USA 最悪だ。 何が最悪ってどうしてこのアメリカ合衆国たる自分が、ロンドン郊外の古びた家のこれまた古ぼけたドアの前で一人座り込んでなきゃいけないんだ。世界のヒーローがわざわざ遊びに来てあげたんだぞ?当然暖かな家の中に通されて少しばかり固いソファに座って不味いお菓子と美味しいお茶を振舞われて然るべきだろう。どうして玄関先で待ち惚けなんて喰らわされなきゃならないんだ。まったくもって理不尽だよ。 「イギリスのばか・・・」 何度となく繰り返した言葉をまた口にする。最早無意識だ。イギリスのばかイギリスのばかイギリスのばか。イギリスってのは今俺がいる玄関先から続く老朽化しているこの屋敷の主のことだ。現在留守の模様。 違うと思いたかった、見間違いだって思いたかった。だけど何度チャイムを押しても応答はない。家の中から人のいる気配もしない・・・本当に彼は此処にいないのだろう。そして在宅ではないということは、先程道の向こう側で見掛けたのは間違いなくイギリスだったのだろう――彼は女性と共に歩いていた。 休日を迎えた朝、唐突にイギリスに会いたくなったんだ。彼にはまだ伝えていないけれど、俺は彼に恋してる。250年越しの恋だ。元兄だとか独立絡みで銃を突きつけ合って傷つけ合った関係ということもあって、必死に諦めようと思った時もあったけれど、結局は途方もない時間を掛けても諦められなかった。だから最近は彼との関係を一歩踏み込んだものにしようと頑張っている。こうして会いに来るのもその一環だ。少しずつ少しずつ、二人の間の距離を縮めようと努力しているんだから、俺の恋は報われるべきだ。 なのにどうして彼は女性と一緒にいたんだ。親しげに寄り添って歩いていた相手は彼女だろうか?見た瞬間、ナイフで心の臓を刺されたかのような激痛が襲った。思わず視線を逸らして踵を返すとどこをどう歩いたか、我に返った時はいつもと違う道に入り込んでいた。ばくばくと鼓動は激しく息苦しい。背には冷たい汗をびっしょりかいていた。 イギリスに彼女がいたなんて。いや、彼は女性の豊かな胸が大好きだと豪語して憚らず、会議中もエロ本読んで、どこに移動するにも懐には常に手帳と共に官能小説を忍ばせているような人だ。長く生きている間に二股どころか乱交騒ぎまで起こした経歴の持ち主だとも知っている。今更彼女がいたとしても驚くことではない。 だけど――彼の性癖を知っていることと嫉妬しないことは同義ではない。ていうか妬くに決まってるだろ!?こっちは250年も片想いしてるんだ、最早綺麗な恋情なんかじゃない、どろどろでぐちゃぐちゃな劣情の塊だ。イギリスのばかイギリスのばかイギリスのばかああああっ!!! なんとか深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻すと、近場のバーガーショップに駆け込んでハンバーガー30個と数本のシェイクと適当な量のサイドメニューを注文して、それらが入った紙包みを受け取るとイギリスの家に向けて走った。きっとあれは見間違い、イギリスは家にいる、きっと俺をいつものように出迎えてくれる、そう一縷の望みを抱いて。 だけど結果は惨敗だ。イギリスはいなかった。ショックの余り玄関先で崩れ落ちて蹲った俺を誰か慰めてくれ。可哀相すぎる俺。うっうっと涙を零さんばかりだったけど、ぐきゅるるるとお腹が鳴ったんだ。全力疾走してお腹が空いたので、抱えていたハンバーガーを食べることにした。そうして現在食べながらイギリスの帰りを待っている。 「イギリスってば・・・もぐもぐ、ぶっとい眉毛の癖して・・・じゅるるる、彼女作ろうなんて・・・ふがが、何考えてるんだ・・・じゅるぅぅぅ、俺という存在がいるのに女性とイイコトしようなんてふしだら過ぎるよ。そもそも・・・もぐもぐ、自国の女性を毒牙にかけるなんて・・・じゅるるる、どうかと思うよ!?