク色の痕が付けられている。キツく握り込んでいた左手をぎしりと開けば、イギリスの腕にくっきりと付いた指の痕。そして俺の右手は・・・あぁ、目を覆いたくなる。まさかまさかこんなこと――。顔を背けてそろりと指を引き抜けば、んんっと喘ぎ声を漏らしてぶるぶると震えるイギリスの肢体。その扇情的な光景にごくんと息を呑みつつ、えぇと、と良くわからない言葉を呟く。うん、とりあえず落ち着こうか。
 俺の心の変化に気付いたのか、イギリスは荒い息を吐きながらじっと凝視してくる。そしてもう俺に乱暴する気がないことを悟ると、退け、と低い声で命じてきた。うん、と素直に首肯して彼の身体の上から退くと床の上に正座する。ゆっくりと身体を起こすイギリスの殺気に満ちたオーラが怖い。死の宣告とはかくも恐ろしいものなのか。彼の顔をまともに見ることができず、がくぶると身体を震わせていると、彼ははぁっと溜息を漏らした。
「お前、キレるにしても他に遣り様はねぇのかよ・・・」
「ご、ごめん・・・」
「まぁ机を探ったのは事実だし、工作員に連絡取って英国の状態を報告させたのも確かだ。お前を裏切っていた訳だから報復を喰らっても仕方ねぇけどな」
「ほ、報復だなんてっ」
 思い掛けない台詞にぎょっとして思わずイギリスを見上げると、ぎろりと元ヤンもかくやという目で睨まれて、すごすごと俯く。
「違うのかよ?それともマジで俺の口を割らすつもりだったのか?これだけは言っとくけど流出した情報ってのがどんなもんかも俺は知らねぇんだからな?俺は、無関係だ」
「わかったよ・・・」
 渋々頷く。実際自分がやらかしてしまったことの重大さに、最早情報の流出とかどうでも良くなっている。そもそも英国企業の乗っ取りを企てた米国に非がある訳だし、ほんとどうでもいい。ただ、イギリスが俺を裏切っていたということが哀しかっただけなんだ・・・。
「君は、俺のこと・・・利用し甲斐のある弟だとでも思っているのかい・・・?裏切っても良心が痛まないような、どうでもいい存在なのかい・・・?」
 情けないけれど未練がましい恨み言を呟く。彼にとっての俺の存在がそれ程までに軽いものであるなら、俺はもうこの恋を諦めるしかない・・・諦められないのであれば、ずっと隠していくしかない。
「そんな訳ねぇだろ?お前を裏切るのは俺だって嫌だったし、後悔もしてる。英国の為とは言えお前をこんなに傷つけて追い詰めちまった・・・悪かったよ」
 そう言って彼は俺の前にぺたんと座り込んだ。けど腰に響いたようで少し涙目になりながらソファに凭れるように座り直した。視線が同じ高さになって、お互い目を逸らせずに見つめ合う。綺麗な翠の双眸が俺を見ている・・・それだけで幸せな気持ちになれるなんて、君は知らないんだろうね。
「身体、辛くないかい・・・?」
 そっと伺うように尋ねると、イギリスは首をふるりと横に振った。そして僅かに躊躇いながら俺を真っ直ぐ見て口を開く。
「なぁアメリカ、さっきの質問に答えろよ」
「さっきの質問って・・・え、それは・・・その・・・。ていうか俺っ、あ、あんなこと・・・してしまって・・・」
 無理矢理身体を暴いておいて、愛してるなんてどの口が言えるっていうんだ。ぐっと奥歯を噛み締めて、自分がしでかした惨い行いに深く深く後悔する。けれどイギリスは俺の袖をくいっと引っ張って早くと促す。
「いいから言えよ、どうなんだ?」
 これはもしかして言わせておいてこっぴどく振って溜飲を下げようって魂胆か?あぁそれでもいいや、この機会を逃したら二度と言えないと思うから。だから、半ば自棄っぱちの気分で想いを口にする。
「す、好きだよ・・・愛してる、愛してるんだイギリス・・・俺っひどいこと、しちゃったけど・・・弟としか見られてないってわかってるけどっ、・・・だけど君が好きなんだ」
 頬がかっかと熱くなる。まさか長年に渡る片想いの結末がこんな風だなんて思ってもみなかった。イギリスから下される宣告が恐ろしくて顔を見ていられない。深く俯いて自分の膝の上で拳を握り締めてぎゅっと目を瞑ったままその言葉を待つ。すると、ぷっという音が聞こえた。


 ・・・ぷ?
 何かと思ってそろそろと顔を上げれば、イギリスは肩を震わせて笑いを堪えてる。え、何どゆこと?もしかしてさっきのぷっ、てのは噴き出した音!?
