USA


「遅ぇ」
 待ち合わせ場所に行くと、先に着いていたイギリスが開口一番文句を垂れた。
「やぁ、待ったかい?」
 今日はいつもより早く出たお陰で、10分の遅刻で済んだ。十分じゃないか。普段ならこれの2倍はいくところだ。
「呼び出しておいて遅れて来るんじゃねーよ」
「君は相変わらず時間に几帳面だね」
「そういうお前は相変わらずルーズだな」
 あぁ、せっかくのデートなのに初っ端からこれだ。イギリスと甘い時間なんて期待するだけ無駄だけど、どうしてこの人はもう少し気を遣えないんだろう?そもそも遅れて来た自分の立場というものは完全無視する。
「じゃ、行こうか」
「・・・・・・」
 気を取り直して声を掛け、先に立って歩き出すと、彼は動く気配を見せず無言でこちらを見返してきた。
「なんだい?何か言いたそうだね」
 足を止めて振り返り、尋ねる。
「いや、協力するっつったのは俺だからな」
 彼は落ち着きなく視線を彷徨わせて、自分を納得させるかのように一人ごちた。
「そうだよ」
「だからいいんだけどさ」
「なんだよー言いたい事あるならさっさと言ってくれよ」
 まったく何なんだい。これから楽しい一日を一緒に過ごすのに、時間がもったいないんだぞ。せっかくの初デート、色んな所に連れて行きたいんだ。その為には一秒だって惜しいんだよ。そう思って腰に手を当てて先を促すと。歯切れ悪くぼそぼそと、イギリスが疑問を呈した。
「・・・なんで日本でなんだ?」
 そう、ここは日本。駅前広場のごった返しの中だ。空を仰ぐと青い空が広がる。良い天気、今日はデート日和だ。
「それはもちろん、日本が今日のコースを考えてくれたからなんだぞ」
「は、なんで!?」
 さも当たり前のことのようにさらりと言うと、イギリスは大きな目を丸くして叫んだ。
「どうせなら俺達のこと誰も知らない所が良かったんだ。それに日本は俺に協力的だしね」
「またお前、日本に無理言ったんだろ」
 朗らかに言うと、半眼でじとりと見ながら呆れたように言われた。
「やだなぁ、誤解だよ」
「ま、いーけどさ。んでまずどこ行くんだ?」
「えーと、まずは・・・映画を見に行くって書いてある」
 ふぅと一息ついてから行き先を聞いてくるイギリスに、日本から渡されたメモを見ながら答える。メモはきちんと冊子として綴じられていて、表紙には日本語で「デートのしおり」と書いてある。中身は日程の他、目的地のアクセス方法や手書きの地図、注意事項などが事細かく記されている。なんだかんだ言って日本も面白がってるのだろう。
「・・・これ本当に下見として役に立つのか?」
「うるさいなぁ。いちいち細かいこと気にしないで楽しもうよ!」
「お前はもう少し気にしてくれ」
 溜息混じりのイギリスの背中をとんっと促すように押して、日本が教えてくれた映画館へ向かった。


 ――イギリスさんに因んでハリポタです。
「やぁ面白かったなー」
 映画館の暗闇に慣れた目には外の明るい光が眩しくて、一瞬眉を顰める。シートにずっと収まっていた身体をほぐすように背伸びをして、隣を歩くイギリスに向かって感情のない単調な声音で言う。
「と、言いたいとこだけど」
「・・・・・・」
 彼はというと、俺から目を逸らして居心地悪そうに歩を進めてる。
「信じられないよ!アレで良く寝れるね!自分とこの話だろ!?」
「うるせぇっ仕事で疲れてたんだよ!」
 そう。彼は始まって30分で寝た。すかーすかーという寝息が耳に入ってきた時はまさかと思ったが、横を見ると気持ち良さそうな寝顔で。初デートで寝られてしまった身としては哀しくも腹立たしくもあって、起こす気にもならなかった。
 ちなみにスクリーンでは主人公達が重苦しく切迫した空気の中、身を削りながら旅をしていた。BGMは確かに静かだったかもしれない。でもあんな迫力ある映画で寝るか?普通。しかも常日頃から君が自慢して憚らない作品。何故寝る。
 彼の方も大好きな映画で寝てしまった事を悔しく思ってるらしく、一生の不覚と顔に書いて地団太踏んでいる。
「くっそーこの映画観たかったのに・・・!お前とデートだと思ったら昨日眠れなっ・・・」
「え?」
 今なんだかとても嬉しい言葉が聞こえて来た気が。思わず聞き返すと。
「あ、いやなんでもねぇ」
 明らかに動揺してる。
「ちょっ・・・今なんて?」
「なんでもねぇっつってるだろ!?」
 腕を掴んで食い下がると、真っ赤な顔で逆ギレされた。君はもう少し素直になっても良いと思うんだぞ。口を尖らせて未練がましく見つめると。
「んで次はどこ行くんだ?」
 あっさり話を逸らされてしまった。ちぇっ。