俺達国はもっと清く・・・もぐもぐ、正しく・・・じゅるるる、美しく・・・もぐもぐ、生きるべきだじゅるぅぅぅ」 どうやら空腹で我を忘れていたらしい、ハンバーガーを食べ終わる頃にはすっかり冷静になった。落ち着いて考えてみればイギリスに彼女ができるはずない、きっとあれは道案内でもしていたんだろう。 「大体あのぶっとくてもっさもさのげじげじ眉毛が付いた童顔と貧相な身体じゃモテる訳ないよね!」 そう明るくポジティブに考えてDDDDDと笑った瞬間、上の方から聞き慣れた喚き声が降ってきた。 「誰がげじ眉だばかぁっ!俺の眉毛を悪し様に言うなんざ呪う・・・おっと、うぁ、あ、あ、ぎゃわああああっ!」 べちゃ。 擬音で表現するとすれば、まさにそんな音だった。威勢が良かった声は最後まで言い切る前に取り乱して。最終的には滑るように屋根から落っこちた。 なんだ、いたのか。イギリスの声を聞いてちょっと安心した。やっぱりさっき道端で見掛けたのは別人だ。どうして屋根の上にいたのかは知らないけど、きっと古い家だから修繕でもしていたのだろう。そう思って玄関先の地面に沈んだ身体を見れば・・・屋根のペンキでも塗り替えていたのだろうか?イギリスの髪の毛はいつもの陽に透けるような金ではなく、鮮やかな血と見紛うばかりの深紅だった。 「ねぇちょっとどうしたんだい?その髪の色。ペンキでも被ったのかい?それとも若作りのつもり?ていうか何これ、なんで羽根なんか生えてるんだい?角もあるし、よく見たら尻尾まで・・・今日はハロウィンじゃないよ?」 ツンツンとうつ伏せに倒れている彼の横腹を啄けば、彼はがばっと起き上がってぎろりと物凄い眼光で睨んできた。 「うるっせぇなっ!!悪魔なんだから羽根と角と尻尾があって当然だろ!?つうかてめぇが眉毛の悪口言うから・・・って、あぁ?なんでお前此処にいるんだ?つうかなんだその髪の毛、キンキンで趣味悪ぃ。何勝手に染めてんだよ」 「は?」 「あぁ!?」 「・・・悪魔?」 発言内容が意味不明だよ。常日頃から妖精さん妖精さん言ってるけど、相変わらずファンタジーが好きだね君は。あと俺の髪の毛は生まれた時から金色だよ、知ってるだろう?屋根から落ちた拍子に頭でも打ったのかな? 「大丈夫かい?イギリス」 「イギリス?何言ってんだよ、アル」 「・・・・・・は?」 今度こそ二人同時に首を傾げる。 「え、イギリス・・・じゃないのかい?」 「お前こそアルフレッドじゃねぇのかよ。魔王の子と同じ顔の人間か、不遜だな」 「不遜とか言われても・・・いやいや魔王?てことは本物の悪魔がいるのかい!?」 「眼の前にいるだろうが、莫迦かお前は」 口が悪いのもイギリスそっくりだけど、どうやら他人の空似らしい。こんなに似てるのに・・・そりゃ世界には同じ顔の人間が3人いるって聞いたことあるけど、それって悪魔も含む話だったのかな。しかも見れば見る程なんというか・・・ここまで似ていると、ねぇ。 「可哀相この眉毛」 「誰が可哀相だばかやろう!この眉毛は俺の魅力の証だ!」 「魅力?え、聞き間違いかい?今魅力って聞こえたけど?それってどこのこと?そのげじ眉じゃないよね?」 「・・・・・・ってめぇ、呪われたいのか、あぁっ!?」 「君にそんな力があるとは思わないけどね、悪魔の癖に屋根から落ちるなんてさ。その黒い羽根は飾りかい?」 ぷすっと失笑すると、悪魔だと言う彼は目を吊り上げて俺の胸倉を掴んで叫んだ。 「てめぇが俺の眉毛の悪口言うからだろ!?うっかり足を滑らせたんだよ!」 「へぇ、うっかりね。じゃあ本当に飛べるのかい?飛んでみせてよ」 イギリスが此処にいないこととか悪魔という非現実的な生き物のこととか気掛かりなことはたくさんあったけど、とりあえず好奇心が勝った。軽い気持ちで赤毛の悪魔に向けて言うと、彼はさっと視線を逸らした。 「見世物じゃねぇ!!」 「なんだ、飛べないのか」 「目ん玉ひん剥いてよーく見てろよ!!?」 