USA


 一応要人の俺達を南イタリアの適当なホテルに放り込むのはまずいとでも思ったか、イタリアの上司の別荘に泊まる事になった。こじんまりとしつつも明るい内装のそこは、なかなかに居心地の良い空間だ。それぞれに部屋を宛てがわれて、翌朝の出発までは自由に過ごす事になった。
 日本とドイツはまだ仕事があるからと、早々に部屋に戻っていった。まったく勤勉にも程があるよ。イタリアは上司に呼ばれたらしく外出している。フランスはイタリア娘に誘われたとか夢見て嬉しげに街へ繰り出した。そのうち意気消沈して帰って来るだろう。で、残った俺とイギリスはリビングのソファに向かい合って座り、酒の入ったグラスを傾けている。
 南イタリアで見聞きした事を思い返しながらゆったり話をしていると。オフを取る為に仕事を詰め込んで無理をしたのか、酒の強い彼にしては珍しく、少し飲んだだけなのにもう舟を漕ぎ出した。
「ちょっと、ここで寝ないでよ」
「わぁってるよ、こんだけで俺が潰れるわけねぇだろ・・・」
「言ってるそばから目開いてないよ!」
「うるせぇな、大丈・・・」
 偉そうなこと言っている割に、今すぐにも落ちそうだ。
「あぁもう、せめて部屋で寝てくれよ」
 君がここで寝てしまうと、自ずと俺が部屋に運ばなくちゃいけないじゃないか。小柄ではあっても身体は大人の男だ。はっきり言って重い。
「わぁっ・・・て、る・・・・・・」
「ねぇ、イギリスってば。寝ないでよ、起きて部屋に行こうよ」
 完全にソファに横になって寝に入ろうとするイギリスの肩を揺らしてみるけど、一向に動く気配を見せない。それどころか、くかーという寝息まで聞こえ始めた。
「ちょっと、ほんとに寝ないでくれよ!」
 焦って怒鳴るけど、もう後の祭りだ。完全に寝始めてしまった。
「まったくもう」
 大きな溜息をついて天を仰ぐ。こんな酔っ払いなんか放っといて部屋に戻ろうか。担いで階段をのぼる労力を考えると、それも良いかもしれない。でも、疲れて寝た彼を放置して風邪でもひかれたら、自業自得という言葉なんてきっぱり忘れて散々に文句を言われそうだ。
「仕方ないなぁ」
 彼を運ぼうと見下ろして手を伸ばす。ふと、その寝顔を見て。その唇に、目がいく。
「・・・イギリス?」
 そっと声を掛ける。
「ねぇ、起きてる?」
 確認する。ちゃんと、寝ているか。応えはない――寝ている。でも今はダメだ。いつもは酒に酔い潰れたところを見計らってしているけど、今は軽くアルコールを飲んだとはいえ、ただ疲れて寝てるだけ。いつ起きるかわからない。――でも、我慢できない。ぎりぎりまで顔を寄せる。イギリスの寝息が鼻先にかかってくすぐったい。俺の吐息も彼にかかっているのだろう。それでも、目を開かない。寝ている――。安心して、震える唇をそっと重ねて。目を閉じた。
 イギリスの唇の温もりを感じる。自分の全神経をそこに集中させて貪る。わずかに触れているだけで、胸が幸せでいっぱいになる。好きだよ、好き・・・愛してる。時間にしたらほんの十数秒、でも長く長く感じた。卑怯な事をしているとわかっている。苦い思いを噛み締めながら唇を離して、目を開くと。
 閉じられているはずのグリーンアイズが、そこにあった。