 ――昼食を取りましょう。
「ここは日本だな」
「そうだよ、何を今更言ってるんだい」
 ちょうどランチタイム、日本に渡されたメモにも昼食をと書いてある。それをイギリスに伝えると、彼は無表情に冒頭の台詞を吐いた。俺はにこやかに応じる。
「せっかく日本にいるんだ。まさかと思うが・・・」
「お、早速見つけたぞ!マクド・・・」
「却下だ!」
 我が愛しのバーガーショップの看板を指さした途端、彼は吐き捨てるように否定の言葉を口にした。
「何が不満なんだい?美味しいじゃないか」
「それはわかってる。けど何も日本で食わなくてもいいだろっ」
「五月蝿いなぁ〜俺は三食バーガー食べないと調子が出ないんだ」
「そんなだからメタボなんだお前はっ」
 言い募る彼に対して冷静に事実をありのままに伝えると、ヒステリックに失礼な事を叫ばれた。
「食事に関しちゃ君に言われたくないよ!あんなまずいモノで良くそこまで太れるね!あと俺はメタボじゃないよ!」
「まずい言うなばかぁ!ついでに俺は太ってねぇ!いたって標準だっ」
 二人してぜーぜーと肩で息をしながら睨み合う。食生活の違いって国際結婚でいう一つのハードルだよね。
「と、とにかく俺は日本らしいモノが食いたい・・・」
「し、仕方ないね・・・じゃあ日本が予約してくれた店に・・・」
「・・・っ!!それを早く言え!バカヤロ―――!!」
 これ以上ないくらいの怒声が辺り一帯に響き渡った。


「あー旨かった」
 店を出るイギリスは幸せそうに顔をほころばせている。
「じゃあデザートにシェイク・・・」
「馬鹿言ってねぇで、次はどこ行くんだ?」
 あっさり一蹴されてしまった。少しは俺の希望も聞いて欲しいよ。そう思いつつ日本に渡されたメモを見ると。
 ――遊園地でハッスルしましょう。
「・・・野郎二人でんな所行って楽しいか?」
「もちろん!色んな乗り物いっぱいで楽しいんだぞ☆ほら、早く行くよ!」
 一瞬でげっそりした顔つきに変わったイギリスの腕を取って、遊園地に向けて走り出した。
 電車を乗り継いで遊園地に着くと、ぎゃあぁぁあっと、劈く悲鳴が辺りを震撼とさせている。声のする方を見遣ると猛スピードで何かが走り去った。なんだかめちゃくちゃ楽しそうなんだぞ!居てもたってもいられず、たった今轟音を響かせながら駆け抜けて行った乗り物を指差した。
「イギリス!今の、あのローラーコースターすごいね!」
「あ、あぁ・・・そうだな」
「日本のメモによると、あれ木製なんだって!簡単にぱきんって折れちゃう木でローターコースター作っちゃうなんて、なかなかグレイトじゃないか!」
「そ、だな・・・」
「よし、行こう!」
「待て待て待てぇっ!」
 腕をがしりと掴んだまま乗降口に向かって歩き出したら、イギリスは必死な形相で踏ん張って留める。
「なんだい?とても楽しそうなんだぞ!早く乗ろうよ」
「・・・お前だけで行ってこいよ、俺は下で待ってる」
 心なしか青ざめてるようだ。口調も歯切れが悪い。
「なんで?一緒に行かなきゃデートの意味ないじゃないか」
「じゃあ無理強いすんじゃねぇよ」
「無理強い?」
「あ、いやそうじゃなくて・・・」
 どうしたんだろう?彼は。いつもの俺様なオーラが微塵もない。視線が辺りを彷徨って、変に汗ばんでる。あれ?
「もしかして」
「お!あっちのアレなんだろうな!?面白そ」
「怖いのかい?」
 話を逸らそうと別な方角を指さすイギリスの声に畳みかけて、一つの可能性を聞いてみる。
「ばっ・・・違ぇよ!」
 イギリスはさも心外だと言わんばかりに否定する。
「そか。じゃあ行くんだぞ☆」
「だから待てって!」
「怖いのかい?」
 にっこり笑って重ねて尋ねると。
「―――っ!!」
 真っ赤になって口をぱくぱくさせてる。
「へぇ、君にしては可愛いとこあるんだね」
「ばっばかにすんなぁ!」
 羞恥に悶えて叫ぶイギリスは、全身をピンク色に染めて本当に可愛い。あ、やだな。彼を可愛いと思うなんて末期症状だ。
「まぁ、あーゆーのは見てるのと実際とは違うものだよ。てなわけで行くよ」
「いーやーだ――っ!!」
 引き摺るように彼を引っ張って乗降口に向かうと、それまでぎゃーぎゃー喚きたててたのが結局諦めたのか、おとなしくシートに収まった。その代わり、禍々しいオーラを揺らめかせながら物凄い形相でこちらを睨みつけてくる。元ヤンと言われるのも故なきことではない。でも俺は君のそんな顔、怖くもなんともないんだぞ。
「お前覚えてろ・・・後で絶対ぼっこぼこに殴る」
「あはは!その元気があればね☆」
「くっそ・・・このばっ・・・う、ぎゃあぁぁあ!!!」
 がたん、と軽い振動がしたかと思うと、一気にコースターは加速していく。空高く上空に向けて一直線。頂に達したところで妙な静けさ・・・そして、地上に向けてただ落ちていく。
「ふっ・・・う、わぁあああっぎゃああああああっ死ぬ―――!!!」
 隣から喧しい叫び声とともに水滴が飛んでくる。もしかして泣いてるのかな?目まぐるしく変化する景色から視線を外し、そっと隣を見遣ると。ぎゅっと瞑った目から大粒の涙が零れていた。こらこら、そんな風に目を瞑っちゃせっかくの景色が見れないじゃないか。もったいないんだぞ。そう思う間も遠心力でぐるりと宙に放り出されそうな感覚。ひゃっほ〜!木製ならではの不安定さでがたがたぎしぎし。軋むような振動と横揺れがなかなかに面白い。
「あー楽しかった!」
「・・・・・・」
 約3分間のスリルにはしゃぐ俺の隣で、イギリスは終始無言だ。俺を殴るって言ってたけど、その元気もないみたい。超絶不機嫌な顔で俯いたまま俺に付いて歩いてる。頬には涙の痕、ちょっと可哀相だったかな。
「俺のとこ程じゃないけど、なかなかのスリルじゃないかぁ。風に煽られて気持ち良いんだぞー」
「そうか、良かったな・・・」
「木製てのもなかなかだね、今にも崩れ落ちそうで」
「そうだな・・・て、何また乗ろうとしてんだよ!」
 イギリスがはたと気付いてぎょっと後ずさりした。さりげなく先程の乗降口に連れて来たんだ。
「え〜だって楽しかったじゃないか?」
「お前だけな!」
 ぎらぎらとした眼で睨まれる。
「さっきので慣れただろう?きっともう平気だよ」
「んなわけあるかっばかぁ!つうか嫌だ――っ!」


