USA それは唐突に沸き起こった欲望だった。自分の中にそんな乱暴で粗野な感情があるだなんて思いもしなかった。だって俺はヒーローだよ?こんな卑怯なことしちゃいけない。いけないって・・・わかってる。でももう、抑えられない。それに触れる悦びを知ってしまった後では理性なんて働かない。我慢なんてできるわけない。一度だけだなんて・・・どうして思えたのか。 無知はそれだけで罪だ。一度だけ、なんて言葉は甘美なる誘惑。一度犯してしまえば後は堕ちていくだけなんだって、初めて知った。だって愛してるんだ。こんなに狂おしい程愛してる。その人が傍に、触れられる距離に居て。触れずにいるなんて出来ない。例え触れた後、とめどもない後悔に苛まれるとわかっていても、触れて。 ・・・キス、したいんだ。 ――――――☆☆―――――― 「それじゃごゆっくり。おやすみなさい」 ――可能なら、ですが。そう言って日本は襖を閉じて自分の寝所に行ってしまった。本当に、ゆっくり休めるわけないんだぞ、こんな状況で。 下見と言い訳してのデートの後、空気を読まないイギリスのくそったれが日本の家に転がり込んで、あまつさえ酒盛りまで始めてしまって。挙句、日本が貸してくれた浴衣を脱いで下着一枚の姿で踊り出して。俺はともかく・・・日本にまで絡み出して。相変わらず笑みは浮かべてるものの、その顔にははっきり「迷惑」と書いてあった。 手っ取り早く寝かせてしまおうと思ったのか、酒の弱い彼の家にどうしてだかあるウォッカを並々注ぎ出して。結果、イギリスの顔色が急に真っ白になったかと思うと、ばたんっと倒れてしまった。日本はしれっとした顔で、仕方ありませんね、と言って客間に床を延べに行って。戻って来て、イギリスを運んで欲しいと言うから仕方なく担いで運んだら、何故だか布団が二つ綺麗に並んでいて。あれ?と思ったら、すすっと音もなく廊下に出た日本は、冒頭の台詞を吐いたのだ。 ねぇ、君知ってるよね、俺の気持ち。知っててどうしてイギリスと二人きりにするわけ?こんな状況でゆっくり眠れるわけないんだぞ!?俺にだって人並みにそっちの欲求はあるわけで・・・。おぉ男同士だけど、それでも好きな相手には違いなくて。そうなるとやっぱり性欲って沸き上がるもんだ。いや、今まで彼に対して微塵もそんな気持ち抱いてなかったんだよ!?ほんとだよ?今初めてだよ!俺だってびっくりだよ!だから二人きりにしないで欲しいんだ・・・。 それとも俺が寝てる彼を襲うはずないとでも?あぁそうだよ、俺は正義の味方、スーパーヒーローだ!そんな卑怯な事、するわけないんだぞ☆・・・いや待って、しないよ、しないけど・・・でもこんな、襲ってくださいとばかりにあられもない姿晒されたらね、ちょっと・・・いやかなりそそられるわけで。いや、しないよ!?もちろんだよ!こんな高鼾掻いて喧しくてみっともない奴に手を出すなんて。でもその、俺のむむむ息子が・・・。 「うわぁぁん、日本ー日本ー頼むから一緒に寝てくれよー!!」 結局やりきれなくなって、彼の寝室に転がり込んで懇願した。けど彼はまったくの無表情でつれなく首を横に振って。 「アメリカさん、誠にすみませんが、私は部屋に他の人がいると眠れないんです」 そう言うと、俺を部屋の外に追いやってピシャリと襖を閉めた。 「ちょっ・・・待ってよ、それじゃ一緒に起きていようよ。あ、そうだ。一緒にビデオ・・・」 「善処します」 「待って、善処じゃなくてお願いだから・・・て、襖開かないじゃないかっ!」 開けようとすると、部屋の中でかこかこ音がする。何だこれ、襖って鍵掛けられたっけ? 「・・・ねぇ日本。この襖、壊しちゃっていいかな?」 「やめてくださいお願いします」 「じゃあおとなしくここを開けてくれるよね?」 「・・・・・・」 少し待つとすらりと開いて、日本の悔しそうな顔が現れた。 「ははは、君もそんな顔するんだね☆」 日本はほうっと溜息をついてから柔らかく微笑んだ。 「・・・仕方ありませんね。アメリカさんのそういうところ、私は好きですよ」 「そういうところって、襖壊せるくらいパワーあるとこ?」 「いえ違います」 真顔で呆れたように否定された。 「そうではなく、優しいところがです」 「優しい?」 「イギリスさんを傷付けるようなこと、出来ないから私のところに逃げて来たのでしょう?」 誠実じゃないですか。にこりと微笑む日本を前に、ちくりと胸が痛んだ。 「当たり前じゃないか〜」 言いながら、脳裏は先程の自分の行動を思い浮かべる。全身の血が逆流して一気に心臓に流れ込んでるんじゃないかっていうくらいバクバクしてて痛い。頭の中までドクドク脈打って耳障りだ。あぁだって俺は・・・。 部屋の中には半裸で眠るイギリスと俺。そっと枕元に座って顔を覗き込むと、愉しい夢を見てるのか、へらっと笑った。今日のデートを思い出してくれてるならいいな。そんな事を思いながら眺めてたら。不意に、イギリスが呼んだんだ。アメリカ・・・って。それだけでもう、理性飛んじゃったんだ。 どうしても触れたくて、彼の温もりを感じたくて。一度だけ、今だけって言い訳しながら。歓喜に震える口唇を寄せて、キスした。 その後、逃げるように日本の部屋に走り込んだ。 ――――――☆☆―――――― 一度きりのはずだったキスは、その後も繰り返された。イギリスに会う度、無意識に彼の唇を目で追う。そして彼の少し湿った仄かな温もりを思い出して・・・欲しくなる。我慢できない。 一緒に酒を飲む機会を作っては、酔い潰れるまで待って。ソファやベッドに運んだ後、じっと彼の様子を観察して。・・・起きないと確信できてから、慎重に、そっと口づける。唇と唇が軽く触れるだけのキス。でもそれだけで十分だ。想いを遂げる。悦びで胸がいっぱいになる。そしていつも、唇を離した瞬間から・・・罪悪感に苛まれる。 彼に告白すれば・・・俺の想いを受け入れてもらえば、こんな卑怯な自分に自己嫌悪しなくて済むんだろう。実際あの日あの観覧車の中で告白しようとした。彼には伝わらなかったけど。でもそれで良かったと、どこかで安堵してた。彼に知られてはいけないって、あの時何故か、ふとそう思った。 ――そう、知られてはいけない。何故なら、きっとこの想いは成就しないから。彼は恐らく俺を受け入れない。俺が元弟だからじゃない、もっと昏くてどうしようもない理由。彼は、今でも俺を・・・。 だから、だからこそ。たまに、こうやって。ほんの少しだけ欲望を満たす。眠ってる彼に気付かれないように、そっと、キスする。 |