USA


 すべてイギリスが悪いのだから、彼女に罪はない。今すぐ帰りたい気持ちを抑えて、仕方なくデートをした。マニュアルのようなルートを辿り、夕方駅で別れた。彼女はもう少し一緒にいたいと言っていたけど、限界だった。変な間違いがあってもいけないし。
 疲労感に重い身体を引きずるように帰宅して、ソファに身を沈めた。本当に、疲れた。身体も心も。つうっと一筋、温かいものが頬を伝って落ちた。哀しい。虚しい。浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。イギリスと愉しい一日を過ごせると思っていたのに、何故こんな目に遭わなければならないんだ。こんな事になるなら俺の気持ちを勘違いされていた方がマシだった。・・・いや、勘違いじゃないのかな、俺は彼とデートしたかったのかな?良くわからない。
 ただ、彼女をイギリスの恋人だと思った瞬間、俺の心は重い塊を呑んだように重くなった。そしてそれよりも衝撃的だったのが、「女を作れ」という言葉。それは取りも直さず、彼が俺のことをなんとも思ってないという証だ。思い返すだけで胃の腑がせりあがるような嫌悪感でいっぱいになる。
 ひどいよ、ひどい。どうしてそんな事言うの。俺は君のこと・・・。思考はそこで止まる。それ以上は考えたくなかった。続く言葉は俺の中に確かにある。でも今は言葉にしたくない。彼への感情に名を付けたくない。目を瞑って意識を逸らす。でなきゃ今よりもっと辛い思いをするのがわかってるから。
 どうしようもなく心が軋んで痛かった。今日の事はなんてことない、ただ女の子とデートしただけじゃないか。楽しい時間をどうもありがとう。そう思おうとするのに、全然楽になれない。イギリスの言葉が刺のように突き刺さって息が苦しい。眠れない。辛さを紛らわそうと、普段なら一瞥もしないビールを飲んでみる。苦い液体は少しも心を癒してはくれないけど、眠りにつく手助けはしてくれた。溢れる涙をそのままに、俺は意識を手放した。
 無理やり眠ることに成功したけど、予想通り、夢見は最悪だった。


 目をうっすら開けると、カーテンの向こうから眩いばかりの明るい光が射し込んでいる。時計を見るとam10時。ぼすんと枕に頭を押し付ける。抜け切らないアルコールのせいか身体が重い。はぁっと息を吐くと酒臭くて、思わず眉をしかめる。何をする気も起きない、今日はこのままゴロゴロして過ごそう。そう決めて、ベッドの上に転がってぼんやり天井を眺めていると、プルル、と携帯が着信を知らせる。
 けだるい腕を伸ばしてそれを取ると、イギリスの表示。今は話をしたくないんだけどな・・・。無視っていると、ふつりと途切れた。ほぅっと息を吐くと同時に、再びけたたましく鳴り響く。一応念の為表示を確認してみるけど、やっぱりイギリス。しつこい。ベッドの下に携帯を押し込んで、読み掛けの本を手に取る。部屋の中で途切れ途切れに鳴り続ける着信音。不在着信履歴が優に20個を超えたところで、俺の忍耐の緒がプチンっと切れた。
「うるさぁぁいっ!!」
 携帯を乱暴に引きずり出して応答のボタンを押すなり怒鳴り付けてやる。
「・・・ってぇ!いきなり怒鳴んな馬鹿!鼓膜が破れんだろうがっ!」
 己の立場を省みずに怒鳴り返してくる。なんて人だ。
「君のしつこさには本当に辟易だよ!今のコールが何回目だかわかってる!?」
「16回くらいだろ?」
「23回だよ!ていうか16回だって多いよ!」
「てめぇこそ数えてんなら出ろよ!」
 尤もな事を言われて言葉に詰まるが、苛立ちは収まらない。
「・・・俺、まだ眠いんだけど」
 不機嫌にそう告げる。言外に、だから電話は迷惑だと言いたかったのだけど。
「え、お前何時までヤってたんだよ?」
「はぁっ!?」
「お前まさか朝まで・・・」
「そんなわけないだろっ!?」
 ヤラシイ事を考える彼の身勝手さに、純粋な怒りを覚える。
「何だよ、うまくいかなかったのか?何か怒らせる事したのか?」
「違うよ!・・・君、どこまで首を突っ込むつもりかい?本当にイギリス人のゴシップ好きには恐れ入るよ!」
「いや、そういうわけじゃないけどよ・・・」
 流石に立ち入りすぎたかと口ごもる彼に、望みもしないデートを押し付けられた苛立ちをぶつける。
「悪いけど、俺のタイプじゃないから少し時間を潰して別れたよ!もう余計な世話はしないでくれ!」
 言うなりブチッと通話を切って携帯を床に投げ捨てた。


 あれから一月、彼とは口も聞いてない。もとより仕事が忙しくてプライベートの時間がなかった、というのもあるけど、暇だったとしても彼に会う気にならなかった。そして彼の方からも何の連絡もなかった。いつもならくだらない理由をつけて電話して来たり、最凶の手料理持って遊びに来たりするのに。こちらから連絡する気も更々無かったけど、あちらから無いのは癪に障る。彼が俺に無関心なのは嫌なんだ。
 日増しに募る苛立ちに我慢できなくなった頃、G8会議が始まった。当然イギリスも来るだろう。来たらまず嫌味の一つも言ってやらなきゃ気が済まない。自分の席に座り、手ぐすね引く思いで待っていると、議場にその人が姿を現した。イギリス・・・と声をかける前に、彼は自分の席を通り過ぎてこちらに向かって歩いて来る。彼は彼で俺に用があるのか。少し嬉しくて顔が綻んでしまう。けどそれを悟られるのも悔しいので、慌ててきゅっと口を引き結ぶ。
「どうしたんだい、今日の議題について何か用かい?」
 素っ気なく言う自分は、我ながら可愛くない。
「いや、そういうわけじゃない。お前にこれを渡したかったんだ」
 ドサッと机に置かれたのは・・・厚めのファイル。表紙には「profile」の文字。
「な、なんだい?これ」
 目を瞬かせながら聞くと、イギリスは踏ん反り返って答えた。
「これはな、見合い写真て言うんだ」
「み、みぁ?」
「みあいしゃしん。日本に教えてもらったんだ」
「・・・その、み何たらてのは一体何なんだい?」
「まぁ見てみろよ」
 にやりと尊大に笑う彼に、嫌な予感を覚える。大体彼が得意げにしてる時は、その自信と実態がそぐわない場合が多いのだ。眉をしかめながら、そろりと手を伸ばして表紙をめくると・・・女の子の写真とプロフィールが、綺麗にスクラップされていた。
「・・・本当に、何なんだいコレ」
 低い、これでもかというくらい低い声が出た。声と同じくテンションも一気に急降下してる。俺のどんよりとした空気にも気付かず、彼は俺の肩に腕を回して満面の笑みを浮かべて言う。
「だから、この中から好みの女選べよ。俺が責任持って纏めてやるからさ」
「・・・・・・はい?」
 え、今彼は何て言ったんだい?女を選べ・・・?思考が止まる。息を飲んで彼の言葉の意味を掴もうとした。願わくば、知りたくなかったけど。
「・・・もしかして」
 震える声で恐る恐る聞く。
「ん?」
「もしかして、あれから一月もの間、ずっとコレ作ってた、の?」
 そっと彼に視線をやると。さも大きな偉業を成し遂げたかのような誇らしげな顔で。
「結構大変だったんだぜ?」
 と笑った。






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