UK 「君は、俺のことが好きなんだろ?」 「――――!?」 言い当てられ、思わずぎょっとしてアメリカの顔を見返す。 「え、ほんとに・・・?」 「・・・あ?」 驚くアメリカの反応の意味がわからない。きょとんとして目をぱちぱち瞬かせていると。 「いや・・・その、フランスと日本が言うんだ。君は俺のことが好きだって」 「・・・・・・」 日本はさて置きあの髭野郎、余計なこと言いやがって。 「あいつ今度会ったらぶん殴る」 「ちょっと、俺の目の前でフランスのこと考えるの止めてよね」 「んだよ、お前が先に言い出したんだろ?」 「そうだけど・・・そうじゃなくて、だから二人が言うから試しに言ってみたんだけど・・・。本当だったんだね」 感慨深げに言われて、話の流れを一瞬失う。 「えぇと・・・?」 「君は俺が好きなんだ」 「・・・・・・っ!!」 かぁっと頬が熱くなる。 「なんだ・・・そっか」 「ななな何が」 アメリカが本当に嬉しそうに笑うから、余計に恥ずかしくて全身茹だったように熱くなる。 「ねぇ、それじゃ俺達想い合っているんじゃないか。俺は君が好き。君は俺が好き」 「ちち違うっ!あ、あいつら何か勘違いしてて・・・っ」 慌てて否定するも、説得力ないのは自分でもわかった。既に表情で奴らの言葉を肯定済だ。 「でも、さっきのキスの時・・・君、俺のシャツ掴んでたよ?」 「――――っ!?」 マジで!?俺そんなことした!? 「それって、受け入れてくれたってことだろ?」 「――――っ」 言葉が出ない。やばいバレた。どうしよう、もう誤魔化せない。どうしてこうなった、俺が何した。とりあえずワイン野郎殴る。絶対殴る。顔が原形とどめなくなるまでボコボコに殴る。混乱して口をぱくぱくさせていると。 「嬉しいんだぞ、イギリス」 にっこり笑ってぎゅっと両の手を握られた。 「あわわわわ・・・」 触れる手が熱い、俺が?それともアメリカが?あぁアメリカの頬も赤くなってる。 「・・・なのに、どうしてダメなんだい?」 真摯で強い光を湛えたアメリカの瞳に射抜かれて固まる。――どうして?どうしてって、そんなの決まってる。俺は、誓ったんだ・・・。 いつまでも固まったまま動かない俺をアメリカはそっと抱き締める。びくりと震えて、抱き締め返しそうになった手を慌てて下ろす。 「ねぇ、キスしたい」 「・・・っダ、メ・・・」 耳に熱い息が掛かって知らず腰が浮く。 「いいよね?俺達・・・想い合ってるんだから」 「・・・・・・っ」 反論出来ずにいる唇にアメリカのそれが重ねられる。すぐさま舌が侵入して来て、逃げるように引っ込めた舌を掬い上げられ絡められる。 「・・・んんっ・・・ふ・・ぅん・・・」 絡んだ唾液がくちゅりと音をたてて、否応なしに興奮してしまう。口腔をねぶられ意識が朦朧とする。か細い理性の糸を必死に手繰って、応えてはいけないと念じる。ダメだダメだ・・・愛してる。でも求めてはダメだ・・・。 気持ちを知られた今はもう拒むこともできない。己の手で手を必死に押さえ込む。でなきゃ自分の手がどう動くかわからなかった。だからアメリカに愛されたくなかった。他の奴と幸せになって欲しかった。ただ自分が好きなだけで満足していた。そもそも自分の気持ちにも気付きたくなかった。どうしようもなくやるせない思いで胸が苦しい。出口のないトンネルを彷徨うかのように、どうしたら良いのかわからない。 長いキスからやっと解放されて、ほっと安堵の息を漏らすと。 「・・・このまま、抱きたいな」 欲情に濡れた瞳で、荒い息をしながら告げられる。 「・・・っそ、それだけは・・・っ」 ダメだと言う言葉を掻き消すように、アメリカは「いいよね?」と尋ねてくる。 