USA なんでキスなんてしてしまったんだ。どう考えてもわからない。彼を可愛いと思った。どこが可愛いんだ、あの眉毛。ありえないだろ。時間を遡ってあの瞬間の自分を死ぬ程殴ってやりたい。 クッションに八つ当たりをして3つ程ダメにした後、腹が減ったのでキッチンに残っていたバーガーを一気に口の中に放り込む。続いて大好物の色鮮やかなケーキを次々頬張ってコーラで流し込んで、ようやく一息ついた。そうだ、腹が減っていたせいで頭の回転がどうかしてたんだ。でなきゃよりにもよってあんな面倒な人にキスなんてしない。あれは事故だ。彼がちゃんと食事させてくれなかったのが悪いんだ。自業自得だ。ざまーみろ。 思考を無理やり捻じ曲げて、なんでもない事だと思い込もうとした。けれど、すぐさまあのグリーンアイズが脳裏に蘇り、そのままにさせてくれない。腹の底から重い溜息を吐く。彼はどう思っただろうか。次に会う時どんな顔すればいいんだ。・・・あんな事しなきゃ良かったのに。後悔してもしきれない。 やるせない気持ちのまま心の整理は全くと言っていい程つかず、混乱を抱えた状態で数日を過ごして。やっと彼との約束を思い出し、本を探し出して。連絡を取ったのは一昨日の事。 「ハイ、君の本見つかったよ」 先日の事を詰問されるんじゃないかと、内心びくびくしながら携帯電話の向こうのイギリスに報告する。 「良かったよ、お前がなくしてなくて」 ほっとする気配を忍ばせたイギリスの声。あれ、いつも通りだ、良かった。エロの国の人だから、あんな軽いキスなんてキスのうちに入らないのかも。彼にとっては大した問題じゃなくてすっかり忘れたのかな。なんだ、俺が思い悩む必要なかったんじゃないか。完璧に希望的観測だったけど、そう思い込む事で自分を落ち着かせる。 「だから心配ないんだって」 「あの部屋見たら誰でも心配になるぞ」 「君はネガティブが好きだからね!それより本は君の家に送れば良いかい?」 心がすっかり軽くなったので、気軽くそう言うと。 「いや、話があるから週末会おう。公園で待ち合わせで良いな?その時持って来てくれ。ついでにデートするからそれなりの格好で来い」 「は?」 何かとんでもない言葉を聞いた気がする。 「楽しみにしとけよ?じゃあな」 嫌らしい笑いを含んだ声が耳に入ったかと思うと、プツッと音が響いた。 「ちょっ・・・!」 慌てて声を掛けるも、既に通話は切られている。くそっ!持っていた携帯を机の上に放り投げ、たった今、彼が言った内容を反芻する。俺の聞き間違いでなければ、彼はデートすると言った。 デート!?なんで?意味がわからない!彼の脳みそはイカレてしまったのか?俺達は男同士で恋人じゃない。そりゃWW2後は良い関係が続いているけど、あくまで同盟国としてだ。デートする関係には程遠い。なのに彼がそんなことを言い出すのは・・・やっぱり、キスした事を変に誤解してるのかも。 もしかして彼に気があると思われた?あはは、それは有り得ないんだぞ!俺は普通に女の子が好きだ。どうせデートするなら明るくて気立ての良い娘がいいな。野球観戦したら盛り上がるだろうし、公園に寝転んでおしゃべりするのも愉しそうだ。そんなこと、イギリスとは考えられない。彼だって同性愛者ではなかったはず。・・・本当にどうかしちゃったのかな、あの人。 約束の日になって、そういえばイギリスとデートってどこで何すれば良いんだろう?と思った。彼が好きそうな映画でも見に行って・・・それから軽くランチ?バーガーショップでいいか。あとは・・・ショッピング?男同士で?あれ、いつもイギリスと遊ぶ時はどこで何してたっけ? やばい、ドキドキしてきた。彼相手に緊張するなんて無駄もいいところだ。だってイギリスだぞ?あの口煩いちんちくりん眉毛。頭ではわかっているのに、心臓は早鐘を打つようだ。胸の高鳴りを止められない。どきどきどきどき・・・。 イギリスの言うところの「それなりの格好」というものがわからず、とりあえずシャツにジーンズで待ち合わせ場所に行くと。