UK 嫌な夢を見た。目が覚めても内容をはっきり覚えている。ったく、いちいち夢にまで出て来てしつこく確認しなくたってわかってるってのに・・・。頭を一つ振り、部屋の空気を入れ替えようと窓辺に近づくと。別荘の周りにスーツを着込んだガタイの良い連中が潜んでいる事に気付く。なんだコレ・・・。俺らやばくね?カーテンに隠れながら窓の下を注視していると、そこにイタリアが、やはりきっちりとダブルスーツを着こなした男に連行されて来た。あいついきなり捕まったのかよ、相変わらずヘタレ野郎だ。けなしながらも人質がいる不利に舌打ちをする。どうするか・・・と思いを巡らせていると、なんとあっさりイタリアが別荘の中に男達を招き入れている声が階下から聞こえて来た。何やってんだあの野郎! あっという間に連中はなだれ込んで階段を駆け上がり、俺達が泊まっている部屋の前の廊下を占拠した。逃げ場はない――どうするか。銃を懐に忍ばせ、じりっとドアの外を睨みつけ意識を集中する。瞬間、ばたーん!とドアが開け放たれ、奴らが・・・て、あれ?俺の部屋は奇妙な静寂に包まれている。そして他の部屋から、うわ、ちょっとなんだい!?という悲鳴が聞こえて来た。俺の記憶に間違いがなければ、それはアメリカの声。やばい、あいつが狙いかよ。助けなきゃ・・・と思い部屋のドアをかちり、と少し開いて廊下の様子を伺うと。部屋の外で腕組みして立つドイツと目が合った。 「おはよう」 「おま、何そこで突っ立ってんだよ!」 「いや・・・廊下が通れなくて下に降りれないんだ」 「そうじゃねーよ!アメリカが・・・」 「あぁ、捕まったな」 「冷静に言ってんじゃねーよ!」 問答する間も、アメリカの部屋から「お願いだから待ってくれ」と懇願する声が聞こえる。あいつが人に頼むなんて、余程の危機だ。 「そうは言うが・・・自業自得だろう、これは」 「んだと!?」 ドイツの襟首を掴もうと手を伸ばす一瞬先に、その言葉が耳に入る。 「真面目に仕事をしないから怒られるんだ」 「・・・・・・仕事?」 フリーズした俺に、ドイツは眉を顰めながら頷く。 「アメリカは仕事を放棄して来ただろう?上司がイタリアの上司に問い合わせて居場所がバレたんだ」 「あぁ・・・成程」 がっくりとうなだれる。確かにそりゃ自業自得だ・・・。育て方を間違えたかと、情けない思いに泣きたくなりつつアメリカが宿泊している部屋の方を見遣ると。「わかったから少しだけ!もう逃げないから!ほんとだって!お願い待って!」との声が聞こえる。同時に廊下にアメリカが姿を現す。目が合ったかと思うと、猛烈な勢いで走り寄って来る。ぎょっとして立ち竦んでいると、無言でいきなり腕を掴まれ部屋に押し込められた。後ろでバタンとドアが閉まる音を聞く。 「お、お前・・・俺をま・・・っ!?」 突然部屋に連れ込まれて混乱しつつも、巻き込むなと責めようとしたら。今度はこれまた突然抱き付いてきた。 「ななな何す・・・!」 慌ててもがいて抵抗するが、がしりと背に廻された腕はびくともしない。この馬鹿力・・・っ!昨晩の一件が脳裏に甦り、パニックになる。そこに、アメリカの冷静な声が降って来た。 「――俺は諦めないよ」 強い決意を滲ませた宣言に、思わずびくりと震える。何も言えずに固まった俺に、アメリカは優しい声で囁く。 「今度、ちゃんと話し合おう。俺はどんな言葉でも聞くよ、絶対受け止めるから、だから君も誤魔化さないでくれ。君の本当の気持ち、聞かせて」 動揺して強張る俺の額に軽くキスして、にこりと笑った。そして、アメリカは本国へ強制送還された。 額にそっと手をやる。そこがじんっと熱い。