 それから一時間。俺はベンチの上に寝そべっている。
「へっ、ざまぁねぇな」
「・・・・・・」
 容赦のない勝ち誇った瞳で見下ろされる。なんて事だ。彼に馬鹿にされるなんて悔しすぎる。でも我ながら馬鹿な事をしたなとも思う。
 スリル満点で気に入ったローラーコースターを幾度となく乗り、その後他のスリルライドにも次々挑戦していった。イギリスは最初こそ文句を言い続けていたけど、無駄だと悟ったのか、最後にはおとなしく従った。その度涙を零してるから、目の周りが赤くなってる。
 彼を付き合わせてのローラーコースター、何度目だっただろうか。シートから降りた途端、くらりと眩暈がした。あれ?と思う間もなく急激に催す吐き気。――やばい。こんな道のど真ん中で吐くなんてヒーローにあるまじき行為、絶対にする訳にはいかない――それだけを思って必死に近くのレストルームに駆け込んだ。
 青白い顔でよたよたとレストルームを出ると、呆れ顔のイギリスが待っていた。
「調子に乗るからだ、ばぁか」
「うるさいよ・・・」
 腹に力が入らず、か細い声しか出ない。だって腹筋に力を入れるとまた吐き気が戻って・・・うぷ。
 そう、つまるところ俺はローラーコースターに乗り過ぎて乗り物酔いを引き起こしたのだ。出せる物すべて吐きつくしたはずなのに、未だ胃はムカムカしてやりきれない。歩くのも辛いので、仕方なくベンチに寝転がって落ち着くのを待つ。
「弱っちいなお前」
 これまでの強制ローラーコースター三昧に対する復讐か、イギリスの冷たい声。嬉しそうな顔。どうせ俺の弱みを握れたと内心大喜びなんだろう。最低なんだぞ!くそっ、あぁもう何もかもが腹立たしい。
「・・・なんで君は平気なんだ」
 悔しさに口を尖らして恨みがましく言うと。
「へっ、俺は昔、船に乗って数十日とかざらじゃなかったからな。あんなの嵐に揺れる船に比べたら陸地みたいなもんだ」
 仁王立ちしてふふんと鼻高々に笑う。
「その割には怯えてたじゃないか」
「うるせぇ!あんなわざとらしい揺らし方とか邪道なんだよ!」
「君が臆病なだけだろ?」
「そーゆーお前はガキだな」
 かちん。俺が子供扱いされるの嫌いだって知ってるくせに!
「君だって嫌だ嫌だ文句言ってたくせに結局乗ってたじゃないか」
「――てめぇが無理矢理乗せたんじゃねーか」
 イギリスの瞳に青白い炎が灯る。こめかみがぴくぴくしているのさえ見える。どうやらこれは相当怒ってるようだ。別にいつもの俺なら適当にあしらえるけど、今はまな板の上の・・・なんだっけ。要するに動けない。
「ちょっと、暴力反対だよ!?」
「それに・・・お、お前が楽しそうだったから・・・」
「え?」
 俺が命の危険を感じて慌てて取りなす言葉を発すると同時に、イギリスが信じられない事を言った。一瞬聞こえた台詞の意味を理解できなくて目を瞬かせる。
「い、言っとくけど俺の為であってお前の為じゃねぇからな!勘違いするなよ!」
 勘違いていうか・・・自分が何言ってるかわかってるのかな?あぁもうこの吐き気さえなければ今すぐ抱きしめてキスするのに・・・!張り倒されそうな事を考えながら、幸せな気分に浸っていると。
「ったく、仕方ねぇな。何か飲み物買って来てやる。ちょっとの間一人で平気か?」
「あ、う、うん」
「じゃあ待ってろ」
 そう言って踵を返すと、イギリスはショップを探しに行った。あぁそうだ。彼のこういうさりげない優しいところが、俺はずっとずっと好きなんだ。


