USA/Japan 会議が終わったと同時に、机の上の会議資料を片付けながら無表情にその人を呼ぶ。 「日本〜」 「は、はい?」 彼も机の上を片付けていたのだけど、突然俺に呼ばれた事に驚いて、びくっと肩を震わせてこちらを向いた。でも俺は目を合わす事なく、呼び続ける。 「日本〜日本、日本にほんにほん・・・」 「は、は、は、はいっなんですかっ!?」 俺のご機嫌がすこぶる悪い事を察した彼は、慌てふためいて傍にやって来た。 「ちょーっと話が、あるんだぞ」 満面の笑みを浮かべてそう言うと、何故だか日本はさーっと青ざめていった。 他の国からの夕食の誘いを断って、二人で付近のレストランに入った。適当に注文をしてウェイターを遠ざけたところで、テーブルに頬杖を突きながら要件を切り出す。 「さてと」 「はいっ!!」 俺の言葉に即座に反応して、びしっと背筋を伸ばす。今にも椅子の上に正座しそうな勢いだ。 「そう身構えないでくれよ、俺、怒ってる訳じゃないんだぞ」 「そうおっしゃる声音からして怒ってらっしゃるように見受けられるのですが」 「へぇ・・・どうしてそう思うんだい?」 「・・・っ」 心の中を読まれたような感覚にイラッとして、思わず低い声で返すと、しまった、というような顔をする。君って敏い割に失言が多いよね。 「ね、どうして?」 「それは・・・その」 「俺が怒るって予想してたんだろ?」 「・・・はい」 そうだろうね。君は愚かじゃない、だからわかってたはずなんだ。なのに、どうして? 「それじゃ、どうしてイギリスにあんな提案したの?―みあいしゃしん、だなんて」 やっぱりその件ですか・・・と肩を落としてる。うん、やっぱりその件なんだぞ。 「今朝、イギリスから渡されたよ、みあいしゃしん。はは、可笑しいんだぞ?彼、あの中から女の子を選べって言うんだ。まるで売春宿のメニュー表のようだったよ」 軽薄に言ってのけると、日本は憐れむように見つめてくる。だから止めてくれよ、俺の心を見透かすような目で見るのは。 ふう、と一息ついた後、日本は静かな声で言った。 「本来、見合い写真というのはあのような形ではないのですが・・・。いえ、それは今関係ないですね。私は貴方の為を思ってイギリスさんにあのような提案をしたんです」 「俺の為?」 予想外の言葉だった。あれが・・・あんなのが俺の為だって?馬鹿にしないでくれよ。適当な事を言って誤魔化そうってのか?でもその場しのぎとは思えない、日本の顔は真剣そのものだ。 「はい」 「・・・っ、でも、俺・・・傷ついたんだぞ・・・」 「それに関しては謝罪します。誠にすみませんでした」 「い、意味わかんないよ、日本」 深々と頭を下げる彼の意図が益々わからない。一体どういうことなんだ? 「ご説明しますね」 そう言って、彼はイギリスとの事の経緯を教えてくれた。 ――――――☆☆―――――― 「日本、頼みがあるんだ」 イギリスさんにしては珍しくアポも取らずにやって来て、突然そう切り出しました。 「私に頼み・・・ですか」 訝しみながら彼の言葉を繰り返すと、大きく首肯して、頼む、とおっしゃる。一体どうしたのでしょうか。とりあえず部屋にお通しして、お茶を出してから対面に座りました。 「それで・・・頼み、とは?」 あぁ、とおっしゃるものの、続く言葉がありません。妙にそわそわして落ち着きがないご様子。どうやらここに来て迷いが生じているようです。それ程に言い難いことなのでしょう。元よりイギリスさんは、人に頼ることが苦手な方。どう切り出したら良いのか悩んでいるのかもしれませんね。 私の本日の予定はお買い物とぽちくんの散歩のみ。最近はお店も遅くまで開いているので、急ぎはしません。ここはゆっくりイギリスさんの心の整理がつくのを待ちましょう。そう思って幾度かお茶を淹れ直し、お茶請けをあれこれ足して数時間。小説を2冊程読破した頃、やっと固まったままだったイギリスさんの瞳が、不意に揺れて私を見ました。 「あ、えっと・・・」 ようやく思考の旅から戻って来てくださりました。良かったです、ぽちくんの散歩とお買い物は諦めざるを得ませんが。 「どうされましたか?」 