知らず赤面する。俯きがちに歩いて、ふと視線を上げるとフランスと目が合った。 「・・・・・・」 何もかも見透かすような視線に、堪らず目を逸らした。 二日目はベニス観光だそうだ。というかベニスの視察が当初の目的だったよな・・・日本のはしゃぎ様を見ていると、とてもそうは思えないが。 「良かったな日本」 「はい、これで心置きなく写真が撮れます」 戻って来たカメラを手に、日本がにっこり笑う。 「あぁそうです。記念写真撮りましょう!」 「・・・え?」 「さぁさぁ皆さん並んでください!僭越ながら私が撮らせて頂きます!」 手をぱんぱんと打ち叩いて、唐突に日本が仕切り出す。普段は空気を読むはずの日本は俺の戸惑いに一向に気付いてくれない。 「いやそれじゃ、お前のカメラなのにお前が写らないじゃないか?」 「えぇ、ですから後で交代してくださいね」 ワイン野郎などと一緒に写りたくない、だから俺が撮ってやると言いたかったのに、さらりと言ってのけて、にこりと微笑む。どういうわけか、日本はたまに不可思議なところで押しが強くなる。今も何かがこいつの琴線に触れているのだろう。カメラを構えて俺が動くのをじっと待っている。振り返ると既に他の奴らは集まってポーズを取っていた。・・・仕方ねぇな。3人の横に少し離れて並ぶと、フランスが肩を組んで来たので思い切り鳩尾に肘鉄を入れてやった。 結局交代で記念写真を何枚も撮る羽目になった。このメンバーの記念写真とかあっても嬉しくねぇよ・・・。 「アメリカも撮ってやれば良かったな」 「そうですね・・・突然帰国されてしまって残念です。最後までご一緒したかったのに」 至極残念そうに日本は呟いた。 「自業自得だから仕方ねぇけどな」 「まさかお仕事投げ出して来られたとは思いませんでした」 「部下が可哀相だよな」 日本が苦笑する。俺も呆れたように笑う。 「あぁそれにしても素晴らしいですね」 「でしょでしょ〜。俺、ヴェネチアの中でこれが一番好きなんだ〜」 「そうですね、私もこれが一番好きかもです」 二人は寺院の天井のモザイク画にうっとりと魅入っている。確かにそれは、見事だった。 「せっかくだから皆で乗るか?」 ベニスの名物、ゴンドラの乗り場でドイツがぼそっと呟く。こいつ何気にテンション高ぇよな・・・。 「だね〜今日はお天気良いからきっと風が気持ち良いよ〜」 イタリアが相槌を打つ。俺はいい、と言おうと思ったらフランスにがしりと腕を掴まれた。 「はいはーい、野郎5人は狭いし重くて危険だと思うのでお兄さんと眉毛は次のゴンドラに乗りまーす」 「な、何勝手に・・・っ!」 「いーじゃないの、たまには腐れ縁同士で親睦を深めようよ」 「あぁ?寝惚けたこと言ってんじゃねーよ。てめぇと深めるのは拳だけで十分だっ!」 「じゃあまた後でな」 ドイツが船頭にニ隻予約を取り付けて振り返る。 「またね〜」 「それじゃすみませんが先行しますね。こちらからお二人の写真も撮りますから」 イタリアと日本もにこりと笑って・・・て、何で決定事項になってんだよ! 何を言っても適当にかわされ、仕方なくゴンドラに乗り込む。流れに乗り、迷路のような狭い水路に入ったところでフランスが口を開いた。 「で、どうする気?」 「何が」 「アメリカの事。わかってるでしょ?」 やっぱりその話かよ。前のゴンドラに乗る三人と分かれようとしたところでこいつの意図はわかっていた。ちっと舌打ち一つして、この話はしたくないと言外に告げる。 「どうもしねぇよ」 「いつまでもそういうわけにはいかないでしょ。もう限界来たから昨日みたいになっちゃったんでしょ?」 