 幸いすぐに吐き気は収まり、今度はイギリスの意見を尊重したアトラクションを選んで楽しんでいたら、あっという間に日が暮れた。日本のメモには、最後に観覧車に乗ってから退園するようにと書いてある。まぁ、二人きりで良い雰囲気になるにはぴったりの場所だよね。同じことを考える人は多いようで、それなりの長さになっている列に並ぶ。
 カップルだらけの中、外国人の男性二人組は変に目立つようでチラチラ見られている。気にしないようにするけどちょっとムカつく。そんなに何度も振り返るくらいなら、堂々と見ればいいのに。あと後ろからひそひそ声が聞こえてくる。「背の高い方攻めだよね」「じゃああっち受け?」「でもあの眉の太さで受けはないよ!」「うーん」・・・なんて。いかがわしい想像をされてるようだ。もちろん俺が男役なんだぞ、でも確かにこの眉毛で女役もないよね。くすりと笑みを浮かべると、なんだよと睨まれた。おー怖。
 やっと順番が回って来てゴンドラに乗り込む。二人対面に座ったら、係員がドアを閉めてロックをかけた。これからたっぷり15分、二人きり。そう思った途端、急に気恥ずかしくなった。頭に血が上って全身がかあっと熱くなる。良く考えたらこの距離、この時間、この空間にイギリスと二人きりだなんて・・・ど、どうしたらいいんだろう?
 頭がパニックになって、何を話せば良いのかもわからない。何か言わなきゃと思えば思うほど焦って言葉が出ない。動悸が激しい、手が汗ばんでくる。ちらりとイギリスの顔を見ると、彼は窓の縁に頬杖を突いて、無言で夜景を眺めている。・・・気まずいんだぞ。
「あ、あのさ・・・」
 とにかく何か言わなきゃと思って声を掛けると、彼は静かにこちらを見た。その翠の瞳。窓の外に煌めく夜景よりもきらきらと輝く、宝石。俺は初めて会ったその日に、彼のこの瞳に囚われたんだ。
「俺、君の事好きなんだぞ」
 あ、言っちゃった。イギリスはきょとんとしている。
「あぁ、練習か。うまくいくと良いな」
「・・・・・・」
 いやだから、と言いかけたところで観覧車は一周を終えて元の位置に戻り、ドアが開いた。・・・もう泣きたい。
 日本が考えたルートはここまで。綺麗な電飾に彩られた遊園地を後にして、どこかバーに行く?と誘ったら。
「どうせなら日本の酒が呑みたい。日本の家に行くぞ」
 拳を振り上げて言った。・・・どこまでも雰囲気を読まない人だ。はぁっと溜息を一つ洩らしてから、彼の後を追って歩き出した。
 日本の家に着くと、彼はやさしい微笑みを浮かべ、労わりの言葉を口にして俺達を家に上げた。その晩、イギリスは上機嫌で日本酒を浴びるように呑み、俺はそんな彼を不機嫌に眺めながらコーラを啜った。間に挟まれた日本が居た堪れないような様子だったけど、仕方ないよね。





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