「あれ、なんで俺・・・って日本の家かここ!?つうか、うわっ外真っ暗じゃねぇかっ」 どうやら無意識に私の家を訪っていたようです。辺りを見回してぎょっとして、障子の向こうを見て更に驚かれました。 「何事かは存じませんが、深く深く思索に耽っていらっしゃいましたよ」 「あ、日本、悪かったな・・・いきなり来て」 「構いません、いつでも来てくださって良いのですよ」 にこりと微笑みかけると。 「日本・・・」 イギリスさんは照れくさそうに小さな声で、ありがとな、とおっしゃいました。 「それで、話は初めに戻りますが、私に頼みがあるとか?」 遅めの夕食を一緒に取り、温かいお茶を淹れて一口含んでから、改めて尋ねました。 「あ、あぁ・・・そうなんだ」 イギリスさんは手にした湯呑みから立ち上る湯気を眺めながら暫し迷っているご様子でしたが、意を決したのか顔を上げて私を真っ直ぐ見て、ようやくおっしゃってくださいました。 「実はさ、あいつに・・・アメリカに女を紹介してやりたいんだ」 「はぁ」 あまりに突拍子もないお話に、つい間抜けな声が出てしまいました。 「え、えっと・・・それは一体どうしてでしょう?」 話にまったくついていけず首を傾げていると、イギリスさんはふふっと笑って。 「あいつ、全然女っ気ないだろ?」 「はぁまぁ・・・」 「昔は何度か女と付き合ってたみたいだけどさ、最近はとんとご無沙汰なんだ」 「そう、なんでしょうかね・・・」 イギリスさんは微笑んでいますが、目が笑っていません。光の無い瞳に訳もなく気持ち悪さを覚えつつ、曖昧に相槌を打ってますと。 「でもそれじゃ良くないと思うんだ」 「そう、でしょうか・・・」 「あいつだって仕事が忙しくてそれどころじゃないかもしれないけど、彼女くらいいた方がいいんだ」 とても真剣な表情。でもやはり瞳は笑ってない―。 「・・・でもそれは、ご本人が望まないことには」 「だから日本に協力して欲しいんだ」 「え」 「あいつに女を作る気にさせて欲しいんだ」 「いやでもそれは・・・」 余計なお世話じゃ。そう呟きましたらば。 「なんとかしてやらなきゃダメだろ、これは」 はっきりと力説されました。 「そ、そう・・・です、かね」 あぁ、なんだか嫌な汗が止まりません。これは銭湯にでも行ってのんびりしましょう。もちろん風呂上りの牛乳は基本ですよね。こう、腰に手をあててね。なんて、お茶を飲みながら現実逃避に近いことを考えてますと。 「そうなんだよ。それでこの間呼び出して女の子とデートさせたんだけどさ」 「―――っ!!させたんですか!?」 思わず含んだお茶を噴き出しそうになりました。もうびっくりです。年寄りの心臓を止めるつもりですか。 「あぁ。でもタイプじゃないとか言って断りやがったんだあいつ」 「はぁ・・・ま、そうでしょうね」 「そうなのか?」 「え?」 「結構いい娘だったんだけどさ、あいつのタイプじゃなかったのかな」 「そ、そこは私にはなんとも言えませんが、とりあえず、手当たり次第というのは宜しくないのでは?」 その時のアメリカさんの心中を察するに、お気の毒以外の言葉が浮かびません。とても傷ついたのではないでしょうか。本当に・・・これは厄介な状況です。イギリスさんの真意が何処にあるのか存じませんが、これは宜しくないです。 「何度も知らない女性とデートを繰り返すのはアメリカさんも疲れるでしょうし、お断りされる方々にも気の毒です」 「あ、そっか、確かにそうだな」 「ですから、いきなりデートの場を設けるのではなく、まず女性を紹介するリストを作ってですね」 「うん」 「その中からアメリカさんのお気に召した方との間を取り持つ、というのが良いと思うのですが」 ともかく、アメリカさんの逃げ場を作って差し上げなければ。それは勿論イギリスさんに気付かれないように。 「あぁ、成程な」 私の思惑に気付く事なく、イギリスさんは納得してくださいました。もう一押しです。 「日本ではお見合いという形式がありまして」 「おみあい?」 「釣書という自己紹介の紙を双方交換しまして、その上で気に入ったら一席設けて男女が出会う、というものです」 「へぇー」 知らない日本の文化に触れて興味を持ったのか、身を乗り出して聞いてくださってます。 