言うなり赤毛の彼は俺を突き放すように押しやって、ぎりっと睨みながら力を篭めるように仁王立ちになる。ちょっと痛い所を突くと負けず嫌いを発揮する辺り、精神構造もほぼイギリスと同じらしい。半ば呆れながら彼を見れば、うーん、うーんと唸っている。黒い羽根はぱたぱたと揺れているけれど、足が地面から離れる気配は見えない。 「・・・やっぱり飛べないのかい」 意地っ張りで見栄っ張りなところもそっくり。溜息混じりに言えば赤毛の悪魔は恥じらうようにかぁっと頬を真っ赤に染めた。ちょっと可愛いなんてときめいたのは気のせいだ。 「う、うるせぇっ!!力が足りねぇんだよ!・・・なぁ、てめぇの口の利き方は気に入らねぇが顔は好みだ。キスしようぜ」 「・・・は?」 「俺のテクで気持ちよくイカせてやるぜ?」 唐突に訳のわからないことを言い出した悪魔は、にじり寄って来て俺の腕をがしっと掴んだ。明るい翠の瞳がいやらしい熱を帯びて真っ直ぐに俺を射抜く。ぺろりと赤い舌で唇を舐める仕草がやけに色っぽくてぞくっとクる。 「ちょっ・・・顔、近い、近いよ!!離れて・・・っ」 「んだよ、別にまだ童貞って訳じゃねぇだろ?キスくらい良いだろ」 「ど、どーて・・・って、待って、俺は・・・っ!」 必死に顔を背けて抵抗する俺の顎を掴んで悪魔が唇を寄せたその時。 「お前ら人ん家の玄関先で何やってんだ、ばかぁああああっ!!」 「ぐほっ!!!」 ドゴッと激しく身体がぶつかり合う音が響いて、一瞬で赤毛の悪魔が俺の視界から消え去った。 恐れ多くも悪魔に飛び蹴りを食らわした人物を唖然としながら見遣ると、癖が強くてボサボサの薄い金の髪が風に靡いている。 「えっと、イギリス・・・?」 「お、お前・・・俺の家で熱烈なキスシーン見せつけるとか、当て付けのつもりかよ!?」 イギリスはわなわなと身体を震わせて、翠の瞳にはうっすらと膜を張っている。遠目に見れば俺と赤毛の悪魔がキスをしているように見えたのだろう。 「ち、違うよ!彼に無理矢理されそうになって・・・ていうか君こそ女性とデートしてたじゃないか!鼻の下伸ばして!スケベ!」 「あぁ!?誰もデートなんざしてねぇよ!俺はちょっと買い物に行ってただけだ!ていうかお前こそまたアポ取らずに来やがって!ちゃんと連絡入れねぇから今日みたいに待ち惚け食うんだよ!きっちり反省して今度からはアポ取ってから来やがれ!!」 「早速説教なんかごめんだよ!!友達いなくて寂しい君はいつだって引き篭って家にいるじゃないか!今日は偶々いなかっただけだろう!?買い物だからすぐ帰って来たし!アポなんかなくたって問題ないよ!」 「買い物じゃなくて仕事だったらどうすんだばかぁっ!!」 「・・・そろそろ俺を殴った返しを受け取ってくれるか?」 「うるせぇっ!!」 「口を挟まないでくれないか!!」 反射的に言い返して、ようやく悪魔の存在を思い出した。赤毛の彼は昏いオーラを纏ってぷるぷると肩を震わせている。そんなにイギリスに蹴られたのが痛かったのだろうか?蹴った張本人のイギリスはようやく彼の顔を見咎めて眉を顰める。 「・・・誰だこいつ」 「悪魔らしいよ。君にそっくりなんだけど親戚か何かかい?」 「なんで親戚に悪魔がいなきゃなんねーんだよ。つうかなんでお前悪魔に襲われてんだよ」 「知らない」 悪魔と聞いてイギリスはさり気なく戦闘モードに入ってる。あれ、やっぱり危険な存在だったのかな?飛べないけど。イギリスに蹴られて吹っ飛ぶような華奢な身体だけど。 「成程な・・・お前がイギリスって訳か。確かに少しばかり似てるかもしれねぇが、俺様の美貌とこのちんちくりんを間違えるなんざ有り得ねぇ」 「び・・・ぼう・・・?」 赤毛の彼の言葉に思わずぷっすーっと笑ってしまった。ここは一度鏡でじっくり見ることをオススメしたい。もしかしてイギリスも自分の顔を美貌だと思っているのだろうか?