フランスは気付いてるだろうに構わず話を続ける。 「うるせぇな、てめぇに関係ねーだろ」 「そうもいかないよ、俺も話聞いちゃったし」 「だから忘れろっつったろ」 じろりと睨むがまったく堪える風もなく肩を竦める。 「どうせつまんない事考えてるんでしょ」 「人の思考をつまんないとか言うなよな」 「じゃあなんで女の子紹介したりしたの」 こいつが知るはずもない痛いところを突かれて思わず言葉に詰まる。 「・・・なんでてめぇがそれ知ってんだよ」 「アメリカに聞いたの。あんまり若者をいじめるもんじゃないよ」 「うっせぇな、じじいかお前は。つうか弟が間違った道に進もうとしてりゃ止めるだろ、兄としては」 「弟だなんて思ってもいないくせに」 「あいつは弟だ、独立しても・・・変わらない」 「そんな自分も騙せないような嘘、俺に言わないの」 「・・・・・・」 こいつはいつだってこうだ。とても簡単なことのように、あっさりと何もかもを見透かしてしまう。・・・本人すら気付いてないような内面まで。そういうところが俺は昔から気に食わないんだよ、くそ髭。膝に頬杖をついて内心悪態をつく俺に、フランスは更に子供を諭すように続ける。 「お前もさ、少しはあいつの気持ちを汲んであげなさいよ」 「男同士でどうしようってんだ」 「関係無いでしょ。お前だってそこは気にしてないくせに」 「・・・無理なもんは無理だ。あいつだってそのうち諦めるだろ。魅力的な女でもいれば、あいつの出来心なんかあっさり消えるさ」 昏い笑みを浮かべて言うと、呆れたように「それで女の子紹介したわけね」と呟く。 「わかってないよお前は。アメリカの想いは・・・昨日今日のもんじゃないよ。そんな簡単に消えるような軽い気持ちじゃない。なのに理由も言わずに拒否するなんて、いくらなんでも可哀想でしょ」 「言ったところでどうにもならない」 「・・・お前も可哀想だよな」 「なんで俺も可哀想なんだよ」 憐憫を込めて言われて、思わずむっとする。 「いつまでも過去の一件に囚われてんじゃないよ。そろそろもう、良いんじゃないか?」 「俺は誓ったんだ。終わりなんて来ない」 はっきり言い切ると、フランスはわざとらしく溜息をついた。それにイラっとして顔を背ける。 風が心地好く頬を撫でる。舟が水面を掻き分けて漣を生む。船頭が舵を操る音が、静かになった船内に響く。 「・・・そろそろ、本音ぶつけてみたら?」 「あ?」 前を行く日本に殴りたくなるような笑顔を向けて被写体になっていたフランスが唐突に言うので、一瞬何のことかわからなかった。 「あいつなら・・・きっと、受け止めてくれると思うよ」 知ったような口をきくフランスに心底ムカついたので制裁を食らわすことにした。水路に落ちるよう、その顔面を思い切り蹴る。 「ちょっ・・・危ないでしょ!お兄さん殺す気!?」 縁にしがみついてフランスが怒鳴る。 「これぐらいで死なねぇだろ」 げしげし蹴り落とそうとする俺の足を、必死な形相でフランスが掴んだ。うぉ・・・。思わずふらりとよろめく。ゴンドラから落ちるのが、自分でもわかった。視界の片隅でフランスがニヤリと笑うのが見えた・・・から。身体が捻れて攣りそうになるのも構わず渾身の力で奴の腕を掴んで道連れにする。 「ちょっ・・・おま、何してくれてんのー!?」 「死なば諸共だ!てめぇも堕ちやがれぇぇぇ!!」 ばしゃーん。大きな水柱が立ち、縺れ合うように二人して水の中に沈んでいった。 水の中でもひとしきり掴み合った後、やっとの思いで水上に顔を出し、息を継ぐ。船頭はどうやら落ちた俺達に構わず舟を先へ進めたらしく、辺りに見当たらない。