「突然見ず知らずの方とお会いしても、なかなかうまくいかないものです。一度どのような方か知った上でお会いした方がスムーズに事が運んだりするものですよ」 「そうだな、じゃあその・・・」 「お見合いのリストを作りましょうね」 うまく誤魔化せた事に安堵しつつ、緊張に乾いた喉を潤そうとお茶を飲みましたら、随分冷めてしまっていて。少しがっかりしたのでした。 ――――――☆☆―――――― 「で、それのどこが俺の為なんだい?」 話の要点が良くわからない。苛立ちを隠さず伝えると、日本は逡巡しつつもきっぱりとした口調で答えた。 「何度もイギリスさんから女性を紹介されたくないのでは、と思いまして」 「え?」 「余計なお世話かとは思いましたが」 「いや、ちょっと待って。意味が・・・」 「ですから、リストならその場ですべてお断りできるでしょう?考えておく、と言って話を先延ばしにすることも可能ですし」 確かにそうかもしれないけど。いやだからどうして全部お断り前提なんだ?勿論彼女達と交際するつもりもないけど。 「・・・なんで」 「はい?」 「なんでそんな・・・」 一つの可能性が浮かんだものの、まさかと思い掠れた声で聞くと。 「だって、好きな人から他の方を紹介されるなんて・・・お辛いでしょう?」 さも当然のように、そして憐憫を込めた眼差しで、言った。 「はぁあああ!?え、ていうか・・・日本」 思わず大きな声が出てしまって、慌てて口を塞ぎながら周囲を見渡してから、小声で尋ねる。 「なんですか?」 「お、俺の・・・」 日本はきょとんとして首を傾げてる。 「俺の、気持ち・・・、知ってるの?」 「・・・・・・」 い、いや、そんなわけないよな、俺だってつい最近自覚したばかりで・・・。 「イギリスさんへの恋心、のことですか?」 「・・・・・・っっ!!!」 心臓が飛び出るかと思った。椅子から転げ落ちかけたけど、なんとか踏ん張った。ていうか恋って!俺ですらそんな言葉使ってなかったのに! 「ど、どして・・・それ・・・」 「どうしてって、傍から見てましたらわかりますけど。他の方々が気付かれてるかは存じませんが」 「え、そ、そんなに」 「えぇ、バレバレでしたよ?」 「――――っ!!」 もう驚き過ぎて声が出ない。俺そんなに顔に出てた?態度に出てた?そんなはず、ないんだぞ?ちゃんといつも通りに接してたはずなのに。 「人を好きになるって、素敵なことですよね」 ふわりとした微笑を浮かべながら、やさしい声でそう言われると。 「・・・恥ずかしいんだぞ日本」 「それは真剣な想いなればこそです」 「も、言わないで、それ以上・・・っ」 顔から火が出てるみたいに頬が火照ってる。あー暑いんだぞ。テーブルに突っ伏した俺の上に、わかりました、とくすくす笑う日本の声が降って来た。 「・・・バレバレかぁ」 溜息混じりにテーブルの上に頭を乗せたまま、ぼそっと愚痴ると。 「あくまでも私的には、ですよ」 日本は苦笑しながら言う。 「でもそれじゃ、イギリスにもバレてるのかな?」 「・・・どう、でしょうねぇ」 不安に駆られて言葉にすると、日本は少し思い悩む様子で曖昧に応じた。 「バレてて、こんなことされてるのかなぁ」 あ、やばい。考えただけで泣きそうなんだぞ。 「それは・・・もしそうだとしたら、あまりにも辛辣ですよね」 「うん」 「イギリスさんがそのような酷いこと、アメリカさんにされるとは思えません。ですから、気付いてはいらっしゃらないのではないですか」 「そ、かな」 俺を慰めるような日本の言葉に縋り付いたところで、彼はこう続けた。 「だって、イギリスさんもアメリカさんのことがお好きでしょう?」 衝撃的な言葉。イギリスが俺を好き? 違う、違うよ日本。それは違う。 だってイギリスは・・・。 「そ、かな。だと嬉しいんだけどね」 一生懸命笑顔を作って貼り付かせた後、運ばれて来た食事を取った。正直何の味もしなかったけど、ひたすら口に運んだ。 それから日本にイギリスとのデートの協力をお願いした。 |