「俺のこと好きなら・・・もちろんOKだよね?」 「・・・・・・っ」 声も出せず、ただふるふると頭を横に振る。 「今更だよ、こんなキスして・・・君だって応えてたじゃないか」 「――――っ!?」 応えてた?違うそんなことない違う違う。俺は誓いを破ったりしてない――。思考が混乱する間にアメリカの身体が覆い被さってきて、重みに耐えられずソファに倒れ込む。押し倒されたと認識したのはその後だった。 「――っ!?あ、アメ・・・っ」 「ほら、君だって俺が欲しいくせに」 「ち、違・・・っい、いきなりで・・・」 まずい。この状況は非常にまずい。ヤバ過ぎるだろ。全身から血の気が引いていく。 「愛してるよ、イギリス・・・」 身体を密着させられて完全にパニックに陥る。 「だ・・・ダメだ・・・っ退けよ!」 身体を押し返そうにもびくともしない。その事実に恐怖を覚える。顔を寄せられ再び口づけられる。貪られて意識が遠のく。 「――――っ!?」 服の上から身体をまさぐられて我に返った。このまま身体を繋げたらもう自制できない――神の啓示のように脳裏に閃く。 「や、めろ・・・ダメだ!」 無理矢理顔を捩って抵抗すると。 「・・・どうして」 首筋で肌に問われて身体が跳ねる。 「俺は・・・誓ったんだ・・・っ」 「・・・誓い?」 アメリカは怪訝そうに身を離して顔を合わせる。 「もう、お前を求めたりしないって・・・誓ったんだ!」 苦しい、頭の中がぐちゃぐちゃで訳がわからない。知らず涙が溢れる。歪んだ視界でアメリカが目を瞠るのが朧げに見えた。 「どうしてそんな・・・誰に・・・?」 誰に誓ったのか尋ねられて、震える声で答える。 「――俺のせいで死んでいった・・・英国の民に」 「・・・・・・?」 アメリカは眉を顰める。 「・・・イギリス、それはどういう?」 長い間胸に秘めていた激情が口を突いて出るのを、もう止められなかった。 「俺が、死なせたんだ・・・俺のせいで、俺がお前を諦められなかったから・・・っ。だから、もう、俺は二度と・・・私情に駆られたりしないっ・・・。俺は、イギリスで・・・国の、民の為に生きるんだ・・・っ!」 「・・・なんだい、それ」 幾許かの沈黙の後、アメリカが口を開く。 「ねぇ、何なんだいそれ・・・何なんだ!」 不意に激昂して怒りに満ちた瞳が見下ろす。すっと身を起こすと、腕を掴んで俺の身体をも引き起こした。 「説明してもらうよ。反対意見は聞かない」 「・・・わかってる」 俺も、もう限界だった。ちゃんと説明してアメリカに諦めてもらうしかない。 「俺はさ、お前のことが本当に好きだったんだ」 「・・・過去形?」 「いいから聞けよ、・・・昔の話だ」 はぁっと息を吐く。呼吸を整えて語り出す。 「お前はさ、天使みたいだったよ」 「君、気持ち悪いんだぞ」 「・・・頼むから黙って聞いてくれ」 「仕方ないね、年寄りの話は長いからできるだけ端的に頼むよ」 げんなりして肩を落とすと、偉そうに注文をつけられた。 「お、ま、え、は、聞くのか聞かないのかどっちだっ」 「聞きたいけど知りたくない。・・・怖いよ」 見るとアメリカの手が震えていた。その手をじっと眺める。 「・・・大きくなったよな」 アメリカは子供扱いされたかと眉を顰める。でもそんなんじゃない、昔を懐かしんでる訳じゃないんだ。ただ、厳然とした事実を自分に突き付けただけだ。 「俺はさ、お前がでかくなっても、それでもずっと保護者として、兄として傍にいるつもりだったんだ。いつまでも護ってやるつもりだった。なのに・・・お前は自由が欲しいから独立すると言った」 ――独立ってなんだ?自由が欲しいってどうして? 何が不満なんだ。