「――――っっ!!」
 心臓が止まったかと思った。飛び退いてへたりと座り込む。びっくりしすぎて腰が抜けてしまった。金縛りにあったように動けず、彼の顔から目が反らせない。全身が冷や汗でびっしょりになる。
「い、イギリス・・・な、んで・・・」
「・・・変だと思ってたんだ」
 はぁっと溜息を洩らしつつ、彼はゆっくり身を起こしてソファに座り直した。
「へ、変って・・・?」
「最近さ、何度も夢に見るんだ」
「夢・・・?」
「お前に、キスされる夢」
 雷に打たれたような衝撃にぎくっとする。どうして、まさか――。
「最初はなんでこんな変な夢見るんだ俺って思ってたんだ。でも、何度も繰り返すんだよな、同じようなの。んで、良く考えたら」
「・・・・・・」
 唇がわなわなと戦慄く。嫌だ、ダメだ、まずい。・・・この場から逃げ出してしまいたい。
「お前と、飲んだ後なんだよ、いっつも」
「――――っ」
 バレた。バレてしまった。卑怯なことしてたの、知られてしまった。
「それで、もしかして・・・って思ってさ。寝たフリしてたんだけどさ・・・」
 大仰に溜息をつく。それでも俺は動けない、思考が停止してしまっている。なんとか誤魔化したいけれど、もうどうにもならないだろう。詰られるだろうか、嫌われて無視されるだろうか。涙が浮かんで俯くと。
「だから、好きな女とやれよ、こういうのは」
 カリカリと頭を掻きながら、イギリスは言った。
「・・・・・・っ!!」
 全身が怒りで燃え上がるようだった。この期に及んでも、まだそんな事言うわけ・・・?
「――俺は、ちゃんと好きな人にしてるよ」
 手をぎゅっと握り込み、唇を噛み締めながら言うと。
「あ?」
 イギリスは眉を寄せて聞き返してきた。そんな彼をきっと睨みながら。
「好きなのは、君だよ」
 とうとう想いをぶつけた。長い時間、胸にわだかまっていた想い。目を逸らして、でも抑えられなくて。伝えたくて、でも怖くて伝えられなかった想い。
「なに馬鹿なこと言って・・・」
「君こそ誤魔化さないでくれないか?わかってるんだろ?ほんとは」
「・・・・・・」
 言い切ると、イギリスは明らかに動揺して目を逸らした。
「ほらね。いつもそうやって都合の悪い事は知らないフリ、見ないフリ。それがヨーロッパ式の付き合い方かい?」
「何の事かわかんねぇよ」
「まだ言うの?それで丸く収まると思ってるんだ?」
「いい加減にしろよ、お前酔ってんのか?」
 イギリスは苛立ち紛れに舌打ちする。
「残念ながら俺は酔ってなんかないよ」
「じゃあ何でそんな性質悪い冗談・・・」
「冗談なわけないだろ!?」
 もう限界だった。すくっと立ち上がって彼の両腕を掴んでソファに押し付ける。
「確かに冗談だったら性質悪いよね!でも俺は本気だよ!」
 間近に顔を寄せて睨むように言うと、イギリスはうろたえたように目をわずかに開いて見上げてくる。その翠の双眸が逃げられないように視線を絡める。
「アメリカ・・・」
「俺だってそんなわけないって、違うって思おうとしたよ!でもやっぱり間違いなくて・・・それでも我慢しようって思ったんだ。けど、もう抑えられない」
「・・・メリカ、よせ、聞きたくな・・・」
「君が好きだ」
 悲痛な声に被せるように言うなり、その唇を塞ぐ。
「――――っっ!」
 彼の大きな瞳が益々大きく見開かれる。ソファに押しつけた腕が抵抗するようにもがくのを、更に力ずくで抑え込む。唇の角度を深めようとすると、顔を捩って逃げられた。
「や、め・・・・・・」
 拒絶の言葉なんか聞きたくない。再び唇で覆って言葉を奪う。
「・・・ん、ぅんっ・・・や・・・っ」
 イヤイヤするように首を振って逃げる唇を執拗に追い続けて塞いでやると、傷ついたような顔をして涙を零した。早く諦めて、受け入れてくれれば良いのに。そう考えていたら。
「――――っ!?」
 鋭い痛みを感じてぱっと身を離す。反射的に口を抑えた手を見てみると、血がぽたりと落ちていた。
「・・・噛むなんて、酷いじゃないか」
「ひ、酷いのはお前だっ・・・や、止めろって、言ってんのに・・・っ」
 ぽろぽろと大粒の涙を流して俺を詰る。全身で拒絶を表す。その視線が、言葉が胸の奥に突き刺さる。
「な、で・・・なんで、だよ・・・お前は、俺の」
「俺は君の弟じゃない」
「――――っ」
 冷徹に事実を言ってのけると、イギリスは顔をくしゃりと歪ませた。その頬に手を添えると、びくりと怯える。
「ねぇ、もうやめようよ。そろそろ新しい関係に踏み出しても良いんじゃないかい?」
 そう言うと、涙を零しながらぎりっと睨みつけて来た。
「てめぇがっ・・・それ、言うのかよ!」
「確かに俺が言うのは可笑しいかもだけど」
 肩を竦めてふぅっと息を吐き出す。
「でも、君だって本当は、弟だなんて思ってないだろう?」
「そ、んなこと・・・」
 イギリスはぎくりと身を震わせて目を見開いた。
「ほら、図星だろ?君は元弟だから愛しい存在だって・・・思い込もうとしてるんじゃないかい?」
「ち、が・・・」
 首を振って必死に否定するイギリスに、ずっと心に仕舞っていた事を突き付ける。
「だって俺達、どう見たって」
「やめろ!」
 俺の胸倉を掴んで制止しようとするイギリスの手首を逆に握り締めて、瞳を覗き込みながら、その言葉を放つ。
「兄弟じゃないじゃないか」
「言うな・・・っ」
 瞳が絶望に覆われたように光を失った。それでも続ける。ちゃんと、聞いてよ。
「だからさ、そういうのは」
「やめろ、やめてくれ・・・もう」
 涙を流しながら俺の手を振り解き、へたりとその場に座り込んだ。
「イギリス・・・」
「聞きたくない・・・頼む、頼むよ・・・」
 ガタガタ震えながらすべてを拒絶するように丸まって、耳を塞いでしまった。その腕を取って聞かせようとするけど、頑なに拒まれる。
「・・・・・・」
 やりきれない想いでいっぱいだった。――弟じゃない、それを認めなければ何も始まらないのに。その場に立ち尽くして、ただ彼の後頭部を眺めた。受け入れてもらえない、哀しい。ぽとりと、涙が頬を伝って、落ちた。





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