呆れた眼差しを向ければ、イギリスは慌ててぶんぶんと首を横に振った。 「べ、別に俺はそんなこと思ってないからな?そんな目で見んじゃねぇよ!!」 「いいからお前ら俺の話を聞けぇぇぇ!!」 堪りかねたように悪魔が吠える。そして勢いを付けて走りこんで来たかと思えばぐるりと旋回して脚を振り上げた。ぶんっと空気を裂いたそれはイギリスの頭があった場所を抉ると再び地面に着地し、同時にもう片方の脚が鋭く突き出される。イギリスはそれを片腕で受け止めると、逆に素早く懐に入り込んで鳩尾に拳を叩き込む・・・のを悪魔は身体を捻って避け、後頭部に向けて手刀を放った。その一瞬にイギリスの足蹴りが悪魔の顎を捉える。 二人の身体がスローモーションのように傾いでどさっと地に伏した。戦闘力も攻撃手法もほぼ同じらしい。呆気に取られて、さてどうしたものかと傍らに置いてあった紙袋からサイドメニューのアップルパイを取り出してもしゃもしゃ食べていれば、うううと二人同時に呻き声を上げた。 「あ、アメリカ・・・」 「なんだい?」 「・・・そんなに食うな、メタボになっちまう」 「こんな時まで説教かい!!まったく君ときたら、人のことより自分のことだよ!大丈夫かい?」 「心配するならせめて手を貸せよばかぁ・・・っ」 恨めしげな表情のイギリスに溜息混じりに手を差し出して助け起こせば、傍で赤毛の悪魔もよろよろと立ち上がった。彼は悔しげに俺達を睨んでくる。 「くっそ・・・さっきキスしてりゃこんなちんちくりんにヤラれたりしねぇのに・・・」 「ちんちくりん言うな!!」 「やけにキスに拘るね、理由を言ってくれよ。理由次第じゃ協力してあげなくもないよ?」 「アメリカ!!」 「キスするのはこのちんちくりんだけどね!」 「おぉい、俺かよっ!?」 ぎょっとした顔のイギリスに、にこりと笑いかける。だって俺は君以外の人とキスするなんて嫌だからね。もちろんイギリスが俺以外の人とキスするのも嫌だけど、でもこの悪魔はイギリスと同じ顔だ。鏡にキスしてると思えば平気だと思うし君だって構わないだろう? そう言葉にはしないけど無言のプレッシャーをにこにこ笑いながら与えれば、イギリスはくそっと悪態を吐いた。 「・・・まぁお前がこいつとキスするくらいなら俺がやるけどな。でも理由次第だからな!?」 イギリスの言葉に悪魔はちっと舌打ちを一つして、やれやれと首を振った。 「いいぜ、この際仕方ねぇからお前で我慢してやる。けど良すぎてイっても知らねぇぞ?」 「ふざけんなよ、キスのテクなら俺が世界一だ。てめぇなんかには勿体ないが披露してやってもいいぜ?けどハマんなよ、二度はないからな」 「はん、てめぇみたいなちんちくりんのテクなんざ屁でもねぇよ」 「よーし、理由なんざどうでもいい、来いよ。俺のテクに酔いしれやがれ」 言うなり彼等は躊躇なく噛み付くように唇を重ねた。がっつりディープキスを交わす姿に、なんだかモヤモヤする。なんで俺が第三者になって見てるんだろう?ってね。やっぱりイギリスが他人とキスするのは嫌だなー。あと、なんかこう・・・同じ顔がキスしてる姿というのはエロティックで・・・正直に言うと興奮した。でも良く見れば主導権争いをしているのか、ガンを飛ばして二対の翠の瞳の間で火花が飛び散ってる。・・・本当に負けず嫌いなんだから。 ぷはっと唇が離れた瞬間、イギリスの身体がぐらりとよろめく。慌てて支えてあげるとイギリスは荒い息を吐いてぎりぎりと悪魔を睨みつけている。その顔色は先程と違って青白い。尋常でない有様にどういうことかと赤毛の悪魔を見れば、彼はふふんと鼻を鳴らして禍々しくにやりと哂った。 「くそっ・・・精気吸い取られた・・・」 「え、何それ、君莫迦じゃないかい!?」 「お前がしろって言ったんだろうが!」 そうだけど理由を聞かなかったのは君のミスだよね。というか精気を奪われたとかヤバイんじゃないか?