先に着いていたイギリスと・・・もう一人。誰? 「よう、アルフレッド!」 「ハイ、・・・アーサー?」 近づく俺に気付いたイギリスが先に声を掛けてきた。通名を使うという事は、彼女は俺達のような存在を知らない一般人なのだろう。もしかしてイギリスの彼女なのかな?肩まである緩やかなブロンドの髪は触れると柔らかそうだ。水色の綺麗な瞳にぷっくりとした蠱惑的な唇。清楚な白のワンピースに包んだグラマラスな肢体。イギリスの好きそうなタイプだ。まさか今日は自分の恋人を紹介する為に呼んだのか?あれ、でもデートするって言ってたよな。それじゃ三人でデート?なんだそれ。 「本は?」 俺の心中などお構いなしに、あっけらかんと聞いてくる。 「あぁ、これ・・・」 「サンキュ」 彼女が誰なのか気になってちらちら見ていると、イギリスはによによ気持ち悪い表情を浮かべていた。やだな、嫌な感じだ。背筋に冷たいものが走る。そんな俺に、イギリスは彼女を紹介してきた。 「こっちはサラだ。イギリス人だけど、今はアメリカに留学してる。いつもニューヨークで一緒に入るカフェがあるだろ?そこで働いてるんだ」 「アロー、よろしくね」 にっこり笑う彼女に、あぁよろしくと、ぼそぼそと挨拶を返す。よろしくってなんだ?何故彼女はここにいるんだ?何の為に?まさか、これはまさか。嫌な予感が駆け巡る。これは良くない状況だと頭の中で警鐘が鳴り響く。 イギリスが、ちょっと待っててくれ、と一言彼女に断って、俺の背中を押して歩き出す。 「彼女、どうだ?」 「・・・美人だね」 どう言って良いのかわからず、適当に返すと、彼はしたり顔で何度も頷いた。 「だろ?お前にはもったいないくらいだぜ」 「・・・・・・」 「忙しいかもしれないけどさ、彼女くらい作れよ。リフレッシュしないと仕事も煮詰まるぜ?彼女には前からお前を紹介してくれと頼まれてたんだ。タイプなんだってさ。二人でどこかデートして来いよ。あ、でもがっつき過ぎは嫌われるからな?あくまでも紳士的にいけよ」 ニヤニヤ笑う彼の横っ面を張り飛ばしたい衝動をぐっと堪え、手を握り締める。間違いなく、イギリスは俺に彼女を宛てがおうとしているのだ。くそっ余計なお世話だよ!俺が彼女を作ろうが作るまいが君には関係ないじゃないか! 唇を噛み締めて睨む俺に、言い過ぎたと思ったのか、まぁお前なら大丈夫だよな、とゴニョゴニョ言って誤魔化すように笑った。俺が怒ってるのはそこじゃないよ。どこまで鈍いんだい、君は。 「・・・どうして、俺が彼女とデートしなきゃならないんだい」 怒りで身体が震える。頭の中が沸騰してるようにグラグラする。なんでこんな馬鹿げた事を思いついたのか、教えてくれよ。 「だってお前、欲求不満なんだろ?」 「・・・は?」 思い掛けない言葉に、間抜けな声が出てしまった。 「でなきゃ・・・あ、あんなの、しないだろ・・・。誰でもいいくらい、溜まってんだろ」 忘れて欲しいあの時の事を思い出したのか、イギリスは頬を染めて俯く。あぁ目眩がする。気のせいでなく世界がぐるりと廻ってる。どうして彼はいつもこうなんだ。そんなんじゃ、ないんだぞ。でも、自分でも良くわかっていないのにどう反論すればいいのかわからない。 「・・・一度だけ、だよ」 そもそも俺がしてしまった事が原因だ。今回は妥協してあげよう。何より、これ以上彼と話を続けたくない。 「おう!今日のデートで気に入ったら、ちゃんと告って付き合えばいいからな」 ぱっと顔を上げて、ほっとしたように言う。本当にもうそれ以上喋らないでくれ。 自分の役割は終わったとばかりに、じゃあな、と言ってイギリスはさっさと行ってしまう。その後ろ姿に、かつて彼の弟だった時、国に帰ると言って向けられた背中を思い出して・・・無性に泣きたくなった。
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