なんて奴だ。仕方なく水路の端に設けられているゴンドラの停留所に二人して這い上がると。先行していたイタリア達が船頭に頼んだか、戻ってきた。 「ちょっと、フランス兄ちゃん達やめてよー俺が上司に怒られちゃうでしょー!?」 「あぁ!?」 苛立ちを隠さずに睨みつけると。 「う、うわーん、ドイツードイツー!」 イタリアは泣きながら慌ててドイツの背中に隠れた。ドイツとやり合うつもりは毛頭ないので、ちっと舌打ちして顔を背けると、横からふざけた台詞が聞こえてきた。 「お兄さんたら水も滴るいい男・・・」 「まだほざくかてめぇ!また落としてやろうか、ああん?」 「もちろん落ちる時はお前も一緒でね。ていうか坊ちゃん、いい加減に泳げるようになってよねー。カナヅチ抱えて泳ぐのって結構大変なのよー?」 「カナヅチ言うなぁ!!」 襟首を掴みあげてもニヤニヤ笑ってる。くそー!やっぱり一回絞めないとダメだなこいつ!などと考えていると。 「いい加減にしないか!!」 ドイツが吠えた。 「とにかくお前達は別荘に戻って着替えて来い!」 ピシャリと言われて、渋々頷いた。 フランスと二人別荘に戻り、シャワーを浴びて着替える。リビングに入ると先に済ませていた奴がワイン片手にくつろいでいた。 「何昼間から飲んでんだよ」 「いいでしょーちょっとくらい。お前もどう?」 「いいのかよ、ドイツ達待ってんだろ?」 「平気平気、三人で愉しくやってるよ。それより坊ちゃんちょいとそこに座りなさい」 「んだよ、うぜぇな」 フランスに背中を向ける形でソファの背もたれに寄り掛かる。 「俺もあれこれ言いたくないけどさ」 「じゃあ言うな」 「でもこれだけ、これだけ聞いて」 「・・・・・・」 「なぁイギリス」 顔だけフランスの方に向けて無言で先を促す。奴は、優しい瞳を向けて静かに口を開く。 「好きな相手に愛されるなんてのはさ、幸せなことなんだよ?それはもう・・・奇跡なんだ。なのにそれを享受しないなんてのは、愚かだよ」 「・・・・・・」 「愛し合うって、素敵なことだよ」 そう言って、ふわりと笑う。俺もふっと笑う。そして。 「・・・フランス」 「ん?」 「てめぇのその発酵し過ぎて腐った脳みそ引きずり出していいかー?」 「ちょっ、何笑顔で怖いこと言ってんのこの子っ!」 「つうかムカついたんだよ殴らせろよ!うらぁっ!!」 言うなり奴の土手っ腹に握りこんだ拳を叩きこむ。ぐはっと息を止めつつフランスも俺の頬を殴る。 「どこでどうムカついてんのっ!はっきり言って自業自得でしょっ!?」 「言っとくけど半分はてめぇのせいだからなっ!?」 俺もフランスの顔面を殴りつける。 「お兄さんはちょっとばかり可愛いアメリカに協力してあげただけでしょっ!?」 奴は腹を蹴り込んできた。 「余計な事してんじゃねぇぇえっ!!つうかてめぇが可愛いとか抜かすなっあいつが汚れる!」 「今更汚れるもへったくれもないでしょあいつは。つうか面白いこと言うじゃないの。それじゃあ坊ちゃんも・・・可愛い可愛い可愛い」 「・・・・・・っ!!気色悪ぃんだよくそ髭!!!」 「あっはっはー可愛い可愛い元ヤン坊ちゃん」 「てめぇまた100年フルボッコにされてぇのかよっ!?」 「ははん、やれるもんならやってみな!ていうかこの前、向こう50年協力するって約束したよね!?」 「あぁ!?んなもん破棄だ破棄!!やっぱりてめぇなんかと協力するなんて有り得ねぇ!!」 結局、いつまで経っても待ち合わせ場所に来ない俺達を捜しに来たドイツ達によって仲裁された後、コンコンと説教食らう羽目になってしまった。 |