 意味不明な反応に口をぱくぱくさせていると、なんとか笑いを収めたイギリスが今度は困ったような表情をして俺を見つめる。
「お前はしょうがねぇ奴だなぁ」
「な、なんだいっ!?今の君すごく失礼だしムカツクよ!」
「だってお前、でかい図体丸めて迷った子犬みてぇなツラしてさ、ぷるぷる震えてやんの。あー可笑しい」
 イギリスはもう堪えることも止めて腹を抱えてしつこいくらいにけたけたと笑い続ける。・・・可笑しいのは君の頭だよ!よくも俺の一世一代の告白を一笑に付してくれたね!恥ずかしさと苛立ちにかーっと頭に血が上る。恨みがましくじとっと睨みつけると、ようやく笑うことを止めて誤魔化すように咳払いをした。
「もう笑わねぇからそう睨むなって。つうかあの手紙やっぱりマジだったのか。俺に・・・惚れてんのか」
「だからそう言ってるだろ!?悪かったねっ!て、え、手紙・・・?」
 さっきからどうも何かが引っ掛かる。イギリスはやっぱり、って言った。もしかして彼は俺の気持ちに気付いていたのか?どうして?手紙がどうのって・・・あ、そう言えば。
 遠い昔、イギリスから絶交されてしまって会うことも話すことも出来なかった頃、想いを伝えることが叶わずにせめてもの思いで認めては結局出すことも出来ず、箱に仕舞い込んだ手紙の存在を思い出す。あぁそうだ、彼は書斎を探ったんだっけ?捨てることもできなくて書斎のどこかに放り込んだ覚えがある。もしかしてアレ、見たんだ・・・?さーっと意識が遠のく。どうせ渡せないとわかってるから結構恥ずかしい台詞もバンバン書いてたような・・・アレ、読んだんだ・・・?
「・・・最低なんだぞイギリス」
「悪ぃ、お前の好きな相手ってどんな奴かと思ってさ、つい読んじまった」
「最低最低最低っ!!!人のら、ラブレター勝手に読むなんて・・・っ!」
「でもあれ俺に宛てて書いたんだろ?なら読んでも問題ないだろ」
「そういう問題じゃないよっ!!あぁもう君って人はなんて無神経なんだっ!」
 思わず立ち上がって頭を掻き毟る。イギリスはこれっぽっちも悪びれずにへらりと笑ってる。なんだいその顔、反省の色なしかいっ!どうせ弟に好かれて嬉しいとか思ってるんだろ、俺の想いはこれっぽっちも正しく伝わってないんだろ!?くっそ鈍感無神経ばかばかばかっ!!
「・・・それで、どうなんだいっ!?」
「何が?」
 ぎっと見下ろして聞けばイギリスはきょとんと首を傾げる。だからその可愛い仕草とかおっさんの癖にどうなんだろね、ほんと!
「――――っ、返事だよ!言わせたんだからちゃんとしなよね!君はどうなんだい?俺と付き合ってくれるのかいっ!?」
「いいぜ」
「そう、どうせ俺は何時まで経っても弟だよ、君がそうとしか見てくれないのはわかっ・・・て、え?あれ?」
 あっさりと告げられた拒否の言葉に涙がぼろりと零れた。そりゃそうだよね、わかってる。そう思ったところでイギリスの声が頭の中で反響した。――OKって。まったく反対の言葉に訳がわからず目をぱちくりすると、イギリスも怪訝そうな顔で見上げてきた。
「あん?」
「え、いいの?意味わかってる?ちょっとそこまでって意味じゃないよ?こ、恋人に・・・って意味なんだぞ?」
「あぁ、いいよ」
「へ?」
 あたふたとしゃがみ込んでイギリスの真意を図ろうと翠の双眸を覗き込むと、彼は眉間に皺を寄せて俺のおでこにデコピンしてきた。痛いよっ!
「んだよ、いいっつってんだろ?しつこいぞお前」
「いやだって君、いつも俺のこと弟扱いしてるじゃないか・・・そ、それにさっき俺、あんなひどいことしたのに・・・怒ってないの?」
「そりゃめちゃくちゃ痛かったけどさ、お前無茶するし。けどお互い様だろ」
 そう言って彼は何でもないことのように肩を竦める。ほんっとうにこの人は昔から俺に甘いんだ・・・。いつもは鬱陶しく思うけれど今はそのことに救われる。
「で、でも君は俺のこと、弟として好きなんじゃないの・・・?」
「弟だと思ってたさ。でも今回の件でなんか、吹っ切れたっつうか・・・お前と久し振りに一緒に暮らしてわかったんだけどさ、結局俺達あの頃とはもう違うんだよな。お前無駄に図体でかいし、背負う国は別だし。本当にもう、弟じゃないんだな・・・」
「・・・弟じゃない俺は嫌かい?」
 ずっと知りたかったことを恐る恐る尋ねる。散々俺は弟じゃないと言い続けてきたけど、実はいつだって不安だった。彼が兄であることを止めた時――それは、完全なる無関心と同一ではないかって。だけどイギリスはふわりと微笑んで首を横に振った。
「お前勘違いしてるぞ?俺はお前が弟だから好きなんじゃない、お前だから愛してたんだ。お前だから・・・弟じゃなくなった今でも、愛してる」
「い、ギリスぅ・・・っ!」
 彼からそんな言葉を貰えるだなんて思ってもみなかった。愛してるって、俺を愛してるって――。嬉しくて涙がぽろぽろ溢れる。幸せで胸がいっぱいで堪らなくてうわーん、なんて子供みたいに大声で泣いたら、イギリスは呆れたようによしよしって頭を撫でてぎゅっと抱き締めてくれた。そんな彼に俺もぎゅっとしがみついて。想いが通じた喜びに陶酔しながら温もりを交換し合った。
 密着して得られる熱を惜しみつつそっと身体を離して、どちらからともなく顔を見合わせる。瞳を覗き込んで思いを確認したのは一瞬、互いに求めるように顔を寄せて・・・初めての、恋人のキスをした。




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