元々色白なイギリスの頬には血の気がない。立っていることもできない彼の身体を抱えて玄関先に後退り距離を取れば、悪魔はちろりと唇を舐めてイギリスの顔を凝視している。 「へぇ・・・顔は気に食わねぇが、味はなかなかのもんだな。お前、人間にしては妙に魔力強くて美味い。なぁ、もう一回やろうぜ・・・?」 翠の瞳を爛々と光らせながら悪魔は口元に笑みを刷く。薄い唇の奥に鋭い牙が覗いた。頭の両サイドに突き出した黒い角が鈍い光を放ち、背に負う漆黒の翼がゆらりと羽ばたく。人外の者、ようやく俺は悪魔の存在を認識して戦慄した。 「は、二度はないって言っただろうが」 イギリスが吐き棄てるように言えば、悪魔はついっと細い指を宙に翻す。途端にイギリスはビクンと痙攣して、操られるように悪魔に向けて歩き出した。必死にその身体を拐って腕の中に閉じ込めると、悪魔による魔力と俺の物理的な力との鬩ぎ合いの狭間で苦しいのか、イギリスはカタカタと震えてか細い息を吐く。 「まだ俺の中に入ったお前の気が繋がってるからな、抵抗できねぇだろう?来いよ」 「もう止めろ!キスなら俺がするからっ!!」 くつりと笑みを漏らした悪魔が更に引き寄せる力を強めたのか、イギリスの身体がぎしりと軋んだ。声にならない悲鳴を上げる彼の苦悶の表情に堪りかねて咄嗟に叫ぶ。イギリスを助けたい・・・その一心だ。俺の言葉に額からだらだらと脂汗を流しているイギリスは力なく首を横に振ったけど、もう見てられないよ!君を助けたいんだ! 「ふぅん?・・・まぁ、力はだいぶ戻ったしな。良いだろう、替われ」 ぎりっと睨み付ける俺を興味深げに見た悪魔はにぃっと哂って、糸を断ち切るように手で空を薙ぐ。ふっと力の抜けたイギリスの身体をポーチの石貼りの上に横たわらせると、彼は泣きそうな顔で俺を見上げて腕を掴んだ。 「アメリカ、ダメだ・・・っ」 「大丈夫だよ、俺には魔力なんてないしタフだから。君は休んでいて」 安心させようとにこりと笑って軽くハグする。そうして悪魔の元に歩み寄った。先程までは華奢で頼りなげだった赤毛の彼は、イギリスの精気を吸い取ったからか圧倒的なオーラを身に纏っている。ちりちりと肌を焦がすようなそれを感じながら、愉悦を含んだ悪魔の視線を負けじと真っ直ぐ受け止める。 「綺麗な水色の瞳だな・・・精悍な顔立ちもいい。がっしりした身体つきも好みだ。いっそ俺のモノにならねぇか?」 「残念ながら俺には心に決めた人がいるんでね、君のモノになる気はない。キスも一度きりだ。そして終わったら帰ってくれ。・・・約束してくれるかい?」 「ふん、つまんねぇの。まぁまた来ればいいか。ここは一旦引いてやるよ、約束してやる」 きゅっと目を細めて頷く悪魔は俺の頬に指を絡ませる。イギリスと同じ顔なのに嫌悪しか感じないそれに思い切り眉を顰めると、益々悪魔は愉しそうに哂った。くそ、絶対こいつサドだ。甘い吐息がふわりと鼻に掛かり、赤く薄い唇が寄せられる。ぐっと歯を食いしばって口づけを受けようと覚悟を決めたその時――。 ぴしゃ―――ん!!ずががががっ!!! 轟音と共に白光が視界を埋め尽くし、激しい衝撃に大気が唸った。地面がぐらぐらと揺れて立っていることもできない。限界を超えた光に灼かれた目はなかなか視力を取り戻せず、やっとの思いで瞳を開けば、そこには赤い髪の悪魔が倒れ伏していた。 「・・・え?」 何はともあれ助かったということだろうか?ちなみに俺は直感的に何かの気配を感じ取り、無意識のうちに地を蹴り大きく飛び退ったので難を逃れることができた。もし反応が一秒でも遅れていれば俺もあの白刃を喰らっていただろう。 緊張の余り激しく鼓動を繰り返す胸を押さえるようにぎゅっと掴んで、呆然と赤毛の悪魔を見つめていれば、唐突に空から声が降ってきた。 「相変わらず聞き分けがないね。お仕置きだよ、アーサー」 その冷徹な、心臓が凍るような声の方向を見上げれば・・・空には新たな異形の者が浮かんでいた。 