俺がこんなに大切にしてるのに護ってやってるのに愛してやってるのに。 そうはさせない、独立だなんて許さない、認めない。離れていくなんて、絶対に許さない。 だから――・・・。 「その結果、多くの血が流れた。たくさんの国民が失われた。・・・俺の責任だ。俺が私情に駆られたからだ」 「そんな・・・あれは、君の、君だけの責任じゃ・・・」 「いや、俺のせいなんだ」 頭を振って繰り返す。 「俺がお前の独立をあの時認めていれば、どちらの血も流れなかった。誰も死なずに済んだんだ。俺がお前を手放せなかったから・・・あんなにたくさんの民を死なせてしまった・・・」 「でも!あの時は英国民だって俺の独立を許していなかった。そうだよ、あの時の民意は、正しく俺の独立を認めなかったんだ。君だけじゃない――皆だった!なのにどうして君だけが責任を負わなきゃいけないんだいっ!?おかしい、おかしいよ!」 アメリカは必死に言い募る。俺の心を軽くしようとしてくれてる。あぁほんとにお前はやさしい奴だ。でも。 「いや、俺の責任だ。おまけに俺は」 ふっと自嘲する。苦い思いが込み上げてくる。 「お前を撃てなかった」 それは・・・英国民にはどう映っただろうか。それは、国の裏切りに他ならない。 「結局俺は、駄々を捏ねてただけなのさ・・・ガキみてぇに」 国としての立場を利用しながら、全うすべき責任を放棄した。そんなことが、赦されるはずない。 死んでいった者達の声が聞こえる。 赦さない、赦さない・・・裏切るなんてひどい、我が国――・・・。 「だから、俺は誓ったんだ。二度と私情を挟まない、英国の為に生きると」 「そんな・・・そんな・・・」 アメリカは青ざめて言葉なく俺を凝視する。握り締めた手が震えている。俺が初めて打ち明けた心の内は、想像だにしなかったものなのだろう。 「・・・・・・っ、でもっ」 ぎゅっと痛みを堪えるように目を瞑り、そして縋り付くような瞳を向ける。 「君は・・・俺のこと、好きなんだろう?」 溺れた者が藁にしがみつくように、それに必死に希望を繋いでいるのが見て取れた。 「・・・あぁ、好きだよ。愛してる」 「っ、じゃあ!」 「だから最悪なんだ」 「・・・・・・え?」 自嘲して吐き捨てるように言うと、アメリカはびくりと震えた。 「お前を好きってことは・・・未だに国としての自覚が足りねぇってことだろ」 WW2を経て同盟関係から両国の絆は強まった。当然アメリカと会う機会も増える。仕事以外のプライベートでも会うようになった。それ程に気安い存在になっていた。そしていつだったか、アメリカとのなんでもないやり取りで、こいつが好きだと思った。・・・愛しいと、思ってしまった。昔の、家族として抱いていたものとは、確実に違う想い。 違う、そんなんじゃない、この想いは違う――。目を逸らそうにもそれは、瞬く間に誤魔化しようのない程膨れ上がっていった。――アメリカが好きだ。昔と変わらない軟らかな髪に触れたい。柔らかさを失い引き締まった頬に触れたい。でかくなったあいつを抱きしめて・・・キスしたい。 「俺は・・・君も俺と同じ想いを抱いてくれてることが、単純に嬉しいけど」 「俺は自分が許せねぇ」 「でも・・・国が国を愛して悪いわけじゃないだろ?」 「・・・・・・」 「確かに俺達は国を体現する存在で、人じゃないけどさ。でもこの感情持って生まれたのは、愛し合っていいってことじゃないか」 「俺には許されてない・・・できない」 ダメだ、俺にその資格はない。そんなこと赦されるはずない。――腕の中で眠ったあの子供が大好きだった。離れていくのが嫌だったんだ。だから国なのに民の事より自分の思いを優先させた。そして・・・。あぁ声が聞こえる、もう我らを裏切るなと――。 |