漆黒の髪に牡羊のような猛々しい二本の角、背負う漆黒の羽根は闇を纏いどこまでも広がっていて先の尖った尻尾をゆらゆらと揺らしている。何よりもその存在感、赤毛の悪魔とは比べ物にならない程に絶大で絶対的だ。・・・ただ、どこかで見たことあるような顔立ちなのだけど、誰だっけ? 悠然と宙に浮かぶ闇色の悪魔は、赤毛の悪魔・・・恐らくアーサーという名なのだろう、彼の傍に降り立つと容赦なく靴で踏みつけた。ぐぇっと蛙が潰れたような声を上げたアーサーは、地に縫い付けられてじたばたしている。 「ばかっお前ばかっ!!俺を殺す気かぁっ!!!」 「君が何回言っても聞かないからだろう?」 「俺も何回も言ってんだろうがっ!!淫魔の食事はキスから得る精気なんだよっ!文句言うんじゃねぇっ!!」 「だからそれは俺があげるって言ってるのに」 「お前から貰うんじゃ意味ねぇんだよっ!!」 良くわからないけど悪魔二人が仲違いしてる間にイギリスと合流しよう。そう思ってこっそりと彼の方へ向かえば、見えない何かがしゅるりと首に絡み付いて来て絞め上げた。 「ぐ・・・ぅ・・・っ」 「あ、アメリカ!」 よたよたと這うようにして来たイギリスが必死に何かを取り除こうとしてくれるけど、益々首が絞まって息ができない。ひゅうひゅうと掠れた音だけが微かに漏れる。 「アーサーの口付けを受けた人間を、俺が生かしておくと思うかい?」 「まっ・・・して、な・・・」 「こいつはしてねぇよ!つうかそこの悪魔が無理矢理キスしようとしたんじゃねぇか!!」 イギリスがどこからか取り出したナイフで俺の首を絞めていた何かをぶつりと切り裂く。ようやく解放された俺はその場にがくんと崩れ落ちて、ひぃひぃと灼け爛れたような喉で必死に酸素を取り込んだ。イギリスは俺を庇うように立ってナイフを構えている。 「未遂かい?なら良かった間に合って。無理矢理だろうとなんだろうとアーサーの唇に触れることは万死に値するからね。・・・けど、なんだお前達のその顔は」 闇色の悪魔は気に食わないと盛大に顔を顰める。それもそのはず・・・顔を顰めたのはこちらも同じだ。どこかで見たことのある顔、それは俺の顔だった。 「そうか、俺に似た顔・・・彼がアルフレッドか」 「・・・・・・!!アメリカ、あいつの名前知ってるのか!?」 俺がぽつりと零した言葉を拾ったイギリスが、一瞬だけこちらを見て吃驚したように尋ねる。 「うん、さっき君に似た方の・・・アーサーって悪魔が俺と間違えて呼んだんだ。きっと彼のことだと思う」 「・・・じゃあ、勝機はあるな」 「え?」 「悪魔に対抗するならやっぱこれだろ!?」 俺の質問をまったく受け付けずに、ばっと芝居がかった仕草でイギリスが服を脱げば、現れたのは見慣れた・・・哀しいことに見慣れた衣装、際どい丈のふわふわ真っ白な天使ルックだ。 「ブリタニアエンジェルに変身!!!」 「え、君ってばいつもそれ下に着込んでるのかい!?」 「いつもじゃねぇ、偶々だ。それより悪魔に対抗するなら天使だろ?」 「君のそれはコスプレであって天使じゃないよね・・・」 どこからその自信がくるのか甚だ疑問だけど、イギリスはきらきらと翠の瞳を輝かせて意気揚々と悪魔に対峙する。悪魔の方は胡乱な目で見てる。どうせ何か変なのに関わっちゃったなーとか思ってるんだろうな。うん、その気持ちは良くわかるよ、俺もそうだったから。 イギリスは掌に力を凝縮させて例の如く星のステッキを召喚する。そして何やら呪文のような言葉をぶつぶつと呟いて――最後に微かに呟いた、アルフレッドとアーサーと。悪魔の名を喚んだ。 「確かに衣装はコスプレだけどな、この魔法は本物だ!ほ・あ・た☆」 シャララランと可愛い音を響かせながら星のステッキが宙を舞う。そして――悪魔二人が驚愕したかのように目を見開いた瞬間、ぼふんと何かが爆ぜて辺りが白煙に包まれた。 |